17 園遊会準備
紅娘から園遊会の流れを聞いてげっそりとした。
彼女は、昨年春の園遊会に出席しており、
「今年はなくて、安心していたのに」
と、ふうっと、ため息をつく。
なにをするわけでもない。ただ、立っていればよいのだ。
あくまで妃はお客側の立場であり、ただ皇帝に付き従っていればよい。その侍女たちも同じくだ。
演武に演舞、詩歌に二胡といった出し物を見、出された食事を食べて、適当に挨拶に来る官たちに笑顔を振り撒けばよいだけである。
空っ風の吹く屋外で。
庭園はまあ皇帝の権力に比例するごとく無駄に広い。
ちょいと御手水にでかけようものなら、四半時は必要となる。
主賓たる皇帝が座を立つことはなく、妃たちもそれに従うしかない。
(鉄の膀胱が必要になるな)
春先の園遊会でまいるくらいなら、冬はどんなものになるやら。
そこで、猫猫は肌着に衣嚢をいくつも付け、中に温石を入れるようにした。また、生姜とみかんの皮を細かく削り、砂糖と果汁で煮て飴にした。
肌着と飴を紅娘に見せたところ、目を潤ませて全員分作るように頼まれた。
作っている最中、暇人宦官が来て自分のも作れと言ってきた。
その従者もなにやら言いたげなので仕方なく一緒に作ってやった。
また、夜の御通りの際、玉葉妃が皇帝に話したらしく、翌日、皇帝直属のお針子と食事係がきたので作り方を教えてあげた。
なるほど、よほどの苦行らしい。
おかげで園遊会まで、内職で終わってしまった。
前夜にようやく手が空いたので、手もとにある薬草で薬を作ることにした。
「おきれいです、玉葉さま」
桜花たちの言葉は、世辞で言っているのではない。
(さっすが、寵妃というだけあるな)
異国風情の漂う妃は、紅の裳と薄紅の着物を着ていた。上に羽織る大袖は裳と同じ紅で、金糸の刺繍が入っている。髪は大きく二つの輪に結わえられ、二つの花かんざしと真ん中に冠が載せられている。花かんざしから銀の笄が伸び、先に赤い絹の房飾りと翡翠の玉が下がっていた。
意匠が派手なのに服に着られることがないのは、玉葉妃だからであろう。
燃えるような赤い髪を持つ妃は、国で一番紅が似合うものだと言われている。また、赤の中に翡翠色の瞳が輝くのも、神秘的な空気を漂わせていた。
猫猫たちの裳に薄紅を使うのも、それに従っているという意味だ。
互いに揃いの衣をつけ、髪を結う。
玉葉妃はせっかくだからと、自分の化粧台から飾り箱を取り出した。
中には翡翠のついた首飾りや耳飾り、簪が入っていた。
「私の侍女たちだもの。変な虫がつかないように、所有権をつけとかないと」
そういって、それぞれの髪や耳、首に飾りをかけていく。
猫猫には玉のついた首飾りをかけてくれた。
「ありがとうございま……」
(ひっ!)
礼を言い終わる前に、後ろから羽交い絞めにされた。
桜花ががっしり腕を回していた。
「さあてと、お化粧しないとね」
刷毛を持ちにやにやするのは、紅娘である。他の二人の侍女もそれぞれ貝の紅入れと筆を持っている。
ここのところ先輩侍女たちが猫猫に化粧をさせようと息巻いていたのを忘れていた。
「うふふ、可愛くなってらっしゃい」
共犯者はここにもいたようだ。玉葉妃はころころと鈴の鳴る声で笑う。
動揺の隠せない猫猫に四人の侍女たちは容赦ない。
「まず、顔を拭いて、香油を塗らなくてはね」
がしがしと濡れた布で猫猫の顔を拭いた。
『えっ?』
(あーあ)
顔と拭いた布を見比べながら、侍女たちは間抜けに声がそろった。
(ばれちゃったか)
ここでひとつ言っておく。
猫猫が化粧を嫌がった理由は、化粧が嫌いというわけでない。苦手というわけでもない。
むしろ、得手不得手なら得意といえる。
ならば、なんだといえば、すでに化粧を済ませた顔だったからである。
濡れた布には薄茶の汚れがついていた。
皆がすっぴんだと思っていた顔は、実は化粧後の顔だったわけである。