49.遭遇
ホームセンターにて―――。
西野と六花が入口に着いた時、既に状況は劣勢だった。
数体のオークを相手に、学生たちと避難民は防戦一方となっている。
「みんな、大丈夫か!?」
「に、西野さん!」「コイツら強いです!僕達じゃ、とてもじゃないですけど対処しきれない……!」「どうすればいいんだ?」「くそ!こんなところで、死んでたまるかよおおおおお!」「来るなあああ、化け物どもめ!この!このおおおお!」
二人が来たことに皆は安堵するも、その声には余裕はなかった。
(これは……不味いな……)
ここから見える範囲だけでも、オークは十体以上居る。
それに一体一体が強い。
昨日戦ったゴブリンやレッサー・ウルフよりも遥かに。
(俺のクラスメイトはまだしも、避難してきたおっさん達にどうにかなる相手じゃない……くそ、まだ最低限のレベル上げすら済んでないのに)
実際、既に避難民の何人かは武器を捨て、売り場の奥へ逃げ込んで震えていた。
昨日からの連続で、既に心が折れているのだろう。
(くそっ……役立たず共め。普段は無駄に文句ばっか言うくせに、何の役にも立たないのか)
こうなった以上、奥に逃げた避難民たちは戦力にカウントしない方がいい。
かといって、今ここに居る人達だけで何とかできる程、この状況は甘くない。
何より、一番気になるのは、あの後方に控えた赤銅色のオークだ。
(……明らかに他の奴とはレベルが違う。あれが、柴田の言っていたヤツか……)
赤銅色のオークは、今は動く気配はなく、自分達を遠巻きに眺めている。
西野の頬を冷や汗が流れた。
マズイ、アレが動いたら『終わりだ』と、彼の本能が訴えていた。
「……六花」
「なあに?」
西野は隣で鉈を構える六花に問いかける。
「あの赤銅色のオーク、相手に出来るか?」
「んー……」
六花は気怠るげに返事をしながらも、後方に控えるオークの姿を見据える。
ほんの数秒。
そして、大きく息を吐いた。
「……ごめん、ニッシー。アレは無理だわ、死ぬ」
普段と変わらない緊張感のない口調。
だが、それは何よりも雄弁に今の状況、そして彼我の戦力差を物語っていた。
「最大まで『狂化』しても、無理か?」
「うん、無理。私じゃ勝てない」
「そうか……」
六花がこうまで断言するのであれば、自分達に勝てる見込みはない。
ならば、打つ手は一つだけだ。
西野は覚悟を決め、叫んだ。
「みんな!作戦4だ!どうにかして、生き延びるぞ!」
「えっ!?」「うそ、4番……?」「マジかよ……」
「お、おい!ちょっと待て、そんな番号、俺は聞いてないぞ?」
「わ、私もよ!どういう作戦なの?」「何か手があるのか?」
西野の声を聴き、反応はきれいに分かれた。
すなわち、学生と避難民とである。
西野は作戦を1~4で大雑把に分けていた。
そして4番とは、彼の中で最悪の想定の一つ。
すなわち―――『避難民を囮にして逃げる事』である。
無論、この作戦を聞いているのは、彼と行動を共にしていた学生たちのみ。
避難民たちには知らされていない。
学生たちはその意味を知り、僅かに顔を曇らせた。
避難民たちは、意味は分からないが、何か手があるんじゃないかと僅かに希望を抱いた。
「防衛を維持しながら、少しずつ店内に入るんだ!オークたちが店内に入ったところで作戦を実行する!裏口と窓だ!いいな!」
「りょーかい」
六花は迷いなく頷いた。他の学生たちは僅かに逡巡した。
「お前ら!このままじゃ、死ぬぞ!絶対に生き延びるんだ!そうだろ!」
「「「……ッ!」」」
西野の必死の叫びを聴き、学生たちも覚悟を決めた。
避難民たちはその意味が分からず、ただ素直に従うだけである。
(……そうだ、死ぬわけにはいかないんだ。こんなところで、絶対にっ……!)
彼らの決死の作戦が始まる。
生き延びるための、他者を犠牲にする作戦が。
一方、その頃―――。
『嫌な感じ』が増えてるな……。
俺たちは、シャドウ・ウルフの群れと、オークの群れに遭遇しない様に、慎重に街の中を移動していた。
ゴブリンクラスならまだしも、オークやシャドウ・ウルフクラスのモンスターを群れで相手にするなんて、流石に今のレベルじゃ不可能だ。
おまけに、オークの群れの方には、あのハイ・オークが居る。
あの時は運よく見逃されたが、次もあんな幸運があるとは思えない。
絶対に遭遇するわけにはいかない。
「位置的には、丁度二つの群れに挟まれてる感じか……」
しかもどちらも鼻が利くモンスター。
相性最悪だ。
うまく切り抜けるにはどうすればいいだろうか……?
考えながら、空を見上げると、どんよりと曇っていた。
水滴が鼻に落ちる。
「……また雨が降って来たな……」
ここ最近、雨が続いてる。
本格的に降り出す前に、出来るだけ距離を稼いでおきたい。
とりあえずは『嫌な感じ』がしない方向へ向かって進んでいくか。
戦闘は最低限に済ませる様にしよう。
「……ん?」
ふと見上げると、遠くの方から黒い煙が上がっているのが見えた。
火事か?
煙の大きさから言って、かなりの規模だ。
あっちって確か、ホームセンターが在る方角だよな。
オークの群れが向かっていった方角でもある。
もしかして……。
俺はちょっと気になり、イチノセさんにメールを送る事にした。
彼女の居る高層マンションからなら、出火場所が分かるだろう。
メール画面を開く。
『未読』が一件あった。
受信時刻を見ると、つい先ほど、送られてきたようだ。
開いてみると、以下の様な内容だった。
『ホームセンターで火災があったみたいですね。オークの群れが向かってましたし、ホームセンターに避難している人たちと戦闘になった可能性が高いと思います。オークたちは積極的に人間を狩っているようですし、我々も気を付けなければいけませんね。あ、それはそうととパーティーの件は、まだ結論は出ないのでしょうか?よろしくお願いします』
情報、早っ!
俺が聞こうと思った事を、先に送って来たよ、このヒト。
あと、さりげなくパーティーの件、急かしてやがる。
ブレないな、この人……。
でも、そうか……。
やっぱりあの煙はホームセンターからか。
それもオークの群れとの戦闘。
ご愁傷さまとしか言いようがない。
「上手く逃げきれていればいいけど……」
まあ、俺も他人の心配をしている余裕はないけど。
『嫌な感じ』のする方向を避けながら、再び進んでゆく。
途中から雨がひどくなってきたので、アカに『カッパ』に擬態して貰った。
「……ん?」
雨の中移動していると、『索敵』に反応があった。
モンスターではなく、人の気配だ。
数は二人。
場所は……近くの公園か。
籠城してる人じゃなくて、外を出歩いてる人なんて珍しいな。
少しだけ興味が湧き、俺は『索敵』の反応があった方へ向かった。
そして、近づくにつれて違和感を覚えた。
おかしい……。
この人達、『索敵』の反応があった場所から、少しも動いていない。
どういう事だ?
反応のあった場所にたどり着く。
ブランコとベンチだけがある小さな公園だ。
その隅にある僅かな茂みに隠れる様に、その人たちは居た。
「あれって……」
建物の陰に隠れながら、様子を窺う。
見覚えのある顔だった。
学生だ。
一人は、西野君。
もう一人は髪をサイドテールにまとめた女子高生。
名前は……り……何だったっけ?
まあ、いいや。
ともかくだ。
問題なのは、二人の状態だ。
「……ボロボロじゃないか」
二人の姿は、離れていても分かる程にボロボロだった。
特に女子高生の方は、かなり出血している。
かなりマズイ状態だ。
もしかしなくても、オークの襲撃にあって逃げてきたのだろうか?
すると、西野君がこちらの方を向いた。
「……そこに、誰かいるんですか?」