33.ホームセンターの死闘
「ウォォオオオオオオオオオオオオオンッッ!!!」
シャドウ・ウルフが吠える。
ビリビリと大気が震え、他のモンスターたちが恐れおののいている。
凄い迫力だ。
でも、まだ耐えられる。『アイツ』の叫びに比べれば、可愛いもんだ。
「モモ!来るぞ!」
「わん!」
シャドウ・ウルフの足元から『影』が展開する。
『影』は無数に枝分かれし、鞭の様にしなりながら俺たちに襲い掛かった。
やっぱモモと同じスキルを使うか。……いや、あっちが本家だったな。
「チッ!」
アイテムボックスからタンスを取り出す。
即席の壁だ。
『影』はタンスに巻きつき、締め付ける様にして破壊した。
破片が宙を舞う。
その瞬間、シャドウ・ウルフが突っ込んできた。
「ッ!―――速いな、おい!」
俺とモモは双方向に分かれて躱す。
『索敵』で分かっちゃいたが、シャドウ・ウルフのスピードは、俺の想像よりも遥かに速かった。
ギリギリで躱す。
「ガウッ!」
だが、シャドウ・ウルフはそのまま体を捻り、俺の方へ向かって来た。
「なッ!?」
速いだけじゃない!
コイツ、動きの『キレ』が、ゴブリンやレッサー・ウルフの比じゃない!
犬特有のフットワークの軽さ。バネの様な弾む動き。
弾丸の様な速度で、シャドウ・ウルフの牙が迫る!
『危機感知』が最大に警鐘を鳴らす。
壁を―――いや、駄目だ、間に合わない!
「ぬおおおおおおおおおお!」
三桁まで到達した敏捷のステータス。
それをフルに使い、無理やり体を捻って躱す。
先程まで俺が居た場所を、シャドウ・ウルフの牙が通り過ぎた。
危なかった。
一瞬でも、回避が遅れたら、腕を噛み千切られてた。
「わん!」
俺が躱した瞬間、モモは俺の『影』を操作して、シャドウ・ウルフを拘束しようとする。
「グァウ!!」
だがシャドウ・ウルフは『舐めるな!』と言わんばかりに、己の『影』で、モモの『影』を相殺した。マジかよ、この距離で、このスピードで、これを防ぐか?
でも一瞬だが、動きが止まる。 チャンスだ。
俺はシャドウ・ウルフの頭上へ向けて、自販機を放った。
これで、潰す!
「―――ォォォオオオオオオオンッッ!!」
シャドウ・ウルフが吠える。
すると、足元からさらに無数の影が噴射する。
それは蜘蛛の巣の様に変化し、自販機を絡め取り、空中で静止させた。
「なっ……!?」
おい、嘘だろ?
その自販機、何百キロあると思ってんだ?
数多のモンスターを葬ってきた、俺とモモの鉄板戦法。
それが完全に破られた。
絡め取られた自販機はメキメキと音を立ててひしゃげてゆく。
……あの『影』に捕まったらマズイな。
逃げられないし、そのまま絞殺されちまう。
マズイな……。こいつ、予想よりも遥かに強い。
『危機感知』の反応から察するに、ホブ・ゴブリンより多少強い程度かと思っていたがとんでもない。想像以上だった。
でも、勝ち目はある。
最初に轢き殺した奴や、レッサー・ウルフから考察するに、コイツらは『耐久』が低い。
攻撃を当てさえすれば、一気にダメージを与える事が出来る筈だ。
「問題は、その攻撃をどう当てるかだけど……」
厄介なのは、あのスピードと『影』。
この二つをどうにかしない限り、コイツに攻撃を当てるのは難しい。
どうしようかと考えていると、『敵意感知』が新たに反応を示した。
「ガルルル……!」
「ウゥゥゥ」
「ウォン!」
現れたのは、新たなレッサー・ウルフたち。
その数、五匹。
だから、なんでお前ら、俺たちの方に来るんだよ!
あっちに行けよ!あっちに!ホームセンターの方!
ちらりとホームセンターの方を見る。
学生たちは、まだモンスターと戦っていた。
こっちには、気付いているだろうか?
さっきのシャドウ・ウルフの遠吠えは聞こえているだろうし、暗闇で見えてなくとも、自分たち以外に、『誰か』がこの場で戦ってる―――くらいには思っていてもおかしくはない。
出来れば、これ以上目立つ行動は避けたいんだけど……。
「そうも言ってられないか……」
本気で戦わないと、こっちが死ぬ。
こいつはそれだけの相手だ。
LV10まで到達したアイテムボックス。
その性能を見せて貰おうじゃないか。
「ウォォォオオオオオオオン!!」
シャドウ・ウルフが吠えながら突進してくる。
レッサー・ウルフたちもその後に続く。
俺は再び、奴らの頭上に向け、洗濯機を放つ。
「グァウ!!」
だが、躱される。
重量のある家電を、次々に放ってゆく。
レッサー・ウルフたちには当たるが、シャドウ・ウルフには当たらない。
頭上、ギリギリに放ってるのに、奴は『影』を使って、家電の動きを封じ、その隙に逃げ出してしまう。
……面積が足りないか。ならば―――。
≪経験値を獲得しました≫
お、レッサー・ウルフたちを倒した分か。
頭の中に声が響く。
「こっちだ!」
俺は奴に家電を放って、動きを鈍らせながら駐車場の中を駆け巡る。
目に付いた『それ』を、片っ端からアイテムボックスへ収納してゆく。
シャドウ・ウルフのスピードは速いが、アイテムボックスやモモの『影』で妨害を繰り返せば、なんとか距離を保つ事は出来る。
よし、十分な数は確保できた。
あとは場所だ。
ここよりも、向こうの方がいいな。
「モモ!こっちだ!」
「わん!」
モモと合流し、駐車場を出て大通りに出る。
シャドウ・ウルフも、俺たちを追いかける様に駐車場から出る。
見晴らしの良い国道。
遮蔽物の無いここならば、互いの姿がはっきりと分かる。
その中央で、俺とモモは立ち止った。
「グルルル……」
シャドウ・ウルフは罠を警戒しているのか、距離を保ったまま俺たちを睨み付けている。
でも悪いな。
ココに誘われた時点で、お前の負けだよ。
「くらえ―――!」
俺は奴に向けて切り札を放つ。
ずっと使おうと思って取っておいた俺の愛車―――いや、『廃車』をヤツの頭上へと放った。
「ッ!?―――グオオンッ!!」
流石にこの大きさと重量には驚いたのか、シャドウ・ウルフは先程よりも大量に『影』を出し、廃車を食い止める。
そして、落下が止まった瞬間、脱出を図ろうとした。
「まだだ!」
だが、逃げようとした『その先』に向けて、俺は再び車を放つ。
「―――ッ!?」
シャドウ・ウルフの顔が再び驚愕に歪む。
現れた車の『壁』。
更に、もう二台、三台と、奴を囲む様に車を放ってゆく。
これらは、先程の駐車場に乗り捨てられていた車だ。
『捨てられた物』を収納できるのは、実証済みだし、先程の戦闘中に収納しておいた。
問題はアイテムボックスが、これらの車を全て収納出来るかどうかだったが、LV10に上がり、収納能力も上がっていたようで助かった。
『グ……グルル……』
四方を車で囲まれた奴はもう逃げられない。
「どうした?車を飛び越えれば逃げられるぞ?」
俺がそう言っても、奴は苦々しい顔をするだけ。
ああ、そうだよな。知ってるよ。
お前のスキルが、モモの本家なら『弱点』も必ず同じだって思ってた。
「地面に足をつけてないと、『影』が出せないんだよな」
そう、それが『影』のスキルの弱点。
地面に足を着いた状態でなければ、『影』を操る事は出来ない。
モモに聞いておいてよかった。
まあ、四本の内一本でも着いていればいいんだから、普通に戦う分には何の問題も無いんだろうけどさ。
こういう風に、四方を壁に囲まれた状態なら、無理だよな。
得意のスピードも生かせない。
飛び跳ねようとすれば、その瞬間に『影』は消える。
唯一懸念だったのは、モモと同じ『影に潜る』スキルがあるかどうかだったが、この局面でも、それを使わないところを見ると、コイツはそのスキルを持っていないようだ。
モモの固有なのか、それともシャドウ・ウルフの個体差なのか、それは分からない。
奴の頭上へ車をもう一台、重ねる様に追加する。
逃げ場はない。
ならば、『影』で防ぐしかない。
だが、出せる『影』にも限界はある。
「詰みだな……モモ」
「わん!」
モモの影が、シャドウ・ウルフを捉える。
先程は影で相殺できたが、今はその余裕がない。
シャドウ・ウルフはモモの影に絡め取られ、身動きが取れなくなる。
己の敗北を悟ったのか、シャドウ・ウルフは悔しそうに呻り声をあげた。
「じゃあな、シャドウ・ウルフ。お前の負けだ」
ヤツが支えている影の上に、もう一台車を追加する。
その瞬間、影は限界を迎えたのか、あっさりと霧散した。
質量の塊が、シャドウ・ウルフを押しつぶした。
≪経験値を獲得しました≫
≪経験値が一定に達しました≫
≪クドウ カズトのLVが8から9に上がりました≫
ふぅー、何とか倒す事が出来たな。
さて、学生たちはまだ戦ってるみたいだし、さっさと逃げるか。