31.遠吠え
とりあえずは様子を見てみるか。
シャドウ・ウルフの下位版……レッサー・シャドウ・ウルフってところか?
長いな。レッサー・ウルフでいいか。
初めて見るモンスターだし、なによりモモが魔石を食べて、『スキル』を得たモンスターだ。気にならないと言えば、嘘になる。
「うーっ……!」
モモ、静かに。
……珍しいな、モモがこんなになるなんて。
今まではどんなモンスターを見ても騒がなかったのに。
どうしたんだろう?
「モモ、どうしたんだ?」
訊ねると、モモは急に俺に体を擦り寄せてきた。
しかもいつもより強めに。
ぴったりくっ付いて離れない。
夜は冷えるからすごく温かい……じゃなくて。
「……モモ、まさかとは思うが、俺があのレッサーウルフたちの事を、じっと見つめてたから不機嫌になった……なんて事はないよな?」
するとモモは、ぴくんと反応した。
そして「くぅーん」と寂しそうに鳴く。
……まさかの正解だった。
「いや、モモ。あれ、モンスターだから。別に飼おうと思って見つめてたわけじゃないからな?」
「くぅーん?」
モモはほんとう?って感じで見つめてくる。
ホント、ホント。
俺はモモが居れば十分だから。
アレ、ペットじゃなくて、モンスター。ただの経験値だからね。
俺がそう言うと、モモはようやく納得してくれたようだ。
離れる前に、もう一回身体を強く擦り付ける。
可愛いなぁ、もう。
「―――と、いかん。よそ見をしてる場合じゃなかった」
再びホームセンターの方へ視線を移す。
レッサー・ウルフたちは、まだ駐車場の付近をウロウロしていた。
用心深い性格なのか、見張りの居る入口には一定以上近づかないで、車の下に潜ったり、地面の匂いを嗅いだりしていた。
見張りの学生二人は気付いていない。
それどころか、呑気に欠伸なんてしてる。
おいおい、もう少し危機感もてよ……。見張りの意味ないだろ。
うーむ、バレていないのであれば、このまま狩ってしまうのも手か?
『危機感知』の反応からみても、レッサー・ウルフの強さはそれ程でもなさそうだし。
せいぜいゴブリンとホブ・ゴブリンの中間くらいだろうか。
『影』のスキルがどの程度かは気になるが、おそらくそっちもモモの方が上だ。
奇襲が成功すれば、間違いなく俺たちが勝つだろう。
いや、でも、待てよ?
そもそもレッサー・ウルフに、奇襲は成功するのか?
俺の持つ『気配遮断』や『潜伏』は便利なスキルだが、『匂い』までは消す事は出来ない。
それはモモで実証済みだ。
あの手のモンスターは、嗅覚が優れてるってのがお約束だ。
アイツらがモモと同等以上の嗅覚をもっているなら、近づいた瞬間に俺に気付かれる。
奇襲という、俺の持つ最大のアドバンテージが生かせなくなる。
ならば、このまま見て見ぬふりをするのが一番だろうか?
その上で、彼らとレッサー・ウルフが交戦してる間に、混乱に乗じてホームセンターの物資を頂き、逃走する。
我ながら呆れる位、下種な作戦だが、俺にとっては一番確実でメリットがある。
というか、そもそもあの学生たちレベルってどのくらいなんだ?
俺の現在のレベルは7。
比較対象が無いから、それが高いのか、低いのか分からない。
あの子達のレベルが分かれば、俺の立ち位置も把握できるんだけど。
うーん、でも出来れば、あの子達にはまだ死んで欲しくはないんだよなぁ。
別に情が移ったとか、食料の件で悪いと思ったとかではない。
単純に、今後を考えれば、彼らには生きていてもらった方が、俺にとって都合がいいのだ。
特に西野君とか言う学生は、かなりのリアリストだ。
アイテムボックスの件で、警戒されたかもしれないが、上手く事を運べば共闘関係を築けるかもしれない。表だって接触はしなくても、連絡を取り合う方法はあるわけだし。
ショッピングモールや、自衛隊の時のような、どうしようもない状況とはわけが違う。
順調にレベルを上げてくれれば、彼らは良い感じの戦力になってくれるだろう。
あのハイ・オークに対抗する為の。
逃げるにしろ、戦うにしろ、戦力は多いに越したことはない。
俺とモモだけでは出来る事に限界があるわけだし。
―――と、そんな風に俺が悩んでる間にも、レッサー・ウルフたちは動き出していた。
駆け出し、学生たちの居る入口へと近づいてゆく。
そこに来て、ようやく彼らもモンスターの存在に気付いたようだ。
「も、モンスターだあああああああああ!?」
「敵襲ッ!敵襲ゥゥゥゥッ!!」
大声で叫び、中にいる仲間に伝える。
既にレッサー・ウルフの牙は、目前まで迫っている。
一人はギリギリで躱した。
躱されたレッサー・ウルフはそのまま壁に激突する。
その瞬間、見張り役の少年は、手に持った鉄パイプを叩きつけた。
「ゴアアアアア!」
「このっ!このおおおおお!」
何度も何度も鉄パイプを叩きつける。
堪らないと思ったのか、レッサー・ウルフは飛び跳ね、少年から距離をとった。
もう一人の方は……?
見れば、もう一人の少年は、腕に噛みつかれていた。
叫び声をあげながら、必死に振りほどこうとするが、レッサー・ウルフは離れない。
「くっそ!そいつから、離れろおおおおおおお!」
もう一人の学生が、噛みついていたレッサー・ウルフに鉄パイプを叩きつけて無理やり引き剥がした。
鉄パイプを使っている姿が、妙に様になっているな。
もしかして、杖術か棍術辺りのスキルだろうか?
「大丈夫か?」
「痛ぇ……痛ぇよ、うぅ……うぁぁぁ」
噛みつかれた腕が、かなりひどい事になっていた。
肉が抉れ、骨が見えている。
四匹のレッサー・ウルフはじりじりと距離を詰める。
二人の顔に焦りと恐怖が浮かぶ。
「二人とも、大丈夫か!」
だがその瞬間、中から西野君が現れた。
その後ろには、数名の学生たちの姿もある。
見張りの少年たちの顔に安堵の色が浮かぶ。
「大野!二人を奥へ!急いで手当を!残りは防衛だ!」
「「「おうッ!」」」
学生たちは各々武器を構え、レッサー・ウルフと対峙する。
「グルル……」
しばらく両者は向かい合っていたが、数の不利を悟ったのか、レッサー・ウルフたちはゆっくりと後退し始めた。
撤退するのか?
だが、俺の予想は外れた。
一体のレッサー・ウルフは首を上げ、空に向けて吠えたのだ。
「ウォォォオオオオオオオオオオオオオオン!!」
それにつられるように、他のレッサー・ウルフたちも吠え始める。
「な、なんだ?」
「アイツら、何かするつもりか?」
「ハッタリだろ?今の内にやっちまおうぜ」
「まさか……急いでソイツらを倒すんだ!早く!」
学生たちが訝しげな表情を浮かべる中、唯一西野君だけが、焦った表情になった。
なんだ?
何か知らんが、ヤバい気がする。
その予感は正しかった。
『索敵』に反応があった。
モンスターの気配がする。ここに集まってきている。
それも、一体や二体じゃない。
どんどん増えていく。
『危機感知』が警鐘を鳴らす。
マジか。
アイツら、仲間を呼びやがった……!