第84話:獣人
第三章最後のエピソードです。
エレンを連れてシュブニグラス迷宮へと赴く。
「また一人増えたな。ふむ、奴隷じゃないのか」
入口でクレインさんにそう声を掛けられた。
「新たにタクマ様の愛人となりましたエレンと申します。今後とも、旦那様共々よろしくお願いいたします」
そしてエレンは丁寧に挨拶をし、深々とお辞儀する。
あ、待ってエレン。俺クレインさんに女性関係の事言ってないの。
サラ達に関してはそういう関係なんだろうな、とは思われてるだろうけど。
ちなみにクレインさんはモニカ、というかセニアの事もしっかりと覚えていた。
女性冒険者も珍しくないとは言え数が少ないし、その上でソロとなると相当珍しいらしいからな。
モニカは一度しかシュブニグラス迷宮に来たことがなかったらしいけど。
「あの頃はまだ弱かったから、山羊小鬼を一人で倒すのに苦労してて、割に合わないと思ったからよ。それに一人で潜ってると他の冒険者が声をかけてきて鬱陶しかったし」
とはモニカの談。
善意からの助言ならともかく、下心丸出しの奴とか、明らかに人気の無い場所に連れて行って大人数で、なんて雰囲気を出してる奴らもいたそうだ。
「それに乗り合い馬車の護衛クエストばっかりやっててよかったでしょ? 私と会えたんだから」
言ってて恥ずかしがるくらいなら言うなよ、と言いたくなる反応をしてくれた。
嬉しいけれど、俺もつられて恥ずかしくなる。
てか、『俺と出会えて』じゃなくて、お前が主題なのね。
まぁいいけど。俺もそう思うし。
「愛人……それも新たに……」
クレインさんの視線が俺、そしてモニカに移る。
「まぁ、一緒に住んでるから、多少はね!」
その視線を隠すように俺はクレインさんの前に立つ。
「まぁ、人様の事情に口出しする気は無いがな。刃傷沙汰は勘弁しろよ」
苦笑いを浮かべるクレインさんに、俺も苦笑いで返しておく。
シュブニグラス迷宮は相変わらずの賑わいを見せている。
帝国との戦争に兵士を取られているうえ、マヨイガで氾濫の兆候があるとかで冒険者の多くフィクレツに集まっているそうだけど、ガルツの人口密度に変わりはないようだった。
「エルフィンリード以外の迷宮は初めてですが、やはり違いがあるものですね」
物珍しそうに、周囲をキョロキョロと見回しながら弾んだ声で呟くエレン。
「エルフィンリードは迷宮の中でも特殊な作りだしなぁ」
なんせ森一つが迷宮の中に入っているんだ。
ダゴニアも相当だったけど、空間が歪んでさえいるあの迷宮は本当に特殊だ。
そう考えると、壁や床がゴリゴリ動いたりする訳でもないこのシュブニグラス迷宮は、むしろ迷宮の中でも普通の部類。
いや、逆にこここそが迷宮としては異端なのかもしれない。
「しかし人が多いな。もう少し潜らないと飛ぶ事はできないな」
『サーチ』と『マップ』で確認すると、周囲に人が多く居るのがわかる。
「そうですね、できるだけ早く下の階層へ行った方がよろしいかと」
「けどエレンは大丈夫なの? ステータスを見せて貰ったけど、魔法に関する事以外は並でしょ?」
「いやぁ、その辺はボク達で守ってあげればいいさ」
「それを言うなら、わたくしも到底深い階層に耐えうるステータスではありませんものね」
「皆さんお世話をかけます」
うぅむ。女三人寄ると姦しいとは言うけど、なんか一気にキャピキャピしだしたなぁ。
実際はこれまで、ミカエルが一人で喋ってる事が多かったんだけど、モニカがそれに応じるようになって、サラとカタリナも喋るようになったからな。
エレンも上手く相槌を打つし。
俺が何かを呟くと、それに誰かが反応してそこから会話が始まる。
正直、俺が口を挟む余地は殆ど無い。
長年のヒキニート生活のせいで会話が苦手になっているうえ、女性陣の会話のテンポの良さといったらもう。
次に何を言おうか、こう言ったらどういう反応をするだろうか、と考えてるうちにもう次の話題に移ってるからな。
深く考えずに反射だけで喋ればついていけるんだろうけど、それで引かれたらどうしよう、とか、傷つけるような一言を発してしまったらどうしよう、とか考えると、そんな勇気は俺には無かった。
この辺りはどうなんだろうな。
ハイパー俺になるためには特に考えずに上手く会話を転がせるようになるべきなんだろうけどさ。
「あ、みんなすまん。全部の通路に他の冒険者が居るな」
「ボク達の強さはある程度知られてるし、最短ルートでいいんじゃないかな?」
「そうね、こんなところで時間を取られる訳にもいかないし」
ミカエルとモニカの意見に全員賛成のようで、特に異論は出なかった。
「お」
という訳でそのまま進んで角を曲がると、山羊小鬼と戦闘している一団と遭遇した。
六人パーティは一つのパーティとしては多めだ。
しかし山羊小鬼一体に相当苦戦しているようだ。
『アナライズ』で見るとステータス低いもんな。てかほぼLV1とかなんだけど。
初心者かな?
既に二人が壁際でぐったりとしている。
死んではいないようだけど、重傷だ。
残りの四人も山羊小鬼の動きに翻弄されていて、このままだと全滅も有り得そうだ。
「うーん、連携がうまくいってないように思えるね。即席パーティかな?」
「全員軽装ですわね、バランスが悪いですわ」
「せめて盾持ちが一人欲しいわね」
冒険者経験組が好き勝手に批評している。
「というか全員獣人って珍しいな」
「そうなのですか?」
「奴隷でもないようですしね」
六人は全員獣人だった。
耳と尻尾を見る限り猫人族かな。
「そう言えば、最近獣人がガルツに多いね」
「そうなのか?」
「ええ、確かによく見るわね」
ふぅん、なんだろうな。たまたまフィクレツに行かなかった獣人が多かったから、比率でよく見るようになっただけかな?
「流石に助けてやるか」
「そうですね、見殺しにするのも気分がよくありません」
「うふふ、お優しいですね」
という訳で久し振りに弓を取り出し、矢を放つ。
山羊小鬼の眉間に突き刺さり、断末魔の悲鳴を上げる事もなく、そのまま光となって消えた。
「あ……」
そこで初めて俺達に気付いたようで、獣人達がこちらを見て呆けたような表情を浮かべている。
「すぐに治してやるから、そのままにしてろ」
そう言って俺は一団に近付いていき、治療魔法を使って傷を治してやる。
「すいません、助かりました」
そう声をかけてきたのは男性の獣人だった。
大分年を召してるように見えるな。人間で言えば30~40歳くらいか。
正直、冒険者としてはちょっと無理がないか? これで高LVだってんならともかく、種族LVはたったの7だ。
「言っちゃなんだが、冒険者に向いてないんじゃないか? パーティもバランスが悪いと思うぞ」
改めて思うけど、俺は俺のスキルと魔法がチート過ぎるから、あまり気にしないけど、本来はトラップ対策の職業が必要な筈だ。
けれど彼らの職業はなんと殆どが無職だ。オジサン獣人が『戦士』と『農夫』。あとは一人の女性獣人が『拳闘士』を持っているだけだ。
え? これマジでなんの集団?
なんか年齢もバラバラだぞ。
「いや、お恥ずかしい話ですが、実は故郷を失ってしまって……」
「ああ、北の方の住民か?」
帝国の侵攻で住んでいた村が潰されてしまったりしたんだろうか。
となると、彼らはパーティじゃなくて、家族って事?
それなら年齢がバラバラなのも種族が一緒なのも納得がいく。
「冒険者にゃら身一つで稼げると聞きましたし、ガルツは迷宮都市として、身分を気にせず入れるという事でしたので……」
「けど、戦争で故郷を失ったんなら王国に申請すれば別の村に移住させて貰える筈だよ? 戦争でなくても、移住制度はあるんだから、わざわざガルツに来て危険な冒険者にならなくても……」
『農夫』持ってるって事は農家だったんだろうしな。
「いえ、我々はエレノニア王国の民じゃにゃいんですよ……」
オジサン獣人は気まずそうに目を逸らした。
あ、訳有りか。なら聞かない方がいいかな。
彼らの心情的にも。俺達の状況的にも。
あと、語尾が変わる事はないけど、ナ行はやっぱり変わるのか。
いや、これは言語チートの謎翻訳の仕事だから、イントネーションとかが違うのかもしれない。
「私達はラングノニア王国から来た、難民にゃんですよ」
『拳闘士』の女性獣人が替わりに答えた。
エレノニア王国南方に位置するラングノニア王国は人間至上主義を掲げる国家だ。
ヒトではなく、人間。
つまりエルフやドワーフ、獣人といった種族を亜人として一段下の扱いをしている。
名前:ノーラ
年齢:8歳
性別:♀
種族:ガレオン
役職:ギノ族戦巫女
職業:拳闘士
なるほど、猫人族じゃなくて獅子人族だったか。
獅子人族の寿命は人間の三分の一くらいだから、彼女は人間で言えば24歳くらいって事になる。
難民ってだけでも、あれだけど、役職がなんかヤバくね?
俺達向けのトラブルの匂いがプンプンするぜ。
×俺達向け
〇俺達に向けられた
女神ぇ……。
最後のハーレムメンバー(ネタバレ)ノーラ登場です。
勿論、彼女とタクマが出会ったのは女神のお導きによるものです。