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オーク英雄物語 ~忖度列伝~  作者: 理不尽な孫の手
第五章 サキュバスの国 復讐の兄妹編
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54.婚約

 女が去り、一晩が経った。

 バッシュは重症だったが、妖精の粉により何事もなく回復した。

 夜が過ぎるまで、誰もが無言だった。


 ゼルと双子は、先程の凄まじい戦いを反芻していた。

 バッシュは先程の戦いについて、いかに動けば勝てたのかを考えていた。

 無言どころか、誰もが身じろぎ一つしなかった。


 バッシュたちは、夜が明けると同時に動き出した。

 歩き出すと興奮がぶり返してきたのか、ルドが口を開き始めた。

 バッシュと女の戦いを思い出し、あの時は倒せたと思っただの、あの瞬間はダメかと思っただの、興奮さめやらぬ様子で、言葉が止まらなかった。

 その聞き役となったのはゼルで、話し上手な妖精は、上手に相打ちをうち、過去の事例を取り上げて盛り上げ、ルドの興奮をさらに強くした。


 黙していたのはバッシュとルカだ。

 バッシュが喋らなかったのは、特に理由は無い。

 ただ、戦いの中で動く度にゆれていた女の胸を思い出し、口元をにやけさせていたのは間違いない。


 対するルカはというと、ずっと難しい顔をしていた。


 そうしているうちに、やがて森を抜けた。

 開けた場所の先には谷があり、その下には川が流れていた。

 谷底までは高さがあったが、それでもゴウゴウと音が聞こえてくるほど川は水かさを増していた。

 連日の雨のせいだろう。


「あ、この川は旦那が落ちた川っすね! これを遡っていけば、元の場所に戻れるっすよ!」

「ああ」


 バッシュとゼルは、迷うことなく川の上流へと向かう。

 しかし、オーガの二人は足を止めていた。


「師匠、俺たちは、ここで失礼します」

「どうする気だ?」

「一度、故郷に戻ります。オーガの国は下流の方なので……」

「そうか」

「本当は、師匠についていって、ずっと修行したいけど……昨日の戦い見て、オレって、やっぱ、全然師匠に教えてもらえるようなレベルじゃないってわかって……」


 ルドはそこまでは笑っていた。

 だが、やがて顔をクシャリと歪め、叫んだ。


「悔しかった! 師匠の戦いについていけないどころか、参加する資格すらないんだって……! 仇討ちだなんだって息巻いても、あいつに相手にすらされてなかったんだって……! 全部、わかって!」


 ルドは泣き顔のままバッシュを見上げる。


「師匠は、最初からわかっていたんですよね。オレが、技とか学ぶ以前のレベルだって……だから、あんな訓練だったんですよね?」

「……そうだな」


 いつもなら、そんなことは無いと断言する所だが、今回ばかりはバッシュもわかっていた。

 さすがにルドは弱すぎた。

 勝てる、勝てない以前の問題だった。


「オレ、一から修行して、あいつに勝てるようになるまで……いや、せめて国の大人たちに一人前だって認めてもらえるぐらいまでがんばります!」

「そんな流暢なことをしている間に、やつは別の誰かの手に掛かって死ぬかもしれんぞ」

「……師匠と互角に戦えるようなやつが、そう簡単に死ぬとは思えません……それに……その、オレ、母さんはめちゃくちゃ強いの知ってたから、絶対にあいつが闇討ちしたんだって、卑怯な手を使ったんだって決めつけてたけど、あいつと師匠の戦いを見てたら、そうじゃないってわかったから、もう急ぎません」

「ならば、仇討ち自体をしなくてもいいのではないか?」

「あいつが母さんを殺したのは事実ですし……それに、目標が無いとサボっちゃいますから」


 ルドはそう言って、吹っ切れた顔で笑った。

 そんなルドを押しのけるように、ルカが一歩、前へと出てくる。


「あの、バッシュさん」

「なんだ?」

「今回は、色々とありがとうございました」


 ルカは一言そういうと、頭を下げた。

 そして顔を上げると、両手を胸の前でもじもじとさせ、上目遣いでバッシュを見た。


「その……仇討ちとか抜きにして、もう何年か経って、私が大人になったら、お嫁さんにしてくださいますか」

「むぅ……」


 その言葉にバッシュは少し考える。

 もう何年か経って……つまり今すぐの結婚ではない。

 いわゆる婚約であるが、バッシュはその制度をよく知らなかった。


「もちろんだ」


 ゆえに、すんなりと頷いた。

 その何年かの間はフリーなのだから、例えエルフであっても結婚できるだろうという算段だ。


「やった! ありがとうございます!」


 嬉しそうに笑うルカを見て、バッシュもまた微笑みを浮かべる。

 オーガとヒューマンのハーフなら、きっとバッシュ好みの美人になるだろう。

 そんなのが嫁になると思えば、期待に胸が膨らもうというものだ。

 今のルカは小さすぎて想像もできないが。

 養子とはいえルラルラの娘であれば、オーク英雄たるバッシュの嫁としても申し分ない。


「数年ってことなら、一度オークの国に帰ってもいいんじゃないっすか? 今すぐ子供を産めなくても、国でゆっくり育つのを待っててもバチは当たんないっすよ」

「いや、せっかく情報をもらったのだ。デーモンの国にもゆこう」


 バッシュはやや早口でそう行った。

 なぜなら、内緒であるが重要なのは、嫁ができることではないからだ。

 大事なのはこの旅で童貞を捨てること。

 ひいては、魔法戦士にならないことである。

 ゆえに、ここで旅をやめるなど、とんでもないのである。


「うーん、そういうもんなんすかねぇ……?」


 ゼルはイマイチわからないという顔で、首をかしげる。

 とはいえ、ゼルはフェアリー、バッシュはオーク、細かい事にはこだわらない主義だ。


「まぁ、旦那なら嫁がたくさんいてもいいっすもんね! それに、旦那の相手をルカちゃん一人でするってなったら、いくらオーガの血を引いてるって言ったって、すぐ壊れちゃいそうっすもんね!」

「うむ」


 その言葉の意味を、まだ幼いルカは知らない。

 だが、オーガも一夫一妻の制度を持つ種族ではない。

 バッシュが多くの妻を必要とすると聞いても、特に疑問は思わなかった。


「……? よくわかりませんけど、私も他の方々に恥ずかしくないよう、故郷で頑張って花嫁修行をしてきます!」

「ああ!」


 バッシュは、期待に満ちた笑みでうなずいた。


 かくして、バッシュに許嫁ができた。

 この旅が始まって、初の成果だった。

 それは、一歩と言うにはやや短く、目的の達成に関係ないものである。

 だが、確かにバッシュの理想へと近づく一歩であった。


 さりとてバッシュの旅は続く。

 真の目的を遂げるべく、デーモンの国へ。

 道中で戦った女剣士の胸の揺れを思い出しながら――。





 バッシュが出立し数日が経過したサキュバスの国は、沈痛の空気に包まれていた。


 長く降り続いた雨はやんだ。

 しかし、残っていたのは、暴動による瓦礫と、泥だらけのサキュバスの誇りと、破壊された聖域であった。


 聖域は、サキュバスにとって大事な場所であった。

 遥か昔から、ここを守れと教えられ、それに遵守してきた。

 何のために、という部分までは伝承されていなかったが、信仰の対象として見ていたサキュバスも数多く存在した。

 それが失われた。


 サキュバスは、比較的短絡的な種族である。

 それゆえ、数年もすれば綺麗さっぱり忘れるかもしれない。

 だがそれはそれとして、今はほとんどのサキュバスが、敗戦が決まり、講和を受け入れた日と同じような顔をしていた。


 特に、サキュバス女王カーリーケールはの落ち込みようは酷かった。

 長年サキュバスが守り続けたものを、自分の代で失ってしまった。

 自分の気の抜けた指示のせいで、長年連れ添った部下まで失ってしまった。

 その自責の念でふさぎ込み、小じわが増えてしまっていた。


「はぁ……」


 戦争が終わったからと、油断していた。

 油断しすぎていた。

 自分たちは、もうこれ以上落ちることは無いと、心のどこかで思っていた。


 違うのだ。

 わかっていたではないか。

 敗北は、敗北を呼ぶ。

 負けたからこそ、今が辛いからこそ、気を引き締めなければならなかったのだ。


 なぜ聖域が破壊されていたのか、その詳細はわからない。

 討伐隊の帰りが遅いために再度送った斥候からの報告によると、どうやらサキュバスを殺し聖域を荒らした者は、バッシュと戦った形跡があったらしい。

 戦いの結末がどうなったのかはわからない。

 だが、周囲に転がるのは聖域を守っていたサキュバスの死体だけで、バッシュの死体も、下手人の死体もなかったそうだ。


 それを鑑みると、バッシュが一方的に敵を蹂躙し、犯し尽くした後に逃がしたか、そのまま連れていった、といった所だろう。

 本来なら、下手人の首をサキュバスに渡してもらいたい所だが、負けた女を連れ帰るのはオークの習性だ。仕方がない。

 むしろカーリーケールとしては、感謝しかなかった。

 あの下手人が野放しであれば、きっともっと酷い結末を迎えていたに違いないのだから。


(バッシュ様、別れ際はあんなことを言ったのに、聖域を襲った下手人を倒してくれるなんて……)


 状況だけを見れば、バッシュと下手人がグルであるという見方ができなくもない。

 だが、そんな邪推をするほど、カーリーケールの誇りは浅くはない。

 仮にそうだとしても、歓迎されたサキュバス国で食われかけたバッシュの報復としては妥当な所だ。許さざるを得ないだろう。


 まぁ、それはそれとして、バッシュが去った後のサキュバス国の現状はひどいものだ。

 暴動で"食料"に被害が無く、食い扶持が減ったおかげで食料供給に若干の余裕が生まれたのが、不幸中の幸いか。

 それとて、決して手放しで喜べるものではなく、食料事情が困窮している事実には、なんの変化も無かったが。


「女王陛下、使者が謁見を求めております」


 そんな時、側近のニオがそんな報告を持ってやってきた。


「使者? こんな時にどこのどなたぁ? くだらない要件だったら吸い尽くすわよぉ?」


 カーリーケールは苛立ちを吐き出すようにそう言った。

 敗北は敗北を呼ぶ。

 今のこの状況で、良い要件など、来ようはずもないと、そう思っていた。


「それは怖い。このまま帰ってしまおうか」


 そう言って入ってきたのは、一人の若い男だった。

 女王カーリーケールは、その男の名を知っている。


「ナザール・ガイニウス・グランドリウス殿下……!?」

「お初にお目に掛かる。サキュバス女王カーリーケール」


 ナザールはそう言うが、カーリーケールは遠目で何度かこの男を見ている。

 ヒューマンで最も有名な男。

 戦争中、この男を捕らえ、泣き声を聞きながら吸い殺すのを、幾度夢見たことか。


 今が戦争中であれば、鴨が葱背負ってやってきたぞと魅了の魔眼をギラギラ光らせ、お腹いっぱい吸い尽くし、唾液とかでべとべとになったナザールの骨と皮をヒューマン本国に送り返す所だ。

 でも、今は違う。

 ヒューマンの王子ナザールに手を出せばどうなるか、わからないカーリーケールではない。

 だから、せめて虚勢を張ってこう言うのだ。


「いきなり入ってくるなんて、無礼ではなくって?」

「申し訳ない。実を言うと、私はまだ正式な使者というわけでもないもので……」


 お忍びでサキュバスの部屋に来るなど、食べてくださいと言っているようなものだ。

 とはいえやはりカーリーケール。

 見え見えの釣り針に引っかかる女ではない。


「では、一体どういうつもりなの? お話なら謁見の間で聞くわよ?」

「こういうお話です」


 ナザールが指をパチンと鳴らす。

 すると、十数名の男たちがぞろぞろと入ってきた。

 どうやら彼らは数日ほど旅を続けてきて風呂に入っていないらしく、部屋の中に濃厚な男の香りが充満する。

 それを嗅いだ側近のニオが、慌てながらナザールへと問い詰める。


「な! 何を考えているの!? サキュバス女王の部屋にぞろぞろと」

「あ、これは失礼。ご婦人に対して無礼が過ぎましたね。ですが――」

「無礼とかではないわ! 飛んで火にいる夏の虫なのよ! 私たちが我慢できているうちに、はやくしまって。あ、ほらもう、涎が……」


 ニオもまた誇り高きサキュバスだ。

 だが、先日敬愛する姉が死んでからは、悲しみから食欲も失せていた。

 ちょうど空腹な所にごちそうを並べられては、ひとたまりもない。


「ああ、そうか。なるほど、これは失礼した。しかしながら要件はそのことでして」


 ナザールは、そうしたサキュバスの苦悩などわからない。

 ただ、いつもどおりの飄々とした表情で、説明を始める。


「先日、ある人物からサキュバスが今、酷い食糧難に陥っていると聞き、支援物資を用意してやってまいりました」

「ある人物……?」

「ええ、名前はあかせませんが、切実だと。ゆえに、こうして取り急ぎ志願者を募り、馳せ参じたというわけです」


 カーリーケールが思い浮かべたのは、一人の男の姿だった。

 つい先日、サキュバスの国にきて、食料の状況を視察していった男……。


(バッシュ様、下手人を始末してくれただけでなく……食料まで……!?)


 バッシュが国を出てからナザールが志願者を集めてここに来るのには、明らかに時間に無理があるのだが、カーリーケールは気にしない。

 バッシュはそのために来ていたと思っているからである。

 まぁ、バッシュの足ならギリギリ間に合わなくもないが……哀れなのはキャロットである。


「感謝するわね、ヒューマンの王子さま」

「いいえ。元はと言えば、我らの中にサキュバスを毛嫌いする者がいたから、このようなことになっているのです。戦争が終わったのだから、手に手を取り合わないといけないのに」


 ナザールはそこでチラと窓の外を見る。

 視線の先には、サキュバスの誇る"食堂"があった。 


「とはいえ、サキュバスは食料の管理ができていない、という噂も聞こえてきておりましてね。急だったとはいえ、志願者をそのような死地に送り込んでよいものか……」

「それは……」


 カーリーケールの額に冷や汗が流れる。


「というところで先日、知り合いの密偵にこっそりと視察させたのですが」

「……」


 その言葉で思い浮かぶのも、やはり一人の男だ。

 その男は食堂を視察していたが、サキュバスから非道な仕打ちを受けてしまった。

 もはや合わせる顔もない。


 バッシュからの報告も、ひどいものだろう。

 きっとナザールは、それを詰りにきたのだろう。

 ごちそうを並べるだけ並べ、「君達は躾がなっていないからご飯は抜きだ」と、そう宣言しにきたのだろう。

 ヒューマンは、そういう趣向が好きだから。

 なんなら、今いる"食料"すら取り上げるつもりかもしれない。


「……」


 だとしても、バッシュに対しての仕打ちを考えれば、言い訳の一つも出てこない。

 ゆえにカーリーケールは絶望的な表情でナザールを見る。

 せめて、今いる"食料"だけは勘弁してくれと、ヒューマン流の頭の下げ方でもって、懇願しなければならない。

 それは、サキュバスの誇りに傷が付くかもしれないが、不出来な女王の最後の仕事と考えれば、上出来だろう。

 そう思いつつ、カーリーケールは椅子から立ち上がろうとし、


「素晴らしい、と一言」

「え」


 ナザールからの言葉で、すとんと椅子に座り直した。


「食事は豪勢だし、寝床も暖かで、元死罪人に対するものとは思えない待遇だと。少し太りすぎていることが気になる所ですが、きちんと運動もさせている。最近、ヒューマンの国でも問題になりはじめた病への対処法をよく勉強しておられるようだ」

「え、えぇ。当然ですわぁ。大事な食料に死んでもらって困るのは私たちですものぉ?」

「他のサキュバスたちの教育もよく行き届いているようですね。入国時に何人かに襲われるかと思い、一応護衛を連れてはきましたが、必要なかった。ここ数日は少し騒がしかったと聞き及んではいますが、私の目から見るサキュバスは十分に理性的だ」

「当たり前よぉ。わたくし達は誇り高いサキュバスですもの。お客人を襲ったりなんかしないわぁ」


 カーリーケールはそう言いつつ、首の辺りを流れる冷や汗を拭った。

 今は落ち着いているが、暴動の直前であれば、その可能性は十分にあった。


「正直、ここに来るまでは心配でした。私も男性である以上、サキュバスとの戦闘には参加しませんでしたから。サキュバスについては人に伝え聞くのみ……女性版のオークのような存在であると伺っていましてね」

「……そうねぇ。間違ってはいないわねぇ」

「先日、私もオークが想像よりずっと誇り高い種族であると知り、ならばサキュバスも同様だろうと、私自らが足を運ぶことに決めましたが、正解でしたね」

「……」


 いつもなら、オークなどと一緒にするな、と怒っただろうか。

 だが先日、敬愛するオークの英雄を食おうとしたばかりか、助けてまでいただいた。

 そんな口がきけようはずもなかった。

 今のサキュバスは、オーク以下の獣だ。


「上が誇り高くても、下がそうとは限らないわ。運がよかったわねお坊ちゃん。途中で捕まったら、吸いつくされちゃってたわよぉ?」

「そのための護衛です。誇りのない者が"下"の者なら、露払いはそう難しくありませんので」

「その護衛の姿が見えないけれど?」

「自分が姿を表すと面倒なことになると、いつもどおり仮面をつけて部屋にこもっておりますよ」

「ふぅん」


 カーリーケールは何気ない仕草でうなずいた。

 ゴタゴタしていたせいか報告が入っていないが、ちゃんと自分の身を守る術が持ってきたようだ。

 であれば、とカーリーケールはナザールの後ろに並ぶ男たちを見る。

 今の話の流れを、そのまま受け取って良いであれば、この男たちは……。


「それで、そこにいる子たちが"支援物資"ってこと?」

「はい。こちらの二十名が、サキュバスの"食料"となることを志願した者たちとなります」

「つまり、遠慮なく食べちゃってもいい子たちってことぉ?」

「ええ。ですが、彼らは死罪人ではなく志願者です。相応の扱いをお約束いただきたい」

「相応なんて言葉を濁されてもわからないわ。どう特別扱いしてほしいの?」


 その言葉に、二十人の内の一人が前に出る。

 顔に傷のある、禿頭の男。

 一目で戦争を生き抜いてきたことがわかる風体だ。

 加えていうなら、顔の造形がヒューマン基準でいうところ、かなり良くない。

 10段階評価で美醜を表すなら、ぶっちぎりの1だ。ナンバーワンではなくワーストワンだ。

 サキュバス的に言えば、よく出してくれそうな良い子だが。


「自分は、サキュバスを妻に迎えられればと考えております!」


 その"特別扱い"は叶えることが出来ない。

 カーリーケールは悲しそうな顔で首を振る。


「残念だけど、我が国ではヒューマンのように男女一人ずつで婚姻を結ぶことはできないの。志願していただいて悪いけど、毎日十人は相手をしてもらうことになるわねぇ……あと、知っていると思うけど、サキュバスはヒューマンの子供を作れないわ」

「言葉を間違えました! かわいいサキュバスとイチャイチャチュッチュできればそれで十分です!」


 十人と聞いて、男の鼻息が荒くなった。

 目も血走っている。

 カーリーケールに理由はわからないが、なぜだか興奮しているようだ。


「それって、要するに、普通に食料として食べてほしいってことよねぇ?」

「そう、なるのですか? 食べられたことがないので、わかりませんが」

「失礼じゃなぁい?」

「失礼じゃありません」

「ふぅん」


 むしろヒューマンはそういうのが嫌いなのではないか。

 そう思うカーリーケールだったが、自分から他種族の食料に志願してくるようなヒューマンなのだから、普通の感覚は持ち合わせていないのだろう。


「自分は!」


 次に出てきたのは、陰気そうな男だった。

 一言で言うと体臭が非常にキツい。

 数日ほど風呂に入っていなさそうな集団において、群を抜いてくさい。

 口もどことなく臭っている。

 もちろんサキュバス的に言えば食欲をそそる香りだ。


「その、"最中"に嫌な顔をしないでいただければ……あの、できれば演技でもいいので、喜んでいるような顔でいていただければ!」

「食べさせてもらうのに、嫌な顔をするわけないでしょぉ? みんな喜ぶにきまっているじゃない。あなたを食べてる時は、きっとみんなうっとりしていると思うわよ」

「そう、なのですか?」

「そうよ。でもそう……つまり要するにあなたも、普通に食べてほしいってことなのね?」


 カーリーケールは、なぜこの男がそんなことをいい出したのかわからない。


 彼女は知らない。

 ヒューマンには、戦後に結婚するどころか、職すら失って賊になる者や、そうでなくとも諸国を放浪せざるをえなくなってしまった者が大勢いることを。

 そしてそうした者の中には、ヒューマンの女性から相手にされない者が多いということを知らない。

 その場にいたのは、ヒューマン女性から相手にされないばかりか、他国の女性からもそっぽを向かれてきた者たちばかりだった。


「自分は――」


 それから、男たちは次々と自分の欲望を口にしていった。

 それは、ヒューマンからすると「うわ、キッツ」といいたくなるようなものばかりであったが、サキュバスからするとどれも「要するに普通に食べてほしいってことなのね」であった。


「つまり、あなたたちは、本気でわたしたちの"食料"になってくれるために、ここに来たってわけね?」

「は、はい……」


 やがて全員の自己紹介が終わった時、サキュバス女王の声はやけに低くなっていた。

 眼光も凄まじく強かった。


 男にとってサキュバスは天敵だ。

 どれだけ強くとも、魅了を使われるだけで、そこらの下級サキュバスにすら抗えない。

 そんな中でもトップクラスのサキュバスに射すくめられては、男たちは震え上がらざるを得なかった。


 正直、彼らは性欲に負けただけだ。

 ビースト第三王女の結婚式にかこつけて、自分もビースト女性の一人と結婚できればと頑張ってみたものの見向きもされず、長旅で金もつき、やがて山賊あたりに身をやつすも、すぐに討伐されて死ぬだろうと思っていた所に、ナザールからの勧誘を受けた。

 サキュバスが困窮しているなど、どうでもよかった。

 死ぬ前に、サキュバス相手でもいいから、良い思いをしたい。

 そう思っただけで、のこのことサキュバスの国まできてしまった。


 つまりサキュバスをそこらの娼婦同様に扱おうとした。

 そんな邪な思惑を、サキュバス女王には見抜かれた。

 そう思い、思わず身を正した。


「……」


 あっさりこの場で吸い殺されるのかもしれない。

 そう危惧した所で、女王は居住まいを正した。

 そして、ヒューマン風に、優雅に頭を下げた。


「ヒューマンのご助力に、感謝いたします。このサキュバス女王カーリーケール、飢えに苦しむ全サキュバスに代わり、お礼を申し上げます」


 顔を上げたカーリーケールは、柔らかな笑みをたたえていた。

 男たちはポカンとしたが、次第に顔をほころばせ、はにかんで笑った。

 戦後、女性に作り物でない笑顔を向けられたことなど、いや、作り物の笑顔ですら、ほとんど向けてもらえなかった者たちだった。

 そんな彼らに、カーリーケールの笑顔は眩しすぎた。

 エロい格好をした女が、ピシッと座っているのも眩しすぎた。


「この謁見が終わり次第、お部屋にご案内します。ご要望はお近くの者になんなりとお申し付けください。ニオ。この方々を"食堂"にご案内してさしあげて」

「ハッ!」


 カーリーケールの言葉で、ニオが男たちを連れて退室する。

 男たちは、今でこそ、サキュバスの尻を眺めて鼻の下を伸ばしているが、すぐに毎日の"食事"が、自分たちが思っているよりずっと重労働であるといずれ知るだろう。

 だが、しばらくは幸せの日々を過ごすのは間違いない。


「ナザール殿下。急なことであったにも関わらず、二十人もの"食料"を集めていただき、真に感謝いたします」

「いいや、むしろ少なすぎて申し訳ないと思っていますよ。本国に戻ったら、本格的な支援を議題に出すつもりです。そっちはなかなか難しそうだから、あまり期待しないで欲しいのですが」

「そのお気持ちだけで、感謝の念が耐えません」

「……はは、サキュバスに敬語を使われるというのは、なんだかおかしな気分ですね」

「サキュバスは、真に尊敬する相手に対してのみ、敬語を使います」

「それは光栄だ」


 ナザールは柔らかく笑いつつ、ふと思い出したように言った。


「ただ、私よりもっと別に、感謝してほしい方がいましてね」

「それは?」

「名前は言えませんが……誇り高き男だと言っておきましょう」

「ああ」


 カーリーケールはナザールが何を言わんとしているか理解し、総合を崩した。


「ええ、もちろん。我がサキュバスは彼が望むとあらば、全勢力を持って助力するでしょう」


 カーリーケールはつい先日まで国にいたグリーンオークを思い出す。

 サキュバスのために、あれだけ尽力してくれたオークは、きっと今までに一人も、そしてこれからも一人も出てこないだろう。

 オークとは本来、欲にまみれた薄汚い種族なのだから。

 しかし、ただ一人、誇り高き戦士がいるだけで、種族としての価値は大きく上がるものだ。


「例えそれが、サキュバスを危機に追いやるものであっても……」


 サキュバスの聖域は破壊された。

 だが、古きサキュバスの言葉は失われない。歴史は失われない。

 誇りが失われぬように。

 ならば、自分は聖域を破壊された女王という汚名と共に、類亡き英雄に報いた女王という名を刻もう。


「サキュバスは必ず恩を返しますので」


 カーリーケールは、妖艶に笑うのだった。

第五章 サキュバスの国 復讐の兄妹編 -終-

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― 新着の感想 ―
[良い点] おもろい [気になる点] サキュバスは子供の頃はどうやって栄養摂取するんだろう…? [一言] おもろい
[一言] ぶっちゃけ普通にサキュバス国に行きたい人を募集すればもっと沢山あつまりそうだな 永住じゃなくて旅行でも良いし
[良い点] もう普通に嫁を得て終了はねえなこれ 本命ハーレムエンド 対抗魔法戦士ただし『高潔と献身の証』としてさらに名声が高まる 大穴ゼルが何らかの方法でデカくなってバッシュを落とす
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