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オーク英雄物語 ~忖度列伝~  作者: 理不尽な孫の手
第五章 サキュバスの国 復讐の兄妹編
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43.プロポーズ

「キュオオオオォォン!」


 唐突に響き渡った咆哮で、バッシュは飛び起きた。

 近くにあった何かを掴んで体を起こし、片膝をついて起き上がり、背中の剣を抜き放つ。


「ゲホッ……ガボッ、ガハッ……」


 無意識にした咳と同時に、口の中から大量の水が吐き出される。

 バッシュは口元を拭いつつ、周囲の状況を確認をする。

 今の咆哮の主、バッシュを跳ね起きさせた存在がいるはずだった。


 場所は恐らく、崖際だ。

 川が増水しているせいでわかりにくいが、元々崖だった所まで水かさが増しており、バッシュは崖際に生えた木々の一本に引っかかっていたのだ。

 正面には森が広がっており、目に見える存在は3つ。

 こちらに背を向けている、二人の人間。

 人間が相対しているのは、一匹の魔獣。

 大きさは5メートル程度、鷹の頭と獅子の体、巨大な翼を持った魔獣。グリフォンだ。

 こいつの咆哮が、バッシュを起こしたのだろう。


 水の精霊は、何かをバッシュに伝えようとしていた。

 それが何かはわからない。

 あるいは、あれは死にかけのバッシュが見た夢なのかもしれない。

 伝えたいことなど何もなく、気まぐれにバッシュを助けただけなのかもしれない。


 けれどもバッシュは、関連付けて考えた。

 あの水の中での出来事には、何か意味がある、と。

 直感と、言い換えてもいいだろう。

 そして、そうした直感は、幾度となくバッシュを窮地から救ってきた。


 バッシュは素早く状況を観察する。

 こちらに背を向けている二人の人間。

 こちらに背を向けている人間の内一人は、片方は膝をつき、血を流している。

 もう一人は、それを助けるように、肩を抱いていた。


 こうした光景を、バッシュは何度か見たことがある。

 二人は、戦い、負けたのだ。

 グリフォンに。

 そして、今まさに止めを刺されようとしているのだ。


(この二人を、助けろということか……?)


 バッシュは瞬時に、そう結論付けた。

 でなければ、わざわざこんな所に運んだりはすまい、と。


「グラアアアアァァァァァァァオオオオゥ!」


 ウォークライ。

 唐突に放たれた咆哮に対し、最も顕著に動いたのはグリフォンだった。


 二人の人間に向けて低く構えていた首を持ち上げ、ウォークライの主であるバッシュを視界に捉える。


 バッシュを視認して一秒。

 バッシュをこの場で最も脅威と受け取ったのか、あるいは自分の獲物を取られると思ったのか、巨大な翼をはためかせて空中に浮かび上がると、一直線にバッシュに向かって突っ込んできた。

 きっと若いグリフォンだったのだろう。

 老獪なグリフォンであるなら、バッシュを見た瞬間、脇目も振らずに逃走に掛かるだろうから。


 もっとも、どちらにせよバッシュがやる気である以上、結果は変わらない。

 バッシュは大上段からの一撃を見舞った。


「……グゲッ」


 グリフォンは一撃で真っ二つに両断された。

 グリフォンと思えぬぶさいくな断末魔の叫び声を上げつつ、バッシュの背後に流れる濁流へと落ちていく。


「……」


 バッシュはグリフォンが濁流から上がってこないのを確認した後、後ろを振り返った。


「……え?」

「な、なにが……」


 そこには、呆然とする三人がいた。

 満身創痍で膝をついているのは、少年だった。

 赤黒い肌、額からは角が生えている。

 オーガ族の特徴を持っているが、オーガにしては体が小さく、細かった。

 あるいは、ヒューマンあたりの血が濃く混ざっているのかもしれない。


 少年の脇にしゃがむのは、少女だ。

 こちらもオーガで、その上まだ幼いのだろう。

 額からは角が生えているが、その角はまだ小さく、体も少年より一回り小さかった。

 年齢を想像するなら、十歳に届くか否か、といった所だ。


 そして、もう一人。

 グリフォンの影に隠れて見えなかった女がいた。


「これは驚きだ。オークが濁流から生えてきた」


 その言葉は、内容とは裏腹に、声音に驚きは込められていない、淡々とした口調だった。

 しかしながら、鈴を転がすような美声で、バッシュの心を震わせた。


(……なんと美しい声だ)


 見れば、恐らくはヒューマンと思しき一人の女が、剣を持って立っていた。


(……なんと美しい体だ!!!!)


 そして特筆すべきは、その体つきだろう。

 スラリとしたシルエット。

 だが、尻と胸のラインは、今までみてきた誰よりも美しかった。

 小さすぎず、大きすぎず、描かれた曲線は自然の偉大さを伝えてくるようで、思わず抱きつきたくなるようなプロポーションだ。

 性的な意味でも魅力的なのだが、それだけではない。


(しかも強い……)


 あの筋肉の付き方は、彼女が非常に優秀な戦士であると察せられた。


 美しい筋肉だ。

 付きすぎているというわけでもなく、芯まで鍛え上げられているのがわかった。

 黄金のような筋肉だ。


 ヒューマンの王子ナザールや、勇者レトと比べても遜色無い。

 あるいは、バッシュと互角かそれ以上に。

 素晴らしい肉体。

 生まれてくる子供は、間違いなく強い子供だろう。

 オークたちが女騎士を強く求めるのは、強い女が強い子供を産むことを知っているからだ。

 強い女に強く惹かれるのは本能なのだ。


 あとは顔さえよければいい。

 が、目の前の女の顔はというと、隠されていた。

 白い布が巻きつけられ、目元以外が隠されていた。

 これでは、この最高の体つきの女が、どんな顔をしているのかわからない。

 でも、それはバッシュにとって、大した意味は持たなかったのだろう。


「美しいな……」


 気づけば、バッシュの口から自然とそんな言葉が漏れていた。

 あるいは、ここ最近の女にアタックしてきた経験が、彼にそうしたお世辞めいた言葉を言わせたのかもしれない。

 訓練の賜物である。


「美しい……?」


 女はキョロキョロと周りと見渡すと、もしかして、と言わんばかりに自分を指差した。

 バッシュはこくりとうなずいた。

 お前以外に女はいない。

 オーガ族の少女はいるが、女というにはまだ幼い。


「ははは、オーク。顔も見ないでなぜ美しいとわかるんだい?」


 女は笑うが、やはり淡々としていた。

 面白くもない冗談だと言わんばかりに。


「顔など見ずとも、わかろうものだ」

「おっと、これはなんとも軟派なオークだ」


 女は、今度はクスリと笑った。

 そして、自分の顔の布に手を掛けた。


「……布の下に、こんな醜い顔が隠れていても?」

「むっ……」


 仮面の下から現れたのは、醜い痕の残る顔だった。

 顔の半分は火傷か何かで爛れ、さらにその上から大きな刀傷がついていた。

 無事なのは左目の付近だけであった。


 事実、その顔を見て、オーガ族の少年たちは「うっ」とうめき声を上げて慄いた。

 それほど、酷い傷であった。


「関係ない、傷は戦士の誇りだ」


 そう言えたのは、ここ最近の軟派な旅のおかげだったかもしれない。

 旅に出たばかりの彼が最初に見たのが、その火傷で爛れた顔であれば、顔をしかめていただろう。

 やはり嫁探しにおいて、顔は重要なファクターであるからだ。


 だが、バッシュはこの旅で、様々な美女を見てきた。

 ヒューマンのジュディスに始まり、エルフのサンダーソニア、ドワーフのプリメラ、ビーストのシルヴィアーナ……。

 どれも顔に傷もなく、肌の美しい者たちばかりであった。

 だが、しかし彼女ら以外の美女たちが全てそうだったかと言えば、そんなことは無い。

 例えばシワナシの森で目を付けたエルフ達は、顔に大きな傷が残っていた。

 しかし、その傷で美しさが損なわれることはなく、バッシュは迷いなくプロポーズを行おうとしたものだ。

 そう、美しさに傷は関係ないのだ。


「そうか……この顔を見てもそう言ってくれるのは、嬉しいな」


 女は淡々とした口調であったが、口元を緩めていた。


「ともあれ、美しい女を目の前にしたオークの行動は一つか。私を打ちのめし、無理やり犯そうというのだろう? やれやれ、濁流から生えてきたばかりだというのに、お盛んなことだ」

「……いや、合意なき性交は、オークキングの名の元に禁止されている」

「おや、であれば、なぜウォークライを?」


 バッシュは、ちらりとオーガたちを見た。

 それを見て、女は得心がいったようにうなずいた。


「ああ、そういう……オークでも人助けとかするんだな。となると、さっきのは私の態度を軟化させるためのおべっかか……はは、オークにお世辞を言われる日がくるとは……流石にむかつくな。殺すぞ」

「お前を美しいと言ったのは、本気だ」

「……よくわからないな? お前、いきなり現れて意味不明なことを言っているぞ? つまり、何をどうしたいんだ?」


 女は首をかしげた。

 しかし、バッシュとしては特に矛盾しているつもりは無かった。

 だから正直に答える。


「お前を妻にしたいと思っている」

「ハッハッハッハッハ!」


 女は声を上げて笑った。

 それは淡々としたものではなく、せき止められたものが溢れたかのようだった。


「いや失礼。唐突なプロポーズで笑ってしまったが、馬鹿にしたわけではない。私はこんな顔になった時、誰かの妻になることは金輪際無いなと諦めたんだ。実際、それから誰かに言い寄られたことも無かったしね。だから、初めてなんだ。こんな顔になってから、そんな真剣な顔で言い寄られたのは」

「……」

「しかも、私はそれをまんざらでもないと思ってしまっている。そんな自分が面白かったんだ」


 それは、今までにない好印象だった。

 ある意味、プロポーズが受け入れられたとも取れる返答だったからだ。


「ならば……」

「だがなオーク、人助けとプロポーズは両立できんぞ。特にこの状況ではな」


 女はそう言って、視線を横に外した。

 彼女の見る先にいたのは、二人のオーガ族。

 不安そうな顔でバッシュを見ていた。


「……」

「まぁ、お前はオークだ。彼らを助けるついでに私を打ちのめし、好きなように犯せばいいだろう」

「先程も言ったが、合意なき性交はオークキングの名の元に――」

「うん。君はオークキングの決めた掟を忠実に守る、育ちの良いオークのようだ。オークの顔の区別はつかないが、よく見れば顔もハンサムに見える。いや、これは好意を向けられたからそう感じるだけかな? それはさておき、オーク、真面目なのは結構だが、杓子定規にすぎるのは良くない。私は『勝ったら好きにしていい』と言ったんだ。それは合意じゃないのかな?」


 難しい質問だった。

 ここにゼルがいれば、すぐにでも相談したことだろう。

 そしてゼルは、その質問に明確な答えをくれたはずだ。


「そういうわけだ、さぁ、かかってきたまえ」


 女は掌を上にむけ、ちょいちょいとバッシュに手招きをした。


「……なぜ、俺を挑発する?」

「なぜって、私の愛騎のグリフォンを殺されたんだ。このあと歩いて帰らなきゃいけない。その腹いせに、君も斬ってやりたいと思うのは当然だろう? でもまぁ私も面倒くさい性格でね、せっかく今の私を美しいと言ってくれた相手に、乗り気で剣を振るうことができないんだ。君の方から来てくれたら、仕方ないなと剣を振るえる」

「……そういうものなのか」

「ああ、そういうものさ。あ、グリフォンのことは、あまり気にしなくていいよ。愛着はあったけど、思い入れはない。短い付き合いだったしね。敵討ちだのなんだのと、真面目にかまえてくれなくていい」


 バッシュはというと、混乱していた。

 女の言葉の意味や、話の流れがわからない。

 自分は一体なにをしたかったのか。

 そもそも、まだ状況が飲み込めていないのだ。


「さて、どうするんだ? オーク、君さえよければ、私はこのまま立ち去ろうと思う。そこの二人は、面倒だから殺そうと思っていたのだけど、君が立ちふさがるのであれば、仕方ないと諦めよう。私を美しいと言ってくれた君が立ちふさがるのだからね、いや本当に仕方がない」


 最後に、女はバッシュに選択を迫った。


「……ぬぅ」


 バッシュは混乱しつつ考える。

 選択肢は二つだ。

 女へのプロポーズを続行し、女を妻とする。

 プロポーズを諦め、水の精霊の願い(多分)を聞き入れて、少年と少女を助ける。


(わからん!)


 あるいは、この場に誰か、例えばかの『豚殺し』のヒューストンでもいれば、惑わされるなと言ったかもしれない。

 両立する方法はあるはずだし、女のいう「自分を倒せばヤっていい」というのは合意だ、双子を助け、女を倒し、両方を手に入れろ。あなたならそれができるはずだ、と。

 事情を知っていればの話だが。


 しかしこの場にはバッシュしかおらず、女の話術で選択肢が狭められたバッシュには、考えつかない。

 二者択一だ。


 本来であれば、バッシュは前者を選択しただろう。

 女はまんざらでもないと自分で言っていた。

 この場にゼルの支援は無いが、それでも言葉を尽くせば妻となってくれるかもしれない。

 今までに何度もチャンスはあったが、その中でも最大級のものだと言えよう。

 なにせ、プロポーズを受け入れてもらえたのだから。


 そもそも、バッシュの旅の目的は妻を手に入れることだ。

 その目的が達成できるなら、見ず知らずのオーガの子供の命など、安いものである。


 しかし、つい先程、水の精霊に命を救われたのも事実だ。

 水の精霊は何かしらの願いを、バッシュに伝えようとしていた。

 バッシュに何かをさせたいのだ。

 それはただの勘にすぎないが、恐らく間違いない。

 でなければ、水の精霊がバッシュを助ける理由は無いのだから。

 バッシュにふさわしい妻を娶らせるために、こんな所に運んでくれたのだと考えられるほど、今までの人生でバッシュは精霊に愛されてはこなかった。

 となれば、やはり二人の命を救うことが、精霊の願いなのだろう。


 精霊の願いを蔑ろにすれば、大きな災いが起こる……。

 となれば、


「俺は、この二人を助ける」

「そうか、なら私はこの場を去らせてもらおう。これでも忙しい身の上でね、やることがあるんだ」

「ああ」

「ではさらばだ。そっちの二人も、これに懲りたら故郷に帰るんだね」


 女はそう言うと、土砂降りの中を走り出した。

 ぬかるみに足を取られることなく、一瞬で森の奥へと消えていく。

 かなりの足腰だ。

 やはりバッシュの最初の見立て通り、相応の戦士だということだろう。


「あ、まっ……」


 そんな女の背中に、少年が手を伸ばしかけ、しかし力なくその手は落ちた。

 大雨で作られた水たまりにびちゃりと落ちた手は、悔しそうに握られる。

 そんな少年は、ややあって顔を上げ、バッシュを見た。


「あの、助けていただき、ありがとうございました……」


 少年の言葉に、バッシュは頷く。

 しかし、余計なお世話だったのかもしれない、とも思った。

 なぜなら、少年はうつむきながらも、震えていたからだ。

 隣にしゃがみ込む少女も、若干ながら嫌悪感の混じった表情でバッシュを見ていた。


 オーガはオークと同じく、戦士として生きる者が多い種族だ。

 時に、はぐれオークたちのように戦いを求め、あるいは戦いに死に場を求めることも、珍しくはない。

 それを邪魔した形になったのかもしれない。


 しかし次の瞬間、少年は勢いよく立ち上がり、言った。


「先程の太刀筋、感服いたしました! 俺を、あなたの弟子にしてください!」


 唐突な言葉は、雨音にかき消され、響くことは無かった。

 だが、確かにバッシュの耳に届いていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] サキュバス編だけどサキュバスは対象外だから、この女性が今の章のヒロインなのかな
[一言] もしやこの女、ナザールの姉リーシャでは??
[良い点] 相変わらず面白い [一言] 書籍買いたいんですが2巻の話とか出てきたりしてないんでしょうか。
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