23.武神具祭 予選~本戦開会式
武神具祭の予選はドワーフらしい適当さで進められる。
参加者には番号が割り振られ、闘技場に集まった者同士で適当に試合させる。
勝ち上がった者は、別の勝者と試合をする。
いわゆるトーナメント方式である。
出場者は一日に二戦する義務があり、祭りは出場者が最後の一人になるまで続く。
参加の締切は、トップ64人が決まるまで。
ゆえに、場合によっては、出場者が増え続け、何ヶ月も続くことすらある。
今回の武神具祭は、すでに前例にないほどの闘士が参加していた。
ゆえに、祭りは続いていた、何日も。
◆ ◆ ◆
「勝者、566番!」
バッシュは予選を順調に勝ち進んでいた。
5日の戦いを乗り越え、10度の勝利を得ていた。
どれも苦戦はしなかったが、辛勝であった。
というのも、武神具祭のルールが原因だ。
武神具祭の敗北条件は二つ。
参加者である闘士の戦意喪失や気絶、死亡。
そして武具の損壊である。
つまり、身につけている武器か鎧のどちらかが破壊されれば、その場で敗北となる。
プリメラの作った武具は、壊れやすかった。
いや、決して壊れやすいというわけではないはずだ。
バッシュの体に見合ったプレートメイルは重厚だし、鉄塊のような剣は見るからに頑丈そうだった。
プレートメイルの方は良かった。
5日前から今日に至るまでの戦いで、傷一つついていない。
だが、剣は違う。
一度か二度の戦いで、必ずといっていいほど曲がった。
今の所、予選は全て一撃で仕留めてきたが、もし長期戦に持ち込まれれば、敗北の可能性は十分にあったと言えよう。
「……」
バッシュは鞘に納まらなくなった剣を手に、周囲を見渡した。
闘技場では、他の参加者の戦いが続いている。
観客はまばらだ。
ドバンガ孔に住むほとんどのドワーフは、闘士として出場するか、鍛冶師として武具を作っている。
自分の関わる試合が無いのであれば、わざわざ闘技場に足を運ぶことはない。
観客としているのは、外部からの観光客か、すでに敗北した闘士ぐらいのものだ。
周囲では、戦いに勝利した闘士が武器を振り上げ、雄叫びを上げ、勝利をアピールしていた。
高々と雄叫びを上げて、オレは強いんだと周囲に喧伝している。
オーク社会においても、勝利アピールは喧嘩の醍醐味である。
もっとも、それは喧嘩がある程度近いレベルで行われた場合に限る。
突っかかってきた弱者をはねのけただけなのに、わざわざアピールをするのは、逆にダサい。
それがオークの常識だ。
ゆえにバッシュは、この程度の相手に勝ったことをアピールするつもりはなかった。
この大会に出た目的は、まさに強さをアピールすることではない。
優勝し、嫁を手に入れることだ。
必要のないことなどしないのだ。
が、バッシュは剣を持った方の腕を上げた。
観客席の中にプリメラがいたからだ。
アピールではない。
プリメラからは、戦いの後は武器の状態が見えるように掲げて見せろと言われている。
プリメラは曲がった剣を見て、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
今回も、お気に召す結果ではなかったようだ。
それもそうだろう。彼女の鍛造した剣は、今回も見事に曲がったのだから。
ともあれ、本日のノルマを達成したバッシュは、闘技場を後にし、控室へと戻った。
「そこでオレっちは言ってやったんすよ! その薄汚え手を離しな、ぶっ飛ばされねえうちにな……って。とはいえ相手は巨大なオーガが五人。いくらオレっちが強いと言っても、ぶっ飛ばすには骨が折れる! そう思った瞬間っす! オーガの一匹がぶっ飛んだ! この中で、誰かオーガがぶっ飛んでいくのを見たことあるヤツはいるっすか? それもキリモミしながら真横にっすよ? オレっちは見た……! オーガがぶっ飛んでいくのを。そして誰がぶっ飛ばしたのかを。そして、そこにいた者こそが、オレっちの尊敬するバッシュの旦那だったわけっす!」
「おー」
控室に入ると、ゼルがいつも通り自慢話をしていた。
「あっ! 噂をすれば旦那! おかえりなさい! 試合の方はどうでしたっすか!? ああいやぁ、言わなくてもわかるっす。旦那のことだ。無謀かつ蛮勇な相手を容赦なく一撃で叩き伏せ、悠々と勝利を得て戻ってきたんっすよね? いやぁ、お疲れ様っす! あ、こちらに飲み物を用意しておいたっすから、どうぞ飲んでくださいっす! 肩も揉むっすか!?」
「うむ」
見れば、バッシュが番号を呼ばれるまで座っていた椅子には柔らかいクッションが敷かれ、脇のテーブルには酒が用意してあった。
バッシュは言われるがまま椅子に座り、飲み物を手に取ると、ぐびりと音を立てて喉を潤した。
すかさずゼルが肩のあたりに張り付いて、ギュギュっと肩を押してくる。
恐らく、肩を揉んでいるつもりなのだろう。
バッシュの強靭な肉体はゼルの全体重を持ってしても、なんの痛痒もない。
が、ゼルから舞い落ちる粉が、バッシュの肩へと降り注ぎ、なんとなく肩のコリが取れるのを感じた。
「あ、あの、バッシュ様?」
と、ゼルの話を聞いていた闘士の一人が寄ってきた。
金属製の鎧に、幅広の剣。
控室ではありふれた格好をした、一人の男。
特筆すべきは、その顔がトカゲのようであった、というところか。
リザードマンだ。
「……なんだ?」
「お会いできて光栄です! オイラ、パイルズ川ゲッコー族の戦士タイドナイルです!」
「ああ」
見た目の判別は付かず、名前に聞き覚えは無い。
体付きや物腰を見るに、歴戦という感じではないが……。
「どこかで会ったか?」
ともあれ、もし知人であれば失礼だと思いそう聞いたバッシュに対し、タイドナイルは嬉しそうに首肯した。
「はい! 自分がまだ小さい頃、命を助けていただきました。パイルズ川の戦いです」
「あの戦いか。よく覚えている」
パイルズ川の戦い。
それは、バッシュの記憶にも強く残っている戦いだった。
発端はエルフ軍の策略により、サキュバスのとある中隊が孤立したこと。
エルフ軍は孤立した中隊を狙い、ドワーフ軍と連携して執拗な攻撃を加えてきた。
サキュバス中隊は当然ながら撤退を選ぼうとした。
が、彼女らはある理由から、防衛戦を選択した。
そうせざるを得なかった。
それは、撤退の途中で、一つの集落に通りがかってしまったからだ。
リザードマンの集落。
川の辺りに作られた小さな村には、多くの非戦闘員が残されていた。
サキュバス中隊は集落の非戦闘員を見捨てることが出来ず、そこに留まったのだ。
バッシュが救難要請を受けて集落にたどり着いた時には、すでにサキュバス中隊は壊滅状態で、リザードマンの集落はそこかしこから煙が上がっていた。
リザードマンの非戦闘員の何割かは囚われ、首に枷をつけられ、連れ去られようとしていた。
バッシュは到着するやいなや敵軍に突貫し、サキュバス中隊を助け、捕虜を救出した。
確かに、囚われていた捕虜の中に、まだ小さなリザードマンが何人かいた。
あの中の一人なのだろう。
「はい。あのままバッシュ様がきてくれなければ、自分は今頃、ドワーフの奴隷として、この闘技場で戦っていたかもしれません……いえ、そうなっていれば、すでに命はなかったかも……」
「そうか」
あの戦いは、バッシュの記憶にもよく残っている。しっかりと。
サキュバスの戦士たちの露わな肌とたわわな胸が。
「それにしても、貫禄のあるオークがいらっしゃるから、さぞ名のある方なのだろうと思ってお付きのフェアリーにきいてみたら、まさかあの『オーク英雄』バッシュ様だとは! 命の恩人に出会えたことを光栄に思います!」
と、そこで控室に「次409番!」と、呼ぶ声が聞こえた。
タイドナイルはその声に「あ、自分ですね」と手を上げ、闘技場の方へとあるき出し……ふと立ち止まり、バッシュの方を振り返った。
「あ、あの、手を握らせてもらってもいいですか?」
「かまわん」
「うわぁ、大きい手だ。それになんて力強い……自分、あなたのような戦士になれるよう、精進します!」
タイドナイルはそう言うと、元気に闘技場の方へと駆けていった。
「見たところ、武者修行中の若人ってところっすか。旦那を目指すとは、実に関心な若者っすね」
バッシュの横にいたゼルが満足そうにうんうんと頷いた。
「それで、これからどうするっすか? 義務としては二戦っすけど、もう一戦ぐらいやっとくっす?」
「いや、武器がこれだ。今日のところは引き下がろう……」
と、バッシュが言いかけた時だ。
バッシュの周囲を、筋骨隆々とした男たちが囲っていた。
どいつもこいつも口元をギュっと結び、目元に力が入っている。
ヒューマン、ビースト、ドワーフ……どいつもこいつも、見える所に傷痕を残した、むくけつき男たちである。
「何の用だ?」
喧嘩だ。
とバッシュは半ば予想して聞いた。
思えば、ドバンガ孔にきてからというもの、やたらと絡まれた。
酒場に行けば、必ずといっていいほど、強面のドワーフたちが突っかかって、「手を引け」だの「女と見りゃあ見境ねえのか」だのと罵詈雑言を叩きつけた挙げ句、逃げていく。
さしものバッシュとしても、ややフラストレーションが溜まっていた。
ドワーフの戦士はもっと男らしいと思っていたのに、興ざめである。
さて、とはいえ、ここは闘技場の控室……闘士同士の喧嘩は禁じられている。
やはりここは外に……。
「あの……俺とも握手してください!」
「レミアム高地の決戦でドラゴン倒したって本当ですか? 話を聞かせてください!」
「儂の作った剣、一度でいいから持ってみてはくれませんかのう? それで、できれば感想を……」
男たちはもじもじしながら、そんなことを言い出した。
「はいはい。そこに並ぶっすよ! 旦那も暇じゃないんすから!」
すかさずゼルがそう言うと、普段なら「並んでるヤツを全員ぶちのめして一番になる」とでも言いそうな男たちは、いそいそと隊列を作った。
それは、とても綺麗な二列縦隊であったという。
◆ ◆ ◆
一方その頃、プリメラは闘技場の入り口でバッシュを待っていた。
入り口近くの柱に背を預け、腕を組み、イライラと貧乏ゆすりをしながら、闘技場から離れていく人々の声に耳を傾けていた。
「あの566番のオーク……どう思う?」
「やべぇよ」
「俺たちは番号も遠いが……本戦で当たったらどうする?」
「棄権したい……」
「真面目に考えろ。もしここで勝てば、お前は歴史に名を残せるんだぞ……!」
「……なら、やっぱ武具狙いかな。バッシュっていやあ、10人のオーガと殴り合いの喧嘩をしても余裕で勝てるぐらいタフなヤツだが、見た所武具はありふれた代物だ。武器だって毎回曲がってた。それを狙えばあるいは俺にもチャンスが……」
「おお、武神具祭は単なる殺し合いじゃねえってとこ、見せてやろうぜ」
武具はありふれた代物。
そんな言葉に、プリメラのイライラは溜まっていく。
この数日で、どうやらバッシュがただのオークではないらしいということはプリメラにもわかっていた。
今日までの予選十試合は、苦戦すらしなかった。
対戦相手の中には、どうやらバッシュのことを知っていたのか、決死の覚悟を決めている者が何人もいた。
それどころか、試合開始前に漏らして泣き出した者までいた。
優勝候補と目されている選手が偵察に来たし、バッシュが試合をする度に観客が増えた。
今日もまばらに観客がいたが、本来なら本戦でもないのに、見物客が入っていることは珍しいのだ。
「噂で聞いた時にはまさかって思ったけど、ありゃ本物だぜ」
「やべぇよな。あの勝った後に当然の顔して闘技場から去ってく所!」
「しびれるぜ!」
帰る観客の声はバッシュへの称賛。
そして……、
「でも、武器がよくねえな」
「ああ、今日も曲がってた」
「あれじゃ、本戦出場までだな」
「とてもじゃねえが、勝ち残れねえな……」
プリメラの武具への批判だ。
(あいつが、もっと上手にアタシの武器をつかえりゃ……)
プリメラは歯噛みした。
どうやらバッシュは有名な戦士だったらしい。
戦場でいくつもの武勲を立てた猛者だったらしい。
だが、それなら、もっと上手に武器を使って欲しい。
あんな、棍棒でも振り回すような使い方をすれば、武器が壊れるのは自明の理のはずだ。
剣というのは、刃筋を立てて、相手へと垂直に切り込むものだ。
そうせず、力任せに振り抜けば、刃こぼれをしたり、曲がったりするのは当然なのだ。
鍛冶師であるプリメラですら、それぐらいわかっている。
刃筋を立てて斬る。そんな単純なことすらできないで、何が高名な戦士だ。
「待たせたな」
そんな声に、プリメラはバッと顔を上げた。
そこには、いつも通り、何も考えていなさそうな間抜け面のバッシュの姿があった。
手には、見事に曲がった剣がある。
観客席からも見ていたが、やはり曲がっていた。
「貸せっ!」
プリメラは剣をひったくると、曲がった部分をまじまじと見つめた。
そしてまた歯噛みする。
刀身が、曲刀のように曲がっている。
まただ。
またこの曲がり方。
横ではなく、縦に曲がる。
折れるでもなく、曲がる。
一体どんな使い方をしたら、こんな曲がり方になるのか。
わからない。
プリメラには、わからない。
最初はこう曲がらないように色々と工夫してみたが、やっぱり曲がる。
どうすれば曲がらなくなるのか、わからない。
だから怒鳴る。
「ヘタクソが! またか! いい加減刃筋を立てて斬れと、なんど言ったらわかんだよ!?」
「そうしているつもりなのだがな」
「ハン! 出来てないじゃないか!」
その言葉に、バッシュは申し訳なさそうな顔をした。
彼とて努力はしているのだろう。
プリメラはそれを見て、やや溜飲を下げた。
もともとプリメラは戦士など誰でもいいと思っていた。弱小戦士でも、自分の武器で勝たせて見せる、と。
だから、戦士の力量のなさを責めるのは、お門違いなのだ。
その戦士の力量が思った以上になさすぎて、イライラしているだけなのだ。
「帰るよ! もうすぐ本戦が始まるってのに、また打ち直しだ」
肩を怒らせて歩くプリメラ。
バッシュはおずおずとついてくる。
バッシュの耳元で、妖精が小声で何かを言っている。
小声すぎて聞こえないが、どうせプリメラの悪口だろう。
「ちっ!」
苛立ちを隠せず、舌打ちが漏れた。
◆ ◆ ◆
それから三日後、武神具祭本戦の開会式が行われた。
式は異様な雰囲気に包まれていた。
満員となった観客席、立ち上る熱気。
それに対し、闘技場内に並ぶ闘士はシンと静まり返っていた。
いつもであれば、闘士たちは主催者であるドワーフの上役たちの言葉を聞きながら、観客に対し、己の力を鼓舞するために武器を振り上げ、雄叫びを上げる。
そうしない者も、武者震いを隠さず闘志を燃やす。
内心では、俺こそが最強だと叫ぶ。
全ての戦いに勝利し、唯一の勝者となるのは俺なのだ、と。
そんな気持ちを胸に、ギラついた目を周囲に走らせるのが、決勝に残った闘士というものだ。
だが、今年は違った。
半数以上は、緊張していた。
まるで怯えてでもいるかのように、静かにしていた。
何人かはビクビクと震えている。
恐らく、恐怖だろう。
顔を青ざめ、絶望に泣きそうな者までいる。
そうでない者のほとんども、直立不動だ。
彼らは胸を張り、口角があがっている。
まるで今、ここに立っていることが誇らしいと言わんばかりに。
この場に立つことではなく、彼と同じ場所に並び立っていることが誇らしいのだと、言わんばかりに。
感極まって泣きそう者までいる。
彼らが気にするのは、ただ一点。
隊列の後方。
一番後ろで立つ、一人の男。
筋骨隆々とした緑の肉体を惜しげもなくさらけ出した、一人のオーク。
武神具祭は、戦士の祭典だ。
多くの種族が参加しているが、決勝に残る者はおしなべて歴戦の強者である。
そして歴戦の強者に、彼を知らぬものなどいない。
もし彼を知らない者がいるとするなら、戦後の三年で急激に頭角を表した者か、あるいは運よく戦争中にオークとの戦場に出なかった者だ。
いや、後者とて、名前と異名ぐらいは知っていよう。
『狂戦士』、『破壊者』、『皆殺し』、『暴れ牛』、『豪腕』、『緑色の災厄』、『竜断頭』、『シワナシ森の悪夢』。
それらの異名の、どれか一つぐらいは知っていよう。
オークの見分けが付かなくとも、その存在は知っていよう。
『オークの英雄』バッシュの存在を……。
そんな雰囲気の中、開会式は粛々と進み、やがて終わった。
闘士たちは誰一人、雄叫びすら上げることなく控室へと戻っていった。
例年と違う雰囲気に、ざわついた会場。
「今年はいやにおとなしいな。ルールでも変わったか?」
「お前知らねえのか? 列の後ろの方に並んでたオーク、なんでもあいつ、戦争中に十万人もの兵士を一人で倒したとかいう逸話があるヤツで……」
「馬鹿いえ。そんな事ができるかよ」
「おい、俺が聞いた噂は違うぞ。なんでもあいつは……」
まことしやかに流れる噂話。
バッシュを知らぬ者は噂に翻弄され、知る者は疑問を持った。
なぜ奴がここに?
「やはり……あの一件か」
「まぁ、そうだろうな。オークが黙っているはずがない」
「まさか英雄を送り込んでくるとはな……大商人たちはやりすぎたな」
「今年の大会、凄惨なことになりそうだ……」
何人かは、察しがついていた。
だが、何を出来ようはずもない。
彼らは訳知り顔で頷きあい、第一試合の開始を緊張の面持ちで待つしかできないのだ。
無論、真実を知る者はいない。