20.少女の屈辱
ドバンガ孔は、バッシュが最後に見た時と、様相を変えていた。
まず目に飛び込んできたのは、入り口だ。
大きく口を空けた、巨大なトンネルが出来ていたのだ。
高さにして三階建ての城ほど、横幅は馬車が三台ゆうにすれ違えるほど。
そんなトンネルがポッカリと口を空けており、孔の奥まで続いているのだ。
さながら、これがドワーフの町の大通りだとでも言わんばかりに。
「……ゼルから聞いていたが、ドワーフは随分と開放的になったのだな」
ドワーフは閉鎖的な種族だ。
少なくとも、他の種族からはそう思われている。
暗い洞窟と金貨を好み、日がな自前の工房に籠もってなにかを作り、たまに出かけたと思えば酒、酒、喧嘩。
エルフと違って排他的でこそないが、ぶっきらぼうで、頑固で、気遣いはおろか説明もしない。
自分たちが良ければそれで良し。
当然、町に大きな入口を作り、外部からの来訪者を歓迎するようなこともしない。
「開放的? 何言ってんのさ?」
答えたのは、先程掴まれていた少女だ。
彼女は、引き留めようとするドワーフ女から逃げるように、ここにバッシュを連れてきた。
「このトンネルだ」
「このトンネルがどうかしたっての?」
「どう、と言われてもな……」
言いあぐねたバッシュの言葉を引き継ぐように、脇のフェアリーがわめき出す。
「いやいや まさにこのトンネル、『ウェルカム!』って感じじゃないっすか! 今までのドワーフの町って、どこが町の入り口なんだかわかんないところありましたっすからね! これだけ大口あけて待ち構えててもらえるんだったら、オレっちじゃなくたって誘われて中にはいっちゃうっすよ!」
「ああ、あれね……あれは別にドワーフが作ったわけじゃないよ。戦争が終わるちょっと前の戦闘で、デーモンが無茶しやがったのさ」
「あ、聞いたことあるっす! 『ドバンガ孔の魔神砲』!」
それは、バッシュ達オークが、シワナシの森を防衛していた頃。
このドバンガ孔でもまた、激戦が繰り広げられていた。
オーガとハーピーの混成軍を引き連れたデーモンの将軍が、ドバンガ孔を取り返そうと猛攻撃を仕掛けたのだ。
兵力は乏しく、補給は途絶え、勝利など望めない中での攻勢……。
誰が見ても無謀な突撃であった。
だが、デーモンの将軍には秘策があった。
『魔神砲』と呼ばれる兵器だ。
レミアム高地の決戦にて使われるはずだったそれは、ゲディグズの死によって持ち越され、ドバンガ孔で使われることとなった。
魔神砲は特異な決戦兵器だ。
砲弾となるのは人の魂。
砲の背部に設置された祭壇に生贄を捧げれば捧げるほど、その威力を増す。
最大まで充填された魔神砲は、まさに決戦兵器と呼ぶにふさわしいだけの威力をもつ。
決して低くない山にトンネルを開けるほどに。
結論から言えば、その一発がまともにドワーフ軍に当たっていれば、ドバンガ孔は現在、ドワーフ族のものではなかったかもしれない。
あるいは、戦争はもう少し続いていたかもしれない。
だが、すでに魔神砲が使われるという情報を得たドワーフ軍は、あっさりと要塞を放棄し、後退。
魔神砲の一撃をなんなく回避した後、攻勢に出て、デーモンの将軍を討ち取った。
ドワーフらしからぬ、賢明な選択であったと、そう言うものもいる。
喧嘩となれば逃げず、分厚い鎧と重い剣で真正面からぶち当たっていくのがドワーフだ。
彼らにとって、回避というのは臆病者の証なのだ。
が、ドワーフは同時に技術者でもある。
リークされた情報から、魔神砲がどういった技術とコンセプトで作られ、どれだけの威力を持っているのかをシミュレートすることも、それがドワーフの持ついかなる装甲でも、それに耐えられないと知るのも、そう難しくなかった。
知ってなお挑むほどの夢想者は、そう多くはなかったのだ。
かくしてドワーフは戦闘に勝利し、大穴の空いたドバンガ孔を、なんとも言えない表情で見上げることとなった。
ドワーフは山を穴だらけにしつつも、決して崩落させない。
ゆえに、魔神砲で空けられた穴も補強し、綺麗に整え、町とした。
大通りが一本ある町というのは、ドワーフたちからすると落ち着かないものであったが、他種族には概ね好評だった。
「ほら、こっちだよ。ついてきな」
そうして出来た大通りは、活気にあふれていた。
ドワーフが鉄を打つ音をバックに、様々な種族が歩きまわっている。
特に多いのはドワーフとビースト族。
ヒューマンは少なめで、エルフの姿はあまり見ない。
特筆すべきはそれだけでなく、リザードマンやキラービーといった、七種族連盟の種族の姿も見えることか。
「む」
と、バッシュの目が、ひときわ大きな男を捉えた。
赤黒い肌に、3メートル以上はあろうかという背丈、身の丈似に合った筋肉に、ごつい顎。
「オーガまでいるのか」
見覚えがあった。
あれはそう、レミアム高地の決戦で一緒に戦った戦士だった。
名はそう、ゴルゴル。
『鉄の巨人』の異名で知られる男だ。
「ああ、もうすぐ武神具祭だからね。それも、今年のは今までになく規模がでかい。親方達も本気で、各国から猛者を集めてんのさ」
「なるほど」
バッシュは、その武神具祭というものがどういった祭りなのかはわからなかった。
だが、祭りの経験はあった。
デーモン王ゲディグズが健在な頃は、毎年のように祭りが行われていた。
オークの祭りは、各氏族長が集まり、宴を行う。
そして、その場で各氏族の戦士が選出され、誰が一番屈強かを競うのだ。殴り合いで。
祭りの際には他種族の者も大勢来ていた。
彼らは殴り合いには参加しなかったが……まぁ、武神具祭も似たようなものなのだろう。
「こっちがアタシの家だ」
少女は路地の一つを曲がった。
その先は薄暗く、入り組んでいるのが見て取れた。
曲がりくねった道と坂と階段と分かれ道。
バッシュのよく知る、ドワーフの町並みだ。
歩くにつれ、喧騒が遠くなっていく。
鉄を打つ音はそこかしこから聞こえてくるが、人影は少ない。
バッシュは先を行く少女の頭のてっぺんを見ながら、心が踊っていた。
ドワーフの中にも美しい者はいる。
この少女はバッシュの目から見ても十分に美しい。
ブリーズに「ドワーフの町にいけ」と言われた時は、さしたる期待などしていなかった。
だが、期待以上だ。
『あたしの闘士になってくれ』
しかも、いきなりプロポーズまでされるとは思ってもみなかった。
さすがは情報通のヒューマンといった所か。
『息根止め』の異名は伊達ではない。
期待しないでいた自分が恥ずかしい。
(ゼル。ここにきて良かったな)
(そうっすね! まさかこんなに早く見つかって、しかも向こうから近づいてくるなんて、旦那ならすぐに見つかるとは思ってたっすけど、これほどあっさりだと拍子抜けっすね)
(そんなものだ。戦いに勝つ時というのはな)
(それにしても、これでこの旅も終わりっすか……オレっち、もっと旦那と旅をしていたかったっす)
(フッ、俺もだ)
小声でそんな話をしつつ、バッシュとゼルは少女についていく。
「ここだ」
少女は、路地の奥にある、一つの扉へと入っていった。
ドワーフサイズの、小さな扉だ。
バッシュは身をかがめ、その中へと入り込んだ。
「狭いかもしれないけど、ま、適当に寛いでくれ」
そこは、小さいながらもしっかりとした鍛冶場だった。
ハンマー、ハーディログ、金床……。
炉の火こそ消えているものの、どの道具も使い込まれているのがわかった。
よく見れば、彼女の手も、手にはタコがあり、爪は黒く染まっていた。
彼女は、この工房の主……鍛冶師なのだろう。
とはいえ、バッシュにとってそれは些末なことだ。
「ふぅ……遠出をするつもりの荷物だったけど、無駄になったね」
少女は背負った荷物を置くと、外套を脱ぎ捨てた。
下から出てきたのは、ドワーフ族特有の、肩が大きく露出した皮の服。
火に耐性を持ち、鍛冶を生業とするドワーフたちは、袖のある衣類は身につけない。
つまり、バッシュの目に、少女の白い肩が飛び込んでくることとなった。
鍛冶師らしく、そこかしこが煤で汚れていたり、やけどの痕もあったが、バッシュにとっては美しくも艶めかしい白い肌だ。
「!」
思えば、女の肌を見るのは、ヒューマンの国でジュディスのあられもない姿を見て以来である。
しかもジュディスの時と違い、この少女は自分から衣類を脱いだのだ。
それはつまり、そういうことなのだろう。
「わっ!」
バッシュは少女の肩を両手で掴んだ。
そういうことなのであれば、バッシュも遠慮するつもりはなかった。
やや筋肉質ながらも、柔らかくてすべすべのお肌に、バッシュのボルテージはマックス。
これで魔法戦士の恐怖ともおさらば。
感慨深さと感動がないまぜになり、バッシュを昂ぶらせる。
「えっ!? な、なにさ突然!?」
対する少女は戸惑いの表情。
バッシュは止まらない、少女の服に手を掛ける。
「えっ、ま、まって、えっ!? なに服に手かけてんだよ!? やめろよ!」
少女はバッシュの手を掴んだ。
本気の力だった。
バッシュからすると、弱々しい力だったが、拒絶しているのは感じ取れるぐらいには。
「む、ダメか?」
「ダメかって……何の話だ!? ダメに決まってるだろ!?」
どうやら、ダメであるようだ。
しかし、バッシュとしても、もはや収まりがつかない所にきている。
引き下がりたくはない。
戦いというものは、劣勢であっても、勝負を仕掛けなければいけない時がある。
なにせ彼女はバッシュにプロポーズをし、バッシュはそれに了承したのだから。
次にあるのは交尾だ。
長年の悩みに、終止符を打つ時がきたのだ。
「しかし、お前は俺に闘士になって欲しいといった。俺はそれに了承した。そうだな?」
「え……」
その返事に、少女はしばらく、呆然とした顔をしていた。
だが、目の前の鼻息を荒くし、自分に覆いかぶさっているオークを見て、徐々に状況が理解できた。
「ハッ、そ、そういうことかよ……最初からそのつもりだったのか……」
「ああ」
そのつもりだった。
そう言われ、バッシュは即答した。
もちろん、そのために旅をしてきたのだ。
「はは、馬鹿だな、あたし……」
少女の目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「オークはドワーフの女になんて興味ないって思ってたよ……」
「お前は別だ」
「だよな……あたしは、所詮、半分だもんな……」
少女はバッシュから顔を背け、目をギュッとつむった。
「わかったよ……好きにしろよ……でも、その代わり、闘士として戦ってくれるって約束は守れよな……」
瞑った目からも涙がポタポタとこぼれ落ち、床を濡らした。
「……」
好きにしろと言っている。
合意を得ているとも言える。
しかしながら、嫌そうに顔を背け、目からは涙が流れている。
オークは滅多に涙など流さないが、それでも人がどういった時に泣くかは知っている。
はたしてこれは本当に大丈夫なのだろうか。
判断しきれない。
バッシュはゼルを仰ぎ見た。
「……」
ゼルは数秒ほど迷ったが、やがて頭の上で腕を大きくクロスさせた。
バツだ。
(やはりそうか)
バッシュは落胆しつつ、手を放した。
「すまない、俺の勘違いだった」
「えっ」
少女は唐突に解放され、戸惑いの目でバッシュを見上げた。
「ど、どういうことだ?」
「他種族との合意なき性行為は、オークキングの名に置いて固く禁じられている。合意を得たと思って舞い上がった。許せ」
「いや……まぁ、謝ってくれんなら、別にいいけど……オークでも、女を前にして、止まれるんだな……いや、あたしが半分だからか……?」
とはいえ、バッシュにも旅の目的というものがある。
眼の前の少女は美しい。
そして、時として戦士には、不利とわかっていても勝負を仕掛けねばならない時がある。
「改めて聞こう。俺の子供を産まないか?」
オークの一般的なプロポーズである。
が、もちろん少女は顔を真っ赤にし、怒鳴るように言い返してきた。
「産まねえよ、そんなもの!」
「そうか」
断られたが、バッシュは気にしない。
予想できていたことだ。
ヒューマンの国でも、エルフの国でも、入念な準備をしたにも関わらず、プロポーズに失敗した。
なら、何の準備もしていないこのプロポーズが失敗するのも道理である。
当然、プロポーズされたと思ったのも、何かの間違いだったのだろう。
「では、失礼する」
しかし、ここはドワーフの国だ。
ドワーフの国には、ヒューマンやエルフとは違う大きな特徴がある。
この国は、一夫多妻制なのだ。
エルフと違い、どれだけ多くの女に声を掛けても、それが原因で他の女への脈が消えるわけではない。
なら、また別の女を探すだけである。
ドワーフ女が相手ということもあり、気は乗らないが……。
しかし、ブリーズの言葉もある。
ここなら何かしらの結果が得られるはずだった。
「ま、まってくれ!」
バッシュは足を止めた。
期待はしていない。
バッシュはあまり頭の良い方ではないが、それでも優秀な戦士だ。
優秀な戦士は、同じ轍は踏まない。
「こっちも改めて頼む。あたしの闘士になって欲しい」
そう言われ、バッシュは難しい顔をした。
闘士と嫁が違うものだというのは理解した。
なら、つまり闘士というのは一体どういう意味なのか……。
「そもそも……闘士というのは、どういう意味なんすか?」
それを聞いたのはゼルであった。
バッシュの知りたいことを聞く。
まさに空気を読むことに長けたゼルにしかできない早業である。
「あ、そこからなのか……」
少女は何かに納得いったように頷くと、立ち上がり、バッシュの視線にやや目を泳がせ、泳がせた先で外套を見つけると、それを羽織った。
「じゃあ、一から説明するな」
そして、説明をし始めた。
◆
ドワーフの国、ドバンガ孔では一年に一度『武神具祭』という大会が開催される。
この大会は、武人の栄誉と、武具への感謝を祀るもので、基本的には普通の武道会と代わりはない。
形式はトーナメント。
参加者は一対一の戦いを繰り返し、最後に残った者が勝者となる。
特筆すべきは、この大会は『武具への感謝を祀る』という意味が込められているという部分か。
戦士たちは、必ず武具を身に着けて戦う。
それも、一人の鍛冶師の手によって作られた武具をだ。
戦士が死亡か、戦意喪失すればもちろん敗北となるが、身につけた武器か防具が破壊されても敗北となる。
この大会が始まった当初は、ドワーフが武具を作り、自らがそれを身に着けて戦う祭りであった。
しかしながら、戦争が進むにつれてドワーフの中でも、鍛冶を専門とする者と、戦いを専門とする者に別れる傾向が強くなってきた。
ゆえに、この大会は二人一組で参加することが可能となった。
もちろん、鍛冶師と戦士と兼任するドワーフであれば、一人で参加することも出来る。
かの戦鬼ドラドラドバンガもその一人である。
彼は常に一人で参加。10連続この大会で優勝し、殿堂入りを果たしている。
一人の戦士に、一人の鍛冶師。
鍛冶師は壊れない武具を作り、戦士はそれを以て勝利する。
鍛冶師の誇りと戦士の誇り、二つを尊ぶ大会。
これに優勝することは、鍛冶師にとってこれ以上ないほどの名誉である。
当然、優勝すれば、その鍛冶師を半人前などと嘲る者はただ一人としていなくなるだろう。
「それで、あたしも参加しようと思ってたんだ……けど、あいつらが……」
「あいつら?」
「姉貴たちだよ。あいつら、国中の武人に手を回しやがったんだ。あたしの戦士にならないようにって」
「……なぜそんなことを?」
「怖いのさ。あたしに負けるのが」
少女はそう言って、両手を広げた。
体の割に大きな胸がふるりと揺れて、バッシュの心もふるりと揺れる。
諦めるには、あまりに惜しい。
「あいつら、ずっとあたしを馬鹿にしてきたんだ。半分の半端者だってね」
「半分の半端者? お前がか?」
「ああ、ま、見ての通り、あたしの母はヒューマン。ハーフヒューマンって奴さ」
見ての通りと言われ、バッシュは改めてマジマジと少女を見た。
確かに彼女は、ドワーフ族の女にしては美しすぎた。
体つきにしても、ドワーフとは思えないほどに細い。
かといって、髪の色など、ドワーフ的な特徴が出ている。
なるほど、ヒューマンとドワーフの間の子であれば、バッシュが心惹かれるのも道理だ。
「あいつらは言うのさ。ドワーフとヒューマンの間の子が、鍛冶なんてまともに出来るわけがないってね」
「そうなのか?」
純粋な疑問だった。
大抵のオークは、そもそも母の存在を知らずに育つのだ。
母親が高い魔力を持っていた場合、いわゆる色付きのオークが生まれる。
色付きのオークは、普通のグリーンオークよりも高い能力を持っていたことが多いため、母親は重要だとは言われる。
だが、逆に母親が悪いから出来損ないの戦士が生まれるという話は聞いたことがなかった。
「そんなわけない! 要するにあいつらは、あたしと、あたしの母さんを馬鹿にしてんのさ!」
少女は拳でテーブルをドンと叩いた。
テーブルはガタついた足を震わせ、上にあったものをカタカタと震わせた。
しかし、それでバッシュとしてもなんとなく話が見えてきた。
要するに、目の前の少女は馬鹿にされた復讐をしたいのだろう。
オーク社会においても、侮辱されたら、言い返すか殴り返すかしなければならない。
「ならば、思い知らせてやらねばならんな」
「ああ、そうとも! だからあたしは武神具祭に出ようとした! 馬鹿にしていたあたしが優勝したら……そうでなくとも、あいつらの打った武具を身に着けた闘士の一人でも倒したら見返せるって思ってね! 実際、あいつらはあたしになんて負けたら大恥さ……でも、だからって、出場できないように、邪魔するのはひどいだろ!」
少女は目の端に涙をためていた。
よほど屈辱だったのだろう。
「ならば、自分で出場すればよかろう」
「ハッ、この腕でかい?」
少女は、腕を持ち上げ、力こぶを作ってみせた。
ヒューマンにしてはやや太いが、しかしドワーフから見れば枯れ枝のような腕だ。
「顔と体つきに関しちゃ、母さんの血を色濃く受け継いだからね。戦士としてはやってけないのさ」
「そうか」
「でも、鍛冶に関しては、努力してきたつもりだし、才能もある。だから、あたしは国の外に戦士を求めた。あいつらはこの町では権力を持ってるけど、国の外にまでは及ばない。でもあいつらは、それすら許せないらしくて、国境まで追いかけてきてあたしを捕まえたんだ、国外になんて行かせないってね……で、そこにあんたが来た」
「なるほどな」
少女はバッシュに強い視線を送った。
「力を貸してほしい。あたしは優勝して、半端者じゃないって所を……母さんの血が悪いわけじゃないって所を、思い知らせてやりたいんだ」
バッシュは理解した。
彼女は復讐を望んでいる。
鍛冶の力が半端ではないと証明したいと願っている。
そのため、敵の息が掛かっていない戦士を探し求めている。
しかし、バッシュのプロポーズを受けるつもりはない。
性交だけなら可能かもしれないが、恐らく合意なき性交になりうるため、NG。
結論はすぐに出た。
「すまんが、力にはなれん。俺には捜し物がある」
バッシュも物見遊山でこんな所に来ているわけではない。
目的のない旅であれば、力を貸すのはやぶさかではない。
だが、目的はある。欲しいものがあり、時間にも限りがある。
欲しいものというか、欲しくもないものを捨てたいと言い換えることもできるが……ともあれ、眼の前の少女に振られた以上、別の相手を探さなければならない。
せめて、振られる前であれば、プロポーズの成功率を上げるため、彼女の好感度を上げるため、手を貸すのもやぶさかではなかったのだが、もう遅い。
「そっ……か。ま、そうだよな……」
少女は落胆を隠せない様子だった。
だが、仕方がないのだ。
バッシュとて、暇ではないのだから。
「ではな」
バッシュはそう言うと、うなだれた少女を尻目に、家から外へと出た。
そのまま振り返らず、大通りへの道を歩いていく。
少女は美しかった。
惜しい相手ではあった。
だが、振られたら潔く諦めて次の女に行くのがマナーだ。
しつこく迫ったら、合意なき交尾になってしまいかねない。
ダメだと言われた以上、諦めなければならないのだ。
そして時は有限。
バッシュが戦士でいられる時間は、そう長くは無い。
いつまでも敗北を引きずり、時間を無駄に過ごすわけにはいかない。
「残念だったっすね」
「そうだな」
「でも、ブリーズがここにいけと言ったのには、きっと理由があるっす! 頑張って良さそうな相手を探すっすよ! いつもどおり、まずは宿を見つけて、そこで作戦会議っす!」
「了解した」
バッシュとゼルは頷きあうと、大通りへの道を戻っていくのであった。