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魔法使いの婚約者  作者: 中村朱里
おまけ
16/62

       (中)

王宮筆頭魔法使いから、彼の庭園の世話の担当の依頼がアーチェの元に届けられたのは、それからすぐのことだった。


(あの人だ)


すぐに分かった。考えるまでもなかった。そもそもあの時に気付けなかったアーチェの方がどうかしていたのだ。

当代の筆頭魔法使いはと言えば、知らぬ者などいない。


エギエディルズ・フォン・ランセント。在りえべからざる漆黒の髪と美貌を持つ、稀代の魔法使い。


彼に纏わる噂は数多く、その内訳は良いものよりも悪いものの方が圧倒的に多い。だがそのどれもに畏怖が付いて回り、中には人間業とは思えないものまで含まれているため、エギエディルズの存在自体が眉唾物なのではないかという噂すらあった。

かく言うアーチェもその噂を信じていた一人だった。けれど、彼が確かに実在し、また、数々の噂を信じさせるに値する人物なのだということをアーチェはあの短い時間だけで十分すぎるほどに理解させられていた。


何故あの人…あの方、と呼ぶべき存在が自分のような駆け出しの庭師を指名してきたのかは分かりかねた。しかもご丁寧に、「断っても構わない」という注釈まで付けて。

父や同僚達は真っ青になり、「断りなさい」と口々に言った。せっかく向こうから「無理にとは言わない」と仰っているのだからと。自分とてそうすべきだと思った。断るべきなのだ。

けれどアーチェの口は、それとは正反対のことを言っていた。すなわち、「引き受けます」と。


そしてあの薬草園の東屋でエギエディルズと引き合わされた。再度その漆黒に目を奪われ、その美貌に見惚れる自分に、彼は鼻を鳴らしてこう言った。


「なんだ。断わらなかったのか」


…こちらは意を決してその場に挑んだというのに、あんまりな言い振りだと思った自分を誰が責められると言うのだろう。


とにもかくにも、それからアーチェの戦いは始まった。

エギエディルズの薬草園は決して広いものではない。だがしかし、その分種々に渡って厳選され、出会ったときにエギエディルズが切っていたような一般的な草木ばかりではなく、専門的で扱いの難しい草木も含まれている。幸いなことに父から手解きを受けたことのある草木が多かったが、それでも育て方の解らない草木に対しては、年嵩の同僚に訊いたり本で調べたりと、手探りの状態だった。


そんな自分に、エギエディルズは何も言わなかった。それは非難や注意がなかったという意味ではなく、本当に彼は、何一つアーチェに言わなかったのだ。

ただ端的に、必要最低限のことを言うだけだった。例えば「必要な分量の薬草を集めておけ」だとか、「この香草を育てろ」だとか。

淡々とした声は感情を感じさせず、その美貌もまた相変わらず人形じみていて、これなら初めて出会った日の方がよっぽどましだと思った。あからさまに態度や台詞で嫌味を言われたにも関わらず、だ。そんな自分が不思議だった。


そして、時折東屋で本を読む彼を、気づけばアーチェは薬草や香草の合間から覗き見るようになっていた。あの黒に恐怖を感じずにいられる訳がないが、それでも何故だか目が惹き付けられてならなかった。

そんなある日のことだった。



「これは何だ」



その美声はどれだけ淡々としていようとも耳触りよく聞こえてくる。けれど何度聞こうとも、やっぱり慣れることはできない。

いつものようにアーチェが集めた収穫物を確認していたエギエディルズは、そのいつもの感情を僅かばかりも滲ませない声音に少々の疑問を含ませてアーチェを見遣った。

自分を見下ろす朝焼け色の瞳にびくつきながら、アーチェは主の問いかけに答える。


「デリアっていう木の実です」

「デリア?」

「は、はい。最近女性に人気で、我が家でも栽培してて、もし良かったらって思って」


赤い色の小さな実は、籠の中で、見慣れた薬草や香草の中でも鮮やかにその存在を主張していた。

その名をデリアという実は、エギエディルズがアーチェに命じていたものではない。ただアーチェが、独断で収穫物の中に紛れ込ませたものだ。


アーチェの家は、平民にして珍しく広い土地を持ち、その中でいくつか野菜や果実を栽培している。デリアもその一つだった。

これまではあまり注目されていなかったのだが、最近になって栄養価が高く美容に良く、しかも甘いという正に一石三鳥ということで、この赤い実は、前述の通り特に若い女性に人気である。


人気すぎて貴族ですらなかなか手に入らなくなっているそれを家で好きに食べていた時、ふいにアーチェの脳裏に、自分の雇い主の美貌が過ったのだ。あの方は、こんなにも甘くて美味しいものを食べたら、どんな顔をするのだろう。小さな疑問が、やがてアーチェの中で大きくなっていく。

テーブルの上のざるに積まれたデルツを改めて見て、口に運ぶ手が止まった。そうして気が付けば傷まないように小さな籠に慎重に詰め込んで、こうして献上した訳である。


もし良ければ、と持ってきたものだったが、もしかしたら甘いものが嫌いだったかもしれない。ランセント家とて名家に名を連ねる貴族の一つ、デリアよりもずっと美味しいものを食べているのかもしれない。少し考えればすぐに解ることだというのに気付かなかった、自分の浅慮さが情けなくなってくる。


「…ああ、これがデリアか」


アーチェの内心の葛藤を余所に、何やら納得したようにエギエディルズは頷いた。そして、つるりとした小さな赤い実を見つめている。そのまま雇い主は無言を保ち、アーチェはアーチェで何も言えないものだから、結果としてその場には沈黙が落ちる。

だがいつまでもそのままでいられる訳がない。先に根負けしたのは、案の定自分の方だった。


「あの、余計なことをして申し訳ありません!ちゃんと持って帰りますから!」


ばっ!と頭を下げて赤い実を取り除こうとする。が、透き通るように白い手がそれを制止した。


「いや」


ぽつり、と美声が、小さくアーチェの鼓膜を震わせる。


「礼を言う」


それは短い言葉だった。囁くような声だった。その美貌に相応しい美しい声に、いつになく確かな感情が込められていた。いつも聞かされてきたのは淡々とするばかりの声だったのに、今の声には、確かに喜色が見えた。

けれど、それ以上にアーチェに衝撃をもたらしたのは。


(わらっ、た?)


それは本当に小さな、ともすれば気付かずに流してしまうような、些細な笑みだった。けれど、これまで何度も顔を合わせてきたアーチェにとって、エギエディルズのその表情は、劇的な変化だった。

筆舌に尽くしがたい美しさは変わりはない。けれど人形か、はたまた妖精のものかとしか思えなかった美貌が、確かに人のものになった。まるで、初めて出会ったあの日、互いに目を見開きあった瞬間のように。


その時アーチェは気付いた。

自分がいつしか恋をしていたことに。目の前の存在が、自分の想い人であることに。


いつからかなんてはっきりとは解らない。

出会った時、この方の人間味を帯びた表情を見た瞬間から、この方の顔が頭から離れなくなった。それはこの方が黒持ちで、そうでなくても信じられないほどに綺麗だったからと思っていた。


この方の薬草園の世話を始めたばかりの頃、己の身分の高さを誇示するように装飾品を身に付けた貴族に捕まって、散々蔑まれていたところに現れて、あの方の出現に蒼白になって顔をひきつらせる貴族に、「貴方が気にかけていいような娘ではないでしょう。ああそれとも、ご自分でご自身の身の程を未だに理解されていなかったのですか。ならばご自由に。できるのであればの話ですが」と、とんでもない嫌味をこの方は言った。

それはその貴族ばかりでなくアーチェをも貶めるような言い振りだったが、後から気付いた。あれは自分を助けてくれたのだということを。

「あなたが気にかけていいような娘ではないでしょう」。「ご自分の身の程を未だに理解されていなかったのですか」。それはよくよく思い返せば、あの貴族よりもアーチェの方が価値があると言っているのだとも取れる。最後に付け足された「できるのであれば」という台詞はつまり、「もししたら容赦はしない」とも取れる。自意識過剰かもしれない。事実、面倒そうに「手間をかけさせるな」と言われた。

けれど、薬草園まで自分の腕を引いていくあの方のいつもの足取りよりもゆっくりとしたもので。薬草園に着いた時、俯いている自分に「何かあれば俺の名を出せ。大抵はそれで逃げる。逆に何か言ってくる奴もいるだろうが、どうせすぐに飽きるから黙って聞いておけ」と言ってくれた。

それだけではない。そのことに対して自分が「ありがとうございました」と伝えた時、「お前は耳ばかりではなく頭も飾りか」と言いながらも、どこか戸惑ったように朝焼け色の瞳を揺らしていた。


そのどれかなんて解らない。全部かもしれないし、もっと他の理由かもしれない。なんだってよかった。この方が好きなのだという、その事実だけがはっきりとしていればそれでよかった。

黒持ちであろうとも、人ではないくらいに美しくても、国中の畏怖を集める存在であろうとも。それでも。


(あたし、この方が好き)


その日からアーチェは変わった。

今までの自分からは考えられないほどに、見た目を気にするようになった。収まりがいいとはお世辞にも言えず伸ばすことを避けていま赤毛を伸ばし始め、何度もときすかし、香油で撫で付けるようになった。

毎日のように浴びる日光のせいでそれまで気にしていなかった顔のソバカスを気にするようになり、エギエディルズの庭園を担当するようになってから跳ね上がった給金で、街で評判の化粧水や美容液を使うようになった。

土いじりで荒れてしまう手にはこまめにクリームを塗るようになり、服装も庭師としての仕事に支障をきたさない程度に女らしいものへと変えていった。


綺麗になりたかった。あの美しい存在の隣に立てる人間など、この国の姫君くらいなものであろうということくらいに違いない。けれど、おこがましいと分かっていても、少しでも近付きたかった。


それを苦に思うことなどなかった。むしろ楽しくて仕方がなかった。

次はいつ薬草園に来てくれるのか、あの東屋にあの方はいつ座るのだろう。そんなことを考える時間すら楽しかった。


そうこうしている内に何やら王宮務めの衛兵からお茶に誘われたり、近所の若者から些細なプレゼントを渡されたりするようになったのだが、アーチェにはそんなことは些末だった。「前よりちょっとは綺麗になれたってことかな?」と思いこそすれ、それ以上に何か事が進行することなどありはしなかった。

それよりも、一番そのことに気付いて欲しい人は、変わらずアーチェに薬草園の世話と収穫を命じるばかりで、まったくと言っていいほどアーチェの変化に気付いてくれやしないことのほうがよっぽど気にかかった。


そういう方なのだろう、もっと頑張ればいつかは何か言ってくれるかもしれない。そう思いながら草木の世話に、美容に、精根を注ぎ込んでいた。


そんな時だった。

封印されていたはずの魔王が復活し、王が差し向けた騎士団は惨敗した。国中から若者が集められ、とうとう勇者が現れた。そしてその旅の共として、エギエディルズが選ばれたのは。


勇者の供の一人として彼が選ばれたという情報は、あっという間にアーチェの周りに広まって、アーチェ自身もまたそれを事実として受け止めた。

世界の希望だと呼び慣らされる勇者一行。だが一部では「もしも彼らが破れたら」と危惧する声も囁かれた。


けれど、あの方は大丈夫だとアーチェは不思議と確信していた。


濡れたように艶めく漆黒の髪は、彼が誰よりも魔力を持つことを証明している。

正直なところ、あの髪は未だに怖いと思う。そう思ってしまう自分が情けないけれど、前よりはましになったとは言え、時に酷く恐ろしくなってたまらなくなり、東屋にいる彼に向けて草木の合間からそんな視線を向けてしまって、その度に、こちらに気付いた様子もなく黙々と書物を読み続ける彼の姿に安堵した。


そんなことはあり得ないと思うが、例え彼がどれだけ笑い、泣き、怒りといった感情を見せる人間味を露にしようとも、あの黒にはそれを凌駕して畏怖を抱かずにはいられないだけの威力がある。そんな黒を持つ、美しくも恐ろしく、恐ろしくも美しい、同じ人間とは到底思えない存在。


だけどだからこそあの方は強いのだ。だからこその王宮筆頭魔法使いであり、だからこそ魔王討伐を担う勇者一行の一人に選ばれた。

そんなあの方だ。死ぬわけがない。きっと魔王を勇者と共に倒して、無事に、この薬草園に、自分の元に、帰ってきてくれるに違いない。

そう確信して、最後に「いってらっしゃいませ!」と精一杯の笑顔で見送った。


だからアーチェは、エギエディルズが戦いの最中にその命を落としたという噂が王宮内に広がった時、まさかそんな、と呆然とした。


たかが噂だ、そんなはずは無いと何度も思おうとした。けれど、ただの噂と言うにはあまりにもまことしやかに囁かれていたことと、エギエディルズの弟子たる少年が勇者一行の後を追って旅立ったということを聞いて、噂が真実であると知った。


哀しくて哀しくて仕方がなかった。何よりも力を入れて世話をしてきた、アーチェが担当するエギエディルズの薬草園の世話すら疎かになってしまうくらいに落ち込んで、そんな自分のただならぬ様子を悟ったらしい父には「しばらく休め」とまで言われてしまい、余計に落ち込む羽目になった。


あの方がいなくても日々は過ぎ去っていく。次はいつあの方はこの薬草園に訪れてくれるのだろうと、もう心待ちにすることすらできない。それが哀しくて、それでも哀しんでばかりもいられなくて、やがてそんな毎日に慣れ始めた頃。

唐突に、立ち込めていた暗雲が晴れた。誰もが、遥か彼方の北方に、光が墜ちるのを見た。まるで、勇者が選定される前、聖剣が天から指し示られた時のように。空を裂くように墜ちた、けれど決して目を焼くことはない眩い光。

そしてそれから、いくばくかして。あの光は何だったのか、どうして突然暗雲が晴れたのか。よもや、もしかすると。

そんな疑念が国中に広がり始めた頃、王宮から大きく、王自ら発表がなされた。勇者一行から報せが届いたということを。その内容は魔王を倒したということだった。

その報せに、国が、世界が、歓喜した。


けれどアーチェはその報せを素直に喜ぶことはできなかった。あの方は死んでしまったのに。そう思わずにはいられなかった。

だが、だからこそ、勇者一行の凱旋パレードが行われるその直前に報ぜられた、死んだと思われていた魔法使い、すなわちエギエディルズ・フォン・ランセントが生存していたという事実が、本当の意味でアーチェを喜ばせた。


友人の付き合いで凱旋パレードの片端の観客席に並んでいたのだが、もっといい席を取ればよかったと、死ぬほど後悔した。

魔王討伐成功と共に公表すればよかったものを、何故エギエディルズの生存がそれまで内密にされていたかと言えば、彼は死んだと思われていた間の無理が祟った上に最後の戦いにおいて重傷を負い、まともに『生きている』とは到底言えない状態であったからだという。王宮の最奥で医師や魔法使いが全力を尽くし、今日になってようやく小康状態になったのだと。けれど未だ予断は許さず、パレードに出られる状態ではないと報じられ、その容態を心配すると共に残念にも思った。そして、それと同じくらいに、それ以上に、とても嬉しかった。


そうして、それから更に数週間経って。ようやくアーチェの想い人は、アーチェが世話を担当する、彼専用の薬草園にやってきた。


(ホントに、ホントにエギエディルズ様だ)


自然と鼓動が高まって、顔が赤くなるのを抑えきれない。

相変わらず黒い髪。紫と橙が入り交じる不可思議な朝焼けの瞳。

久々に目にしたエギエディルズの姿は、やはり見惚れずにはいられないほど美しかった。左目の下に傷を残していたとしても、美しさは少しも損なわれてはいない。


(…あれ?)


その傷以外にも、アーチェの目にはエギエディルズの変化が見えた。恐らくは気付く者にしか気付けない変化は、かつて彼が浮かべた、アーチェがこの恋を自覚した瞬間の笑みとよく似ている。


(なんだろう。なんか、雰囲気が変わった?)


この方は旅立つまでは、この薬草園で一人東屋にいる時ですら、他者を拒絶するような硬質な雰囲気を纏っていた。

それなのに、今目の前にいるこの方の雰囲気は、どうしたことだろう。まだその硬質さは残ってはいるものの、以前と比べれば、格段に穏やかになっていた。柔らかな、優しいものに。


やっと世界が平和になったからかな、とアーチェは思う。

短くも長い、それも魔王討伐などという大役を背負っての旅路をようやくこの方は終えられたのだ。それだけでも彼の気を休ませるには十分すぎるほどであるに違いない。

それに加え、これまで黒持ちと忌み嫌われてきたのが一転して、誰もが称える救世界の英雄になったのだ。散々あることないことを言い、エギエディルズを罵ってきたくせに、ここにきて調子のよいことを言ってくる周囲に、勝手なものだとアーチェは憤りを感じないこともないが、それ以上にこの方が誉め称えられるのが自分のことのように嬉しく誇らしい。

他人であるアーチェがそんな状態なのだから、当の本人はもっと嬉しいに違いない。それがこの方の雰囲気を緩和させたのかもしれない。


(…でも、もしかして)


それとも、もしかしたら、という疑問がアーチェの中に浮かぶ。

これは、自分が目の前にいるからだろうか。エギエディルズがこんな姿を見せるのはアーチェだけで、アーチェだけにこんな台詞を言ってくれるのだろうか。


「が、凱旋おめでとうございますっ!」

「ああ。お前もご苦労だったな」

「っ!」


今までにない労いの言葉に、慌てて頭を下げた。でなければ真っ赤になった顔に気付かれるに違いなかった。

もしも。もしもそうだったら、もしも本当に、アーチェの存在が、エギエディルズを癒しているのだとしたら。


(うわわわわっ!あたしったら何をっ!)


あまりにもおこがましくて、頭を振って振り払いたくなるような考えだった。でも何故かそんな考えが妙に真実味を帯びている気がした。『お前を愛している』なんて、この耳触りのよい声で言われたら、なんて、考えるだけで、もうたまらない。気絶してしまいそう。


「あの、これ、エギエディルズ様がいらっしゃらない間に生えた茶葉とか香草とか薬草ですっ。全部はできなかったんですけど…」


乾燥させ、種類ごとに分けて詰めた紙袋をアーチェはエギエディルズに差し出した。旅立つ前から他の草や葉に比べてエギエディルズが命じてくる頻度が高いものを厳選した。どうやら特製の香草茶のレシピがあるらしい。いつか飲んでみたいものである。


アーチェが差し出した紙袋を受け取り、エギエディルズは朝焼け色の瞳をアーチェに向けた。どきり、と心臓が大きく音を立てる。


「…よく分かったな」

「これでもあたし、エギエディルズ様の庭師ですから!」


感心したと言わんばかりの声音に、アーチェは胸を張ってみせる。そうだ。この美しい存在の庭師。たかが庭師の分際と言われるかもしれないが、この方にとってのその立場がどれだけ難しいのかアーチェはよく解っている。黒持ちという忌み嫌われる立場の側にあることはとても難しいことだ。けれど、この方が英雄となる以前から、自分はそれができた。自分はそれを許されていた。そしてきっとこれからも許されていく。恋しいこの方の側にいられる。この方が好き。寝ても覚めても恋しくてたまらない。

薬草や香草の詰まった紙袋を抱えて去っていくエギエディルズの後ろ姿を見送りながら、アーチェは幸福の余韻に浸った。

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