転生王女の回避。
R指定をかける程ではありませんが、若干、妖しい表現があります。
苦手な方は回避して下さい。
思わぬ邂逅から、数日。
私は、大人しく勉強に明け暮れている。
大好きな騎士団長様にも会えた事だし、そろそろ自分磨きに本腰を入れたい。フラグ折りは、他の攻略対象が城へと集まってくるまでは、休業せざるを得ない訳だし。
魔術師及び神官が来るまでの数年間は、平和に暮らせると信じたい。
弟は兄に鍛えられ、めきめきと成長している。背も少し伸びたが、なにより顔付きが違う。甘えん坊で泣き虫で、ついこの間まで私の後ろに引っ付いていた子とは思えない位、凛々しい表情をするようになった。
ゲオルクは、彼の父上と叔父上の二人掛かりで鍛えられているそうだ。
時々エマさんに会いに行くのだが、彼の成長過程を楽しそうに教えてくれる。エマさんに瓜二つだったゲオルクは、随分顔立ちが男の子っぽくなったらしい。
礼儀作法や武術だけでなく、ユリウス様から商売に関するイロハを叩き込まれているようなので、例えアイゲル家が没落したとしても、妻子を養えるだけの甲斐性はあるとエマさんは笑っていた。
没落ってアナタ……当主の奥様が、あっけらかんと言う例え話じゃないでしょうが。
まぁ、エマさんの天然さは置いておくとして。とにかく、二人がまともに成長してくれれば、ローゼマリーに関わるフラグが、二つ折れた事になる。
例え神子姫が、ヨハンとゲオルクを選ばなかったとしても、弟に生涯軟禁される事も無いし、ゲオルクと愛のない結婚をしなくても済む。
よーし順調、順調。
「…………」
……そう思っていた時期が、私にもありました。
現在私は自室で読書中。歴史を教えて下さる先生が、課題として指定した歴史書だ。
古い言い回しが多く、辞書を片手に奮闘しているのだが……全く集中出来無い。出来る訳が無い。
さっきからずっと、穴が開くんじゃないかって位、強い視線を感じるからだ。
「…………」
自意識過剰かな、なんて悩む事も出来無い。だって見てる。すんごい見てる。
一瞬チラリと本越しにそちらを向いてみたら、バッチリ視線が合ってしまった。少し位逸らせよ!!
イライラ、キリキリと、お腹が痛む。胃に穴が開きそうだ。
数日前から私を悩ませ続けている犯人は、私の護衛騎士、クラウス・フォン・ベールマー。
何を隠そう、ウラセカに置ける攻略対象が一人。マゾヒストの護衛騎士である。
攻略対象がすぐ傍にいるのに、フラグを叩き折らない事を不思議に思われる方もいるかもしれないが、勿論、訳あっての事。
彼に関しては、『ローゼマリーの側から行動を起こさない事』こそが、フラグを折る大前提になるからだ。
クラウスは現在、18歳。
短く切り揃えられたダークブラウンの髪に、彫の深い目鼻立ち。凛々しい眉と反比例するような、甘い垂れ目は深い翠色。
少年のような笑顔が、若いマダムに大人気らしい。確かに無駄に、炭酸水とか似合いそうな、現代日本で言うところの、爽やかスポーツマンタイプ。
ローゼマリーの護衛を任されたのは、一年と少し前の話だが、……実はこの時既に、マゾヒズムの性的嗜好持ちだったりする。
伯爵家次男として生まれた彼には、奔放な兄がいた。真面目な夫妻から生まれたとは思えない自由人な兄は、意識せずに周囲を翻弄して来た。その弊害を受けたのが、クラウスである。
父母は兄の二の舞にならないよう、彼を厳しく育てた。その甲斐あってかクラウスは、なんでもソツなくこなす完璧主義者となった。
だが如何に彼が器用であっても、失敗する事はある。人間なのだから、当然だ。しかし彼は、楽観的に捉えられず、必要以上に己を責めた。
責めて責め抜いて……いつしか、自分を蔑み虐げる存在を欲するようになった。
マゾヒストの心理メカニズムは良く分からないが、彼の場合は恐らく、完璧主義ゆえの綻び。完璧でいられなかった己への、呵責を求めているのだろう。
歳を経て長男が落ち着きを持ち始め、両親の目がそちらへ向いた頃、王国騎士団へと入団。数年後、ローゼマリーの護衛騎士となる。
つまり、クラウスのマゾフラグは、どう足掻いても私には叩き折れないフラグ。
まだ見ぬ神子姫の事を考えると、何とかへし折ってあげたかったが、如何せん。年齢差ってものがあるからね。無理なものは無理だと諦めるしかない。
そしてそれとは別にもう一つ、絶対に叩き折っておきたい重要なフラグがある。……それは、ローゼマリーとクラウスの、歪んだ主従フラグである。
ローゼマリー・フォン・ヴェルファルトは、クラウスに恋をした。
……いや、私じゃないよ。あくまでゲームの中での、王女様がね。
幼い頃から傍にいる美形の護衛騎士に、年頃の少女がよろめくのは必然とも言えよう。憧れにも似た恋心を、ローゼは誰にも打ち明ける事なく、密かに育てていた。
クラウスも、ローゼを妹のように大切に思い、恋情はないものの、大事に大事に守ってきた。それが壊れたのは、ローゼが13歳になったある日の事だ。
ローゼは偶然、彼と、年上の侍女との情事の片鱗を見かけてしまう。
物陰に隠れるようにして押し問答を繰り返していた理由は、もしかしたら別れ話か何かだったのかもしれない。外出しようとしたローゼは、クラウスを呼ぼうと部屋から顔を出したところで、パァン、と鳴り響いた音に、ビクリと身を竦ませた。
音の方向をこっそりと窺うと、彼女が探していたクラウスが、侍女と共にいる。彼の頬は真っ赤で、侍女に掴みかかられていた。咄嗟に彼を庇おうと飛び出そうとしたローゼは、会話の内容に、フリーズした。
「アンタが、私なしでいられると思うの!?私以外の誰が、アンタに痛みを与えられるのよ!普通の女と付き合って、満足出来る!?」
侍女の口から出た言葉に、ローゼは呆然自失となった。
侍女の言葉が、彼女には理解出来無かった。何故暴力を奮う人間を、わざわざ傍に置かなければいけないのかなんて、幼い少女に分かる筈もない。
だがクラウスは反論するどころか、侍女にされるがままだ。陶酔するように身を震わせ、打たれていない方の頬も紅潮させる。深い翠の瞳が、とろりと蕩けた。
やがて熱い息と共に吐き出された『もっと……』の声に、私はテレビ画面の前で叫んだ。
清らかな王女様に、テメェら何てもん見せやがる!!と。
画面の向こうに行けたのなら、ローゼの耳と目を塞いで部屋に押し戻した後、クズカップルを強制排除してやるのに!と歯噛みをした。現在こうして行けている訳ですが、私自身がローゼなので全く意味無いですね。人生ってままならない。
そうして目と耳を塞ぐ人間がいなかった為、ローゼは悶々と考えた。考えに考えた結果、暴力を奮えばクラウスが手に入るかも、と思い至ってしまったのだ。
すげえよ王女様。あんなドン引きな場面を見せられて、嫌わないどころか、男の趣味に合わせようなんて、中々出来る事じゃない。
兄妹のように傍にいた人間に、突然暴力を奮うのは、さぞ勇気が必要だった事だろう。震えながらもローゼは、クラウスの頬を打った。
愕然とするクラウスを跪かせ、見下ろしながら、彼女は言う。
「クラウス……。貴方、汚らわしい犬だったのね」
もう一度言おう。すげえよ、王女様。
誰に教えられた訳でもなく、天然で女王様をやってのけるなんて。そこに痺れる、憧れぬ。
「ロ、ローゼマリー様っ、オレ……、私はっ!」
「黙りなさい。犬如きが私の名を口にするなど、許しません」
必死に言い訳をしようとするクラウスを、またも平手で殴りつける。もうこの時点で、ローゼも新たな性的嗜好を開拓してしまっているようにしか見えない。
「ご主人様、でしょう?ワンちゃん?」
サディストな王女様、爆誕の瞬間である。
こうしてローゼとクラウスは、兄妹のような優しい関係を捨て、歪んだ絆で結ばれた主従となったのだった。
私個人としては、この主従を応援したかった。誰が何と言おうと、お似合いではないか。破れ鍋に綴蓋と言う言葉があるが、まさにソレ。
双方が幸せなら、それでいいじゃないかと思うんだけれど、妹のように大切にしてきた王女様を歪ませてしまった事を、クラウスは悔いている。その辺りの綻びから、ヒロインである神子姫が入りこんでくるのがクラウスルートな訳だ。
クラウスと神子姫が結ばれてからのローゼが、凄く可哀想で見ていられなかったんだけど……今は推奨しよう。どんとこい。カモン。おいでませ神子姫!!
私はサディストな姫様になる気は、全く無い!ついでに言うと、クラウスに恋する予定も、未来永劫無いと誓える。
だからこそ、当たり障りのない関係を保っていた。
彼の性的嗜好がなんであれ、腕が立つ優秀な護衛な事に変わりは無い。私はなるべく彼の暗部に踏み込まないようにして、程よい関係を築けばいい話だ。
そもそもローゼが暴こうとしなければ、クラウスはマゾヒストである事を隠しておきたかった訳だし。兄妹みたいな関係で止まるのが、お互いにとっての最善だろう。
そう、思っていたのに。
なんで私をガン見してくるの!?あの人!!
つい数日前までは、爽やか好青年だったじゃん!付かず離れずのベストな距離を、保って来たじゃないか!!
なんだって急に、熱視線を送ってくるようになってしまった訳!?
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