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転生王女の雑談。

 


 眠ったミアさんをビアンカ姐さんに任せ、私が部屋を一歩出ると、沢山の人に囲まれた。

 オネエさんやクラウスは勿論、案内してくれた船員さんやパウルさんまでいる。狭い通路は人でいっぱいだ。


「具合はどう?」


「大丈夫なのか?」


「今は眠っていますので」


 お静かに、と人差し指を口に押し当てる。

 すると皆、同時にピタリと口を噤む。大柄なパウルさんが口を両手で押さえている姿は、ちょっと可愛かった。


 部屋の前から離れて、集まっていた皆に説明した。

 睡眠不足と暑さが原因で、軽い脱水症状を起こしかけている事。

 一度は意識が戻り、水は飲ませた事。まだ顔色が悪いので休息が必要な事。


「大事には至ってないのね?」


「私は医者ではありませんので断言は出来ませんが、おそらくは。あとは充分に睡眠をとれば、回復すると思います」


「そう」


 オネエさんは、私の言葉に安堵の息を洩らした。船員さん達も表情を緩める。

 解散の流れになり、皆が各々の持ち場へと戻ろうとしたが、私は案内をしてくれた船員さんを呼び止める。


「あのっ!」


「ん? どした、嬢ちゃん」


「ミアさんをあまり動かしたくないので、出来ればあの部屋をそのままお借りしたいのですが……」


「そんな事か。もちろん、大丈夫だ」


「でも、あの部屋、誰かに割り当てられていたものですよね?」


 使っていない部屋にしては、寝具が一式揃えられていたし。綺麗に片付けられていて、空気も篭っていなかった。

 私がそう言うと、船員さんは軽く目を瞠った。違いましたかと訊ねると、船員さんは頭を振る。


「いや、嬢ちゃんの言う通り。乗客に割り当てた部屋だったが、もうそのお客さんには断りを入れてあるから大丈夫だ」


「そうなんですか。ありがとうございます」


「いいってことよ。そのお客さんも、二つ返事で了承してくれたしな」


 その人にもお礼を言った方がいいだろうと所在を聞くと、船員さんは掌をぽん、と打った。


「それなら、丁度良い。部屋の中に荷物があるらしいんだけどよ。オレの代わりに取ってきて届けてやってくれるかい?」


「分かりました」


 それくらいなら、お安い御用だ。

 ミアさんを起こさないように、そっと部屋に入り、荷物を探した。端の方に避けてあった布袋を手に取り、私は船員さんの元へ戻る。


 案内されて、甲板へと上がる。

 フローラ嬢と会ってしまうんじゃないかと身構えたが、彼女の姿はなかった。


「お、いたいた。おーい、兄さん」


 船員さんは、鷹揚な掛け声と共に、大きく手を振る。

 船員さんの陰からひょいと顔を出す。姿を見ようとした私だったが、『兄さん』と呼ばれた人が男性であるかも分からない。

 何故ならその人物は、外套を羽織り、深くフードを被っていたから。


「荷物、この嬢ちゃんが取ってきてくれたぜ」


 親指で私を示す船員さん。

 私は軽く会釈して、その人を見上げた。


 間近に立ってみて、男性である事はなんとなく分かった。たぶん、身長は百八十以上ある。長身の女性がいないとは言い切れないが、僅かに覗く顎のラインや骨格が男性のものだ。


 しかし、下から覗き込んでいるにも関わらず、顔は見えない。


「部屋を替わって頂き、ありがとうございました」


 お礼を言いながら、荷物を手渡す。

 別にいい、と示すように軽く頭が揺れたが、彼は一言も口を利かなかった。


 無口な人だと思いながらも、ふと、ゲオルクからの手紙が頭を過る。

 そういえば、薬師の一族……クーア族もこんな感じなんだろうか。外套で姿を隠し、最低限しか口を利かない。特徴は一緒だ。


 そこまで考えて、苦笑が浮かんだ。あまりにも単純な、自分の思考に。

 私が乗り込んだ船にクーア族の人間が偶然同船しているなんて、どんな奇跡的な確率だろうか。そんなご都合主義、あってたまるか。


 日除けに外套を被ること自体、珍しくもなんともない。ただ寡黙なだけだろうと結論づけ、私はその人と別れた。








「お、嬢ちゃん。こんなところにいたのか」


「こんにちは」


「おう、こんにちは。なんか不便とかねえか?」


 荷を厨房に届けに来た船員さんは、満面の笑みを浮かべながら、私の髪を撫でた。パウルさんをはじめとした厨房担当の船員さん達は、またかと言いたげな顔で嘆息する。


「用が終わったらとっとと出ていけ。人が多くて狭いんだよ」


 パウルさんは、虫を払うみたいな動作で手を振る。

 確かに現在、厨房にはパウルさんら三人の他、手伝いである私とオネエさんがいる。流石に狭いので、クラウスは部屋の外。ビアンカ姐さんには遠慮してもらった。ちょっと……否、結構不満げだったけど。


「じゃあ嬢ちゃん、おっさんと一緒に甲板上がらねえか? 特別に見張り台に乗せてやるぜ?」


「ああもう! そのセリフもお前で3人目だ! とっとと出て行けっつってんだろ!?」


 手に持っていた鍋を乱暴に台に叩きつける。パウルさんは船員さんに駆け寄ると、背を押して厨房から追い出した。

 文句を言っている声が外から聞こえるが、パウルさんは無視をしている。


「マリーってば、人気者ね」


 向かい合わせで作業をしていたオネエさんは、ニンマリと口角を吊り上げ、からかうような口調で言う。

 私は豆の筋を取る手を止め、不満げな目でオネエさんを睨んだ。


「面白がってるでしょう」


「ええ、勿論」


 微塵も怯まず、申し訳なさそうな素振りも見せずに言い切られ、私は自分の負けを悟った。口で敵うとは、端から思ってはいなかったけど。


 オネエさんは、頬を膨らました私を見て、軽く瞬く。長い指で私の両頬を挟んで押して、不細工、と笑った。


 ミアさんが倒れた日の翌日。

 改めて自己紹介をし、私とオネエさんは仲良くなった。


 オネエさんは、ヴォルフ・リュッカーというらしい。年齢は二十七歳で、独身だそうだ。

 近寄り難いと感じた第一印象を裏切って、彼はとても気さくな人だった。聞き上手で話し上手。その上、料理が趣味ということで、話をしていてとても楽しい。私がヴォルフさんに懐くまで三日とかからなかったと思う。


「愛されているんだから、喜びなさいよ」


 野性味のある美貌が、笑みを浮かべるだけで、柔らかな印象に変わる。伏せた目元に、男とも女ともとれぬ中性的な色気を感じた。

 外見は完全に男の人なのに、不思議だ。


「……好かれるような事をした覚えは、ないんですけど」


「あら、なに言ってるの。アンタが侍女の子を助けたのは、この船に乗る全員が知っているわよ」


「それは、ミアさんにしか関係のない事でしょう」


 ミアさんは、あの後、三時間ぐっすりと眠った。

 起きた頃にはすっかり回復していて、私やビアンカ姐さん、それから運んでくれたヴォルフさんにとても感謝してくれた。


「それだけじゃないわよ。あの後、あの我侭なお姫様がピタリと静かになったのも多少は関係しているでしょうけど」


 ヴォルフさんの言う通り、フローラ嬢は何故か静かになった。正確には、部屋からあまり出てこないと言った方がいいのか。

 ヴォルフさん曰く、船員や乗客、皆に冷たい目で見られ、居たたまれなくなったんじゃないかとの事。

 反省したのかは分からないけれど、ミアさんも罰せられずに済んで良かったと思う。


「すっかり皆、アンタを小さなお医者様として頼りにしているじゃない」


「止めて下さい……」


 私は額を押さえて、ゲンナリと呟いた。


 そうなのだ。

 あれから、何処が痛いだの、何が効くかなど声をかけられる事が多くなった。私は医者じゃないと、その度に言っても聞き入れて貰えない。


「私は医者じゃないって、言ってるのに」


「そりゃ無理よ。それだけ薬や病気に詳しかったら、説得力がないわ」


 ぐう、と押し黙る。

 イリーネ様に叩き込まれた知識と、お手製の薬セットが裏目に出ようとは。


 大きな病気の可能性があれば、医者に行けとしか言わない。けれど、小さな火傷や打ち身くらいだったら、丁度薬を持っているからと渡していた。

 自業自得とは、正にこの事。


 いっその事、薬師の身内がいるという設定で行こうと開き直りつつある。


「やっぱり、ネーベル王国は凄いわね」


「?」


 唐突に話が変わり、私は首を傾げる。なんで、ネーベルの話になるんだろう。


「アンタみたいな小さな女の子が、薬学を学べる環境が凄いのよ。他国へ行ってみれば、どれだけ自分が恵まれた環境にいるのか分かるわ」


 私が不思議そうな顔をしている事に気付いたヴォルフさんは、作業の手を止めて、私を見る。


「大抵の国では、女性に学問は必要ないと思われているわ。たとえ自分の娘であっても、薬学を教えようとする親は少ないわよ。女の子はお嫁に行って、家庭を守る事だけが幸せだと思っているからね」


 中世ヨーロッパや昔の日本がそうであったように、たぶんネーベルにも、その風潮は残っていると思う。

 でも言われてみれば、王女である私が刺繍や計算だけではなく、天文学や薬学、歴史に語学と色んな勉強をさせて貰えたのは、稀有なことなのかもしれない。


「女性が要職に就いている国は、ネーベルを含めて数える程度よ。フランメが女性中心の社会を築いていたのも、昔の話だし」


 ヴォルフさんの言う通り、フランメは母系社会の名残はあっても、最早別のものへと変質している。

 王位継承権は女性にあっても、実質的な権力を握るのは夫である国王だ。国王は複数の妻を持つ事が可能な一夫多妻制で、その社会形態は、古代エジプトに似ている。

 現在の女王陛下は民に慕われ、統治は安定しているものの、王族と民では話が違う。女性が外で働くには、厳しい環境らしい。


 イリーネ様が魔導師長という地位に就いている事も、他国から見れば凄い事なんだろう。


「ネーベルは恵まれているんですね」


 ポツリと呟けば、ヴォルフさんは大きく頷いた。


「そうね。気候や土地の豊かさもだけれど、それ以上に、為政者に恵まれているわ」


「為政者?」


 っていうと、父様のこと?


「そうよ。代々ネーベルは賢王が多いけれど、女性を重用するようになったのも、身分に拘らず実力に見合った地位を与えられるようになったのも、当代の国王になってから。まだ根付いてはいないけれど、次期国王である第一王子も有能で誠実なお人柄だって噂だから、未来は約束されたようなものね」


 自分の父や兄の話だという実感は、正直なかった。


「そんなに、凄い人達なんですか」


「あら、他人事みたいに言うのね」


「……えっ?」


 ヴォルフさんの言葉が一瞬理解出来ず、一拍遅れで弾かれたように顔をあげた。


 今、なんて言った?

 他人事みたい?


 私が彼等と他人ではないと知っているのかと、ヴォルフさんを凝視する。極度の緊張に、背筋を冷たい汗が伝う。

 しかし私の畏れなど気付いた素振りもなく、ヴォルフさんは小首を傾げた。


「だってアンタもネーベル国の人間でしょう? ネーベルの王族は国民に人気があると評判よ」


「え、あ……ああ、そういう」


 全身の力が抜けそうになった。強張った体を弛緩させ、息を吐き出す。

 様子のおかしい私を見て、ヴォルフさんは『変な子ね』と呆れたように言った。


「ネーベルが誇るのは、王様と第一王子だけじゃない」


 ヴォルフさんと私の会話を聞いていたのか、口を挟んだのはパウルさんだ。

 彼は鍋をかき混ぜる手を止め、私達の方へ身を乗り出す。


「今は隣国に留学中だが、第二王子のヨハン殿下も優秀な御方だ。気さくな人柄で、ヴィントでも人気らしいぜ」


「あら、そうなの」


「おうよ。それに、第一王女のローゼマリー殿下もだ」


「!」


 私は俯いたまま、固まった。

 奇声を発しなかったことを、誰か誉めて欲しい。許されるなら、大声をあげて逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。自分の評価なんて、聞きたくない。


「お姿を直接見た奴は少ないが、王妃様似の美しい方らしい」


「王様や王妃様の絵姿を見る限り、不細工に生まれる確率の方が低いと思うわよ」


「まぁ、そうなんだけどよ。それだけじゃなくて、心優しい方らしいぜ」


「噂なんて、あてにならないかもよ」


「は?」


 ヴォルフさんの言葉に、パウルさんが器用に片眉を跳ね上げる。不愉快そうな声で聞き返すが、ヴォルフさんは怯まない。不敵な顔で笑う。


「良いとこのお嬢さんなんて、甘やかされて我侭に育った世間知らずばっかりなんじゃない? この船に乗ってるあのお嬢様を見てると、そう思っちゃうわよ」


「あー……」


 パウルさんは、きまり悪げに首の後ろを掻いた。


 まぁ、世間知らずは合ってる。我侭も言う時あるしなぁ……。

 甘やかされてもいるし、……うん。反論、一つも出来ないわ。


 私は曖昧な笑みを浮かべながら、この場にクラウスがいなくて良かったと、心の底から思っていた。


.


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