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転生王女の遭遇。

 


 なんとか『お願い事』をきいてもらう約束を取り付けた私は、早々に自室に戻ることにした。

 退室の挨拶を簡単に述べて廊下に出た私は、緊張に詰めていた息を吐き出そうとして、そのまま凍り付く。


 廊下に出てすぐに目についたのは、王の寝室を護る兵士二人と、私の護衛であるクラウス。その三人だけのはず、だった。


 予想もしていなかった人物は、こちらに向かい、一歩踏み出す。幾何学模様の描かれた大理石の廊下が、カツンと硬質な音をたてた。

 響いた音にビクリと身を竦ませ、後退りそうになる。が、背後にはマホガニーの重厚なドア。退路はない。


「……ローゼマリー」


 激情を無理矢理抑え込んだような、抑揚のない声が私を呼ぶ。

 覚悟を決めて、俯きそうになっていた顔を上げた。相対すのはお付の侍女を従えた妙齢の女性。


 雪のような白い肌に映える艶やかな赤い唇。整った鼻梁に淡く色付く頬。意思の強そうなラインを描く眉の下、宝石のような青い瞳が、私を真っ直ぐに見つめてくる。

 身に纏うドレスの生地は、深緑色の上質なベルベット。胸元には金糸と銀糸を組み合わせて花の刺繍が描かれ、袖口には派手過ぎないよう控え目なレースがあしらわれている。上品なドレスと結い上げたプラチナブロンドが、華やかな美貌を、年相応の落ち着いた印象へと変えていた。


 何もこんな時にエンカウントしなくてもいいんじゃないかなあ……。


 そう心の中で大きなため息と共にぼやきつつ、私は貼り付けた笑顔を、彼女に向けた。


「ごきげんよう。母様」


 言った瞬間、母様の眉間に深いシワが刻まれた。わあ、逃げたい。

 憎々しげに睥睨され、脱兎の如く駆け出したくなったが堪えた。


 母様は感情のままに口を開こうとして、止まる。流石に場所が不味いと思ったのか、私の部屋へいらっしゃい、と招かれた。

 父様の部屋の次は母様の部屋とか、それなんて拷問?

 今度こそ、踵を返して脇目もふらず逃げたい。が、出来る訳もなく、大人しく母様の後へ続いた。


 連れて来られた死刑執行台……ではなく母様の部屋は、彼女に似合う華やかな内装と豪奢な家具で彩られていた。


 スタッコ細工が多用された華美な内壁と、微細な彫刻が施された天井。そこから吊り下がる大きなシャンデリアは金箔と宝石で装飾されており、蝋燭の灯りを弾いて目に痛い。

 ブラックウッドの猫脚ソファーは、赤地を主として金銀の模様が折り込まれている。揃えの猫脚で作られたテーブルを挟み、向かいに腰かけた母様は、目を眇めて私を見た。


 暫し、胃の痛くなる沈黙が続く。

 ……圧迫面接か何かですか、コレ。


 紅を刷いた魅惑的な唇がゆっくりと開いたのは、たっぷり三十秒以上経過してからだった。


「陛下のお部屋で、何をしていたのかしら?」


 私でも滅多に入れないのに、と語尾に付け加えられている気がした。

 度々出入りしているのだから、いつか見つかって糾弾されると覚悟はしていたけれど、想像以上に怖い。

 キツめの美人だから、迫力が凄いんだよなあと、他人事のように思った。


 我が国の国王夫妻は、寝室が別だ。

 一夫多妻制の国ならばともかく、側室や愛人もいない父様と母様が何故、寝室を別にしているのか。答えは単純に、父様の独断で決めたから。

 理由は知らない。寝る時は一人の方がいい派閥だからなんじゃないかと勝手に思ってる。正直、あまり興味はないので詮索もしない。


「少しだけ、お話をさせて頂きました」


 当たり障りのない言葉を選んだつもりだが、母様の眼差しは相変わらず厳しいまま。父様の部屋に入っただけでもギルティなんですね分かります。


「陛下はお忙しいのです。貴方の我儘で困らせてはいけません」


「はい。申し訳ありません」


 従順に頷く。

 しかし母様の表情は緩まない。


「いくら陛下がお優しい方だとはいえ、迷惑をかけていい理由にはなりません。子供だから許されるなどという甘えは捨てなさい」


「……はい」


 ちょっと間があいてしまったが、私は悪くないと思う。

 だって誰の話ですかソレ。

 父様が優しいとか、母様の目おかしくない? 子供だから許すなんて生温い人だと思ってんですか??


 否、母様も父様が、年齢や性別を考慮して態度を変えるような人ではない事くらい知っている筈だ。

 ただ、それでも認められないのだろう。傍に近付く事を許されたのが、自分ではなく娘だった事が。


「もしお話があるのなら、まず私に相談しなさい。いいですね?」


「…………」


 はい、とは言えなかった。

 だって母様、許可するつもりなんて微塵もない。父様に近付くなと、暗に言っているも同然だった。

 昔からそうだ。母様は、私やヨハンが彼女の言う事を聞くのが、当たり前だと思っている節がある。子が親に従うのは当然だと思い込み、私達の意思を確認しようとはしない。

 私が何を思って父様に近付いたかなんて、母様にとってはどうでもいい事なんだろう。


「ローゼマリー?」


 返事をしない私に苛立ってか、母様の声に険が混ざる。元々吊り上り気味の目尻が、更に険しくなった。

 そろそろ怒りが爆発しそうな予感がする。適当に誤魔化して、従うふりをするのが一番無難だろうと思う。

 でも私の口は、そんな小狡い考えを裏切って、動き出した。


「申し訳ありませんが、それは出来ません」


「なっ……!!」


 母様は、目を見開いて絶句した。

 まさか、正面切って反抗されるとは思っていなかったのかもしれない。

 思えば最近は、まともに顔も合わせていない。母様の中での私は、自室に軟禁されている五歳児のままで止まっているのだろう。無表情で可愛げのない、大人しい子供のまま。


 ここまで私に興味がなかったんだなあと思うと、虚しい笑いが込み上げてきそうになった。思えば、あれだけ兄様と私達が接触するのを嫌がっていたくせに、途中からは口出しもしなくなった。

 本当にこの人は、父様以外、どうでもいいんだな。


 この愚直なまでの一途さは、憎めないが見習いたいとは思わない。盲目なあたりに血を感じて、少し頭が冷えた。

 私も覆轍を踏まないよう気を付けよう……。


「ローゼマリー……貴方、何を言っているのか、分かっているの?」


「はい、母様」


 過ぎる怒りにか、震える手を握り締めた母様を見据え、私ははっきりと頷く。


 なすべき事があって、期限は着実に迫っている。こんな場所で立ち止まっている時間はない。

 立ち塞がりたいなら、そうすればいい。私は勝手に越えていくから。


「私は父様の許可を頂いて、部屋へ入れて頂いております。たとえ母様であっても、それを覆す事は出来ません」


「!! ……あなた」


「迷惑であれば、父様は直接私に仰います。それまでは控えるつもりはありません。私は私のするべき事をするだけです」


 喧嘩を売っている自覚はあるが、もうここまで来たら引く気はない。

 これから二年の間に、何度も父様の部屋には通うだろう。その度に邪魔されていたんじゃ、何にも出来ない。


「ローゼマリー……」


 地の底から這いあがってくるような声で呼ばれたが、言いたい事は言ったと、私は逃げるように席を立った。



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