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転生王女は今日も旗を叩き折る。  作者: ビス
後日談・番外編
357/380

子爵令嬢の憂鬱。(3)

※引き続き、ビアンカ視点となります。

 

 マリーちゃん達は酷く心配そうな顔をしていたが、姉弟のみで話し合いをした方が良いと判断して、再び退室した。


 気遣いは有難いけれど、かなり緊張している。正直言って怖い。

 余計な事をしてしまった自覚があるだけに、とても居た堪れなかった。


「姉さん」


「っ!」


 大袈裟に肩が跳ねる。

 私の反応を見たミハイルは目を丸くし、次いで困ったように眉を下げた。


「……立ったままだと落ち着かないし、座ろうか」


「……うん」


 私が再び腰掛けると、ミハイルは向かいの席に腰を下ろす。


「姉さん、やっぱりオレが怒っているって思っている?」


 恐る恐る顔を上げると、ミハイルは笑っていた。

 たぶん苦笑に区分されるものだけれど、それでも安堵した。


「……うん」


「姉さんがオレの為に怒ってくれた事は嬉しかったよ。でも、義兄さんと喧嘩はして欲しくないな」


「……勝手な事をしたのは反省している。でも、アイツの事はやっぱり許せない」


「姉さん……」


 頑なな態度の私を諫めるように、ミハイルが何かを言おうとする。

 けれど私は自分の主張を曲げたくなくて、被せるように話を続けた。


「だって、ミハイルは何も悪くないじゃない。アイツはミハイルの今までの頑張りや、苦労も知らないくせに、自分の都合ばかり押し付けて貴方を傷付けた。そんなの私は許せない」


 当人であるミハイルが許しているようなのに、私がアレコレ言うのは間違っているのかもしれない。頭ではそう思っているのに、心では納得出来ていなかった。


「えっと……。あのね、姉さん。実はオレ、別に義兄さんの言葉に傷付いた訳じゃないんだ」


「……あんな奴、庇わなくていいのに」


「庇っているとかじゃなくて、本当なんだよ。きっと姉さん達は、最近のオレがぼんやりしていたから心配してくれたんだよね? でも、それは別に傷心して落ち込んでいたとかでは無く、考え事をしていただけなんだ」


「考え事?」


「うん。自分の将来とか、姉さんの事とか」


「私?」


 思いも寄らない言葉を聞いて、私は驚いた。

 聞き返すと、ミハイルは真面目な表情で頷く。それから言葉を探すように俯き、逡巡してから口を開いた。


「途中で否定せずに、冷静になって最後まで聞いてくれる?」


「……分かった」


「オレは義兄さんの言った事は、ある意味、正しいと思っているんだ」


「!」


 反射的に叫びそうになった否定の言葉を、どうにか呑み込んだ。


「ローゼマリー様やクーア族の皆と出会い、オレはこの力の使い道を知った。今まで疎まれるだけだったけれど、魔力で人を助ける事も出来る。そう知ってから、オレは魔力を持って生まれた自分を認められるようになった。医療施設で働くようになった今では、沢山の人がオレの存在を受け入れてくれる。……でもね、当然だけど、受け入れられない人もいるんだ」


「…………」


 私は黙って唇を噛み締める。


「つい数年前まで魔力持ちは忌み嫌われる存在だったから、たぶん、そういうものだって刷り込まれている人も多いと思う。時代が変わったから、あからさまに差別したりはしなくても、出来る限り関わり合いたくないって人は、結構いるんじゃないかな」


「ミハイル……ッ!」


「……ごめん。優しい姉さんを傷付けるだろうなって分かっていたのに、こんな事言って。でも、いい機会だから話したかったんだ」


 ミハイルは、静かな声でそう言った。


「今までは、オレ自身の心の持ちようだと思っていた。でも義兄さんに言われて、周りの人にも影響を及ぼす事を漸く自覚した。これは、オレだけの問題じゃない。いつか、オレへの嫌悪や敵意が、オレの大切な人達を傷付けるかもしれない」


 神様は、乗り越えられる人にしか試練を与えないと聞いた事がある。

 けれど、これはあまりにも酷い。ミハイル一人に、どれだけ重荷を背負わせれば気が済むのか。いるかどうかも分からない神様を、憎みそうになった。


「オレは、オレの大切な人に辛い思いをして欲しくない。だから将来、姉さんに好きな人が出来た時に、オレが結婚の妨げになるようなら……」


「止めて……‼」


 叫ぶように遮ると、ミハイルは目を見開く。

 途中で否定しないという約束が脳裏を掠めたけれど、止めずにはいられなかった。それくらい、私には許し難い言葉だ。


「それ以上言ったら許さないわ……っ!」


 我ながら酷い声だと思った。

 たぶん顔も酷い事になっているのだろう。ミハイルは困り顔で狼狽えている。


「ね、姉さん、ごめんなさい。泣かせるつもりは……」


「泣いてなんか無いわよ!」


 ズッと鼻を鳴らしながら否定する。


 言いたい事は沢山あるのに頭の中はぐちゃぐちゃだし、喉の奥で詰まったように言葉が出てこない。


 気まずい沈黙が流れて、どれくらい経っただろうか。

 控え目に扉がノックされ、中の様子を窺うように声を掛けたのはマリーちゃんだった。


「あの、お邪魔をしてごめんなさい。……もし宜しければ、少しだけ休憩しませんか?」


 マリーちゃんが救いの女神に見えた。

 私が小さく頷くと、ミハイルも安堵したように「分かりました」と了承する。


 ミハイルが出て行くのを見届けてから、マリーちゃんが近付いてくる。すぐ傍まで来た彼女は、私を覗き込んだ。

 何かを言いかけたマリーちゃんは、きゅっと唇を引き結ぶ。彼女は、私の頭を抱え込むように、そっと抱き締めた。


「……っ」


 涙腺が決壊したように、ボロボロと大粒の涙が零れ落ちる。

 私はマリーちゃんにしがみ付いて、子供みたいに泣いた。


「うぅー……っ」


 邪魔なら切り捨ててくれと、何て事無いかのように言ってしまえるミハイルが嫌だ。自分さえ我慢すれば、全てが丸く収まると思っている事に腹が立つ。


 でもそれ以上に、ミハイルにそんな事を言わせてしまった世間と無力な私自身に、どうしようもない怒りを覚えた。


 行き場のない怒りとやるせなさを吐き出すように、私は泣き続けた。

 マリーちゃんは何も言わずに寄り添い。私の背中を擦り続けてくれた。


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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます。 なんか胸が痛いお話でした。 互いを尊重しあえる国になるといいな。
 この兄妹の間にはただお互いを思う心しかないのに、言い争いになっちゃうのは悲しいことですね。 ただ、それでも、これを言っては元も子もないと思うけど、やっぱりこう言うのは自分の意志次第だよねえ。
更新お疲れ様です。 ミハイルの『姉さんの邪魔になる様なら切り捨てて欲しい』というのは、ミハイルを大事な弟として愛しているビアンカ姐さんには酷ですね。 ずっと傷付けられてきたミハイルだから、異母兄殿の…
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