転生公爵の祭り。(2)
こほん、と緊張を誤魔化す為の咳払いを一つ。
一段高い場所から、周囲を見回す。集まってくれた村人達の表情は、晴れ渡る空にも負けないくらい明るい。
ソワソワ、うずうず。居ても立っても居られないような、高揚した空気がこちらにまで伝わってくる。
「お集りいただき、ありがとうございます」
ざわめきに負けないよう、声を張る。
私の思い付きに賛同してくれた事や、短い準備期間にも拘わらず、全力で協力してくれた事への感謝を伝えた。
「今日という日を迎えられたのは、協力してくださった皆さんのお蔭です」
可能な限り、簡潔に纏めたつもりだったけれど、既に子供達が飽きている。お母さんの腕からすり抜けて、逃げ出そうとしている子供の姿が視界の端に映る。
その光景に苦笑して、私は言葉を区切った。
伝統ある行事に相応しい立派な挨拶を……なんて意気込んでいたけれど、そんなものは必要ない。お祭りの前の長い挨拶なんて、前世の私だって望んでいなかったじゃないか。
「収穫祭の開催を宣言致します。今日は一日、目一杯楽しみましょう!」
万雷の拍手と共に、ワッと喝采が起こる。
いつもは穏やかで閑静な村の賑やかな一日は、こうして幕を開けた。
「暫く傍を離れますが、気を付けて。何か気になる事があれば、すぐに呼んでくださいね」
私の両手をぎゅっと握ったレオンハルト様は、真剣な顔で私を覗き込む。
とても心配そうな表情は、はじめてのお使いに挑む子供を見送る、過保護なお父さんみたい。
「ええ」
「クラウス達から離れてはいけませんよ。怪しい人物には近づかないように」
「分かりました」
完璧に子供扱いされているなと、苦笑する。それだけ大切にされていると思えば、悪い気はしないけれど。
シュレッター公爵の企みははっきり分かっていないが、小心者である彼が、私に直接危害を加える可能性は低い。
レオンハルト様もそれについては、同意見のようだ。
以上を踏まえると、今日の祭りに於いて一番安全なのは私という事になる。だとしたら、レオンハルト様という最高戦力を私の護衛に回すのは、無駄以外の何物でもない。
そんな訳で数時間、別行動する事となった。
レオンハルト様は見回りと、騎士達の指揮を。私は犯罪の抑止力となる為、護衛を引き連れて会場を回る予定だ。
クラウスをはじめとした優秀な護衛に囲まれている私は、かなり安全。どちらかというと、見回るレオンハルト様の方がずっと危険度は高いのに。
頭では分かっていても、私の傍を離れる事に抵抗があるらしい。
「食事は一緒に摂りましょうね。昼には一度、合流しましょう」
「はい。レオンも気を付けて」
「ええ」
ちゅっと、額に軽く口付けられる。
名残を惜しむみたいに、一度、力を込めてから手が離れた。
後ろ髪を引かれるように何度かこちらを振り返りながら、レオンハルト様は去って行った。いつもは凛々しい旦那様のしょぼんとした顔が可愛くて、キュンとしたのは内緒だ。
「領主さま!」
露店が並ぶ通りを歩いていると、元気な声が掛かる。
身を乗り出すようにして手を振っているのは、以前、村の視察の時に知り合った元気な少女、ザーラさんだ。
彼女の前に置かれた机の上には、花籠が並べられていた。
持ち手付きの小さなラタンの籠に、可愛らしく飾られた小さなブーケ。暖色で纏まったもの、寒色で纏まったものとバラエティ豊かで、非常に乙女心が擽られる。
引き寄せられるように近付くと、笑顔のザーラさんの隣にはゲルダさんがちょこんと座っていた。
「領主様、おはようございます」
「おはようございます、ゲルダさん、ザーラさん。もしかして、この籠って……」
「ゲルダさんの手作りです!」
「やっぱり。作りがしっかりしていて実用的なのに、凄く可愛いですね」
「そうでしょう、そうでしょう」
ザーラさんは、自分の事のように誇らしげに胸を張る。
隣のゲルダさんはそんな彼女を見て、嬉しそうに眦を緩めた。
「花はザーラちゃんが選んでくれたんですよ。私には若い人の好みが分からないから、凄く助かっているの」
褒められたザーラさんは、「えへへ」と照れ笑いを浮かべる。本当の孫と祖母のように仲の良い二人が微笑ましくて、私の顔も緩んだ。
「結構、売れ行きもいいんですよ。特にこちら!」
そう言ってザーラさんが示したのは、白と水色と黄色の花で構成されたブーケだ。オススメするだけあって、主力らしい。他の籠はそれぞれ花の配色が違うのに、その組み合わせだけ複数あり、机の半分を占めている。
可愛らしいブーケだが、どういうコンセプトなんだろう。もしかしたら、祭りに相応しい花言葉で纏めているのかもしれない。
「じゃあ、私も一ついただきます」
私の言葉に、付き添いの侍女がお金を用意しようとする。
しかしコインを取り出す前に、ザーラさんから「待ってください」と制止がかかった。
「お金は頂けません。ぜひ、貰ってください」
「ですが……」
「領主様。どうぞ、貰ってあげてくださいな」
「ゲルダさん」
「ザーラちゃん、ずっと頑張っていたんですよ。どうしても、領主様のイメージのブーケが作りたかったんですって」
「……え?」
「領主様の高貴な美しさと、少女のような可憐さを表してみました! 領主様スペシャル……名付けて『プレリエの花』です! 我ながら良い出来になったと思います」
予想外の言葉に呆気に取られている私の背後で、クラウスがボソリと「見事だ」と呟いた。
「無垢な美しさと可憐さ、それから我々を照らしてくださる太陽のような明るさが見事に表現されている。大振りな花を使っておらず、小さく纏められているのも、ローゼマリー様の控え目なお人柄を表していて素晴らしい」
クラウスは真面目腐った顔で、どこの審査員だと突っ込みたくなるような言葉を滔々と語っている。
いつの間にか私は料理大会の会場に迷い込んでいたのだろうかと、現実逃避気味に思った。
「えっと、では、ありがたく頂きます」
お祭りの象徴であり、男女の出会いを手助けしてくれる花束のモチーフが領主でいいのだろうかと頭の隅で思う。
だが、満面の笑顔で差し出してくれたザーラさんに野暮な事は言うまい。
「そうだ。私、料理大会も参加するので、お時間あったら寄ってくださいね」
「ええ、もちろん。頑張ってください」
「優勝目指します!」
張り切っているザーラさんと別れ、別の場所を目指す。
こっそりザーラさんに花籠の取り置きを頼んでいるクラウスは、見なかった事にした。
その後も、歩く度に声が掛かる。
村民達が代わる代わる野菜やお菓子を差し入れてくれるので、お付きの人達の荷物が大変な事になってきた。
一度、荷物を置きに行った方が良さそうだ。
でも職務に忠実な彼等は、私から離れる事に難色を示すだろう。ならばと、見回りがてら私も馬車へと向かう事にした。
会場から離れると、途端に人気が無くなる。
遠ざかった喧噪を聞きながら歩いていると、ふと、建物の陰から話し声が聞こえた。
内容までは聞こえないが、あまり穏やかな雰囲気では無い。喧嘩だろうかと私が思うのと同時に、クラウスが前に出る。
他の護衛達も、いつの間にか私を囲うように周りに立っていた。