魔導師達の奮闘。
※テオ・アイレンベルク視点になります。
ドンッ!
バキッ!
「……派手にやってんなぁ」
馬車の荷台に転がされたままオレは、場違いな感想をボソリと呟いた。
硬い床の上に長いこと放置されていたので、体中が痛い。下にしていた左腕が痺れ始めてきた。手足を縛られた芋虫状態では少々難しいが、何とか仰向けになる事に成功し、オレはホッと息を吐き出す。
ボンッ
捲れ上がった幌の隙間から見えた空を、ファイヤーボールが横切って行く。
当然の事ながら、芋虫なオレの仕業では無い。
「……派手にやってんなぁ」
もう一度同じセリフを呟いて、乾いた笑いを洩らした。
オレことテオ・アイレンベルクの現在位置は、ネーベル王国の辺境。隣国、ヴィント王国との国境近くの山道だ。
間者と目されているニクラス・フォン・ビューローによる、ヒルデ・クレマーの殺害未遂事件より3日が経過した夜。王城に賊が侵入し、攫われたオレ達は、ずだ袋に詰め込まれ、馬車の荷台に転がされて運ばれていた。
魔法を使って脱出を図ろうにも、魔力制御の首輪のせいで、ロクな魔法が使えない。腕力の無い魔術師は、魔法を封じられたら終わりだ。
痛い目は極力見たく無いので、大人しく袋詰めされたジャガイモの如く荷台を滑っていたオレだったが、プライドの高い天才魔導師は同じ意見では無かったらしい。
険しい山道を上り始めて一時間弱が経過した頃、ずだ袋の口が解かれた。
ルッツは靴底に忍ばせておいたナイフで脱出をはかり、オレの縄も切ろうとしてくれた。だが途中で、馬車の後方を馬で走っていた賊の一人が異変に気づき、馬車を止められてしまった。
芋虫状態のオレを放置し、ルッツは戦闘態勢に入る。
武器は掌に納まる小型のナイフと、魔石3つ。ちなみに魔石とは、魔法を封じ込めた石の事だ。魔力の高い魔導師にしか扱えない上、一旦発動させれば壊れて消える為、非常に使い勝手が悪い。
ルッツが持っている魔石は、魔力を制御され自衛の手段が無い彼の為に、師であるイリーネ・フォン・アルトマン様が作った物。
だからこそ、ルッツの属性とは真逆のファイヤーボールが空に打ち上げられている訳だが……今さっきで三発目。ルッツ終了のお知らせだ。
揉み合いの末、ルッツは帰ってきた。
乱暴に荷台に放り投げられた彼は、惨憺たる有り様だった。
武器をこれ以上隠し持っていないか調べられたのか、裸にむかれた上半身には、いくつもの痣が出来ている。靴も取り上げられて裸足、その上縄でグルグル巻き。トドメとばかりに光る首輪。
……思わず目を背けたくなる妖しさだ。
彼が類稀な美貌の持ち主である事も災いし、変態に乱暴された憐れな美少年にしか見えない。
「ルッツ……姫様には、お前のケツ事情については、深く突っ込まないでやってくれって言っとくから」
「その前にオレがお前のケツに氷柱を突っ込んでやるよ」
軽い冗談を振ってみたら、射殺されそうな視線を向けられた。適度にボコられて、相当ムカついているらしい。
オレは悪びれる事なく嘆息し、肩を竦めた。
「無駄な抵抗するから、痛い目見るんだろ。大人しくしてろ。どうせ魔法の使えないオレ達じゃ、逃げ出す事なんて出来ねえんだからさ」
「煩い。オレに指図するな」
ふい、とルッツは顔を背けた。
オレは呆れたフリで、反対側へと体の向きを変える。
少し遅れて、男が一人荷台に乗り込んできた。
今までは、馬車の速度優先で見張りは同乗していなかったのだが、目を離していられないと判断したのだろう。
「余計な手間をかけさせるな」
オレ達を睨み付ける男に見覚えがある。
近衛騎士、ニクラス・フォン・ビューロー。護る側の人間でありながら、主に牙を剥いた裏切り者。
そちらから近づいて来てくれるとは、好都合。
「どうせ何処にも、お前らの居場所は無いんだ。せいぜい飼い主に媚を売って、可愛がってもらった方が得だろう」
ニクラスは侮蔑を隠しもせずに吐き捨て、嘲笑を浮かべる。
「……そーっすね。飼い犬は飼い犬らしく、主人の為に頑張って働こうと思います」
「いい心がけだな」
オレがにんまりと笑って言うと、ニクラスは鼻を鳴らし笑った。
――さて。一先ずは順調、と言ったところか。
今までのオレの独白は、用意された台本をなぞったものである。
王城襲撃も魔導師誘拐も、ルッツの抵抗と失敗も、全てが第一王子クリストフ・フォン・ヴェルファルトの書いたシナリオ通りだ。勿論、下品な軽口は除くが。
遡る事、三日。
ヒルデ・クレマーが斬られた日の夜、事情聴取という名目の元、オレ達が案内されたのは狭い小部屋だった。
押し込められるように入れば、出迎えたのは錚々(そうそう)たる面々。第一王子と近衛の騎士団長。それから師であるイリーネ・フォン・アルトマン様。
息を呑むオレ達に、第一王子は告げた。君達の協力を仰ぎたい、と。
それから短時間でオレ達は、水面下で起こっていた事件の内容を説明された。スケルツ王国の国王がルッツ誘拐計画を画策し、その手引きをする人間が近衛騎士の一人である事。最近ルッツに近付いて来ていた侍女が、間者の手先である事。
そしてその侍女が口封じの為殺されそうになった現場に、姫様が居合せてしまった事も、全て。
初めは呆然としていたオレだったが、徐々に色んな事に気付き始め、自分自身を蹴り飛ばしてやりたくなった。
隣へ視線を向ければ、オレと同様に……否、もっと酷い顔をしたルッツが、俯き唇を噛み締めている。力一杯握り締められた拳は、微かに震えていた。
「じゃあ姫は……ずっとオレ達を守っていたの」
呆然と呟いたルッツの言葉は、オレが思い浮かべた通りのものだった。
姫様は、侍女とルッツの事をやけに気にしていた。
年頃の少女らしく恋の話に興味があるのかと思えば、そんな楽しげな様子でもなく、どちらかと言えば不安そうに、ルッツの反応を窺っていたのを覚えている。
今思えば姫様は、ルッツが侍女に好意を抱き、利用される事を危惧したのだ。
忙しい合間を縫って、なるべく傍に居てくれたのも、おそらくオレ達の為。王女である自分の為の護衛を、そのままオレ達の護りにしようとしたのだろう。
あんな小さな女の子が、必死に腕を広げてオレ達を守ってくれていた。
それなのにオレは、一体何をしていた。何か悩みを抱えていると分かっても、その悩みの種が自分達だなんて全く気付きもしないで。
「情けねぇ……」
あまりにも自分が情けなくて笑おうとしたが、それさえも上手く出来無くて。歪な唇から掠れた音が洩れただけだった。
「何故……何故、姫にそんな役目を任せたんですか……!言っていただければ自分の身くらい、自分で守ったのに!!」
「落ち着けルッツ。そんな簡単なモンじゃねえって分かるだろ」
「……っ」
物理的に敵を潰して終わりなんて、そんな単純なものじゃない。そう窘めれば、ルッツは悔しそうに歯噛みして顔を背けた。
「……結果的に妹を利用した事になるのは認めるが、命じてはいない」
無表情のまま静観していた王子は、静かな声で反論した。
命じてはいない、とはどういう事だろう。意図を掴みかね視線で問えば、王子は瞳を伏せ、長く息を吐き出した。
「お前達の事を気にかけてやれとは言ったが、それ以上の事は何も言っていない。そもそも、国家規模の争いに発展しかねない重大な情報を、幼い王女に伝える訳が無いだろう」
「……」
「あれは、聡い。そして行動力もある。誰かに命じられずとも己の頭で判断し、最善の結果を出せるように動く事が出来る。時折、未来まで見通せているのではないかと馬鹿馬鹿しい錯覚をしそうになる程に、優秀な妹だ。……今回の事はその優秀さが裏目に出て、巻き込まれなくてもいい争いに、巻き込まれてしまったんだがな」
王子の言葉に、オレ達は目を瞠る。
彼の言葉をそのまま鵜呑みするならば、姫は命令されたのではなく、オレ達の危機を察知し、彼女自身の判断で動いていたという事になる。
ようやく二けたに年齢が届いたばかりの、幼い少女が。
それは優秀なんて言葉では、済ませられないだろう。前もって与えられた情報も無い中、城内で起きていた異変を点と点で繋ぎ合わせ、答えを導き出すなど、不可能に近い。それはまさに未来視の領域だ。
「そして更に面倒な事に、国王にまで目を付けられそうになっている」
「国王って、まさか……!?」
「違う。スケルツではなく、我が国の王だ」
真っ青な顔で食って掛かるオレの言葉を、王子は即座に否定する。
ああ、良かった……。姫様が、血生臭い戦争狂に目を付けられたのかと思い、血の気が引いた。
「我が国の、と言う事は、貴方達の」
「そうだな。父だ」
戸惑いつつもルッツが聞けば、王子は頷く。
「だがあの人にとって私達は、子供ではなく、血が繋がった部下に過ぎない。使えそうならば活用し、それ以外は捨て置く。……使えないと判断されている位の方が、妹の為には良かったんだが」
どうやら『使える』と見なされたようだ。
そう呟く王子は無表情に見えたが、声には苦さが滲んでいる。王子からしてもソレは、不本意な状況なのだろう。
「使えるって……姫に何をさせる気なんですか」
「餌だ」
「……は!?」
「敵側の狙いは君達二人。だが君達を意のままに操るには、人質が必要だ。今のところ私の目にも、妹以上の適任はいないように見える」
「な、んですか、それ」
ルッツの声が掠れる。
衝動を押し殺しているのか、今にも噛み付きそうな酷く凶暴な顔で、彼は小さく呟く。ふざけんな、と。
今更過ぎるかもしれないが、王子殿下に対して余りにも無礼な態度。止めなければいけないと理性は命じた。
だが、感情が裏切り、窘める言葉は出ない。オレも、正直同じ気持ちだ。
「……つまり姫様を攫わせて、王女奪還の大義名分の元に一網打尽にするって事ですか」
ふざけんな。
姫様は、そんな下らねえ事に巻き込まれる為に、王女に生まれた訳じゃねえ。
オレ達は、オレは、こんなものに巻き込む為に、姫様の傍にいた訳じゃねえんだよ……!
酷く凶暴な衝動が、腹の底から湧き上がる。
呼応するように体温が急激に上昇し、掌に熱が集まる。首に嵌った制御装置が、ピキンと乾いた音をたてた。
「……落ち着きなさい。馬鹿弟子」
「……っ!?」
ばしゃん、と文字通り頭から冷水を浴びせられた。
唖然としているオレを眺め、ため息を吐き出したのは、細身の美女。きっちりと結い上げた黒髪と左目のモノクルが、怜悧な美貌を更に硬質な印象にしている。
今まで静観していた我らが師匠、イリーネ様は、頭に血が上ったオレを止める為に、魔法で呼び寄せた水を、オレの頭上から降らせたらしい。
火属性の魔導師のくせに、正反対の属性をこうも簡単に使いこなせるのは、我が国では彼女だけだ。
「クリストフ殿下が、そのような事を承知する筈が無いでしょう」
「え……」
「こう見えて殿下は、姫様が可愛くて可愛くて、仕方がないのだから」
「アルトマン女史」
「あら、これはご無礼を」
王子の冷たい視線を受けても、師匠は全く怯まなかった。にっこりと微笑み、躱す。
口ではかなわないと分かっているのか、王子は彼女の無礼を責める事無く、ため息一つで切り替え、話を続けた。
「……私はこの件に、これ以上妹を巻き込む気は無い。そこで君達の協力が必要となる」
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