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第80話 マナの昔話 下



 モルガという少女は、よく喋る子だった。

 好きな花や動物、外で遊ぶのが好きで夢は空を飛ぶことなど色々と語ってくれた。

 誰かとまともに喋ることが久々だったマナは、複雑な心境になりながらも受け答えをした。


 これから起きる理不尽など知らないモルガの笑顔はあまりにも純粋だった。

 濁り切った心を浄化するには充分すぎるほどに。

 地獄の淵でマナは、ようやく希望となる存在を見つけ出すことができたのだ。


「あのね、あのね! お父さんはね、兵士さんなの! 悪いひとをやっつけてくれる正義の味方なんだよ!」


 特にモルガはよく父親について話していた。

 子供らしくつぶらな瞳で同じような言葉を繰り返しながら父親がどれだけ優しくて、カッコイイのかを自慢していた。


「だから、私のこともお姉ちゃんのことも助けてくれる!」


 きっと父親は来てくれる。

 そう信じるモルガを、マナは同じ苦しみを味わってほしくなかった。

 いずれくるであろう順番のとき、代わりにこの身を捧げようとマナは決心した。





 数日後。

 部屋にやってきた人族がモルガを連れていこうとしていた。

 彼女を守るために、マナは死に物狂いで抵抗してみせた。

 自分が代わりに実験体になるから手を出さないでくれ、彼女はまだ子供だと何度も叫んだ。


 それでもやはり弱り切った体では、敵うはずもなく複数人もの男に抑え込まれ、泣きながら連れていかれるモルガを見届けるしかなかった。


 マナは下唇を噛みながら押さえられた手首の骨を折りモルガを追いかけようとしたのだが、それでも間に合うことはなかった。

 ふたたび抑え込まれたマナは部屋へと連れ戻され、閉じ込められるのだった。


 扉に体をぶつけ、叫んだ。

 やめてくれと、何度も。


 だが奴等がそれに応じるはずがなかった。

 代わりに施設に響き渡るほどの悲鳴を、マナは耳にしてしまった。


 マナは震えながら、両耳を塞いだ。

 希望に満ち溢れた、あんなにも幼い子供が酷い目に遭っている光景を想像もしたくなかったからだ。


 悲鳴は夜まで続いた。

 それがモルガの声ではありませんようにと、マナは心の中で何度も祈った。


「……おねぇ……ちゃ……」


 その後、部屋に連れ戻されたモルガは全身に重傷を負っていた。

 服のそこらに血がこびりついており、彼女がどれほどまで苦痛を与えられたのかを証明するには充分すぎるものだった。

 その表情ももはや廃人に近い、恐怖だけが染まった形相をしていた。


「ごめんなさい……ごめんなさいっ……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!」


 モルガを抱きしめたマナは、唱えるかのように同じ言葉を繰り返した。

 暗闇に染まった、監獄の中でずっと――――




 さらに一年が経過した。

 毎日のように拷問を受け続けてきたモルガは、亡くなってしまった。

 まだ幼かったため羽の持続力があまり高くなかったのだ。

 冷たい部屋の隅っこで動かなくなった彼女の亡骸を見て、マナは床に自分の頭を叩きつけた。


 どうして自分ばかりが生き延びてしまうのか。

 彼女は罪悪感で押しつぶされそうだった。

 なのに死ねない、数えきれないほどまで願ったのに死ねないのだ。


 いつまで経っても戦争が終わらない。

 二つの種族が争いを終わらせないかぎり、この生き地獄からは永遠に解放されることはないのだ。



 施設に送られて三年の年月が過ぎた、ある日。

 施設は革命組織アルブムによって襲撃を受けた。

 戦争を終わらせるべく手を組んだ、一握りの人族と魔族によって結成された組織である。


 マナを含めた実験体にされた者たち全員が、組織によって保護された。

 革命組織のリーダー、奇人と呼ばれた人族に。

 彼の名前はラーフ。


 捕虜にされた魔族を故郷に連れ戻すのが彼等の任務だった。

 だが人族によって傷つけられた心は、そう簡単に癒えたりはしない。


 当時のマナも人族をみな、悪魔だと思っていた。

 だからこそ初めは信用できなかった。

 きっとまた酷いことをされるのだと確信していた。


 だが、そんなマナの考えを方を変えたのがラーフだった。

 マナがどれだけ反発しようと、彼は決して見捨てようとはしなかった。

 人族の存在を悪だと決めつけても「中には悪もいれば善もある」と彼は、いつもの自信に満ちた笑顔で答えた。


 故郷に帰されるまで数か月。

 革命組織の人族に触れあったマナはその温かさに何度も救われた。

 氷結のような冷たい檻に閉じ込められていた心は、彼等と関わることで徐々に溶けていくのだった。

 マナはようやく理解することができたのだ。

 ラーフの言っていた言葉を全部。


 自分とモルガに酷いことをした人族は変わらず恨んでいたが、だからといって一概に人族が全員悪であると決めつけるのは間違っている。


 革命組織の魔族に連れられ、故郷に帰ってきたマナを妖精達は受け入れた。

 人族の軍の侵攻で家は失ってしまったが、また新しい住処を探せばいいとマナは言った。


 そんな彼女のもとに訪れた一人の男がいた。

 男はオルクスと名乗り、自分の娘をあの施設で見なかったかとマナに訪ねた。

 まず名前を教えてほしいとマナが返すと、オルクスは娘の名前を口にした。




 ―――モルガと。



 同じ部屋に閉じ込められ、守れなかった少女の名前である。

 まさか、その父親が自ら訪ねてやってくるとは思わずマナは全身から血の気が引いたような感覚に陥った。

 もう、あの子は、この世にはいない。

 それでもマナはあそこで見たことを全部、嘘偽りなく語った。


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