第8話 強情な女騎士
カンサス領
かつて英雄が本拠地としていた古城がある領地だ。
そのほとんどが森に覆われ、ひっそりと佇む村が存在する。
グリンタ村
比較的大きな村で、人口は百人を超える。
六年前までは、のどかな自然に囲まれた平和な村として知られていた。
あの男が現れるまでは――
「私の故郷を、大切な人々を支配するあの男を殺す。それが私の目的だ。なぜ、お前も同じ馬車に乗っている? 昨日のことを根に持って、私を始末しに来たのか?」
数時間にわたり沈黙を貫いていたクラウディアの第一声がこれだった。
馬の蹄の音だけが響く馬車の中は、まるで地獄のようだった。
先に口を開いたのがクラウディアで、むしろ良かったかもしれない。
「カンサス領行きの馬車に乗る客は、関係者か竜王に用のある人間だけだ。珍しい組み合わせだな」
前方にいる御者が会話に加わってきた。
ゴリラのような顔をした、粗野な印象の男だ。
俺の目的もクラウディアと同じく竜王討伐だ。だが、正直に答えたら彼女が怒り出すかもしれない。
「……竜王を討つのは俺だ」
「――っ!」
瞬間、クラウディアに胸倉を掴まれた。
昨日よりも、はるかに強い力で。
「ダメだ……お前じゃダメなんだ! 私が倒さなければ、みんなを解放しなければ、意味がない!」
復讐に縛られた瞳で睨みつけられる。クラウディアは故郷を解放したいと願っている。
だが、それ以上に竜王への特別な恨みを抱いているようだ。
竜騎士ジークの竜王討伐物語では、クラウディアの過去は少ししか触れられていない。
原作で語られなかった何かが、彼女の内に隠されているのは明らかだ。
「……」
「悪いことは言わない……引き返せ」
胸倉を掴む彼女の手が、かすかに震えている。
それが恐怖なのか、怒りなのかはわからない。
だが、彼女を一人で行かせるわけにはいかない。
単独で竜王に挑めば、確実に死ぬ。
英傑の騎士団といえど、山を消し去るほどの力を持つ竜族には敵わないのだ。
「ふん。金まで払って馬車に乗ったのに、引き返せだと?」
「ちなみに、引き返すなら追加料金だぜ」
御者が紛れ込むように小さく言った。
片道の移動だけでもかなりの金額だ。
往復となれば、冗談じゃない。
「くっ……心配するな。私が払ってやる」
クラウディアが金を差し出してきた。
少し多めに見えるが、受け取るつもりはない。
「時間を無駄にしろと言うのか? 断る」
何のために馬車に乗ったと思っているんだ。
二日かけて往復した後の虚無感は、想像しただけでぞっとする。
「くっ……もう、好きにしろ!」
説得が無駄だと悟ったのか、クラウディアは怒りを抑え、馬車の隅に座り込んだ。
疑い、怒り、呆れる――忙しい女だ。
この様子では、彼女の信頼を得るのは到底無理そうだ。
だが、だからといって見捨てるつもりはない。
「お二人さん、カンサス領の森に着いたぜ。喧嘩するなら、さっさと荷物を降ろして外でやってくれ。俺は……とっととここから離れたいんでな」
馬車が止まり、振り返った御者が到着を告げた。
その声には、わずかに怯えが混じっている。
やはり、竜王が支配する領域には長居したくないのだろう。
料金は先払い済みなので、御者と言葉を交わさず、荷物をまとめて馬車から降りる。
クラウディアは律儀に「感謝する」と一言告げ、同じく降りてきた。
すると、馬車は弾かれたように全速力で来た道を走り去り、瞬く間に見えなくなった。