55 サザランド訪問2
「お久しぶりです、シリル団長。遠路はるばるご足労いただきまして、恐縮です」
第十三騎士団長とおぼしき長身の騎士は、シリル団長に対して深々と頭を下げて挨拶をしていた。
対するシリル団長は、呆れたようなため息をついている。
「まだそれですか、カーティス。あなたは騎士団長なのですから、私は同僚ですよ。シリルと呼び捨ててください」
「でしたら、シリル団長も私に対する敬語はお止めください」
「私のこれは習慣ですので、止めることには非常に努力がいるのですが……」
「私もです。シリル団長に長年お仕えした身としては、シリル団長を同格と扱うことに、大変な努力と苦痛を強いられます」
カーティス団長は真剣な顔でシリル団長に訴えていた。
シリル団長は小さくため息をつくと、カーティス団長を皆の方に振り返らせた。
「第一騎士団の中には初めての方もいらっしゃるでしょうから、紹介しておきます。カーティス第十三騎士団長です」
改めて紹介されたカーティス団長は、日に焼けた肌をし、水色の髪を肩に着くほど伸ばした、三十代前半の長身の騎士だった。
にこりと微笑まれると、日に焼けた肌との対比で白い歯がすごく清潔に見える。
「第一騎士団の皆さん、初めまして。第十三騎士団長のカーティス・バニスターです」
端正な顔で静かに挨拶をされた印象は、体格のよい文官という感じだった。
何というか、今まで見てきた騎士団長と違って全く迫力がない。
こうやって見ると、シリル第一騎士団長、デズモンド第二騎士団長、クェンティン第四魔物騎士団長、ザカリー第六団長って立派な騎士団長だったのねと改めて思う。
全員、体の中から湧いてくる迫力があったし、人を従えさせる力があった。
けど、このカーティス団長は見るからに控えめだし、主張が弱そうだし、声まで小さいようだ。
こんな感じで力を好む騎士たちを掌握できるのかしら、と不思議になる。
じっと見つめているとカーティス団長と目が合った。
瞬間、カーティス団長は驚いたように目を見開いた。
「公爵夫人!」
「ほえ?」
思わず奇声を上げてしまったけれど、カーティス団長は私の声など聞こえていなかったかのように、目を見開き続けていた。
「え? 公爵夫人って私のこと? ……それは、つまり、公爵夫人みたいに私が気品にあふれているってこと?」
意味が分からないので隣に立っているファビアンに問いかけると、彼は真顔で切り返してきた。
「うん、絶対に違うと思うよ。とっさにそう考えるフィーアを、私は本当にすごいと思う。……文字通り公爵夫人と間違われたのじゃないかな?」
「ええ!? ということは、この地に公爵様がいらっしゃるの?」
驚いて大きな声になった私に、他の騎士たちの視線が一斉に集まる。
あ、あれ? 何かおかしなことを言いましたっけ?
呆れたような騎士たちの視線を感じ、思わず一歩後ろに下がると誰かにぶつかった。
慌てて振り返ると、シリル団長に見下ろされていた。
シリル団長は数秒間無言で私を見つめると、作り物だと分かる綺麗な笑顔を張り付けてきた。
「こんにちは、レディ・フィーア。サザランド公爵のシリルです」
言いながらシリル団長は左足を後ろに引き、右手を胸に当てて軽く頭を下げると紳士の礼を取る。
ぐぬぬ……
馬鹿にされていることは分かったけれど、完璧な上級貴族の姿を見せつけられて、咄嗟に言い返すことができない。
私が何も言えないでいる間にシリル団長は姿勢を正すと、軽く頭を振った。
「本当に、驚くほどフィーアは私に興味がないのですね。私が公爵であることなんて、私が第一騎士団長であることと同じくらい知られている話なのに。つまり、あなたはただの一度も、私のことについて誰にも尋ねなかったということですね」
「……ぐっ。わ、私は噂話で確かめるのではなく、自分の目で見て確かめるタイプなのです」
「それは見上げた心がけです。けれど、あなたの調査能力ではいつまで待っても、私のことを知らないままでしょうね。……先日、このサザランドの地は父が拝領したと説明しましたが、より詳細に説明するならば、王族籍を捨てて臣下に下った際に、ということです。私の父は前王の弟でした」
「前王弟殿下の血筋!!」
私は驚いて目を丸くした。
……な、なんてこと。シリル団長が王家の血を引いていたなんて。
でも、そう言われれば納得する。
この広大で肥沃なサザランドを下賜されるなんて一体どんな理由があったのだろうと疑問だったのだけれど、臣籍降下というのならば納得だ。
王族の名代というのも、王家に連なる一族ならばおかしな話ではない。
「た、確かにこれだけ立派な土地を拝領するなんて高位貴族だろうとは思っていましたけれど、まさか公爵だったなんて……」
私が心底びっくりしてシリル団長を見つめていると、団長は諦めた様に片手を上げた。
「こんな誰でも知っている情報で驚かれるなんて……。この際です、フィーア。疑問があるなら尋ねてください。あなたの疑問を放っておくと、勝手に誤解されそうで恐ろしい思いがします」
私はこくりと唾を飲み込むと、カーティス団長に呼びかけられた時からの疑問を口にする。
「ええと、では、私が公爵夫人に間違えられたということは、シリル団長の奥様と私は似ているんですか?」
「………………」
シリル団長に無言のまま軽く目を見開かれてしまい、おかしな質問をしてしまったのかと心配になる。
「あ、あ、あああ! い、いや、別に、私がシリル団長の好みなのかな――とか、そういうことを尋ねているわけではありませんから!」
慌てて言葉を付け加えた私に、シリル団長はわざとらしく大きなため息をついた。
「そこからですか、フィーア。私に興味がないにも程がありますよ」
「え? あの?」
「私は独身です。シリル・サザランド。27歳。187センチ。両親は鬼籍に入っており、兄弟はいません。王位継承権第二位と公爵位を持ち、第一騎士団長を拝命しています」
「お、おういけいしょうけん……!」
「……そこもですか。逆に、あなたは私の何を知っているのでしょうかね?」
「え? も、もちろん、グレーの髪に青い瞳の騎士だということは知っていますよ!!」
「誰でも、出会って1秒で分かることですね。……あなたに期待をした私が愚かでした」
シリル団長は深々とため息をつくと、疲れたような声を出した。
「カーティスが言ったのは、10年前に亡くなった私の母のことでしょう。私の母もあなたと同じように赤い髪をしていましたから。ここは住民の多くが紺碧の髪色をした離島出身者で占められているので、王都では珍しくもない赤い髪が非常に珍しく映るのです。……多分、カーティスは髪色だけで私の母とあなたを見間違えたのでしょうね」
あなたが私の母親だなんて、そんな恐ろしい想定は夢の中でもごめんですね、とシリル団長は続けていたけれど、私はシリル団長にそれ以上構うことなく、カーティス団長を振り返った。
「カ、カーティス団長、私は15歳です。それなのに、こんな大きな子どもがいるように見えたんですか? ……シリル団長が息子? ……い、嫌です! こんな有能で隙がない息子なんて、お断りです!!」
「あ、も、申し訳ない」
カーティス団長は慌てて近寄ってくると、私の手を取った。
「私は少し視力が悪くてね。遠目には君の赤い髪だけがはっきり見えて、この地で赤い髪を見たのは10年ぶりだから、全く見当違いな発言をしてしまった。……うん、近くで見ると可愛らしく、きりりとした女性騎士だ。このきりりとした雰囲気を公爵夫人の凛とした雰囲気と勘違いしてしまったようだね」
「ふ、ふふふふふ、そ、そうなんですか?」
カーティス団長の発言を聞いた私はにまりとしてファビアンを振り返った。
「ファビアン、聞いた? どうやら私のあふれ出す気品が誤解をあたえてしまったみたいよ」
「……その言葉を信じるんだ? さっきも言ったけれど、フィーアは凄いね。いつだって、誰が相手だって、楽しくなれるんだもの」
ファビアンは呆れたように肩をすくめた。
あ、あれ? さっきも同じような言葉を言われたけれど、今回は少しニュアンスが違うように感じるわよ?
ファ……、ファビアン。
たまに褒められた時くらい、喜んだっていいじゃない。