45 黒竜探索5
走り続けること数分―――
私は目の前に現れた光景に、軽くめまいを覚えた。
……わあぁ、青竜が本当に2頭いた!
というか、5メートル級の青竜が2頭って、背筋も凍る光景だわね。
遠目にも迫力がある青竜を、絶望的な気持ちで見つめる。
……これは、討伐なんて無理じゃないかな。できるだけ早くみんなで逃げ出すのが正解だと思うのだけれど、団長たちはどうするつもりだろう?
きょろきょろと周りを見渡すと、驚くべき光景が目に入ってくる。
ええと?
……どうしてクェンティン団長は、青竜と10メートル程の距離で対峙しているのかしら?
いや、ある意味、もの凄いことだけど!!
この圧倒的不利な、勝利が全く見えない状況で青竜と対峙するって、並の神経じゃあできないわよね。怖すぎて、クェンティン団長が立っていられるのが不思議なくらいだわ。
……私なら全速力で逃げるな。死んでしまったら、何にもならないもの。
やっぱり、クェンティン団長の考え方って私と違いすぎて、理解できないわね!
そう思いながら、顔をしかめてクェンティン団長を眺めていると、ザビリアがすいと飛んできて肩に止まった。
「あの2頭は番だね。繁殖前に大量の餌を探しに来たんじゃないかな。……けど、あのおかしな騎士は、本当におかしいね」
ザビリアは呆れたように、ため息をついた。
ええと、おかしな騎士ってのは、クェンティン団長のことだよね?
「彼の中では、魔物も人間も同じ重みを持っているみたいだね。従魔を守るために、自分の命を投げ出そうとしているよ」
驚いて見ると、竜がグリフォンをその爪の下に抑え込んでいた。
そして、クェンティン団長は正にその竜に対して、今にも切りかかろうと対峙している。
ああ、うちの団長たちは、本当に素敵ね。
ザカリー団長は、たった一人の部下を見捨てる気もなくて。クェンティン団長に至っては、従魔すら見捨てる気がないなんて。
私はそんな団長たちを素敵だと思いますよ!
「いや、フィーア、それ違うからね。彼らは、率いてきた全ての騎士に責任があるから。一人を救うために残り全てを失うとしたら、愚の骨頂だよ」
「その通りね。でも、団長たちは一人を救うし、全ても救う気じゃないかしら? クェンティン団長なら青竜を倒せなくても、グリフォンを取り戻すくらいならできると思うし」
そうして、本当にどうしようもなくなったら最小限の犠牲を選択するのだろうけど、ぎりぎりまではこの全てを見捨てない姿勢を貫くのだろう。
きっと、この二人はそんな団長だ。
だからこそ、騎士たちの士気はいつだって高いし、誰もが団長たちを信頼している。
「うん、私はそんなクェンティン団長とザカリー団長が好きですよ!」
思わず声にすると、ザビリアはふうと疲れたようなため息をついた。
「いや、あの二人だって、いいところは幾つかあるはずでしょ。それなのに、よりにもよって捨て身で戦闘する部分に好ましさを感じるなんて。……フィーアの好みで選ばれた、あなたの将来の恋人って、どうしようもなく面倒な相手になる予感がぷんぷんするんだけど」
「ザ、ザビリア、おかしな呪いをかけるのは止めて!!」
言葉には力があるんだから。言い続けていて、真実になったらどうするの?!
私はザビリアの呪いを振り払うべくぷるぷると頭を振った後、皆の位置を再確認した。
グリフォンを足の下に抑え込んだ5メートル程の青竜が一頭。その斜め後ろに同程度の大きさの青竜がもう一頭。
クェンティン団長は青竜の10メートル手前に位置しており、今、ザカリー団長もその横に並んだ。
そして、二人の団長のはるか後方に15名程度の騎士と10頭の従魔たち。
聖女は……見えないから、どこかに逃げたのかしらね?
……うん、やっぱり分が悪いわよね。
クェンティン団長もザカリー団長も強いけど、青竜2頭を相手にするには明らかに人員が不足している。
一体どうするつもりなのかしら、と首をかしげたところで、ザビリアから声を掛けられた。
「……フィーア。言ってなかったけど、僕は昔、青竜だったんだ」
「はい?!」
突然思いがけない話が飛び出し、思わずザビリアを凝視する。
「せ、青竜?! え? む、昔って、ザビリアにも前世があるのかしら?! あ、いや、待って。聞いたことがあるわ。竜は千年生きると……」
「そう、千年生きた竜は黒竜として生まれ変わる。それが僕だよ」
「へ……」
「だから、甘えたことを言っているのは分かるけど、できれば青竜とは戦いたくはないな」
ザビリアは言いにくそうな表情で、ぼそりと呟いた。
私はザビリアが何かをやりたくないと言うのを、初めて聞いた。
これを否定するようじゃ、お友達として失格よね!
「も、もちろんよ、ザビリア! 私に任せてちょうだい!!」
元が青竜ならば、ザビリアにとってあの2頭は、同種の仲間ってことだよね。確かに、戦いたくはないはずだわ。
私は大丈夫という気持ちを込めてにこりと微笑んだけど、ザビリアはしょんぼりしてうつむいた。
「ごめんね、フィーア」
ダ、ダメダメ、ザビリアを意気消沈させるなんて。ここは私が何とかして、「ザビリアが不参加だったから悪い結果につながった」なんて状況にならないようにしないと!
頑張ろう!……と考えている視界の先で、クェンティン団長が動いたのが分かった。
「え?!」と思わず凝視すると、クェンティン団長は助走をつけて跳躍すると同時に抜刀し、グリフォンを捕らえている方の青竜に切りつけた。
同時にザカリー団長も動き、クェンティン団長の反対側から青竜に切りかかる。
早い!そして、剣戟が鋭い!!
想像以上の攻撃の鋭さに、私は思わず目を見張った。
特にザカリー団長は、大剣使いだ。一刀目はどうしても剣速が上がらない。
剣の勢いを保持するためには、剣を止めないことが大事だけれど、上手に斬撃の向きを変えて、剣を振り続けている。
あ、達人だわ。そして、あの重い剣を振り続けるなんて、すごい筋力だわ。
感心してみていると、数回に一度、とても良い一撃が入っている。
「すげぇ、ザカリー団長! クリティカルヒットの連発だ!!」
騎士たちが叫んでいるけど、いや、これは身体強化ですね。
完全な形にはなっていないけれど、ザカリー団長は多くの戦闘を経験した中で、感覚として身体強化を身につけつつあるようだ。
私は本気で感心した。
ザ、ザカリー団長って、すごい……
完成していないとはいえ、身体強化を独学で身につける人なんて初めて見た。圧倒的にセンスがいいのね。
こういう人を天才って呼ぶんじゃないかしら?
クェンティン団長も、ザカリー団長と上手く連携して青竜に切りつけている。
クェンティン団長の剣は、通常より長めのバスタードソードだった。
それを片手で持ったり、両手に握りかえたりしながら、確実に一撃を入れている。
攻撃を受け続けている青竜は、尻尾を振り回して応戦しているが、団長たちは上手に避けている。
怒った青竜は思わず、グリフォンを抑え込んでいた足を半分ほど浮かせ……その一瞬の隙をついて、グリフォンが飛び立った!
やった!これで、グリフォンが拘束から解かれたわ!
グリフォンは見るからに怪我をしていたが、その場から離脱せず、クェンティン団長の後方辺りに位置すると、空中で羽ばたいていた。
……な、なんて健気な従魔なの!
想像するだに、クェンティン団長の従魔愛は重そうだったから、その愛の賜物ね。
よかったですね、クェンティン団長!伝わる相手には、ちゃんと愛が伝わるんですよ(魔物限定)!!
獲物を逃した形になった青竜は、ひどく機嫌が悪そうだった。
グリフォンを抑えていなければならないという制約がなくなった今、自由に動き出すだろう。後ろに控えているもう一頭の青竜も気になる。
団長たちは示し合わせていたように、左右に散ってこちらに向かって走ってきた。
「離脱する! 弓矢使いと魔道士、従魔は援護しろ!! 全員、青竜に注意しながら速やかに離脱!!」
団長たちは騎士たちの近くまで走りよると、再度青竜に向き直り剣を構えた。
どうやら、しんがりをつとめ、あくまで騎士たちを守るつもりのようだ。
何だこの団長たちは、本当に男前だな!
団長たちの男気を無にしないためにも、ケガをせずに離脱しようと、仲間の騎士たちとともに全力で退路を走る。
私が連れてきた従魔たちは、他の従魔に交じって青竜の周りで注意を惹き、騎士たちの離脱を手助けしていた。弓矢使いと魔道士も援護する。
逃げ切れるかな、と思った瞬間、青竜の一頭が真上に向かって羽ばたいた。そして、もう一頭も飛び上がる。
グリフォンを始め、翼付きの従魔が進路を妨害しようとしたが、次々に跳ね飛ばされている。
2頭の青竜は、逃げる私たちとの距離をあっという間に縮めてきた。
「な……っ、青竜がきたぞ!!」
騎士の一人が、恐怖で分かりきっていることを叫ぶ。
青竜は私たちの頭上に迫ると、急降下してきた。
同じ方向に走ってきたとはいえ、それぞれの騎士たちの間にはいつの間にか、ある程度の距離ができていた。
だから、降下してきた青竜が一人の騎士を―――私を―――ターゲットにしていることは、明らかだった。
……上空を振り仰いだ私に見えたのは、どこまでも青い空と、ぎらぎらと光る牙をのぞかせて大きな口を開けた迫りくる竜だった。
ああ、まずいな―――……
噛まれる……
衝撃に身構えて、思わず体を強張らせた私の前を青い影が横切った。
「フィーア!!」
叫んだのは、クェンティン団長だったのか、ザカリー団長だったのか。
誰の声かと判断するよりも早く、目の前で爆風とともに土煙が巻き起こる。
もうもうと立ち込める土埃の中でも、はっきりと大きな黒い影が見えた。
「ああ……、ザビリア……」
私を青竜から庇うような位置に現れたのは、大きくて美しい黒い魔物。
伝説の魔物と呼ばれる、黒竜だった―――……