【挿話】第一回騎士団長秘密会議
その夜、王城内にある団長・副団長専用の娯楽室で、3名の騎士が密会をしていた。
この限られた者だけが入室を許された上級娯楽室は、豪華な作りとなっている。
広々とした部屋の床は全てブラックウォールナット材で、深みのある褐色に輝いており、歩くと小気味よい音を鳴らす。
部屋の奥には、複数のチェス台とビリヤード台が置かれ、それを邪魔しない形でテーブルと椅子が置いてある。そのいずれもが、職人の手による最高級の逸品だ。
豪奢なベルベット張りの椅子の一脚に腰を掛けた、第一騎士団長のシリルが口を開く。
「……で? うちの新人は、どんな感じです?」
応対する第二騎士団長のデズモンドは、手の中のグラスを回しながら端的に答える。
「分からん」
答えを聞いたシリルは、デズモンドに詰め寄った。
「何を言っているんですか! 憲兵のトップでもあるあなたが自ら確認すると言ったから、私は手をこまねいて見ていたのですよ。チェスの時間に、もう3回も一対一で対応しているんですから。普段のあなたならとっくに結論が出ているはずじゃないですか!」
「興奮するな。常に穏やかな第一騎士団長が台無しだぞ」
「ふん、それはただの噂だってご存知でしょう。私は騎士団一、好戦的で攻撃的な男ですよ」
「そういうことを、自分で言うな。……フィーアか、そうだな、今まで出会ったどのタイプにも当てはまらないな」
デズモンドはグラスの中の琥珀色の液体を一気に呷ると、カウンターに控えている給仕に同じものを頼んだ。
デズモンド第二騎士団長。
王城警備の最高責任者にして、複数の団をまたいで編成される憲兵司令部の頂点である憲兵司令官を兼務している男だ。
憲兵司令部の仕事は、騎士団内部のみならず、王城への侵入者及び民衆内にいる不審人物の捜査・摘発を行うことで、デズモンド自身も尋問・拷問の第一人者だ。
人畜無害で人のよさそうな外見は、正に見せかけで、王城に忍び込んだ間者や不審者の全情報は、彼の手によって白日の下にさらけ出される。
「知っているか? 拷問道具に付けられるのは女性の名前ばかりだ。『エクセター公の娘』や『魔女の楔』って感じでな。なぜか? 災厄を呼び込むのは、いつも女性だからだ。だから、オレは女性というだけで信用しないことにしている」
「まちなさい、デズモンド。それは、あなたの婚約者があなたを捨てて、あなたの弟と結婚したことへの個人的な偏見に基づいているだけでしょう! 偏見を持つ前に、自分の魅力を見つめ直しなさい!」
「うるさい! オレは、自分をいじめないタイプなんだ。自分の魅力を見つめ直しても、悲惨な結果しか出んだろうが。誰がするか!」
デズモンドは、目の前に置かれた新たなグラスを掴むと、ぐいと一口呷った。
「話を戻すぞ。フィーアの話だが、あれは特殊なタイプだ。例えば、チェスをさすだろう。強い相手とさせば負ける。これは普通だ。だが、弱い相手とさす時、差がほとんど出ない勝ち方をする」
「どういうことです?」
「普通は、自分の強さは変わらないから、相手がすごく弱ければ圧倒的に勝つし、相手がほぼ互角ならばぎりぎりで勝つ。だが、フィーアは、相手がすごく弱かろうが、ほぼ互角だろうが、必ずぎりぎりで勝つ」
「おもしろいですね」
「指摘したら驚いていたから、あれは無意識の行動だ。多分、あいつは相手の強さをはかり、少しだけ差をつけて勝つように無意識で調整している。習慣になるほどに。……それが、何のためなのか、いつ培ったのかが分からねぇ」
「人間相手の行動分析で、あなたにも分からないことがあるなんて初めて聞きましたよ」
シリルは、素直に驚いた。
「……総長の左足の古傷を看破したろ。あんなの普通、だれも気付かん。それを、あの短い時間と総長のわずかな動作から見抜いた。尋常じゃない。だが、フィーアを観察していると、普段はちっとも鋭さがない。ファビアンが髪を切ったことすら、気づかなかった。ありえないだろ! 毎日接する人間の髪が3センチも短くなったんだぞ。それを気づかないなんて! だから、普通に分類すると、ものすごく鈍感なタイプだ」
「つまり、まとめると、戦いの時に相手の強さをはかることができて、僅差で勝とうとする。怪我にだけは、観察眼がある。………………よく分からない人物像ですね」
「ああ。だから、分からんと言っている」
デズモンドはグラスを空にすると、同じものを更に2杯頼んだ。
「それで? お前の方は、どうなんだ、イーノック」
声を掛けられ、一人で静かに酒を楽しんでいた男は、顔を上げた。
藤色の長髪の整った顔の男だ。
切れ長の目は理知的で、その頭脳は、この世のありとあらゆる事象を理解できるだろうと言われているが、残念ながら、彼の頭蓋の中には魔法術式しか詰まっていないと評判だ。
その男、第3魔道騎士団長のイーノックは、軽くうなずいてみせた。
「例の剣は、確認の結果、300年前の『超黄金時代』にのみ作製可能だった効果変動型の剣だということが判明した。つまり、持つ者が強ければ強いほど攻撃力と速度が増すということだ」
「マジか!! 正真正銘の宝剣じゃないか!!」
「効果変動型というと、王国にも三振りしかありませんよね。しかも、三振りとも300年前から王家に代々受け継がれてきたものです。それ以外は、この300年で一振りも見つかっていない。そんな剣が、どうして、今頃見つかるんですか」
「ドルフ副団長が、館の武器庫から見つけたと言っていたが、あの家はまだ騎士家になって100年も経っていないだろ。なんで、300年前の宝剣が入っているんだ。おかしいだろ!」
「しかし、ドルフ副団長もフィーアも、証言は一致しているんでしょう?」
シリルの質問に、デズモンドは目を眇めた。
「その通りだ。二人とも、オレが直接確認した。どちらも、嘘は言ってねぇ」
そして、デズモンドは、考える時の癖で指で軽く髪をすく。
「……つうか、気持ち悪いな。多分、この不可思議な点と点は、一本の線でつながるはずなんだ。だが、その線が見えねぇ」
「もしかしたら、あなたが想像もしていないような要因が隠れているのかもしれないですね。……ところで、そろそろ、フィーアに構うのはやめてもらってもいいですかね。私の団所属ですから、彼女はもう、うちの子です。あなたに許したのは、フィーアから聞き取りを行うことだけで、ここまでですよ」
「分かった。多分、これ以上フィーアから聞き出せることはない。しかし、フィーアは拍子抜けだったな。ほら、総長との模擬戦じゃあ、弱点を狙って勝ちにいったのに、騎士道ですなんてうそぶいていたろ。どんな腹黒いのが出てくるかと楽しみにしていたのに、蓋を開けたら、驚くほど単純で素直だった」
「よいことじゃないですか。じゃあ、もう、フィーアにつきまとわないでくださいね」
「オレは、仕事をしていたんだ! 執着系の変態みたいな扱いはやめろ」
言い合う二人の騎士団長と、酒を楽しむ一人の騎士団長。
こうして、上級娯楽室の夜は更けていった―――……