「俺達は勇者一行だ!」とか言ってる奴に草が生える件 -7
明らかな嘘だった。
明らかな嘘のはずなのに、まるで論破したとでもいいたげな自信たっぷりの顔を鏡は勇者パーティーに見せつける。
「ふふ……あははは!」
そのあまりの必死さに、クルルは少し可笑しくなった。
少女が魔族かどうかなんて、どうでもよくなってしまう程に。
「わかりました。その角はそういうことにしておきましょう。何か理由でもあるのかもしれませんし、そこはもう追及しません」
クルルの言葉に、鏡は内心ほくそ笑む。「これが俺の弁明力だぁぁぁぁあ!」と心の中で叫びながら、わっしょいわっしょいと、鏡だらけの謎のお祭りが脳内で始まった。
「しかし、聖剣は別だ!」
だが、レックスのその叫びで、鏡は一気に現実に引き戻されてしまう。
クルルの勝手な発言を黙認したレックスも、このダンジョンに来た目的だけは果たさなければならないからだ。目の前の村人の異常差は気になったが、それよりも聖剣が優先だった。
「そこのお前の妹とやらは、この部屋で何をしていた?」
少女にとって、答えようのない質問をレックスは投げつける。
この部屋に何をしにきたのかなど、話せるわけがなかった。少女がこの部屋に訪れたのは、ある目的のために聖剣を破壊することだったからだ。
とはいえ、聖剣をどこに隠したのかも少女には答えようがない。
少女がこの部屋に到達した時には、既に聖剣はこの部屋に存在していなかったからだ。
必ずどこかにあるはずだと台座を調べている途中に勇者一行が現れ、現在に至るのが全てだ。
「妹はたまたまここに紛れ込んだだけだって」
「たまたまで辿り着ける場所じゃない! 仮にたまたまだったとしても、同時に聖剣が無くなるなんて偶然が起こりえる訳がないだろう!」
「でも起こってるだろ。というか、聖剣が無かったらなんなんだ?」
「僕は……俺は勇者だ! 国王に選ばれた人間なんだ! 聖剣を持つ資格のある唯一の存在なんだぞ!」
「え……ごめん。ここに刺さっていた剣なら、結構昔に俺がここに来た時にたまたま見つけて……持って帰っちゃった」
あまりにも必死にレックスが「俺は勇者だ!」と叫ぶため、思わず鏡は黙っておこうと思ったことを口にしてしまう。そして、平然と放たれた鏡の言葉に、その場にいた鏡を除く全員が凍り付く。
色々言いたいことがあるのに、言葉が出なかった。ただの村人からは絶対に吐かれないはずの発言に、魔族の少女でさえ言葉を失った。
「王家に伝わる伝説の聖剣を……持って帰っただと?」
そんな中、わなわなと震えながらもレックスは言葉をしぼりだす。
「え!? 王家って……あれ国王のだったの? やべぇ! 持って帰って即行で商人に売っちゃった! 多分今頃どっかの店で、高値で売られてる可能性大」
「う……売った?」
気が遠くなりそうな言葉を耳にし、レックスは口をあけっぱなしのまま閉じるのを忘れる。
一方鏡は、そういえばここにあった剣がかなりの高値で売れたのを思い出し「なるほど……王家に伝わる剣だったからか」と、一人で納得していた。
「う、嘘をつくな! あの聖剣は勇者の役割を得た者にしか持てないよう、古の賢者の魔力が込められているはずだ! 持ち運べるはずがない!」
「あー……だからか、確かにちょっと重たかった。800キロくらいあったと思う。でも、普通に持てたぞ? 台座から引き抜けたし」
凍り付いていた空気が、現実離れした言葉で更に凍り付く。800キロを持てないじゃなく、重たかったなんて言える人間がいる訳がないと、それぞれで言い聞かせながら。
「そんなでたらめな話……あってたまるか! 村人のお前が……持てる訳がないだろう!」
「確かに重たくて、俺が使うなら普通の剣の方が使えたかも。でも多分、重たすぎて扱えないだけで、引き抜けることには引き抜けるし、持ち運びも出来るんじゃないか? やろうと思えば台座毎引き剥がせるだろうし」
「何を馬鹿な戯言を……」
「いやいやほらほら」
何を言っても信用しないレックスに対し、鏡は直接見せた方が早いと判断したのか、軽く腰を落として台座の端を両手でがっちりと掴んだ。そして、全身に力を入れて台座を上へと持ち上げようとする。
「持ち上げられるわけがない」。ティナとパルナとクルル、そして魔族の少女は瞬時にそう考えた。
だがレックスは、先程ブルーデビルの角を台座に差し込んだ事実から、ありえなくもないのかもしれないと、額から冷や汗を垂らし始めていた。
「そんな……馬鹿な」
数秒後、白い光を放出していた地面に亀裂が入る。
そのまま亀裂は拡散するように広がり、ミシミシときしむような音を鳴り響かせ、地に軽い震動を与える。次の瞬間には大きな破壊音を鳴り響かせ、大地の怒りを体現するかのように鏡は聖剣が眠る台座を持ち上げていた。
亀裂が見えてから、一瞬の出来事だった。
砂煙が周囲を舞い、地面が無理やりえぐられたような鈍い音が鳴り響く。
レックスの目の前にぱらぱらと土壊がこぼれ落ち、その視線の少し上で、鏡はにこやかな笑顔をレックスに向けた。
「ね?」
そう言って、鏡は持ち上げた台座を片手で地面へドスンと投げ捨てる。その光景に、レックスは口を開いたまま固まってしまう。
ただの村人、最弱の役割であるはずの村人が、化け物かのような所業を平然とやってのけた。
村人以外のどんな役割であっても、絶対に不可能だと言い切れることを目の前の青年はやったのだ。
その事実にレックスは驚愕を越えて、恐怖をその身体に信号として送っていた。今まで、自分よりも訓練を重ねた人間も、戦いに精通した人間も、この若さでこのレベルに辿り着いた人間もいないと思っていたから。
上には上がいる。それをはっきりと思い知らされ、レックスの心には戦ってもいないのに敗北が刻み込まれていた。怪物を体現したかのような目の前の村人を前に。
「れ、レベルは?」
かろうじてレックスが言葉に出来たのがそれだった。
「999」
もったいぶることなく鏡はそう返すと、役割と一緒にレベルが表記されたステータスウインドウを目の前に表示する。
そこには【役割:村人】、【レベル999】という記述が確かに表示されていて、レックスは自分が如何に井の中の蛙だったのかを思い知った。