本当に大事なのは、金じゃない-5
「あの……皆、この服凄く動きにくいんだけど。か、可愛いけど」
対するアリスは、終始苦笑いを浮かべていた。色々な服を着られるのは、アリスも女の子でオシャレしたい年頃のため楽しかったが、それでもタカコとクルルの熱意が少し強く、気圧されていた。
「駄目よ! 相手を魅了するためには動きの自由を制限することも時には大事なのよ! 武闘家の私が言うんだから間違いないわ! アリスちゃんは素材がいいんだからもっと、もっと自分の良さを周囲にアピールしないと!」
武闘家が言うのは確かに説得力があったが、タカコが言うと説得力が煙のように消え去るなと、その言葉に鏡は真顔になりながら思う。
「その通りです! 折角の晴れ舞台……第一印象はその後の交友を計るにしても最も大事な要素なのです! 王女の私が言うんですから間違いありません!」
すると、クルルが次にアリスに着せようとしている服を片手に持ちながらタカコに賛同し、目を輝かせる。鏡はその言葉にタカコとは比べ物にならない説得力を感じ取り、ここは任せて大丈夫だなと、明日のために各施設で準備を行っているスタッフ達の様子を見に行こうと、カジノ内の休憩所から退室しようとする。
「あ、ちょっと待って鏡さん! ぼ、ボクも! ボクも一緒に!」
休憩所から去ろうとする背後で、アリスがタカコとクルルにもみくちゃにされながら何かを叫んでいたが、何も聞かなかったことにしてそっと扉を閉じた。
「悪いなアリス、そこでおとなしくしといてくれ」
鏡はそう呟いて、ほっと一息ついて安堵する。一言も喋らないので影のような扱いになっていたが、実はずっと暖かく見守るようにデビッドが休憩所の端に立っていたのだ。
最近慣れたとはいえ、監視されているのは気分が悪い。デビッドは、稀に手伝いに専念したり、鏡の監視をしたりもするが、基本的にはクルルを監視するようにいわれているのかクルルの傍を離れようとはしない。そのため、あの状況でデビッドを休憩所に押し込めておこうと思えばアリスの犠牲が必要不可欠だった。
「……結構久しぶりに一人で行動するな」
最近、どこに行くにしても必ずアリスとクルルとレックスが付き纏っていたため、一人でカジノ内のスタッフ専用の通路を歩くのは、いつも三人がいる時に歩くよりも広く感じた。
レックスは出掛ける時以外では一緒にいないことも多かったが、アリスとクルルは別だった。二人は朝から夜まで、どこに行くにしても食事を取る時にしてもずっと付き纏ってくる。
特に用事もなく宿屋の自室で休憩している時も、部屋に居座っている程だ。メノウが強引に連れて帰ろうとしない限りアリスは帰らず、クルルも、同じ宿屋に部屋を取っているはずなのに、個別の用事がないか、寝る時にでもならないと部屋から出て行こうとしない。
最近はデビッドが来てくれたおかげか、夜になるとすぐ帰ってくれるようになったが、それでも朝になると、まだ眠気に捕われているにも関わらず、毎日三人がかりで起こしてくる始末。
「俺のプライベートっていつなくなったんだっけ」
むしろ、デビッドの監視から逃れるというより、二人から逃れたかったのではないかと思い直し、久しぶりの一人きりという解放感を鏡は堪能する。
そして、気分よく背筋を伸ばしてゆったりと歩きながら、カジノのメインコンテンツである遊具が揃えられたメインホールへと足を運んだ。
カジノのメインホールの担当主任はメノウにやらせていた。というのも、手先が異常な程に器用、且つ記憶力も人並み外れて高いせいか、カジノディーラーとして優秀すぎる程に優秀すぎた。
最初に誰が一番カジノディーラーのまとめ役として適任か決めるために、試しにトランプやルーレットのディーラーを初期メンバー全員に順番にやらせてみたが、圧倒的にメノウが適任だった。
それ故、メインホールが担当になるスタッフの管理も、カジノディーラーへのスタッフの教育も、ホールの管理も全てメノウに任せていた。
「休みが……欲しい。癒しが……欲し……い。休み……癒し……やす……いや……」
そんなメノウの一言がこれ。
メノウはここ最近、ほとんど寝ずに働き詰めていた。というのも、そうでもしなければオープンに間に合わなかったからだ。
最初募集をかけたスタッフの数が合計で四十人、だが二十四時間体制でカジノを運営するには明らかに人手が足りないというデビッドの助言で倍に増やし、現在八十人。
その内の五十人がカジノディーラーとして働くことになるのだが、スタッフのほとんどがカジノディーラーの未経験者で教育が必要だった。
一週間という短い期間でカジノディーラーとしての育成と、カジノのスタッフとしての育成を行うには指導者の存在が必要不可欠で、メノウが寝る間も惜しんでスタッフ達を教育してくれていたのだ。
最初は1万ゴールドを1秒でも早く稼いで魔王を取り戻すためという理由と、アリスの生活費を稼ぐという名目でせっせと働いていたが、最近瞳から生気が明らかに無くなっていた。たまにアリスを呼び出して、一時の休息を得ていたが、それも、もう限界に近付いている様子だった。
現在、ゾンビのように「うぅ……ぁああ」と唸りながら、目を惹く程の華麗な手捌きでトランプをシャッフルしている。明らかに近寄りがたい雰囲気が出ていた。
「こ……これは? か、鏡殿? となれば、あ、アリス様がすぐ傍に!」
メノウの瞳に鏡が映ったその瞬間、メノウの瞳に生気が一瞬にして戻った。
「いません」
だが、鏡の一言でメノウの瞳から生気が一瞬にして消え去る。
「それで? どんな感じだ? 明日のオープンには間に合いそうなのか?」
「ふ……はは、心配はいらない。この私が責任を持って人間の教育を済ませておいた」
「そ、そうか……じゃあメノウもそろそろ休んだらどうだ?」
「終わったのは人間の指導だけだ……機器の整備、明日のためのスタッフへの指示、その他もろもろがまだ終わっていない……まだ、まだ休めんよ鏡殿」
そう言ってメノウは気合を入れ直すが、明らかに顔がヤバかった。目の焦点が合っておらず、涎も微妙に垂らしており、鏡風の言葉で表すなら「完全に逝っちゃってる人」の顔だった。
「メノウ指導教官! テーブルと機具の整備、完了致しました!」
「メノウ指導教官! スロットマシンの整備も完了しています! ジャックポットの排出数の初期設定も完了しています! いつでも……いけます!」
すると、そんな逝っちゃってる人物の傍に、まるで訓練された王国兵団の騎士のような規律正しい佇まいで、カジノの正装に身を包んだ二人の女性スタッフが駆け寄り、そう報告してきた。
「こ、これはオーナー殿! 気付かなかったとはいえ、とんだご無礼を!」
そして、鏡の姿を見るや否や、スタッフの二人はその場に跪いて頭を下げてきた。
それはまるで、王に仕える訓練されぬかれた騎士そのものの動きだった。
「…………メノウ。お前一体、何の教育してたの?」
「無論、カジノディーラーとしての作法、そして主に仕えるのに必要不可欠な作法と礼儀、主の盾になるための戦い方や、万が一カジノが襲われた時に備えて規律を保った立ち回り方等を一通りだ。我ながら一週間でよくここまで育てあげたと感心する」
「そうか、お前実はアホだったんだな」