なりたいものになればいい-13
「クルルさーん! 大丈夫ですか!?」
暫くして、慌ただしく必死な形相を浮かべながらティナが駆けつけた。傍に寄るとどこにも怪我がないのにも関わらず、回復魔法をクルルに向けて連打し始め、クルルの身体は緑色の光で包まれる。
「もう……無茶しないでくださいよー。クルルさんがあの化け物に向かって行った時は寿命が縮まる思いでしたよ!」
「そういやあんたらお姫様以外は何してたの?」
「え? わわわ…………で、でたぁぁああ!」
何食わぬ顔で平然と話しかけてきた鏡に、ティナは一瞬身体を硬直させてすぐさまクルルの背後に身を隠すが、化け物を倒してクルルを救ったのが目の前の男だと気付くと、顔だけピョコっと出してクルルを盾にしながら「た、助けてくださってありがとうございます!」とだけ呟いた。
「人が一斉に動き出したから、その波に呑まれていたのよ。クーちゃんだけすぐさま助けに入ろうとしたから人混みの影響を受けなかったってわけ」
更に暫くして、疲れ果てた様子でゆっくりと歩きながらパルナとレックスが姿を見せ、パルナがやれやれと一安心した様子でそう呟いた。
その言葉を聞いて鏡は、「なるほど」と納得し、自分も似たような状況だったと思い返した。
「さっき空に化け物が飛ばされているのが見えた。消え去ったみたいだがお前がやったのか?」
そしていつも通り、敵対心剥き出しの表情でレックスは鏡に向かってそう質問する。その問いに鏡は当たり前とでも言いたげな表情をしながら頷いて答え返す。
「どう考えても一撃で倒せる相手じゃなかったはずだ。どんなスキルを使って倒したんだ?」
「んぁ? 俺がやっていたのは只のチャージブロウだよチャージブロウ。村人でも使える基本中の基本のスキル。お前も使えるだろ?」
「何を平然とした顔で嘘を言っている。お前はまるごしだろう? 倒せる訳がない」
「いやぁ……そんなこと言われても俺、チャージブロウ以外に攻撃スキルとか一つしかないし、しかもそれ使うと身動きとれなくなるようなスキルだし、チャージブロウ以外に手段ないぞ」
鏡がそう言うと、レックスは唖然とした表情でクルルの方へと視線を移す。すると、クルルは「右腕にオレンジ色のオーラが見えました」と言って、チャージブロウを使った時の特徴を述べ、嘘偽りない事実であることを伝えた。
その事実に驚きもあったが、言いようのない違和感にレックスは包まれた。
いくら鏡がレベル999だったとしても、先程の化け物を一撃で倒せる程の力を村人が持てるとは思えなかったからだ。スキルでの解析でもなければ正確な数値はわからないが、レックスの見立てでは先程のモンスターのレベルは150を超えていたはずだった。例えチャージブロウであったとしても、一撃で倒せる程弱い相手には見えなかった。
目の前の男がわからない。どうやって強くなったのか? そのレベルに辿り着いて何を知ったのか? どんなスキルを持っているのか? どうして……強くなろうと思ったのか。
「お前と……話したいことがたくさんある」
そしてそんな気持ちを、レックスは一言でそう表した。
今までとは違い、敵意を剥き出さないレックスのその様子に鏡も目を丸くし、「ほぅ」と感心したような声をあげて微笑を浮かべる。
ティナは相変わらずクルルの背中で不安そうな表情で、クルルは覚悟を決めたかのような顔つきで、パルナは視線を合わせずに仕方がないかのような表情で、他の三人も鏡が言葉を返すのを待っていた。
「もちのろんだ。でもまずはこの状況をなんとかしてからな」
鏡はそう答え返すと、心配そうな表情で傍にまで寄り歩いていたアリスに向き直し「だとさ」っと、良かったなとでも言いたげなはにかんだ笑顔を見せた。
そして、鏡の突然の切り返したかのような言葉に面を食らったような表情をアリスは浮かべ、すぐに嬉しそうに笑顔を見せて何も言わず頷いた。
「あんた、魔族の味方しかしない訳じゃないのね」
そしてその宣言を聞いて、パルナがようやく鏡に視線を合わせてそう呟いた。
「何を勘違いしているかはしらないけど、俺は魔族の味方でもなければ敵でもない、かといって人間の味方でもなければ敵でもないってだけ。中立なの中立」
「意味がわからない」
思っていた通りの言葉が返って来て、パルナは冷めた表情になってそっぽを向き、そう呟いた。その様子を見て鏡は心の中で『わかれよ』とツッコミつつ、先程から服の裾をクイクイッと引っ張ってきているアリスに向き直し、「どうした?」と聞き出す。
「さっき鏡さんが戦っている時、他の方角から悲鳴が聞こえたの。モンスターの鳴き声みたいなのも聞こえたし、多分あちらこちらにモンスターが散らばって暴れていると思う」
「急ぐか、さすがに魔獣ベルセルクみたいなのがポンポン降ってきているとは思えないけど、念のため。まあ街の冒険者達がなんとかしているとは思うけど……ん?」
遠くから悲鳴の聞こえてくる方向へと足を向けるが、足を向けた途端、大通りの脇道から慌てた様子で、一人の重装備をした門番と思われる男性が走ってきた。
門番と思われる男性は鏡達の姿を見つけると一目散に鏡達の元へと向かって走り、目の前で立ち止まると中腰になって肩をぜぇはぁと上下させ、青冷めた表情で顔をあげる。
「あんた達まだこんな所にいたのか……さっさと……逃げろ! もうこの街はおしまいだ!」
そして、呼吸もまだ整っていない状態で、必死な形相でそう叫んだ。
突然のその言葉に鏡だけではなく、レックスとクルルも困惑した表情を浮かべる。
「おいおい、街にモンスターが降ってきたって言っても倒しきれないことないだろ? この街には腕利きの冒険者がたくさんいるし」
「侵入したモンスターならとっくに他の冒険者達が戦っている! 今頃きっと倒してくれているだろうが……そうじゃないんだ!」
考えていたこととは全く違う想定外の事態が起きていることに、鏡は表情を強張らせた。その表情の変化に不安を感じたのか、アリスも表情を曇らせる。
何を見たのか、思い出すのも辛そうに、先程まで上下させていた肩を今度は震わせながら、門番はゆっくりと訴えかけるように血走った眼を開いて言葉を発した。
「アトロス島に生息するモンスターの大群が……魔王城の方角からこのサルマリアに向かってきてるんだよ! その数……およそ1万……っ!」
門番から放たれたその言葉に、その場にいた鏡を除く全員が信じられないかのような表情を浮かべて目を見開いた。
アトロス島は高レベルなモンスターが多い代わりにスポーンブロックが少なく、その数は少ない。普段アトロス島のモンスターを一体倒すにしても、パーティーを組んで確実に勝てるように戦うのが基本である。
そんな相手が1万の大群でこのサルマリアに押し寄せてきている事実に、絶望を感じないわけがなかった。
この街に滞在している冒険者達が数千人いるにしても、元々一体に対して複数人で対峙するべき相手に、敗北は見えている。
「サルマリア、終了のお知らせ」
そんな中、鏡だけが困ったような、気だるそうな表情でそう呟いた。