なりたいものになればいい-12
外に出ると、ゲームセンター内にいるよりも力強い音が風と共に耳を通り抜けた。通りを歩いていた人々は大通りの方へと足を駆けらせ、露店で商品を受け取るのを待つ人々は、心が宙にあるかのように笑顔でそわそわと興奮した様子を見せていた。
「パパ! 早く早くっ!」
親子連れも、カップルも、皆こぞって大通りの方へと足を向けていた。その様子を見て、パレードそのものを知らないアリスは、そわそわした様子で鏡を見つめ、服の裾を控えめに軽く引っ張った。強引に引っ張ろうとしなかったのは、困らせたくないという気持ちも強く働いたからだろう。
それが目に見えてわかって、鏡は「ガキが無理してんじゃねえよ」と噴き出して笑い、アリスの手を引いて大通りの方へと向かった。
「っす…………ごぉーい!」
大通りに着くと、言葉通りのお祭り騒ぎだった。大通りの中央で長い列を組んでゆっくりと移動を行う巨大なオブジェクトに搭乗する人々が紙吹雪を舞い散らせ、沿道の市民は熱狂してパレードに混じって手を振り歩く戦士達に声援を送り、空では煙柳の花火が打ちあがる。
戦う戦士達とパレード用のオブジェクトを先導するかのように踊り子達が大通りを進みながら舞いを見せ、力強い心を高ぶらせるかのような演奏が辺りに鳴り響く。
まるで騒げと空間が命令しているかのように、立っているだけで高揚を感じられた。
場の雰囲気に影響を受けたからか、人混みに埋もれたアリスがそう叫んでぴょんぴょんと跳ねている。
「すごい! 凄いよ鏡さん!」
「お前ぴょんぴょん跳ねてるけど、見えてんのか?」
「全然見えないよ! でもなんかとても大きい乗り物が動いてて、あと、その……すごいの!」
言葉にしきれない感動を得ているのか、アリスはそう言って目の前を横切る人が乗った大きなオブジェクトに視線を向け続ける。それでもなんとか頑張って全貌を見ようとぴょんぴょん跳ねている姿がじれったくなり、鏡はアリスをヒョイっと持ち上げて肩車をしてあげる。
その行動にアリスは一瞬恥ずかしそうに頬を紅潮させたが、すぐさま切り替えて「ありがとう鏡さん!」と、素直にお礼を言った。
「それにしてもあれだな、こんだけの数の冒険者が戦いに行こうとしているんだな」
「でも……思っていたよりも多くないね。数千人はいるのかと思ったけど」
「パレードに参加している奴等なんて極一部だろ。他は観客に回っているか、本当に強い奴は今頃静かな場所で精神でも統一させてるんじゃないかね」
鏡がそう言った瞬間、パレードの列は突然その進行を止め、演奏者がその場で軽快な音楽に切り替え、そのリズムに合わせて踊り子達が踊りを披露し始める。その傍らで、パレードの列に入り混じっていた大きな補強の施された木箱が冒険者達の手によって運ばれる。
大きなオブジェクトとオブジェクトの間の演奏者と踊り子達が居た広い空間の中央にそれが置かれると、冒険者二人を残して他の者達は一斉に左右へと散ってしまった。
「何が始まるんだろう?」
そう言うアリスに対し、何が起きるか大体予想出来ていた鏡は何も言わず、ただアホ臭そうに残った冒険者二人の動きを見ていた。
直後、木箱の元に残った冒険者の一人が、木箱の横蓋の鍵をスライドさせて中身を開封する。すると、その中から緑色の甲殻と、鉄の鎧のように鈍い光を放つ肌を持った四足のモンスターがのしのしと姿を現した。
暗闇の中から黄色い眼光を放ち、外に出ると同時に耳を塞ぎたくなるような奇妙な雄叫びを上げる。
出て来たのは、グラップブロガーと呼ばれるレベル24程度のモンスターで、この付近で活動する冒険者ならとるにたらない、家畜の豚と対してサイズに差のない相手だ。
そんなモンスターを相手に、もう一人の待機していた冒険者は腰元の鞘から剣を抜き取り、モンスターへと構える。直後、モンスターは剣を構える冒険者に向かって突進を行った。
冒険者は、その突進を避けることなく正面から剣で受けきると、そのまま振り払ってモンスターを吹き飛ばして横たわらせる。そしてそのまま、ひるんだ内に剣を振り下ろし、モンスターに突き立てると、モンスターはその姿をお金へと変化させた。
直後、沿道でそれを見ていた観客達が歓声を上げて熱狂的に盛り上がりを見せる。「いいぞ、いいぞ!」、「魔王軍なんて取るに足らない相手だぜ!」等と声を張り上げる者までいる程だ。
そして、木箱の蓋を開けた冒険者がお金を回収すると、再び散っていた踊り子や演奏者達が集まり、パレードの列を再び進行させ始めた。
「い、今のはなんなの鏡さん? 全体的に騒いでるから、パレードの列の所々でやっていたみたいだけど……」
「デモンストレーションってやつだな、強さを主張して観客を安心させるっていうか、まあ俺達は魔王軍に勝つって遠回しに言っているんだよ。悪いことじゃねえけど、趣味は悪いな」
そう言う鏡に対し、アリスは「そ、そうなんだ」と動揺してみせた。殺されたのは魔族ではないとはいえ、魔族に敵意剥き出していますと、遠回しに言っているような光景を見れば戸惑うのも仕方がないかと、鏡は溜め息を吐く。
その直後、再びパレードの列の進行が止まり、先程と同じように踊り子と演奏者が散って行く。
暫くして、風を切るような音が周囲に鳴り響き、ズドッ! という鈍い着地音と共に、コンクリートで出来た地面を砕き、周囲に破片を飛び散らせ、先程のグラップブロガーよりも十数倍は巨大な身体を持ったモンスターが空から落下する。
グラップブロガーと変わらない四足歩行だが、大通りの半分以上は埋め尽くさん魔獣とも呼べる図体の大きさ、靡くように生えそろう鬣、鉄の塊でさえ簡単に粉砕してしまいそうな程に発達した強靭な顎と、そこから生え伸びる巨大な牙、そして光を反射するその漆黒の身体は、見る者を圧倒する迫力と恐ろしさだった。
あまりにも唐突な登場と、その巨大な図体に悲鳴を上げて逃げ出す者もいたが、
「いいぞいいぞ! やっちまえ冒険者様達!」
「はぁー……ここまでやるんだな。こんな恐ろしい化け物も倒せるなんて、今の冒険者達は凄いんだな。でも普通、空から降って来るか?」
「まあこれが魔王軍の襲撃だったとしても問題ないだろ。どうせいつもと同じように簡単に撃退してくれるさ」
等と言い、これも一つの催し物と割り切っている者達や、危険だと思っても冒険者がいるから何とかなる思っている者達は逃げ出そうとはせず、先程と同じように熱狂的な盛り上がりを見せて、中央で列を作る冒険者達に声援を送っていた。
「おいおい……こりゃまずいんじゃねえか?」
そんな中、鏡だけは事の異常差と危険度を理解していた。散って行った踊り子や演奏者が道の端に逸れるのではなく、沿道の中に入って一目散に逃げて行ったことと、列を作っていた冒険者達が驚愕の表情を浮かべて武器を構えていることから、これが予想外の事態で、先程一般人の一人が言っていた通り、魔王軍の襲撃である可能性が高いのは理解していた。
襲撃だったとしても、ここで声援を送る観客に被害が及ばないように倒せるのならば問題はないが、鏡には一瞬で無理だと判断出来た。落下してきた漆黒の魔獣の情報を、鏡は知っていたからだ。
魔王城の地下深くに存在するスポーンブロック。それは、万が一、どうしても使わなければならない臨時の状況のみ使用するものと、魔王が唯一城の内部に残したスポーンブロックから生み出すことの出来るモンスターだった。
魔獣ベルセルク。213のレベルを誇る、正真正銘の化け物。
「おい、あんた達逃げろ!」
鏡がそう叫ぶも遅く、魔獣ベルセルクはその図体の大きさからは考えられない程の速さで、オブジェクトの周辺に散らばり武器を構える冒険者達の傍に一瞬で近付くと、その巨大な前脚で薙ぎ払うようにオブジェクトと共に冒険者達を吹き飛ばした。
吹き飛ばされた冒険者達は更に後ろに控えてあるオブジェクトや、家屋の壁等に激突すると、口から血を噴出させてその場でぐったりとした様子で意識を失わせ、武器を地面に落とした。
一瞬で十数人の冒険者達が瀕死の状態に陥った。その光景を前に、控えていた他の冒険者達は一目散に逃げだしてしまう。
「「「「「うわぁああああああああああああああああ!」」」」」
逃げ出したのは冒険者達だけではなく、その場にいた観客達もだった。場は阿鼻叫喚の状態に陥り、雪崩れ込むように人が大通りから次々に離れて行く。前方に誰かがいようがお構いなしに押し合い、ぶつかり、謝ることすらなく自分の命を優先して逃げて行く。
だが、逃げて行く人々の方向がばらばらで、ここ以外にもモンスターが街の中に入り込んで混乱を招いているのが安易に予想のついた鏡はアリスに向かって「しっかり捕まってろ」と念を押し、流れを分断する大木のようにその場で待機し、逃げる人々の流れが落ち着くのを待った。
「ひ……ひぃ! こっちに来るな!」
そんな傍ら、グラップブロガーを倒すデモンストレーションを行っていた冒険者が逃げ遅れたのか腰を抜かして、魔獣ベルセルクのすぐ目の前で剣をブンブンと振り回していた。
ようやく人の流れが一段落着いてその光景を見た鏡は、慌てて肩車をしていたアリスを地面に降ろす。
だがそれよりも早く、冒険者が振り回していた剣が魔獣ベルセルクの鼻元を掠め、その瞬間、魔獣ベルセルクは咆哮をあげて再び薙ぎ払いをその冒険者一人に対して行った。
「ディバインシールド!」
しかし、先程と同じように冒険者が壁に叩きつけられることはなく、薙ぎ払いを行った前脚は冒険者をそのまま貫けなかったのか、青白い光を放つ冒険者の身体にぶつかるとピタリと止まり、受け止めたことによる金属音のような音を周囲に鳴り響かせた。
「はぁ……っく、だ、大丈夫ですか?」
「あ、あんたは?」
「自己紹介している暇はありません、早く逃げてください!」
薙ぎ払いを受け止めたのは冒険者ではなく、藍色の長髪で露出の多い白いローブに身を包んだ女性、クルルだった。
自分の周囲に、光で作られた魔法の盾を生成する【ディバインシールド】を展開し、苦しそうな表情を浮かべながら冒険者にそう一喝する。
ディバインシールドは大きく魔力を消費する代わりに、どんな攻撃も防いでくれる万能盾だが耐久度が存在する。その耐久度は時間によっても、そして攻撃によっても減少する。
「っつ……っく、きゃあああ!」
案の定、ディバインシールドは薙ぎ払いを止めるだけで破壊され、その衝撃で冒険者とクルルは後方へと吹き飛ばされた。だがクルルは体勢を崩すことなく、両手杖を前方に構えて魔獣ベルセルクの次なる攻撃に備える。
「あ……あんた、逃げないのか? 俺なんか見捨てて逃げてくれ!」
そしてそんな勇敢な姿を見て、吹き飛んだ衝撃で体勢を崩した冒険者はそう叫ぶ。
「逃げません! 無論……逃げたい程怖くて恐ろしいです……でも! 民を守るのは王族の務め! 私は決して民を見捨てたりなんかしない!」
そう叫び散らすクルルをよそに、魔獣ベルセルクは待つことなくクルルに向かって突進し、口を大きく開いて強靭な顎で噛み砕こうとする。口からは唾液が撒き散り、鋭く光る眼光はクルルをしっかりと捉え、一歩一歩進む度に地響きが鳴り響く。
「ディバインシールド!」
だがクルルは、足を震わせながらもしっかりと迫りくる魔獣ベルセルクを見据え、再び魔法の盾を目の前に展開した。しかし、目前にまで魔獣ベルセルクが迫った瞬間、あまりの恐怖に腰が崩れ、クルルはぺたんっと地面に座りこんでしまう。だが、
「よぉ、ナイス時間稼ぎ! おかげでこいつを一撃で倒せるだけのパワーを溜めれた……ぜ!」
ディバインシールドに触れることなくクルルの目の前で魔獣ベルセルクはピタリと止まり、そんな世間話でもするかのような慌てた様子のない声と、どう見ても一般市民にしか見えない服装の村人が、突風を巻き起こすと共に突然目の前に現れた。
村人は魔獣ベルセルクの牙をガッチリと左手で掴んで動きを止め、宣言通り力を溜めていたのか、オレンジ色のオーラを纏った右腕を打ち上げるように強靭な顎にぶつけてそのまま振りぬいた。
すると、爆音と肌がビリビリする程の衝撃波をその場に発生させ、全身毎、魔獣ベルセルクは上空へと猛スピードで吹き飛び、途中で力尽きたのか、その身体をお金へと変化させた。
「今日は……怒らないんですね」
あまりにも一瞬の出来事に、クルルは呆然とするが、すぐに助けてくれた相手が誰なのかを認識すると、涙目になりながらも微笑を浮かべてそう呟いた。
「……本当はもっと早くに助けられたんだけど、こいつに逃げられると面倒だからさ、ちょっとあんたには囮になってもらった。悪いな、今回は満点だ」
そう言うと鏡はクルルに手を差し出した。
悪びれた様子もなく、囮にしたことを笑顔でそう宣言しながら手を差しだす鏡を見て、絶対に助け出せる自信と実力があったからこそ、この場は自分を信用して囮にしたのだと気付き、クルルはその手を掴むと嬉しそうに笑顔を見せた。