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LV999の村人  作者: 星月子猫
第一部 
35/441

なりたいものになればいい-10

「ちょっと……汚いわねレックス。食べ方もそうだけどクーちゃんを見習いなさいよ」


 レックスの突然の噴き出しにティナとクルルは目を丸くし、パルナは嫌悪の表情を浮かべた。すぐさまレックスは「す、すまない」と謝罪し、備え付けのナプキンで口を拭う。


「何名様でしょうか?」


 ウエイトレスにそう案内を受けつつ、そんな光景を、めんどくさい者を発見してしまったかのような呆け顔をしながら、鏡はしっかりと視界に映す。


「0名です。ごちそうさまでした」


 そして鏡はそう返答すると、そそくさと回れ右をしてアリスの手を引きながら、入り口のドアノブに手をかけて退店しようとする。だが、「あー香りでお腹いっぱいだー」と言い残し、店から一歩出ようとした瞬間、ガシッと力強く肩を掴まれて引き止められる。


 振り向くと、してやったとでも言わんばかりの表情で笑みを浮かべるレックスがそこにいた。


「彼は僕の連れだ。僕がこのまま案内しよう。君は下がっていいよ」


「かしこまりました。すぐお二人分のお冷をお席にお持ちしますね」


 レックスがそう言うと、ウエイトレスは丁寧に頭を下げ、ぱたぱたと慌ただしくカウンターの奥の方へと消えて行った。その後、レックスは無言で鏡を睨み続け、チラッと一度だけアリスを睨みつけると、ついて来いと言わんばかりに顔をくいっと動かし、クルル達のいる席の方へと歩き出した。


 レックスが席を立ったことで流石に気付いたのか、食事の手を止めてティナとパルナの二人も少し眉間に皺を寄せて怒り顔で鏡を睨みつけていた。そして、二人の様子の変化に気付き、クルルも鏡の存在にようやく気付く。


 だが鏡は普通に無視してアリスを連れて店から出て行った。


「あぁぁぁあああ! また逃げたぁぁあ!」


 そしてすかさずティナが立ち上がり、指を差してそう叫ぶ。


「っとに、この状況で普通逃げる? どれだけふざけてるのよあの村人!」


 逃げた瞬間を目の当たりにしたパルナはすかさず席から飛び出して鏡の後を追う。


 折角顔をくいっと動かしてカッコよく決めたつもりでいたレックスは、「えっ?」と、何が起きたのか理解していないような呆けた顔をしながら、鏡の後を追うパルナを見送った。


「勇者様も早く追ってください! 支払いはしておきますから!」


 状況を理解していないのか立ち止まるレックスにティナはそう声を飛ばし、ようやく逃げられたことを理解したレックスは店から出て鏡の後を追い始める。店を出て外に出ると、腕を組んで苦虫を噛み潰したかのような渋い表情を見せるパルナの姿があった。


「逃げられたわ。足速すぎでしょあの村人! っとに……何やってるのよレックス!」


「慌てるな。この街にまだいるとわかっただけでも充分だろ?」


 周囲を見渡すが鏡と思わしき村人の姿はなく、仕方がなく一度待って、食事の支払いを終えて店から出てきたクルルとティナと合流する。


「魔王軍が動く前にと、急いで馬を走らせた甲斐があったな。少なくとも魔王に用があるらしいあの村人は、明日の朝まではこの街から出られないはずだ」


「それで、どうするの? 私達も魔王軍の討伐隊に加わるんでしょ? なら、明日の朝までしか探せないわよ。この広大な街の中を探すつもり?」


 逃がした責任を問うかのように、パルナはレックスに顔を近付けてそう言った。そして、この広大な街の中から目的の人物を探し当てる良い案が思い付かなかったのか、レックスは額に汗を浮かばせる。


「この街の住人に探させればいいのよ、魔族がこの街の中に入り込んでるって言って、特徴さえ教えてしまえば明日の朝には絶対誰かが見つけてくれるわよ」


「それはやめておけ」


 名案を言っているつもりだったのか、自信ありげな表情でそう言ったパルナの言葉を、至って真面目な表情でレックスはそう言って即答した。予想外の言葉だったのか、パルナは一瞬不快そうに眉間に皺を寄せ、キッとレックスを睨みつける。


「気持ちはわからんでもないが、下手に追い込めば不利になるのは僕達の方だ」


「どういうことですか?」


 パルナをなだめるようにそう言ったレックスに、ティナが小首を傾げながら言葉の意味を問う。


「あれは化け物だ。認めたくはないが……その気になれば僕達なんて相手にもならない程に強い。追い込んだところでどうにかなるとは思えん。むしろこの街から逃げられるかもしれん」


 そうなるであろうことを確信しているのか、レックスは悔しそうな表情を浮かべながらそう言った。


「なるほど……暴れて探してくれた街の人が危険な目に合うかもしれませんしね」


「それはないと思います」


 同じように、そうであろうことを確信しているのか、どこか寂しげな表情を浮かべながらクルルが会話に割って入る。


「もしも追い込まれて暴れるような方なら、私達はとっくの昔に危険な目に合っているはずです。魔族を庇う不届き者ではありますが……悪い人じゃないんだと思います」


 その言葉に、パルナは呆れた様子で溜め息を吐く。


「クーちゃん、あんたねえ……何言っているかわかってる? 魔族に味方しているのよ? それもヴァルマンの街を襲撃した魔族をよ? 悪い人じゃなかったらなんなのよ?」


「確かにその意図はわかりません。ですが……彼は私達に語りかけていました」


「それがなんなの?」


「その考えに理解を示さず攻撃を仕掛ける私達に対し、彼は反撃をしようとせず、逃げる選択を取りました。少なくとも、自分の考えを強引に押し付けて理解させようとは思っていないのでしょう。理解してもらいたいだけで……多分、そういう人なんだと思います」


 そのことに対して苦悩したあとが見られるクルルのその表情と言葉に、パルナは内心不満に思いながらも押し黙った。


「村人の分際で、見下しているようで腹は立つが……な」


 同じようにそれを理解しているのか、不満そうな顔をしながらも、レックスはそう呟く。


「だったら……何であの村人を追うのよ? あの女の子……魔王の娘らしいし、私はてっきり魔族を引き渡してもらうか、あの村人に犯罪者の烙印を押すために捕まえるのかと思っていたけど。どうせ捕まえるのが無理ってわかっているならもう放置でいいじゃない」


「無論、一番の目的は魔王を倒すことです。魔族が倒すべき存在であるということも変わりありません。ですが、彼がどうして魔族の味方をしているのかが純粋に気になります。いつも私達に気付かせるような言い方をするばかりで、彼の考えを私達は知りません」


 そんなクルルの言葉にティナは、「言われてみればあの人、いつもヒントっぽいこと言うだけで答え言ってくれないですね。自分で気付け! みたいな」と感心したように呟いた。


「何を知って、何を思って魔族の味方をしているのか? あれほどの強さの境地に辿り着いたからこそ気付けたであろう。私達の知らない何かがあるように思うんです」


 そう言って見据えるような真っ直ぐな瞳を向けるクルルに対し、パルナは不満そうに「知ってどうするのよ」と呟き、再度溜め息を吐いて顔を逸らした。


「ここ数日……色々考えてみましたが、やはりどうしてそういう考えが出てくるのか、ちゃんとお聞きしてみたいんです。今度は落ち着いた場所で正式に」


「僕も奴には聞きたいことがある」


 そして賛同するかのように、レックスもそう呟く。


「だが奴に固執する必要性はない。僕達の目的は魔王を倒すことに変わりはないからな。こうして魔王軍が侵攻してきている現状、これは絶対に揺るがない。魔族の一人や二人、今は放っておいてもどうでもいいさ」


「何? もしかしてレックスまで魔族は倒さない方針とか言い出すんじゃないわよね」


 前までは一番敵意を剥き出しにしていたレックスのその言葉の変貌ぶりに、パルナはジト目で顔を近付けながらそう言った。だが、パルナのその言葉にレックスは失笑する。


「そんな訳あるか、聞きたいことがあるから探すだけだ。明日までに見つからなかったら一旦放置でいい。とにかく、手分けしてあの二人の特徴を伝えて探し出そう」


 その言葉に少し安心したのか、パルナは「やれやれ」と言いつつも、その提案を了承する。


「勇者様が逃がさなかったら変な手間をかけずに済んだんですけどねぇ」


「ぐ……それは……その、すまん」


 最後に放たれたティナのきつい言葉にレックスはうなだれながらも、サルマリアのどこかに逃げ出した鏡を捜索するために、街の大通りの方に向けて歩を進めた。


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