なりたいものになればいい-5
その様子を見て、タカコがすぐさまアリスを抱き上げ、逃げ出した鏡の後を追う。
「逃げ出すということは、認めるということですね!」
「あんたらがまともに話を聞いてくれないから逃げるだけだ! また会おうぜ」
そう吐き捨てながら、鏡はレックスが元居た位置の方向へと走り続ける。ヴァルマンの街から西の方角にある、かつて四国と呼ばれた孤島、アトロスにある魔王城へと向けて。
「鏡殿! その先に馬車を留めてある! 魔王城に向かうのに必要と思って移動手段を先に確保しておいた! それに乗って行こう」
その時、鏡に引っ張られながらも、どの方角に突き進んでいるかを把握したメノウがそう叫ぶ。
「馬車って……あんたどうやって手に入れたの?」
「ヴァルマンの街から出て行こうとする行商人の一人から奪い取った」
「勇者一行を説得しようとした意味ねー、あんた完全に悪い奴じゃない。魔王城まで行って魔王の安否確認終わったら、あんたのこと勇者一行に差し出してしまいそう」
「街を攻めた張本人なのに馬車の一つや二つ今更であろう。今、私にとって大事なのは魔王様の安全を確認することなのだ。安心しろ、鏡殿の面子のことも考え、行商人は殺していないし、荷物も奪っていない。馬と荷車だけを頂戴しただけだ」
「え、でもその行動のせいで勇者一行にこの場所ばれたんじゃないの?」
「…………っあ」
どうして勇者一行が都合よく現れたのか気になっていたのが判明し、メノウを投げ飛ばそうかと一瞬考えたが、鏡はぐっと堪えて見えてきた荷馬車の元へと駆けこむ。
そして鏡は、その荷馬車を見て顔を引きつらせた。
荷を運ぶためのテント付の荷車に、馬が二体待機していたが、どう見てもその馬が馬じゃなく、上半身だけが人間のケンタ・ウロスだったから。
「なんてものを奪ってくれたんだ」
鏡は心底嫌そうに、手を頭に置いて唸りながらそう呟く。
「モンスターがいいように使われていたのでな、解放してやったのだ。無論、あの馬達は私を乗せることを了承してくれている」
褒めてと言わんばかりにすまし顔でそう言うメノウを荷馬車の中へと投げるように放り込み、勇者一行が背後から追いかけて来ている現状しのごの言ってもいられず、鏡も荷馬車へと乗り込む。
そして後から追いかけて来たタカコも嬉しそうにしながら、抱きかかえられているアリスはとてもげんなりした表情で荷馬車へと乗り込んだ。
「出発だ! 走ってくれ! このまま西に直進して行けば森から抜けて道通りに出るはずだ」
だが、荷馬車に乗り込んだ鏡は荷馬車から顔を出してそう言うが、ケンタ・ウロス二体は無表情で必死にそう叫ぶ鏡を見据え、全く動こうとしない。
「人間よ、我々は、高貴なる存在なのだ」
「あ、はい」
「我々が乗せると言ったのは、魔族の御仁のみだ。貴様達のような、下等生物を乗せて走るなぞ、末代までの恥。失せるがよい」
ケンタ・ウロスがそう言いながら腕を組んだ瞬間、荷馬車の中にあったのか、鞭を持ったタカコちゃんがのっそりと荷馬車の中から顔を出した。その瞬間、鏡はアリスの元へと即座に移動し「子供は見ちゃいけません!」と、目を手で覆い隠す。
次の瞬間、荷馬車は猛スピードで動き出した。タカコの「ほほほほっ!」という声と、「んぁぁぁああああ!」というケンタ・ウロスの叫び声を撒き散らしながら。
もろにその光景を見てしまったメノウは、驚愕の表情を浮かべながら、ヘルクロウに乗っていた自分が如何に幸せだったのかを噛みしめた。
追いついた頃には、ケンタ・ウロス二体を使った荷馬車が猛速度で走りさった後だった。レベルが高ければ、当然逃げ足も速くなる。そしてここからケンタ・ウロスの無尽蔵にも思える体力から走行する距離を考えて、追いつける気はしなかった。
「に、逃げられましたね……!」
肩で息をしながら、立ち止まってティナはそう呟いた。
「た、確か……魔王城に向かうと言っていました。なら、必ず道中にある街に立ち寄るはずです。どちらにしろ行く先は同じ、またどこかで会うでしょう」
同じく追いかけていたクルルも、肩で息をしながらも立ち止まり、そう呟く。
背後では、息を乱さずに木に寄り掛かるレックスと、その傍らで走りゆく荷馬車に冷たい視線を送り続けるパルナの姿があった。
「恨みでもあるのか?」
その視線に気付いたレックスは、同じように走りゆく荷馬車に視線を送りつつ、パルナに向かってそう呟きかける。
「あんた程じゃないわ。それにあんたには関係のないことよ」
目を向けもせずにそう言いきったパルナに、レックスは「そうか」とだけ呟いて返す。
レックス自身、魔族に恨みがある訳じゃなかった。ただ、ただただモンスターが憎いだけ。そしてそれを生み出す魔族という存在が認められないだけだった。
その理由も単純且つ明快で、両親をモンスターに殺されたから。
激しくモンスターを恨んだ。そしてそれを生み続ける魔族という存在が許せなかった。天啓だと自分でも思った。勇者という役割を持って生まれてきた自分への天啓。それから、その天啓を全うするかのように力を蓄えてきた。モンスターがいなくなった世界のこともたくさん考えた。だが鏡は、モンスターを生み出したくなくて、和睦を望む魔族もいると言った。
魔族はモンスターと同様に殺すべき存在のはず、なのに、そう言った魔族を殺すのに気が引けてしまっている自分を感じていた。それは致し方ないとはいえ、只の虐殺と変わらないから。
憎きモンスターを滅ぼすには魔族の殲滅が必要不可欠だ。なのに、『モンスターを生み出す以外は人間と変わらない』という事実、そして『今まで人間を滅ぼそうと攻めてきたことがない』という事実が、レックスの肩に重くのしかかっていた。
「どうしようも……ないだろ」
なんとなく感じていて目を背けていた事実を突きつけられ、レックスは鏡に対する嫌悪が更に増していた。天啓を与えられてもいないのに強く、そしてその事実にずっと向き合っている。
勇者である自分よりも優秀だと言ってもいないのに、言われているような気がしてならない。
いっそのこと、このまま魔王軍が敵として、悪として攻めてくれた方がどれだけ楽なことか、そう感じずにはいられなかった。モンスターは憎い。だが魔族は…………魔王は、
「いくわよレックス。街に戻って私達も移動手段を確保するってお姫様が言ってるわ」
既に先に戻ったクルルとティナの後を追い、パルナも足を向けつつ真剣な表情で何かを考えるレックスに対して声を掛ける。
「……お前は、悩まないんだな」
戻ろうとするパルナにレックスはそう声を掛けるが、パルナは振り向くことなくそのまま歩を進め続けた。
「悩む必要がないもの」
それだけを言い残して、パルナは当初の目的のためだけに進み続けた。
魔族の殲滅。
魔族に最愛の人を殺されたパルナにとって、モンスターなんて、どうでも良かったのだった。