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LV999の村人  作者: 星月子猫
第一部 
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そんなものに、なんの価値がある?-11

 それから街は奇妙な光景に包まれた。落下してきたブラッディ―バッファが、空に向かって次々に飛んで行く謎の光景。まるで空に落下しているかのようなその光景は、折角陸地に降り立ったのに神の吸引力で空へと落ちる牛と、街の名物になりかけていた。


「タカコさん、ブラッディーバッファが次々に空へと飛んでいるんだけど……何あれ」


「あんなこと出来るのは鏡ちゃんくらいね。私でもせいぜい空に飛んでいる鳥に届くか届かないかくらいしか投げ飛ばせないもの」


 それを聞いて、アリスは口を開けて隣に立つ怪物を黙って凝視した。対するタカコはスカッとした表情で上空を飛ぶ怪鳥が、ブラッディ―バッファによって次々に落とされる光景を見た。


「しかしさすが鏡ちゃんねぇ、気持ちよく飛ばしているわ。これなら位置もすぐにわかりそうだし、行きましょうアリスちゃん」


 タカコはそう言うと、ブラッディ―バッファが空へと飛んで行っている方向を目印に走り出した。アリスもそれに賛同して頷き返し、その後を追う。


 走っている途中で街の様子が伺えたが、街の住人のほとんどが既に混乱状態から抜け出し、半分の者がお祭り気分に、そしてもう半分の者が魔族に対する怒りをあらわにしていた。


 お祭り気分の者は空中に飛ぶブラッディ―バッファを見ながら酒を飲み、近くで暴れているブラッディ―バッファと戦う者を肴に盛り上がっている。


 だが、それは被害が全くなく、ブラッディーバッファを楽観視出来る者に限った話だ。家を壊され、少なからず怪我を負った人々は、空に飛び交う怪鳥達を恨めしそうに睨みつけていた。


 その光景を見て、アリスは表情を曇らせた。まるで魔族と人間の和解なんて不可能だと責められているような気がしてだ。


 それを見て、タカコはとっさに「今に始まったことじゃないわ」とフォローするが、そうだとしても遠い道のりだと思い詰めてしまう。協力者がもっといれば、そう願った矢先に視界に映ったのは、協力者は全く正反対の立ち位置にいる連中だった。


「街の冒険者達よ! 今こそ立ち上がる時だ! ブラッディーバッファに手こずっているようでは魔王軍の思うつぼだ! 今こそ協力の元、全てのモンスターを倒し、逆に我ら人類の力を思い知らせてやろう!」


「「「「うぉおおおおおおおお!」」」」


 モンスターを倒し、魔王の討伐を目的とする冒険者達。そしてその先頭に立つべき存在である勇者とその一行が、瀕死のブラッディーバッファを前に演説を行っていた。


 レックスはブラッディーバッファに剣を突き立て、クルルは真剣な表情でレックスの横に立ち、パルナはめんどくさそうに欠伸をしながら、ティナは恥ずかしいのか観客の後ろの方に隠れている。


「見よ! 他の役割では出来るはずもない我が剣技を! ただ投げ飛ばすだけではない技の力を!」


 そしてレックスはそういうと、ブラッディーバッファに突き立てていた剣を抜き取り、それを大きく天へと掲げてそう叫んだ。


 その瞬間、ブラッディーバッファがお金へと姿を変え、曇りなき闇夜の空から雷鳴と共に光の閃光がレックスに降り注ぐ。


 レックスに降り注いだ閃光は周囲に軽い衝撃波と電気を迸らせ、レックスの全身と剣を光で包みこむ。その後、まるで刀を鞘に納めるように、剣をゆっくりと腰元に移動させて構えた。


「聖雷・剛烈波斬!」


 次の瞬間、別に叫ばなくても使える技の名を叫びながら、レックスは剣を上空に向けて振り上げた。全身の光が剣から抜け落ちるように振り上げた勢いと共に空へと舞い上がり、光の刃となってヘルクロウの群れへと一直線に凄まじい速度で飛んで行く。


 そして、光の刃が一体のヘルクロウに直撃すると、光の刃はそのまま貫通して上空へと飛び去り、光の刃が通過したヘルクロウの胴体から身を焦がす程の電撃が発生する。


 そのままヘルクロウは、電撃の発生が止まるのを待たずしてその身を金貨と宝石に変え、そしてヘルクロウを失ったことで力の行き場を失った電撃が一気に周囲に放電し、金貨と宝石を消滅させてしまう。


「見たか! 僕の力を持ってさえいれば、例え大空に羽ばたく強力なモンスターといえど関係ない! 攻撃する手段さえあれば恐れるに足りないのさ!」


 レックスはそう言うと、額に汗を浮かばせながら剣を鞘へと戻す。見ていた者達は勇者のロールなのだから強いのは当然といえど、一撃で高レベルのモンスターを倒したことに「すごい……さすが勇者様だ」と息を呑み、尊敬の眼差しを送った


「だ、大丈夫ですか勇者様? 雷撃をその身に受けていたように見えましたが」


 今の技を使ったことにより、大きく体力を奪われよろめくレックスを見て、クルルがすぐさまレックスに駆け寄りそう声をかける。


「……大丈夫だ。だが……大きく体力を使う大技なため、後2回の発動が限界だ。他の者達の力も借りなければ魔王軍に人間の脅威を示せない」


 レックスは疲れが伺える表情でそう言うと、クルルは無言で頷き、レックスの代わりに集まっていた冒険者達の注目を集めた。


「皆さん聞いてください。確かに勇者の力は絶大ですが無限ではありません! 魔王軍に人類の力を示すには皆さんの協力が必要不可欠……どうか、勇者の名の元に力を貸してください!」


「「「「うぉおおおお! やるぞぉおお!」」」」


 そしてクルルの激励により、聞いていた冒険者達が次々に武器を掲げて士気を高める。


「勇者様……大丈夫ですか? い、今治療しますね!」


 その間、疲弊したレックスにティナとパルナが近付き、ティナは体力を回復させるポーションを手渡しし、パルナは驚愕の表情を浮かべて聖雷・剛烈波斬の凄さを褒め称えた。


「…………これはちょっとまずい流れね」


 その光景を見て、タカコは溜め息を吐きながらそう呟いた。

 隣でそんなタカコの様子をアリスは見ていたが、アリスには何がまずい流れなのか理解出来なかった。密集することで一網打尽になるリスク等色々考えてみたが、どれも不味いと言いきれるような状況にはなりえそうにもない。一瞬、上空にいる魔族のことを気にしてくれているのかと思ったが、そういう訳でもなさそうなので首を傾げた。


「皆さん、タイミングを合わせるのが大事です! 相手は空に飛んでいるだけではなく、高レベルのモンスター、勇者様のように一人一撃で倒そうと考えてはなりません」


 そしてアリスがそうやって考えている間にも、クルルは集まった冒険者達に指示を出した。レックスと同じように遠距離攻撃が可能な技を持つ者は発動の準備をし、不可能な者は弓やクロスボウを取り出し、魔法を使える者は詠唱をし始める。


「あら?」


 その時、タカコは困った表情を一転させ、拍子抜けるような声をあげながら笑みを浮かべた。


 アリスには背の高いタカコが見ているものを確認することは出来なかったが、少なくとも目の前の冒険者達を見ている訳ではなかった。


「今です! 一斉攻撃!」


 直後、クルルの号令と共に冒険者達の攻撃が一斉に放たれる。


「タカコちゃん! よろしこ!」


「任せて頂戴!」


 それとほぼ同時のタイミングで、遠くからタカコを呼ぶ男性の声が響き渡り、それに呼応するようにタカコは地面に爆音を鳴り響かせて上空へと飛び上がる。


 次の瞬間、その場に居た全員の目が点になった。冒険者達が放った攻撃のほとんどが、突如横から飛んできたブラッディーバッファ二体によって防がれてしまったからだ。


 少なくとも、弓矢やクロスボウのボルトは全て防がれブラッディーバッファ2体の胴体に全て突き刺さった。そして、突如飛来したブラッディーバッファ2体を、あらかじめ上空へと飛んでいたタカコが地面へと蹴り落とす。


 蹴り落とされたブラッディーバッファは当然の如く力尽き、その身をお金へと変化させた。


「おいおい……勘弁してくれよな、折角4体確保したのに……無茶なことすんなよな」


 一体何が起きたのか? それを確認するため、その場にいた冒険者のほとんどがその声を聞いて、ブラッディーバッファが飛んできた方向に視線を向ける。


 するとそこには、ブラッディーバッファ2体のそれぞれの角を片手で掴み、ずるずると引きずりながら歩く村人らしき私服の男、鏡が歩いていた。


「あ……あなたは!」


 何故村人がブラッディーバッファを片手でひきずれているのか等々、色々ツッコミどころもあった。その場にいた冒険者達の全員が驚愕の表情を浮かべていた。だが言葉を発せられたのは、既にその男を知って会話をしたことのあるクルルだけだった。


 レックスは顔を歪ませ、恨めしそうにその村人を睨みつける。


「よいしょっと」


 鏡はクルルの目の前にまで移動すると、掴んでいたブラッディーバッファの角を地面に力任せに差し込んで固定させる。その光景を見て、パルナは「マジで埋め込んでいる……」と、苦笑いをうかべた。


「どうしてここに……今のブラッディーバッファはあなたが? そのブラッディーバッファは一体どうされたんですか?」


「質問多いな。ヴァルマンの街に村人がいるのはとても普通なことな気がするのは俺だけですか? ちなみにこのブラッディーバッファは気絶させているから気にしなくていいよ」


 まるで、農家の畑を耕したかのようにすがすがしい表情で、鏡はそう言った。だがクルルは、その表情を見て不満の表情を浮かべて鏡を睨みつける。


「どういうつもりですか! 折角私達が力を合わせて魔王軍に立ち向かおうとしているのに……それを邪魔するなんて! そんなに自分の力を見せつけたいのですか? それともやはりあたなは魔族と何かつながりが……あの妹さんもやはり!」


「どすこい」


「っひゃん!?」


 無表情でクルルの言い分を鏡は聞いていたが、あまりにも長いので痺れを切らし、力の全くこもっていない軽いチョップをクルルへと放った。突然のチョップに対応できず、クルルは変な声をあげてそのチョップをもろに喰らった。


「い、いきなり何を……? 殿方に叩かれたのは生まれて初めてです!」


「貴重な経験が出来て良かったじゃない」


 全く悪びれた様子無くそういう鏡を見て、クルルは恥ずかしいのか怒っているのか照れているのかよくわからない赤い顔で鏡を睨んだ。


「お姫さん……攻撃のタイミングを合わせるのは良い発想だけど、3点だ。10点満点中な」


 その言葉を聞いて、ただ睨みつけていただけの表情を崩し、クルルは困惑した表情になる。


「な、何故ですか?」


「ここは街だぞ? 一撃で仕留められる威力ならともかく、一撃で仕留められる保証がないのに迂闊に攻撃して弱らせて、人がいる場所にモンスターが落ちたらヤバいだろ。飛んでなくてもヘルクロウのレベルは138で危険だ。どうするつもりだったんだ?」


「そ、それは……」


 そう言われてクルルは表情を曇らせ鏡から視線を逸らす。その場合、近くにいる冒険者達が仕留めるか、自分達が仕留めに行こうと考えてはいたが、その間に起きる被害については考慮をしていなかった。


「それと、弓矢とクロスボウは不味いだろ。外したら街に降り注ぐんだ。誰かに当たったら大怪我じゃすまないぞ? タカコちゃんがいなかったらやばかったぞ」


 鏡はそう言うと、アイコンタクトをタカコに送り、親指を立ててグッドサインを見せる。


 そしてそこまで説明され、鏡が先程とった行動の意味をその場にいたアリスと、勇者一行の全員は理解する。先程の行動は街にいる人達を守るための行動だったことに。


「まあ経験不足だな、もっと戦い慣れしないと。でも発想は良かったと思うぞ? 今後頑張ればもっと的確な指示を出せると思う。まずは、何を優先すべきかの順位を考えることからかな」


 クルルは痛感する。モンスターに執着するあまり、それ以外のことをあまり考えていなかった自分に。モンスターの苦しみから解放するどころか、自分の手で苦しめようとしていたことに。それと同時に、抑えきれない程の感謝の感情が鏡に対して溢れだした。


「だがそこの勇者、てめえは駄目だ。0点」


 だが、その感情を伝える前に、鏡は異常な程の怒りを放ちながらレックスに指を差してそう言ったため、言葉を呑んでしまう。


 対するレックスは、突然の指摘に身体をびくつかせ、困惑した表情を浮かべた。


「な……何故だ?」


「技の威力は素晴らしい。その技を身に着けたあんたの凄さも認めよう……だがお金とドロップ品も一緒に消滅させてしまったこと。それだけは絶対に許せん。許してはならないのである」


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