そんなものに、なんの価値がある?-6
「さて、そろそろヴァルマンの街に着く訳だが……どこに行こうとしてるのかなアリスたん?」
ヴァルマンの街に入る直前に存在する巨大な外壁と門、その門前に広がる森の手前辺りまでアリスと鏡は辿り着いていた。そして辿り着くやいなや、トコトコと移動して木の陰へと隠れだすアリス。
「いや、だって……僕魔族だし。入ったら角から放たれる魔力ですぐばれちゃうよ。だから僕はここで鏡さんが薬を買ってきてくれるのを待っているよ」
少し遠慮したような、乾いた笑顔を見せてアリスはそう言った。
「アホなの? 街前で隠れるとか、見つけて殺してくださいって言っているようなもんだろ。そうするなら俺も最初から薬買ってやるって言った時点で、そこにお前を置いてくっつの」
「でも、どうしようもないし……」
「そんなしょぼくれた顔するなよ。第一にして俺だって今日は帰って休むつもりだし、その間お前だけ外に放置って訳にもいかないだろ」
鏡はそう言うと、肩にかけてあった鞄の中に手を突っ込んでごそごそと何かを探し始める。
暫くして、「お、あったあった」と呟くと、細長い包帯のような白い布を取り出し、木の陰に隠れるアリスの元へと移動する。
「鏡さん……それ何?」
「いいからいいから、フードを外して俺の方に頭を向けろ」
「え? え? こ、こう?」
鏡がそう言うと、アリスは訝しそうな顔を見せならがも、鏡に背を向けてフードマントのフードを外す。すると、鏡は先程手に持っていた包帯をアリスが持つ両方の角にクルクルと巻いて、それぞれきつくリボン結びにして縛った。
「よし、角の形が下向きだからあまり目立たないな。まあ後で誤魔化す用の装飾品のでかいリボンくらい買ってやるよ」
「こんなもの巻いてもしょうがないよ。フードを被っていた方がまだ……あれ?」
アリスは喋っている途中で違和感に気付く。自分の角から放たれていた魔力を感じ取れなくなっていた。角を手で触って確認するが、角は確かにそこに存在する。
「か、鏡さん! これどういうことなの?」
「手品」
「いや、真面目に答えてよ! こんな物があるなら、魔族と人間の共存だって……!」
「無理だな。ちなみにもう気付いていると思うけど、それは『魔力を抑える』じゃなくて、『魔力を違う物質に変える』特殊な布だ。俺が作ったオリジナル」
鏡はそう言うと、アリスに再びフードを被せてスタスタとヴァルマンの街へと向けて歩き始める。それを見て、慌ててアリスも鏡の後に続く。
魔族の角は、体内の魔力を放出させるための器官の一つ。溢れ出る魔力を体内に留めることなく放出するためにその角は存在する。
仮に、ブルーデビルの角を保存する容器で角を覆ったりすると、魔力の放出は一時的に収まるが……魔力が体内で増え続け、体調に異常をきたす。
魔力の存在を感じ取れないにも関わらず、魔力を放出し続けている感覚に、アリスは驚きを隠しきれなかった。故に、鏡の服を引っ張り続け、どういうことなのか説明を要求し続ける。
「どうして無理なの鏡さん! これを……魔族の皆の分も作ってあげてよ!」
「だから無理だって。単純に素材がない。見つけられたのも奇跡のようなもんだしな」
そう聞いて、あからさまにアリスはしょぼんとうな垂れた。
「じゃあせめて、これは一体なんなのかくらい教えてよ」
「んー……? モンスターって魔力を吸収して、発生するだろ? つまり発生源が存在するのは知っているよな? スポーンブロックってやつ」
「うん、知ってるよ」
「あれってさ、いくら見つけて壊しても、ダンジョン内のどこかで勝手に生成されるから壊してもきりないんだけど……生成される瞬間のやつを見つけてな。ぶっ壊したんだ。そしたら魔力は吸収するけど、何のモンスターも発生させない変な素材になった」
「効力を失わなかったってこと?」
本来、モンスターを発生させるスポーンブロックは、破壊されるとその効力を失い。只の石ころへと変わり果てる。これに例外はなく、そして破壊すると同時にスポーンブロックはどこかで発生するため、人類はこれを破壊し切ることを既に諦めている。
「そう。誰も知らない只の偶然で見つけた超S級素材って奴だ。それを利用して布の素材に練り込んで、作ったのがそれ。大事にしろよ? 世界に一つしかないからな」
そう言われて、アリスは少しなくしたらどうしようと怯えだす。その傍ら、鏡は久しぶりに取り出した布を見て、これを最初に見つけた時の感覚を思い出していた。
鏡がそれを見つけて抱いた感想。それは凄いものを見つけた喜びではなく、只々、本来なら誰もが思ってもおかしくなかった普通の疑問。
【モンスターって……なんだ?】
「ねえ鏡さん。どうして鏡さんはこの布を作ろうと思ったの? これって魔族の角に合わせやすいように作られているよね」
「ん? ああ……まあ昔ちょっとな」
少しめんどくさそうに頭をぽりぽりと掻きながらそう言う鏡を見て、アリスは思わず嬉しそうに笑みをこぼす。この人も昔は自分と同じ世界を目指していたのかもしれない、いや、この人ならきっとそうするだろうと確信しながら、ヴァルマンの街に辿り着くまで笑顔で鏡の後ろを歩き続けた。
「す…………す…………すっごぉおおい!」
ヴァルマンの街に辿り着いた時、アリスは驚愕の表情を浮かべ、目をきらきらと光らせながら、ヴァルマンの街の活気と広さにそう声を張りあげた。
無数の冒険者が街の中を行き交い、そこら中で出店している出店等で買い物をする光景。街の各所に存在する居酒屋の店員やオーナーが買い出しや、発注していた商品を揃える光景。
ブロックとレンガで作られた家屋の数々、木々で作られた家屋の数々、広く敷かれた石畳の通路、色々な冒険者が演説を行う広場。そのどれもがアリスにとって新鮮だった。
というより、このアリスこそがヴァルマンの街に足を踏み入れた初めての魔族かもしれない。
「安いよぉぉお! 今日仕入れたばっかりのアブランフィッシュ! 440ブロンズだ!」
「安いよ! 安い安い! 安い! 安いよ! 安い! らっしゃいらっしゃい! 安い!」
「ウニ! イクラ! 俺! 1シルバー!」
「お嬢ちゃんかわいいね! うちのリンゴ食べて行かないかい!?」
鏡が全てを無視してスタスタと歩いて行く中、アリスは全てが珍しいと言わんばかりにきょろきょろと見回しながら、出店に出ている商品の数々を注視していく。
「おい、気をつけろ!」
「ぁう、ごめんなさい」
その途中、アリスはすれ違った冒険者にぶつかってしまう。だが、そう言って不機嫌そうにするだけで、冒険者はそれ以上何も言わず行ってしまう。
本当なら嫌悪するような出来事だが、アリスにはそれが嬉しくてたまらなかった。人間が、自分を魔族だと言って襲い掛かって来ない。同じに人間のように接してくれる。言いようのない感動が、自分の頭の中で駆け巡り、気付いた時には嬉しさのあまり鏡に飛びついていた。
「鏡さん、これからどこに行くの?」
「ん? 薬は後で俺が一人で買ってくるとして、まずは今日寝泊まりする宿屋の部屋の確保だな。それと旅に加える仲間を一人呼びに行く予定」
鏡がさらっと行った言葉を聞いて、アリスは少し不安げな表情を見せる。
「え……鏡さんと僕だけで行く訳じゃないの?」
「当たり前だろ? 何があるかわかんないんだ。俺一人だったら別にいいけどアリスがいるからな、俺が戦うにしても、アリスの護衛にまわる奴が一人は欲しいし」
「で、でも……僕がその……あれだってばれたらまずいし、それにモンスターから襲われる心配なら僕には無用だよ?」
「襲ってくるのはモンスターだけとは限らないんだよ」
どこか寂しげな表情でそう言う鏡を見て、何故か、アリスはそれ以上何も言えなくなった。