「俺達は勇者一行だ!」とか言ってる奴に草が生える件 -9
「これって……王家の財宝を荒らしたという泥棒行為では?」
「いや、でも……その剣、ダンジョンに落ちていたと言っても過言じゃありませんし」
「この部屋は一応、王家の隠し倉庫という扱いなのですが」
『知るかそんなのボケェェェエ! ダンジョン内に作んな!』というツッコミを脳内で展開しつつ、鏡の額には汗が浮かぶ。
王族の物を盗んだというとんでもない罪、そして、その王族が目の前にいるという現状に、鏡は焦りを感じていた。
さすがに王族を前に「誰でも入れて誰でも持って行ける環境、そんなダンジョン内で所有物の権利かざすな! 城内に作れ無能!」とは言えないからだ。
「あの、弁償……すれば、いいですかね?」
「あの剣は、お金に換算できる代物ではありません」
「ふざけるな、商人が持つアイテムの価値を見定めるスキルで見てもらったが300ゴールドくらいの価値だったぞ馬鹿野郎」と、実際に伝説の剣を売った鏡は脳内でそう叫ぶ。
だが、鏡は何も言えなかった。犯罪者のレッテルを貼られる訳にはいかなかったから。
王都内の魔法使いの中には、名前と、対象となる人物の顔をイメージ出来れば、犯罪者の烙印をその者のステータスに加えられる力を持つ者がいる。
本来、人を殺す等をすれば、ステータスウインドウに表示される文字や表記の全てが自動的に赤色に変色し、犯罪者としての烙印となるのだが、それとは別に、王都の連中は犯罪者の証を発行できるのだ。
ステータスウインドウにドクロのマークが付いていた場合、人殺し以外の罪を犯した者として、国中のあらゆる施設の利用を拒否され、尚且つ王都から追われる身となってしまう。
変色した色やドクロマークは二度と戻ることはないが、罪を償ったと王都が認めた場合、免罪の証が発行され、ステータスウインドに表示される。逆に言えばそれがなければ、一生不自由な生活を強いられることになるのだ。
人生を楽しむことを生きがいにしている鏡にとって、それは致命的だった。
「あの……どうすれば見逃してくれますか?」
もう聞くのが一番早いと判断した鏡は、クルルに向かって問いかける。
「そもそもあの剣は、魔王を倒すために作られた剣です」
「と、言いますと?」
「私達のパーティーに加わり、共に魔王を倒していただければ不問とするのはいかがですか?」
その言葉に、魔族の少女はぴくっと反応を示し、眉をひそめて鋭くクルルを睨めつけた。そして、不安そうに鏡を見つめる。
対する鏡は口をパカッと開き、心底めんどくさそうな顔を浮かべていた。
「いやでございます」
そして、鏡はきっぱりと告げる。その言葉に安心したのか、魔族の少女はホッと胸をなでおろした。
「何故です! それだけの力があるのなら、魔王を倒すことだって出来るはずです! 誰も成し遂げたことのない偉業を果たそうとは思わないのですか!?」
「思わないね」
しつこく仲間に誘おうとするクルルに鏡は威圧的な口調で返し、しつこいと言わんばかりの睨みをぶつけた。
村人とは思えないその気迫に、クルルは一瞬身体を震わせて言葉を失う。
そして、これ以上話しても無駄だと悟ったのか、鏡は止めていた足を再び動かした。
「要は伝説の聖剣を返せばいいんだろ? 探して更におまけで何かつけて返すから、それで許してくださいよ。放置していた方にもちょっとは責任あるはずだしさ」
鏡はそう言うと強気に出た。よくよく考えれば、まだ名乗っていないため、犯罪者のレッテルも貼られる心配がなく、とりあえずこの場から逃げ出せればなんとかなることに気付いたからだ。
「どうして……ですか? 富や名声が欲しくはないのですか? 苦しむ人々を助けたいとは思わないのですか?」
「富は欲しいけど、名声はいらないかな。苦しむ人がいるなら……まあ助けるけど」
「そ、それなら戦う理由は少なくともあるはずです! それでもまだ足りないと言うのならば……魔王を倒した暁には、私はあなたの妃となりましょう!」
一国の王女であるクルルから放たれたとんでもない発言に、その場にいた全員が「はぁ!?」っと、驚きの声をあげる。
「ま、待て! 姫……さすがにそれは、村人と契りを交わすというのか!」
すると、何故か声を荒げて焦り出すレックス=チクビボーイ。
というのも、彼の人生の計画には、最終的に魔王を倒し、富と名声を得た後、一国の姫と契りを交わしてこの国を統治するまであった故だ。
「私はそれでも構わないと思っています。それ程までに、この村人の力は稀少であり、価値があると判断致しました」
クルルは至って正常且つ、冷静だった。自分の人生など二の次に、魔王を倒すことに人生を注いでいるが故に。
鏡はそんなクルルの執念のような必死さを真剣な眼差しから感じ取り、その若さで自分のためじゃなく、他の者のために戦おうとする姿勢に感動する。
「だが、断わる」
そして、普通にその提案を断った。そう、感動しただけ。
悪い提案ではなかったが、鏡の中にある信念が「はい」という言葉を遮った。
「魔王が誰かに倒されるのはどうでもよい、倒される理由は確かにあるから。だが、自分の手でとなると話は別」そんな信念。
「理由を……お聞かせください」
「そもそもあんたらは根本的に勘違いしてんだよ」
「勘違い?」
とことん説明するのがめんどくさいのか、鏡は溜息を吐く。
「俺は別に、魔王討伐が偉業だと思っていない。だから戦わないし手伝いもしない。それだけだ。ちなみにこれは……俺がそう思っているだけのことだから、気にしなくていいよ」
「言っている意味が……わかりません」
全員、クルルと同じ気持ちだった。言っている意味が、まるでわからなかった。
誰も成し遂げたことのない魔王討伐。それは、モンスターを生み出す最大級の害、それも、誰も倒す事の出来なかった害を取り除くという、人間にとって偉業としかいえない所業のはずだったから。
「わからないならそれでいいよ。わからないからって、悪いことじゃないしさ」
鏡はそう言い切ると歩を進め、部屋の外へと片足を出す。
「待ちなさいよ、こんな納得のいかない立ち去られ方されても気分が悪いじゃない? あんたが凄いってのはわかったけど、せめて魔王と戦わない理由くらい話していきなさいよ」
そこで、パルナが眉間に皺を寄せて問いかける。純粋に気になったのだ、そこまでの力を得て何もしようとしないその村人の意図が。
「あー……説明しようと思ってもしにくいし……どうしたら。別にあんたたちが間違っている訳じゃないんだからさ、俺なんて無視すればいいだろ? 自分で気付かないと意味のないことだし」
「せ……せめてヒントだけでも……」
パルナに続いて恐る恐るティナが問いかける。振り返った鏡と視線があった瞬間「ッひ!」と身体を震わせるが、知りたい欲の方が勝ったのか、視線は外そうとしなかった。
その様子を前に、鏡も諦めて口を開く。
「魔王が人間にしたことってなんだ? 人間が魔王にしたことってなんだ?」
それがヒントなのか、鏡はそれだけ告げると白い光を放つ部屋から逃げるように駆けだし、薄暗い洞窟の中へと消えて行った。
残された一同は、最後に放たれた不可解な言葉に、頭を悩ませる。
魔王が人間にしたことーーーーモンスターを生み出し、数えきれない量の人々を惨殺した。
人間が魔王にしたことーーーー人々をモンスターの苦しみから解放するために、魔王の命を狙った。
それだけ。たったそれだけだった。
何がおかしいのか、戦わない理由がどこにあるのか、レックスたちにはまるでわからなかった。
鏡はこうも言っていた「あんたらが間違っている訳じゃない」と。
魔王を倒すことは、間違ったことじゃない。でも、偉業とは呼ばない。魔王と戦う理由にもならない。富と名声を得る理由にはならないーーーーそんな答えの見つからない問答が脳内で繰り返される。
「あぁぁぁぁもう! 訳がわからないです! なんですかあの人!」
結局最後まで意図はわからず、ティナが声を張り上げて頬を膨らませる。
「村人……それも多分、どんな役割の奴よりも強い村人よ」
自分で現実味のない発言をしていることに気が滅入ったのか、パルナは額に手を当てて溜め息を吐いた。その時、レックスが睨みつけるように部屋の出入り口を見ている事に気がつく。
「レックス? どうしたのよ……獣みたいに部屋の出入り口なんか見つめちゃって、さっきの村人なら、もう絶対この付近にいないと思うけど?」
「あいつ……僕の横を通り過ぎた時、妙なことを言っていた」
レックスのその言葉に、本気の勧誘を断られて少し落ち込んでいたクルルが興味を示す。
「なんと……おっしゃられていたんですか?」
「お前はまだ……この世界のシステムを知らない……そう言っていた」
「シス……テム?」
それを聞いて、一同の鏡に対する謎が更に深まった。
「あの方は……一体何を知ったのでしょう?」
「わからない。だが一つはっきりしたことがある」
顎に手を置いて、村人が消え去った出入り口を見つめながら悩むクルルの肩をポンっと叩き、レックスはこの場から去ろうとする。かつてない強張った表情を浮かべながら。
「僕よりも強い村人だと……? システムを知らないだと? ……ふざけるな」
確かに自分はそのシステムを知らない。ならそのシステムを知ればいいだけ。そして……あの村人を越えればいい。村人に出来て、自分に出来ないはずがない。
聖剣なんてどうでもいい、今自分の中にあるのは……そんな物すら必要としない確実な力。
魔王を絶対に倒せると確信出来る……その力を得ること。出来る。必ず出来る。
そんな思考を巡らせながら、一歩一歩ダンジョン内のモンスターの出現に臆することなく進む。
「僕は……誰よりも強くなければならないんだッ!」
レベル999の村人を越える力を手にするために、レックスは新たに執念という名の炎を、自分の中の志に灯したのだった。