第3話 新たな狩場
「さて。本日お集まりいただいた理由は二つあります」
卓上で両手を組み合わせながら、【救世の契り】盟主〈不死鳥〉が言った。
「一つは、先日の〈剛鬼〉の暴走についてです」
「────」
イブキは息を詰めた。
しかし、その場の面々は変わらず。
どちらかと言えば、関心がなさそうであった。
「アレが勝手をするのは、いつものことだろうよ」
ミオンが雑に言い放った。
盟主は頷く。
「そうですね。けれど、それでも彼が捕まることはなかった」
「言動はアレだが、中々に狡猾な奴だったしな」
「ええ。それが今回、捕まったのですよ。相当な重傷だったそうです」
「へえ……?」
重傷ね、と呟くミオン。
イブキは固唾を呑んで、会話の雲行きを探る。
「しくじって捕まったとは散々、報道されてたが……アイツをやったのは確か……」
「──傍陽ヒナタ、という名の新人のようですよ」
(………ッ)
あの事件のあと、報道では〈剛鬼〉を捕らえたのはヒナタ一人であるとされていた。
その方が正義にとっては都合がいいからだろう。
ヒナタが〈乖離〉との協力について報告していないという可能性もあるが、わざわざ敵組織の構成員の情報を伝えない理由はないため、天秤による情報操作の一環に違いないと、イブキは踏んでいた。
組織を裏切った形になるイブキにとっても都合がいいので、それについて文句を言うつもりは無論、ない。
けれど、こうした形で彼女に注目が集まってしまうのも、喜ばしいものではなかった。
「天稟の相性で敗北した可能性もありますから、それほど問題視する必要はありません。が、一応気に留めておいてください」
「あいよ」
「くはは! 了解した!」
「…………」
イブキはクシナを見るが、ヒナタの天稟を知っているはずの彼女は黙したまま。
彼がそれに安堵しているとは知らず、盟主〈不死鳥〉は柔らかに破顔した。
「一つ目はそれだけです。──本題は、次」
彼女の言葉と共に、場の空気が引き締まる。
「天秤側に動きがありました。かねてより存在した問題を解消しにかかると思われます」
かねてより存在した問題。
何のことだろう、とイブキは周囲の表情を探る。
ユイカは唇をきゅっと結び──ゼナは微かに顔を上げ──クシナは片目を瞑り──ミオンは眉根を寄せ──ツクモはきょとんと首を傾げていた。
(いや、お前は分からんのかい)
内心ツッコむイブキ同様、〈不死鳥〉もツクモの様子に気付いたらしい。
「第十支部と、その出資者との不和ですよ。前に話したでしょう?」
盟主はそう言って、ツクモに概略を教え始める。
それは少しでも【循守の白天秤】の内情に踏み込もうとすれば、一番最初に得られる裏話だった。
通常、国営組織であるはずの天秤には政府以外の出資者などいない。
しかし第十支部に関しては話が変わってくる。
10年前、第十支部は一度滅びていた。
桜邑の前身となった都市”新宿”が崩壊した夜のことだ。
つまりイブキの前で品良く座っている〈絶望〉が元凶である。
それによって新設されたのが現在の第十支部。
その建て直しにあたっては、莫大な資金が必要とされた。
とても国税だけでは賄えず、民間企業や財閥からも融資を受けることで、かろうじて捻出されたという。
その結果、
「第十支部は外部勢力の介入を受けざるを得なくなったのです」
「おおっ、思い出したぞ! 年中あてこすり合っているという、あの話か! 仲間同士だと言うのに、実に間抜けな話だなっ!」
その瞬間、クシナとミオンがサッと目を逸らしたのを、イブキの目は見逃さなかった。
どうやら本人たちにも自覚はあるらしい。
「ともあれ、あちらの不和は私たちにとっては都合のよろしい話だったのですが……この度、その解消のための策を講じはじめたとの事です」
「ふむ。して、その策とは?」
「それが、”見学会”だと」
「……見学会?」
はい、と盟主は頷く。
「正義の使徒たる【循守の白天秤】、その第十支部では日夜どんなことが行われ、いかに市民のために働いているのか。そのアピールということでしょう」
ついでに、そこに出資者も呼んでしまえば、彼らからの難癖の封殺と市民へのアピールを兼ねられる。
劇的な改善は見込めないが手堅い一手のように、イブキには思えた。
「ふむ。つまり盟主殿はこう言いたいのだな?」
ツクモがしたり顔で頷く。
「天秤の戦略に対して我らがどう動くのかを決めたい、と」
「いえ、違います」
「違うのか……」
ツクモはしょんぼりした。
「実は、これからどう動くかはもう決まっているのです」
「決まっているのか……」
ツクモはさらにしょんぼりした。
「その見学会に参加できる対象には、制限があるのですよ」
またしてもきょとんとするツクモを見て、〈不死鳥〉は美しい笑みを浮かべた。
「それは13歳までの児童であること。あるいは──」
その微笑みが、イブキの方へと向けられた。
「──男性であること」
イブキの脳裏に閃きが走った。
「──その見学会には、男がたくさん来ますね……?」
クシナがしょんぼりした。