ご褒美婚9
『的な物』、イケる!
と、クラリスは並べた戦利品を見て思った。
「『ドレス的な物』イケそうですね」
レオも腕組みしながら戦利品を見て頷いた。
「ですが、ずいぶんと訝しがられましたね。これのせいで」
レオが指差す戦利品は、超特大のドレス……大衆劇で太っちょ、もとい、ふくよかな歌姫が着るそれ。
クラリスが二、三人ほど入りそうなドレスだ。
案内係の二人が、とんでもなく訝しんだブツである。
「だって、超お買い得だったから。布を買うより安かったし。上質な布でレースもふんだんに使われているもの。上手く解けば、糸も再利用可能よ。加えて、これを入れる鞄付き。もう、是が非でも欲しかったの」
案内係の二人に、どんなに訝しがられてもだ。
有名劇団スター歌姫の未使用オーダーメイド品が、服屋に流れてきた掘り出し物。いわくつき逸品とのこと。
……公演一週間前にぽっくり。ドレス納品前日のことだったらしい。験を担ぐ大衆劇的には、よろしくないブツになるそうだ。
死を招くドレスと言えばわかるだろう。
「ですね」
レオもわかっている。
この特大ドレスを仕立て直せば、細身のクラリスのドレスが二着ほど『的な物』に変わると。
「間に合いますか?」
「間に合わせてみせるわ」
もう、リャン国王城まで数日で着く。
二人は徹夜の作業で、『的な物』を縫い上げるのを目指した。
数日後……
「陛下、ガニオ将軍から連絡です。先ほどクラリス王女を伴い王都に入りましたとのこと」
側近ロイの報告に、リャン国王アレクは眉間にしわを寄せた。
「本当に来たのか?」
アレクは、ブルグの王女が敵国に嫁ぐなど、駄々を捏ねてご破算になると思っていた。
それこそ、賠償金代わりとなる持参金も必要なしと交渉で決まったわけで、敵国に嫁ぐ意味などない。
交渉は不毛な決着となったわけだ。
まあ、アレクとしてみれば、奪われた民を取り戻せて万々歳だった。ブルグからの賠償金など、元より期待していない。
落ちぶれ国から金を巻き上げても、しわ寄せはブルグの善良な民にいくと思っているからだ。
ただ、面目として人質を要求したまで。
傲慢なブルグの王に苦汁を飲ませたかった。苦虫を噛み潰したような気持ちにさせたかっただけだ。
それだけはご勘弁を、的な。
プライドの高いブルグの王が、人質を出すとは思っていなかったし、リャンの交渉人が王女を要求するとも聞いていなかった。
要するに、人質要求がご破算になることを目論み、リャンの交渉人は機転を利かせ王女と指名したのだ。
それが、なんと先王の末娘をブルグ国は差し出してきた。
全く持って迷惑な展開だった。
そこで、ブルグに嫌悪感を抱くガニオ将軍を遣わせ、ブルグの王女の方からリャン行きを断るように仕向けたのだが。
「想定外だ」
アレクは、顔に手を当てため息をついた。
「まいったな」
「陛下、居はどうしましょうか?」
「居?」
「はい、クラリス王女の居です」
「あ」
まさか本当に輿入れしてくると思わず、何も準備していない。
「あー、すー、と、そうだな」
息を吐いて吸ってーの、妙案は思いつかず。
「ロイ、どこが妥当だと思う?」
アレクは、側近のロイに訊いた。
「陛下のお気持ち次第では?」
「というと?」
「まずは大前提として、陛下が側室を受け入れたいか、受け入れたくないかですね」
「受け入れたいわけがなかろう」
アレクは即座に返した。
「ですが、ブルグの王女は側室のお役目、籠絡を企んでいそうです。リャンに乗り込んできたわけですから」
「勘弁してくれ。敵国ブルグの王女などに会いたくもない」
「であれば、不遇な宮が妥当かと」
「ああ……廃宮、……冷宮になるか」
アレクは使われなくなった宮を思い出す。
新しい仕様になり損ねた古い仕様の宮が一つあった。
古き良き時代の社交の宮だったはず。
「どうせ、プライドの高いブルグの王女です。冷遇に癇癪を起こし、早々にご帰国を所望するかもと」
「なるほど。だが、それでも居座るかもしれないな」
それこそ、わざわざ乗り込んできたわけだから。
輿入れを突き返すわけにもいかない。リャンの体裁にもかかわる。リャンが人質を要求したのだし。
それにしても、敵国リャンで物見遊山でもするのか、何を企んでいるのやら、とアレクは頭を悩ます。
「ならば、あれですよ。三年の白い」
「結婚か」
「何を企んでいるにしろ、冷宮にて遠ざけておけば、何もできないでしょう。居座りも三年経てば、白い結婚での離縁に持ち込めますし」
「それでいくしかないな……はあ」
アレクは年数のかかる解決に気が重くなる。
「それでです、陛下。お耳をよろしいでしょうか?」
ロイが内緒話でするように、口元に手を添えた。
アレクは耳に手を添える。
ロイが近寄ってきて……
『あれを宣言しましょう。巷の物語展開のあの台詞です』
『は?』
アレクは訝しげに眉を寄せた。
ロイがニヤッと笑って、口を開く。
「ブルグの王女に初見でかますのです。『お前を愛することはない』と」