41・殴りたい衝動
「何だ、ウィルフレッド。謁見の間に私達を呼び出して、どうしようというのだ?」
殴りたい。
ラナに怪我まで負わせておいて、まったく悪びれないフレドリックを見て、思い切り殴り飛ばしてやりたかったが、この場は拳を握り締めて我慢した。そしてこの愚かな弟に賛同した者達を睨み付ける。
我が愚弟フレドリックは、悪い事をした自覚が無いどころか、サンドラを別室に連れて行ったことに酷く憤慨した様子だ。こいつはこんなに頭の悪い男だったか?
アーロンは状況を分かっているようだな。ガックリ項垂れて、この先自分がどうなるのか想像しているのだろう。
「フレドリック、何故だ? 何故、大勢が見ている前で婚約者を貶める様な真似をした?」
「フン、お前には関係無いだろう、何をそんなに苛立っているのだ。あの女はな、サンドラに対し、二度も暴漢を差し向けたんだ。そこに居るエヴァンが助けなければ、この国の大切な聖女が殺されていたかもしれないのだぞ。私は毎日の様に、エレインに嫌がらせをされたとサンドラから報告を受けていた。だからそれを白日の下に晒し、あれを良い子だと思っているやつらの目を覚まさせてやっただけの話だ。ハハッ、皆に裏の顔をバラされて、青ざめたあの女の顔は見物だったな」
エヴァンめ……ラナの幼馴染のくせに、この男は彼女を信じず、偽聖女の方を信じたのだな。そしてあの大きな体で彼女の華奢な体を押さえつけたのか。加減も分からず、骨のヒビを広げたのはコイツか。俺がラナに代わって、仕返しにお前の足を折ってやろうか。
「それより、私のサンドラをどこに連れて行った? 彼女は怖がりだから、慣れない王宮に連れて来られて、一人で心細い思いをしているに違いない」
「それより、か……サンドラには後で会えるさ」
叔父上が謁見の間に現れて、少し遅れて父上もやって来た。父上が玉座に腰をおろすと、フレドリックは不満気に父に物申した。
「何ですか父上、このような場に私達を呼びつけて? サンドラがどこかに連れて行かれてしまいました。彼女をどうするおつもりですか」
「フレドリックよ。お前は、そのサンドラと結婚すると公言したらしいな。このような後先考えない行動を取るような者に、王太子の資格は無い」
父上の言葉に、叔父上は顔色を変えフレドリックを窘めた。今更何を言っても、コイツを変える事は出来ないと思うぞ。どうせ散々言い聞かせて来たんだろうが。
「フレドリック……今この状況で気になるのはそこなのか? お前は何て愚かな行動を取ったのだ。エレイン・ノリスを大切に扱えとあれほど言っておいたのに、何も分かっていなかったのだな。お陰でこれまでの苦労がすべて水の泡となってしまった。無駄かもしれんが、明日にでもノリス公爵家に謝罪に行くのだぞ」
「な……叔父上! 謝る事など一つもありません! 向こうがサンドラに謝罪せねばならぬ立場なのですよ」
「許される事なら、お前の発言を無かった事にして欲しいというのに、当のお前がそれでは……!」
叔父上とフレドリックが言い争う中、父上は手を上げて何かの合図を出した。
すると、扉が開き、一人のみすぼらしい服装をした男が、兵士に手を引かれて謁見の間に入って来た。
あれが叔父上の言っていた、盲目の兵士か。首から上に強い攻撃魔法を受けたのだろう、顔は酸をかけられた様にただれ、目はつぶれている。
これでは確かに、何も見えないだろうな。これを魔法の力無しに治す事が出来るというなら、聖女だと認めるしかないのか。
「あ、あの……わたしの目を、聖女様が治してくれると言うのは、本当ですか? わたしは一介の兵士です。わたしなんかに大切な力を使ってしまって、いいんですか」
盲目の兵士は恐る恐る、誰にと言うわけでもなく、人の気配のするほうへ顔を向け、言葉を発した。
「上手くいけばの話だ。期待はしないほうが良いだろう」
「は、はあ。わかりました」
叔父上が兵士にそう答えていると、またドアが開いて、今度はサンドラが謁見の間に現れた。その顔は不服そうで、しきりに胸元を触っている。
何だ、あのドレスは? 今日はただの学校行事だろう。何て場違いなものを身につけているんだ。
「サンドラ! 良かった無事だったか。何もされてはいないな?」
フレドリックの問い掛けに、サンドラは悲しげな表情を浮かべた。
「フレドリック……あのティアラを取り上げられてしまったわ。それにあなたがくれたネックレスとイヤリングまで。酷いわ、せっかくあなたがくれた物なのに」
この女の一番の関心事は、宝石か。どうやら、この場の重苦しい空気が伝わらないと見える。こんなのが本当に聖女なのか?
父上はサンドラの言葉に呆れ、その発言を許すフレドリックの事も窘めた。
「お前の身に付けていた宝石だが、全てエレイン・ノリス公爵令嬢のための物だ。勝手に持ち出したフレドリックには、後で仕置きが必要だな。さて、何故お前達を集めたのか、気になっているだろう」
サンドラはティアラと言ったが、まさか王太子妃が受け継ぐ、あのティアラの事か? フレドリックの母も嘗て付けただろう由緒正しきものだぞ。それを、得体の知れない平民に付けさせたというのか? 呆れた。あいつは本当に頭がどうかしている。
「サンドラに聖女の力が現れないまま、その期限が二日後に近付いている。予言では、16歳の誕生日までに聖女の力が覚醒すると言われているのは知っているな。サンドラよ、お前が本物だと言うならば、今ここで、皆の見守る中、聖女の奇跡を起こしてみよ。その男のつぶれた目を治すのだ」
父上は更に言葉を続け、サンドラに無茶な命令を下した。