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27・迷路での出会いから

「おーい、聞こえるか? 俺が今行くから、そこから動くなよ。そうだな……気が紛れるように、歌でも歌って待っていろ」

「歌? 歌……えーっと……ララララ、ラ、ラーララ~ラ~ラ~」

「フハッ、聞いた事無い歌だな……メロディーは悪く無いが、どこの言葉だ?」


 俺は彼女のおかしな歌を聞きながら、その声のする方へ、淀みなく迷路を進んで行った。道順さえ間違わなければ、この程度、どうって事無い。段々歌声が近付いてきて、俺はその子がどんな子なのか、ちょっと楽しみになってきた。自然と歩く速度は早くなり、気付けば駆け足になっていた。そこを曲がれば女の子が居るはず。


 居た。あの子だ。


 空を見上げながら歌っていた彼女は、俺に気が付くと、不安そうな顔から、パアッと花が咲いたような笑顔に変わり、かと思えば、今度はうにゅっと口をへの字に曲げて、大粒の涙を流して俺に向って突進してきた。


「えっ、うあっ、ちょ、待っ……」


 彼女の方がちょっと背が高かった事もあり、結局受け止めきれずに、数歩下がってそのまま後ろに倒れてしまった。


「ぐえっ……」

「イタッ」

 

 そりゃまあ、あの勢いで倒れたら、どこかをぶつけても仕方が無い。おまけに俺は、首に腕を回されたお陰で、ちょっと、一瞬だけ首を絞められて苦しかった。

 とりあえず、地面が柔らかい芝生で助かった。


 暫くそのまま泣いた後、体を起こしてポロポロと涙を降らす彼女は、この国の貴族にはあまり見かけない見事なプラチナブロンドで、綺麗な藍色の瞳が涙で潤み、とても可憐で可愛らしい少女だった。

 しかし、下唇を突き出して、眉を下げた情け無い表情の彼女を見た俺は、その可憐さを吹き飛ばすような顔に、思わず笑い声をあげてしまった。


「ブハッ、クックックッ、なんて情け無い顔をしているんだ。折角の可愛い顔が台無しじゃないか」


 彼女は俺が笑い出すと、ふにゃっと表情が和らぎ、つられて一緒に笑い始めた。


「えへへへ」

「笑ってないで、そこをどいてくれないか。いつまで俺の上に乗っているつもりだ」

「わ、ごめんなさい。重かった? 嬉しくて、つい抱きついちゃった。どこか痛くした?」


 さっきまで泣いていたかと思えば、笑い出し、今度は俺の心配か。くるくるとよく表情の変わるやつだ。


「何、これしきの事、どうって事無い。ほら、外に出るぞ。お前の侍女が心配している」


 俺は彼女のドレスに付いた葉っぱを払い落とし、白くて華奢な手を握ると、出口に向って歩き出した。


「お前は普通の令嬢達と違うな。普通怖がって一人で中に入ったりしない。しかも結構いい所まで進んでいたんだぞ? ほら、もうそこが出口だ。慌てなければ、一人でも出る事が出来たな?」

「本当だ……何だ、こんなに近くにゴールがあったのね。泣いたりして恥ずかしい。この事は誰にも言わないでね?」

「よし、誰にも言わない代わりに、俺の友人になれ。お前が気に入った。またここに来たら、今度は一緒に遊ぼうではないか」


 自分で言いながらも、女の子相手に何を言っているんだと思ったが、この子は他の女の子とはどこか違うと直感した。そして俺の予感は的中し、彼女は大人しそうなその見た目とは反対に、実はかなり天真爛漫なお転婆で、「オニゴッコ」や「ダルマサンガコロンダ」など、外での遊びを色々と提案してくれた。特に、硬く巻いた毛糸玉を、木の棒で打つ遊びが楽しくて、彼女が来るのが待ち遠しくて仕方が無かった。

 

 母の茶会は月に数回開かれていて、彼女とはもう何度も遊んでいた。そして出会ってから1年が過ぎ、彼女は6歳、俺は7歳になっていた。


「今日は母上が茶会を開くと言っていたのに、遅いな。エレインのヤツ、早く来い」

「そろそろではありませんか? ほら、来ましたよ」


 母が茶会を開く会場は、いつも同じ訳ではない。見ごろを迎えた花の近くだったり、テラスだったり。だから、場所によっては遠くて彼女の来るのが遅くなってしまうのだ。


「エレイン! 待っていたぞ!」

「ウィルフレッド様! お待たせしました。今日は何をして遊びますか?」


 俺は彼女に夢中だった。だからなのか、遊んでいる途中で彼女に聞いた他の異性の名前に、なんとも言えない不快さを感じてしまう。ただの幼馴染に嫉妬するとは、自分はなんと心が狭いのだ。


「そうだ、昨日もお父様に連れられて、エヴァン様の所に行って来ました」

「ああ、幼馴染のエヴァンか。最近はよく遊びに行くのか?」

「はい。でも、エヴァン様はウィルフレッド様のように、私と外で遊ぼうとしないんです。綺麗な花冠を作ってくれたり、庭を散歩したり、花畑で花を見てお話しをするだけ。ここでの遊びに慣れてしまって、何だか物足り無いんです」 

「ふん、そんな事を言わず、同じ様に走り回れば良いではないか」

「出来ません。お父様に見られたら叱られてしまいます。ありのままで居られるのは、ウィルフレッド様の前だけですから」


 そんなにつまらないなら、お前も付いて行かなければ良いものを。ああ、父親同士が仲が良いのなら……もしかしたら、将来二人を結婚させる気かもしれない。だから頻繁に会わせているのか? そんなの駄目だ。 


「エレインは……大人になったら、その、エヴァンと結婚するのか?」

「えっと、お父様達は、そのつもりみたいです」

 

 やはりな。エレインは公爵家の娘で、祖父は隣国の王だと聞いた。ならば、俺と結婚してもおかしくない相手だ。俺達はまだ子供だけど、今のうちに結婚を申し込んでしまおうか?


「あの、ウィルフレッド様、突然ですけど、私の事は今日から、ラナと呼んでくれませんか?」


 エレインは急にもじもじし始め、頬を赤らめながら、呼び名を変えろと言い出した。


「ん? ラナ?」

「はい、私の正式な名前は、エレイン・ラナ・ノリスと言います。真ん中に入っているラナというのは、アルフォードでは親しい者にしか呼ばせない特別な名前なんです。家族以外で呼ばせるのは、伴侶となる方……だけです」

「そんな特別な名を呼ぶ事を、俺に許すと言うのか? ふ、ふん、ならば呼ばせてもらう。では俺の事は、ウィルと呼べ。王族が愛称で呼ぶ事を許すのは、同じ様な意味だ。様なんて付けず、ウィルで良い」


 突然の申し出に驚きつつも、嬉しくてニヤけてしまいそうになるのを我慢して、俺は少しぶっきらぼうに、ラナに愛称で呼ぶ事を許した。


「ウィル……えへへ、照れますね」

「ラナ。ラナか、家族以外では、俺だけが呼べるのだな。お前は、俺のいいなずけだ。父に言って、正式に婚約の話を進めてもらおう。いいな?」

「はい……」


 照れて真っ赤になった彼女は、嬉しそうに笑った。


 今思えば、まだ6歳と7歳のくせに、随分ませた子供だったな。


 その日の内に父にその事を話したら、願っても無い相手だと、とても喜んでくれた。早速ノリス公爵家と、婚約の日取りを話し合い始めた頃、俺は毒殺されかけた。


 日常的に毒に慣らされてきたが、まだ耐性の付いてない毒だったせいで、俺は生死の境を彷徨った。

 夢の中で、ラナが心配そうに俺を覗き込んでいた。

 死ぬわけにいかなかった。

 今俺が死ねば、ラナが悲しむ。


 俺の毒が抜けた頃、ラナに会う事になった。

 母は俺が暗殺されかけた事を悟られないように、いつも通り茶会を開き、俺もいつも通りに迷路の前でラナが来るのを待っていた。従者の他に、今回は王宮筆頭魔道師も一緒だ。


「殿下、本当によろしいのですか? 私の術で、殿下の事を忘れさせてしまって、後悔しませんか?」


 ラナの記憶を消して欲しいと、無理矢理頼み込んで連れて来た彼は、あまり乗り気ではないらしい。


「良い。良く考えて決めたのだ。俺の巻き添えで、ラナに何かあっては困る。父上とラナの家にも事情を伝えて婚約は白紙に戻してもらった。あとはもう、ラナの中から俺の存在を消すだけだ。

 情け無いが、自分に味方が少ないせいで、守ってやることもできない。自分の身を守るので精一杯なのだ。父も母も、俺を推してくれているが、王妃の産んだ弟の勢力には勝てないだろう」



 元々この国では、国王と正妃との間に健康な男子が生まれれば、そちらが王位継承順位第一位と決まっていた。

 しかし、それが必ずしも良い王へと育つとは限らず、何度も国は乱れた。

 そんな中、側室の子であっても有能だとわかれば、そちらに王位を継がせるという異例の決定を下した王が居た。

 王妃の側に付き、それまで甘い汁を吸っていた権力者達からの反発も大きかったと思うが、議会での話し合いの上、王の側室の子である第一子が王太子に選ばれ、王となって以降のこの国は、無駄に国土を広げる為の戦も無くなり、民への重税も緩和され、周辺国家との関係も良好となり、今も平和を維持している。 

 それ以来、生まれ持った能力や性質を重視した王太子選びが行われてきたのだが、なぜか近年になって王が側室を持たなかったり、持ったとしても側室に子が生まれないなどして、正妃の産んだ子が立て続けに王となっている。

 故に、また昔のように正妃の子が優勢な時代が続いていて、側室の子を軽視するという風潮が今の世代では当たり前になってしまった。



 今は、自分に力を付ける為に頑張らなければならない時だ。俺が大人になって、誰かを守れる力を付けた時に、今度こそラナを迎えに行く。


 その頃にはもう、別の誰かと婚約しているだろうがな。もしも、誰も相手が居なかったら、その時はお前に会いに行く。また出会いからやり直そう。


「お付き合いをやめるだけで良いではありませんか。何も記憶を操作しなくとも……」 

「婚約が決まったと喜ぶあいつに、その話は無くなったなんて言えない。もう会えないと伝えたら、悲しむに決まってるだろ。少しも悲しませたくないんだ。何も覚えていない方が、別の相手との婚約も受け入れやすいだろうし……楽しかった思い出は、俺が覚えていれば、それで……」


 ラナは何も知らず、いつも通り満面の笑みを浮かべて俺に向って駆けて来た。


「ウィルー! 婚約が決まったわ! 嬉しい! 私、ウィルのお嫁さんになるのよ! ウフフフッ」

「ん、そうだな」

 

 俺の合図で、王宮筆頭魔道師はラナから俺に関する記憶を綺麗に消した。正確には、一度刻まれた記憶は消す事は出来ないので、永久に思い出せなくしただけなのだが。

 侍女は何事かと慌てたが、彼女は協力者だ。事情を知った上で、今後もラナに尽くして欲しい。きちんと説明し、眠ってしまったラナを連れて、母達の居る東屋に向わせた。目を覚ました彼女は、母親と茶会に来て、疲れて寝てしまったと思うだけだ。


 俺とラナとの婚約は、まだ公になる前で、両家以外で知っているのは、数少ない俺の派閥の者達と、ノリス公爵家の使用人くらいのものだった。

 



 本当に、お前を迎えに行くときが来てしまった。お前は俺を伴侶に選んだ事を覚えていないだろうが、また好きになってもらえる様、精一杯努力する。どうか無事で居てくれ、ラナ。  


 今日はリアムの定宿で夕飯を済まそう。あそこは何故か空気が澄んでいて、安心できる。用心深いあいつが選ぶだけあるな。まるで結界が張られてるみたいに、あの宿の周辺一体には、おかしな空気を纏ったやつが一人も居ない。

 今日のメニューは何だろう、できればトロトロに煮込まれた豚の角煮が食べたいところだ。

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