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20・おにぎりの回復効果

 翌朝、私はチヨに言われた一言を思い出し、いつものメイクをする途中で筆を持つ手を止めた。


「あっ……」


 そうだ、そういえば私……メイクを変えるつもりだったのに、いつも通りに黒のリキッドアイライナーで目の周りをぐるっと囲っちゃうところだったわ。これでキツイ印象を作ったつもりだったけど、意味が無いならこの顔を最大限に生かすメイクに挑戦したいと思っていたんだった。

 多分急激な変化は皆が戸惑ってしまいそうだから、今日のところは黒のペンシルアイライナーを使ってラインをぼかして、口紅は赤黒い物をやめて薄めの赤を使おう。


 プロのメイクアップアーティストか、と突っ込みを入れたくなるような立派なメイクボックスの中には、アルフォードで新製品が出るたびに送られてくる化粧品がぎっしり詰まっている。と言っても、前世の世界ほど種類が豊富な訳ではない。この箱に入りきる程度の種類しかないのだが。


「うん、良い感じ。口紅の色を変えるだけでも印象って変わるものね。うん、目の周りがくっきりし過ぎてない方が似合ってる。今日はこれで行こう」


 身支度を終えて厨房に火を起こしに向かうと、チヨも大きなあくびをしながら部屋から出て来たところだった。

 チヨの部屋は、この間まで前のオーナーの時から借りていた二階の客室をそのまま使っていたのだけれど、彼女は帳簿を睨みながら、もう一部屋分儲けられるのにもったいない! と言い出して、突然カウンター横の扉を開けて、物置となっているその場所を使うと言い出したのだ。

 中に詰め込まれていたのは、いつの物かも定かでないカビた帳簿や大昔の備品など。不用品は処分して、残りは綺麗にして地下倉庫に移すという大仕事だったけれど、物置は思ったより広く、棚に隠されていた窓も使えるようになり、約5畳の物置はチヨの部屋にされたのだ。

 食堂に来るお客様には、大工さんや家具職人などが多く居て、カビだらけだった物置は、彼らの善意でこの宿で一番綺麗な部屋に作り変えられた。


「はぁー、快適快適。おはようございます、ラナさん!」

「おはよう、チヨ。新しい部屋には慣れた?」

「はい! お客様の呼び鈴にもすぐに対応できるし、最高です。そうだ、昨日の……」


 かまどに火を入れて振り返った私を見たチヨは、目をパチパチさせて、さらには両目を擦り、じーっと私の顔を凝視した。


「チヨ? 昨日あなたに言われた通り、メイクを変えてみたのだけど、どう?」

「良いです、良いです! その方がイメージ通りですよ! わあー、早く皆に見せたいなー。きっとまたお客様が増えますね。ふっふっふ」


 なるほど、昨日は何気ない会話から出て来た提案だと思っていたけど、それが狙いだったのね。最近のチヨは、やけに儲けに拘っているように感じる。何か目標でもあるのかしら。


「今日はご飯を炊くのと具を用意するのは私がしますね。昨日は全部ラナさんにやってもらいましたけど、どんな違いがあるのか調べたいんですよね?」

「ええ、昨日のおにぎりの残りは、お昼にシンとタキに食べてもらって効果絶大だってわかったけれど、今日はチヨに実験用に2つ作って欲しいの。何も教えないで二人に食べてもらって、それでも効果が出たと言われたら、今まで通り二人で作っても大丈夫だって事でしょう?」


 チヨは目を輝かせて何度も頷いた。


「すっごく面白そうですね! 前は私が一人で作ったのには効果が出ないって言われてしまいましたけど、もしも今回効果が出たら、ラナさんが近くにいるだけで良いって事になりませんか? あれ? 良く考えたら、シンが作った料理でも、皆さん知らずに癒されてるって事ですよね? そうなってくると、ラナさんの力だって事を誰にも気付かれずに済みますね。ふむふむ」

 

 チヨは話をしながらも、おにぎりを作る準備をパッパと手際よく進め、ご飯が炊けるのを待つ間に、和の国の文字でこの実験結果を纏める表を書き始めた。効果が出れば丸、出なければバツ印を書き込めるようにしたようだ。その表には、おにぎりだけでは無く、水、声かけ、という項目も追加されていた。


「チヨ、この、水ってなあに?」

「これですか? ほら、大分前の事ですけど、お金を無くして飲まず食わずで国境を越えてきた旅人さんに、外で掃除してたラナさんがお水をあげた事があったじゃないですか。あの人、コップ一杯の水を飲んだだけで見る見る元気になりましたよね?」


 言われてみれば、そんな事もあったけれど、カラカラに乾いた喉を冷たい井戸水で潤したのだから、そうなったとしても不思議では無いと思うわ。


「あの人は極限まで喉が渇いていたのよ」

「でも、調べてみる価値はあります。因みに、この声かけって言うのは、昨日のケビンにしたような、応援する一言に効果がでるのかを調べる為のものです」

「ふふっ、言葉が力を持つって考えは、和の国にもあるのね。たしか言霊だったと思うけれど、良い言葉を発すれば良い事が起き……」

「悪い言葉を発すれば悪い事が起きる! ラナさん、この国でも同じ考え方をしてるんですね。すごい親近感が湧きました」


 この国にそんな考え方をする人は居ないわ。これは前世の記憶にある、ネットか何かで知っただけの知識だもの。それも、そんなに興味が無かったから、曖昧な知識しかないのよ。もっときちんと読んでおけば良かった。その頃の私は、呪文を言って効果が出るって、こういう事なのかな、とか考えていた気がする。


「さあ、今日もたくさん売りましょうね! ふっふっふ、ツナをいっぱい用意しましたから、ケビンも買えますよ」


 前もってツナおにぎりを大量に作って置き、オープンを知らせるために扉を開けると、列の先頭にケビンが立っていた。


「あっ、ケビン。おはようございます。どうぞ入って下さい。ツナマヨですよね、いくつ欲しいですか?」

「おはよ……ツナ2つ、梅3つ。昨日は悪かったな、梅干しは食い物じゃないなんて言って。あれは立派な食べ物だった。食ったら疲れなんか吹っ飛んで、午後の仕事がすっげー捗ったんだ。で、今日は親方にも頼まれた」

「そうですか、わかれば良いんです、わかれば。ラナさーん! 梅3つお願いしまーす」

「はーい」


 カウンターからケビンの声が聞こえて、私は作った梅おにぎりを持ってあいさつしようと顔を出した。


「おはよう、ケビン。今日は早いのね。梅の良さをわかってもらえたみたいで、嬉しいわ」


 私の顔を見たケビンは、目を見開き、はわはわと言葉にならない何かを呟いたかと思えば、ぶわっと耳まで赤くなった。後ろに並んでいた他のお客様達も、ポカンと口を開けていたり、ケビンのように赤くなる人が居たり、ちょっと化粧を変えただけで、様々な反応をされてしまった。

 そしてチヨはそんな彼らを見て、ニヤリと黒い笑みを浮かべていた。


「おはっ、おはよう、ございますっ。ラナさん今日は、いつもと何か違う。何て言うか、その、かわ……」

「混んでるから、話はまた今度にして下さいね。ラナさん、梅追加で、ちょっと多めに作っておいて下さい」


 チヨはケビンの言葉をぶった切り、効率よく客をまわす方を優先させた。決してヤキモチを焼いた訳ではないと思う。多分。


「わかったわ。ケビン、今日もお仕事頑張ってね。親方さんにも、よろしくね。今度お食事に来て頂けたら嬉しいわ」

「はい……伝えます。うわー、今日もすげー力が湧いてきた」


 ケビンの会計を済ませた後、次の客の注文を聞くと、梅を注文する人が最後まで続いた。どうやらケビンが話していたのを聞いていたのか、皆試しに一つ買っていく事にしたらしい。

 初めて買う人には、梅干しは物凄くスッパイ物だと予め説明したものの、期待はずれにならないか少し心配になってしまった。


「いい宣伝になりましたね。梅が一番原価が安いし、手間がかかりません。漬けてさえしまえば、後は一番楽ですよね。酸っぱさを軽減するのに、今日ははちみつで漬けた物を出しましたから、きっと大丈夫です」


 昨日のケビンの反応を見て、はちみつ漬けを作っておいて良かった。チヨと味見をしてみたけど、そのままよりもかなりマイルドになっていた。これで疲労回復に効果大な食品として、この国で梅干しブームが到来するとは、この時は考えもしなかった。


「おはよう、ラナさん、チヨちゃん」

「おーっす」


 今日は裏からシンとタキが入って来た。

 腰にエプロンを巻きながら、私とチヨの居るカウンターの方へやって来た二人は、私の顔を見るなり、シンはケビンとまったく同じ反応を見せて立ち止まり、タキは目を輝かせて早足で私の前まで来ると、こちらがドキッとするような優しい微笑みを見せた。


「いいね。この方が自然だし、凄く可愛いと思うよ」

「ありがとう。男性に可愛いって言われたの、家族以外で初めてよ」


 ストレートに気持ちを伝えてくれるタキのお陰で、少しだけ女の子としての喜びを知った気がした。

 婚約者にも可愛いと言われた事が無く、勿論、他の貴族男性には見向きもされなかった私に、そんな事を言ってくれる人が居るはずもなく、エヴァンだって、可愛いドレスを着て見せたときや、花冠をくれた時も眩しそうに私を見つめるだけで、言葉に出してはくれなかった。

 

 可愛いという一言が、こんなにも女としての自分に自信を与えてくれるだなんて、知らなかった。


 照れながらも、微笑んだ私の目からは、いつのまにか涙が零れてしまっていた。顔をそむけて慌てて拭ったけれど、タキとチヨには見られてしまっていた。


「え、ラナさんどうしたんですか? 大丈夫です?」

「ごめん大丈夫よ、恥ずかしいわ。嬉しくて勝手に出てしまったみたい。気にしないで、さあ、仕事を始めましょう」


 突然泣いたりして、皆を驚かせてしまったみたい。それだけここでは気を許している証拠だわ。私、誰かに褒められたかったのかしら。よくわからない。


 この日は珍しく、いつもなら黙々と仕事をするシンが、スッと私の隣にきて話しかけてきた。


「お前、可愛いって言われた事無いのか?」

「ええ。この通り、この国の美人の条件からはかけ離れているもの」

「……そんな事無いぞ。お前は可愛い。だから自信持て」


 シンは私の背中をポンと叩き、耳を真っ赤に染めて作業を再開した。 


「あの……ありがとう」


 シンはこちらを見ずに片手を上げて、冷やかすタキに蹴りを入れていた。


 いい人達。チヨに出会えてから、私の人生は良い方向に向ってる気がする。まあ、婚約破棄された時は、嫌な思いもしたけれど、この生活を手に入れる為に必要な試練だったと思えば、どうって事無いわ。




 実験結果は、チヨが作ったものでも、ある程度回復効果がみられる事がわかった。

 具体的な数値は不明だけれど、ぐったりするほど疲れていても、普通に戻る感じ。と、シンは言っている。それに対し、私の作った物を食べると、体力は完全に回復して、やる気も出る。という事だった。


 シン達は私が作ったと信じて食べたから、プラシーボ効果を疑ったけれど、後日ケビンにチヨが作るところを見せても、結果は同じだった。

 チヨの書いた表には丸が付き、声かけという曖昧な項目も、何故か丸が付けられた。ケビンは本当に体が軽くなるとチヨに言ったらしい。

 シンとタキで試してみようかしら。流石にそれは気持ちの問題だと思うけど。

 


 

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