第71話 片田舎のおっさん、家を見に行く
「えっ家?」
飛び出してきた単語に思わずビビる。
なんだ家って。いや確かに欲しいとは思っていたし実際探してはいたし、その話をルーシーにした記憶もあるけれども。
「そうじゃ。なんじゃ、要らんか?」
「いやちょっと待って。話が飛び過ぎてて混乱してる」
見てみろ、イブロイさんも何? みたいな顔してるじゃん。いきなり家を報酬として差し出すってどんな流れでそうなるんだよ。
とりあえず出てきた情報が突然かつ限定的過ぎる。いきなり家要らないかと問われて、はい貰います、になる方がおかしいだろう。
「そのままの意味なんじゃが……」
俺の混乱が想定外だったのか、ルーシーが少ししょんぼりとした口調で漏らす。
申し出自体はありがたいっちゃありがたい。しかし、何故その一言で通ると思ったのか。
「ああ、そういえば」
と、そこでイブロイが何かを思い出したかのように呟いた。
「ルーシー君、この家を買う前の持ち家があったよね」
「そう、それじゃ」
どうやらイブロイの方はルーシーが申し出た家に心当たりがある模様。
しかし初対面の時から思っていたが、ルーシーとイブロイは結構付き合いが長いんだな。この家を彼女がいつ買ったのかは知らないが、それでも前の家を知っている辺り、浅い付き合いではなかったのだろう。
イブロイの語り口からいけば、ルーシーはこの家を買う前にもう一つ家を持っている。で、今回の報酬としてそれを俺に譲ろうとしている、と。
えっいいのそれ。ていうか家ってそんなぽんぽこ渡せるようなものでもない気がするんですけど。
「あ、ありがたい申し出ではあるけど……貰っていいものなの、それ」
「構わん構わん。定期的に掃除はしとるが、誰も住んでおらんしのぅ。むしろわしにとっても丁度いいわい」
一応聞いてみたものの、どうもその家ってのは所有はルーシーではあるものの、誰も住んでいないらしい。
だったら売りに出せばいいじゃんとも思うけども。まあそこは何かしらの事情があったりするんだろうな。
「お主、まだ宿暮らしじゃろ? 丁度ええと思うんじゃが」
「いや、それはそうだけどさ……」
これが見知らぬ誰かからの提案であれば、まず間違いなく裏があるとみて疑っているところだ。相手がルーシーであるということでぎりぎりその嫌疑は免れているが、それでも怪しいことには変わりない。
「僕としても、そっちの方がありがたいかな。ほら、お礼を送る先が宿だと困るし」
「はあ……」
ここでイブロイがルーシーの提案に乗ってきた。
いやまあ客観的事実としてだね、いい歳こいたおっさんが住所不定の宿暮らしってのはマズいことくらいは分かるよ。
別にそこら辺の外聞を極端に気にする性質でもないけど、一応騎士団の特別指南役とか仰せつかっているわけだし。最低限のところはちゃんとしたいな、みたいな気持ちもある。そのために合間を縫って家探しをしていたわけだし。
ただなあ。なんというかとにかく話が唐突過ぎる。
ルーシーのことだから、別に俺を騙そうとか陥れてやろうとか、そういうつもりじゃないのは分かる。
でもお前、ちょっと手伝った報酬が家って。びっくりするに決まってんでしょそんなもん。
「ま、まあ、それは前向きに考えておくよ……」
「そうか? てっきり即決でくるもんじゃと思っておったんじゃが」
誰が即決するんだよ。そんな奴が居たら顔を見てみたい。
「そ、それよりもほら、レビオス司教のことだよ大事なのは」
ちょっと話が飛び過ぎているので、話題を元に戻す。
正直な話、俺はそこまで報酬に拘っていない。依頼を受けた以上それ相応のものは貰うべきだし、そうでないと依頼という言葉が成り立たないのでそこは分かるんだが、かといって過剰な報酬は要らんのである。
そういうのは大体が厄介ごとやら次の依頼、それも割の合わないものに繋がったりする。
無論、必ずしもそうであると決めつけるわけではないが、それでもやっぱり警戒はしてしまうのである。これはもう相手がどうこうではなくて俺の性だな。
「そうだね、スフェン教に身を置く者としては些か業腹ではあるけれど……まあ、司教の座ははく奪されるだろう」
「それで、その空席にイブロイさんが座る、と」
「ははは、気が早いねベリル君」
そう言いながら笑うイブロイの真意は、分からない。
まさかここまでまるっと全部、彼の謀ってことはないだろう。それは流石に計画が壮大かつ杜撰過ぎる。
ただ何にせよ、この人食えないやっちゃなー、という感想は変わらないけどな。本当に底が知れない印象が強いおじさんである。
「あと、レビオス司教の護衛には騎士と思われる人間も複数いました。エストックを扱っていましたが……」
それとあわせて、その場に居たのが司教だけではなかったことも伝えておこう。
アリューシアは教会騎士団だと言っていたが、その予測が当たっているのかどうか。
「それは……ほぼ間違いなく、教会騎士団だろうね。そうか……」
どうやらイブロイの見立てでも、彼らはスフェン教の教会騎士団のようだ。
俺の報告を受けたイブロイはしばらく考え込む仕草を見せる。
「……まあ、そこから先を僕たちだけで考えてもどうしようもないか。一先ず、依頼の成功を祝おう」
しかし程なくして、イブロイはその表情を柔らかなものにしていた。
うーん、まあ言う通りではある。仮に何か陰謀めいたものが蠢いていたとしても、今この場で、この三人だけでそれを予測するのは不可能だ。
レビオス司教はあの様子だったから、きっと取り調べでも奇跡の重要性だか意義だかを声高に語るのだろう。具体的にどういう法に触れてどういう罰が下るのかは分からないが、無罪放免とは流石に考えにくい。
少なくとも、盗賊と結託して罪のない人を攫っていた罪は確実にある。
そこから先どうなるかは、分からない。それこそ神のみぞ知るってやつだ。
「よくやってくれたもんじゃよ本当に。ご苦労さん」
「はは、ありがとう」
ルーシーがぽんぽんと俺の肩を叩きながら一言。
見た目幼女に労わられる四十路のおっさんという絵面がヤバい。
「さて、それじゃあ譲る予定の家でも見に行くかの?」
「えっ、そういう流れ?」
だからどういう流れでそうなるんだよ。
ルーシーから、何が何でも俺に家を買わせたいという強い意志を感じるんだが。
「貰っておけばいいじゃないか。ベリル君も、いつまでも宿暮らしでは困るだろ?」
「まあ、それはその通りなんですが……」
渋っていたら、イブロイも本格的に推してきた。これで二対一である。いや別に強く反対をするつもりではないんだけれども。
うーん、でもまあ家が貰えるってのは想定外ではあれど、嬉しい申し出ではある。何も即決する必要もなし、実際に立地と中身を見てから判断してもいいなら、そうした方が賢明なのかもしれない。おじさんよく分からなくなってきたよ。
「一度見てから判断してもよいぞ。別に強制ではないでな」
「んー……それじゃあ、そうさせてもらおうかな」
「よしよし、じゃあ行くとするかの」
俺が肯定的な返事を返すと、ルーシーはその表情を一層明るいものへと変えて、椅子から腰を上げた。
やっぱり改めて思うけど、とにかく動き出しが早いんだよなルーシーは。常に即断即決で動いているんじゃないかと思うくらいだ。
「僕も戻るとするかな。しばらく教会も忙しくなりそうだしね」
「うむ、そっちはそっちで気張るがよい」
確かに司教が捕まったとなれば、教会は教会で慌ただしくなるだろう。どういう落としどころを定めるのかはイブロイの手腕次第、といったところかな。
「おや、皆様お出かけですか?」
「うむ、ちょっとな」
三人揃って応接室を出たところで、ハルウィさんに声を掛けられた。
そりゃまあ、家を見に行くってついさっき言われてついさっき決まったからね。ハルウィさんが驚くのも無理はない。
「あっちの家を見てくる」
「あらまあ、それは……ふふ、分かりました」
ルーシーが外出の用件を端的に伝えたところ、ハルウィさんが微笑む。
何だろう、この人はこの人でルーシーの気質にしっかり合わせているというか、年季を感じさせるな。アリューシアなどとはまた違った意味で、仕事の出来る女性、という感じである。
「いってらっしゃいませ」
ハルウィさんにお言葉とお辞儀を頂戴し、ルーシーの家を後にする。
さて、なんかもう半分くらい俺もまだ意味分かってないけど、話が進んじゃった以上はもうしょうがない。俺も切り替えて内覧と洒落込もう。