第47話 片田舎のおっさん、驚く
「お主のような幼子を誑かし、あまつさえ悪事に手を染めさせるような者を野放しにはしておけん。それに、魔法の在り方を侮辱した罪は重い」
真摯な眼差しで力説するルーシー。
失礼ながら、彼女にもそういう視点での怒りがあることに、少し意外な気持ちだった。魔法馬鹿だってことは知っていたが、まあそれ以上に善良な倫理観を持っていなければ、魔法師団の長なんて務まらないか。
一般的な観点から述べれば、ミュイに嘘を教え込んだ者は到底許されるべきではない。
ぶちのめすのは騎士団か魔法師団あたりにお任せするとしても、その気持ちには大いに同意したいところだ。
「……んなことしたって、もう姉さんは……」
対するミュイの反応は、鈍い。
きっと彼女はその者の言葉を頑なに信じ、姉を生き返らせるためだけに悪事に手を染めてきたのだろう。その梯子がルーシーの言葉で突如外され、茫然自失に近い状態にある。
ただ、それでも意思疎通が取れているだけまだマシだ。本当、幼い子のはずなのにそのメンタルの強さには恐れ入る。
「ミュイよ」
椅子に座るミュイの傍、ルーシーが腰を下ろし、握られた拳に手を重ねる。
「お主の姉君については気の毒に思う。じゃが、このままお主に嘘を教え込んだ者を放置していてはお主も、そして姉君も侮辱されたままじゃ。それでよいのか」
「……」
ミュイの視線は、下を向いたままだ。
こういう時、かける言葉ってのは案外難しい。変に慰めても意味がないどころか、下手したら逆効果。その点、ルーシーの言葉選びはほぼ満点と言っていいだろう。
彼女を誑かした誰か。そいつはミュイのことは勿論、ミュイの姉の死を利用した甘言によって、その姉をも侮辱している。
俺は英雄でも義賊でも正義漢でもない。
確かに憤りは覚えるが、その志を燃やして行動に移せるほど身軽じゃないし、ミュイとの関わりも薄い。
だが、ルーシーは違う。
関わりが薄かろうが、相手が盗賊崩れだろうが関係がない。彼女は俺なんかよりも遥かに上等な、感情の軸を持っている。核と言ってもいい。
その感情の流れに彼女が従った結果、初対面でいきなり腕試しを吹っ掛けられたりしたわけだけども。
しかし今回この場合においては、彼女の軸は正しき方向へ発揮されているように思えた。
「……よくねえよ。よくねえに、決まってる……」
「そうじゃ。お主の尊厳も、姉の尊厳も守らねばならんものじゃ。そして、それを守れるのはお主しかおらん」
絞り出すように発せられたミュイの言葉に、ルーシーが躊躇なく応じる。
俺とアリューシアが完全に空気と化しているが、まあこの空気を邪魔してしまうのも違う気がするしな。ここは沈黙を保つシーンと見た。
接点を持ったのは一番最後ながら、ミュイの心に今一番迫っているのは間違いなくルーシーだ。
蘇生魔法の有無から発生した話題のすり替えも見事である。ミュイの心痛を、上手いこと外的要因へとシフトさせていた。
ここら辺は流石だな。年の功とでも言っておくべきかな。いや、茶化す空気でもないし別に茶化すつもりもないんだけど。
さて、ここから一気に解決、と行けばいいんだが。
どうだろうね。
「……アタシに蘇生魔法の存在を教えた奴の……名前は知らない。"宵闇"とだけ名乗ってた……」
「宵闇……」
つらつらと語り始めたミュイ。
当然と言うか何というか、出てきた単語に俺はまったく心当たりがない。宵闇というのも多分、通り名か何かだろう程度の予測は付くが、じゃあそいつがどんな奴なのかは全然分からんのである。
「宵闇……恐らく、『宵闇の魔手』のことかと」
「アリューシア、知っているのかい」
聞き役に徹するしかなかった俺が発することの出来る言葉は、これくらいしかなかった。
「ええ。最近首都周りで時折名を耳にする盗賊団です。宵闇と本人が名乗ったのであれば、その頭目である可能性もありますね」
「わしも聞いたことはある。こそこそやっとる小物じゃろ、どうせ」
うーん。その宵闇さんとやら、どうやらあまり評価は高くない模様。
まあそれは言ってしまえばその通りで、レベリオ騎士団長と魔法師団長が揃って大物と言うくらいの人物であれば、もっと大事になっているはずである。それこそ討伐隊が組まれるなり何なりしているはず。
そうでないってことは、逆説的に大したことが無い連中というわけだ。あくまで常識の範疇で考えるならね。
「そんな小物に良いようにされては、お主の尊厳も廃るというもんじゃ。安心せい、わしがボコボコにしてやる」
「……アタシは、信じてたんだ……。信じて、たんだよ……」
言葉に詰まる。
確かにその宵闇とやらを卑下し過ぎてしまえば、そんな奴の言葉に踊らされたミュイをも下げることに繋がってしまう。
「……いや、そうじゃな。すまんかった」
ルーシーが、少しばつが悪そうに呟く。
経緯も合わさって、ちょっとすれている年頃の女の子の相手って中々難しい。これがただの悪ガキなら話は早いんだけど、ことはそう単純じゃないからなあ。
「そういえばお主、両親はおらんのか?」
続くルーシーの言葉に、思わず目が開く。
えっ? それ聞く? 今?
絶対ワケアリじゃん。普通に考えて居るわけないじゃん。居たら盗賊やってないでしょ。こいつ本当に空気読んだり読まなかったりするな。
「……親は知らねえ。物心ついた時から姉さんと一緒だった」
「……お主、もしや南東区の生まれか」
「南東区?」
出てきた単語に、疑問符が湧く。
首都バルトレーンは文字通り中央区を中心に、東西南北の区で分かれている。南東区なんて括りは聞いたことが無い。
俺が知らないだけ、という線も薄い。バルトレーンは王国内外からの観光客、それを抜きにしても人と物の流通はかなり多い。
それ程の大都市となれば、ある程度明確な地理が判明している。クルニと西区に行った時に聞いた説明でも、そんな区の名前は耳にしなかった。
「……東区と南区の境目は地価が安く、治安もあまりよくありません。便宜上ではありますが、市井ではそういう呼び名も――」
「……あー、大丈夫だよアリューシア。もう分かった」
珍しく苦い顔で説明を口にするアリューシアを制する。
そこまで聞けば、俺なんかでも予測は立つ。
要するにあれだ、貧民街とかそういうやつだな。
治安維持をお題目に掲げる騎士団からすれば、そんな区の存在自体を認めにくい。我々は務めを果たせていませんよ、と世間に公言するのと同じだからだ。
無論、騎士団だけの責任でもない。これは行政だとかそういう類の話になってくる。片田舎に住んでいる分にはまったく縁のない話だが、集落の規模が大きくなると、色々なしがらみもあるんだろう。
「言っておくが、南東区出身の魔術師もおるぞ」
「別に何も言ってないんだけど……」
俺とアリューシアのやりとりをどう捉えたのか、ルーシーが要らん補足を入れてきた。
いや俺だって、そんなところで差別するつもりはないよ。それを言えば、うちの道場にだって身元がいまいちよく分からん奴も居たんだ。
「どこの生まれでどこの育ちであってもミュイはミュイだし、あるのは魔術師の才能を持っている一人の少女って事実だけだろう」
「そういうことじゃな」
当然、盗みを働いたという事実も消えないから相応の罰則というか、お仕置きはあって然るべきだと思う。
それで罪を清算してしまえば、彼女は綺麗な身だ。堂々と魔術師学院に足を運べばいい。その前に、燻る未練と懺悔の残滓を取り除かねばならないが。
「すまんの、話が逸れた。ミュイよ、その宵闇とやらが何処におるか分かるか?」
「……居るかは分かんねえ。けど、アタシらが根城にしてる場所は中央区にある」
「……中央区にあるんだ」
ミュイの言葉に、思わず反応してしまった。
俺だって中央区をくまなく調べたわけじゃないし、そこまで地理に詳しいわけじゃない。けれど、少なくとも俺の目に入る範囲で、そんな物騒な連中が固まっているような様子は見られなかった。
いや、忍んでいるからこそ俺のような一般人には分からないのか。
「……アリューシア。騎士団としてはどう動く?」
「そうですね……聞き取りをもとに騎士の巡回を強化させ、居所がはっきりするのであれば、突入も視野に入るでしょう」
俺の問い掛けに対し静かに語る騎士団長の姿からは、その口調とは裏腹に強い意志が感じられる。
首都の治安を預かる身としては、他人事じゃ済まされないだろう。悪の巣窟が身近にあると知って静観を決め込むほど、この国直轄の権力は落ちぶれちゃいないはずだ。それを纏める人物がアリューシアであれば尚のこと。
で、だ。俺としてもその突入には吝かではない。
特別指南役とかいうポジションが外的にどこまで作用するのかは分からんが、折角結ばれた縁だ。俺の力が役に立つのなら、協力は惜しまないつもりである。
まあ、相手が戦闘に特化してない盗人やらそこら辺相手なら何とかなるでしょ。
「なーにを呑気なことを言っておる」
アリューシアに組織としての動きを問うていたところ、ため息混じりにルーシーが横槍を入れてきた。
「今から潰すぞ。ミュイ、案内せい」
「今から!?」
俺とアリューシアの声が、重なった。
おじさん「知っているのか雷電」
活動報告の方に、本作の書影を出しております。
なろうの書報にも載っていますので、目にした方もおられるかもしれませんが。
ベリル、アリューシア、スレナのビジュアルが公開されておりますので、よろしければそちらもご覧ください。