第39話 片田舎のおっさん、剣を教える
「さて、それじゃ始めようか」
「はいっす!」
レベリオ騎士団の修練場にて、クルニと対峙する。
今日はもう一日の鍛錬を終えた後なのだが、珍しいことに俺たち以外の人影は見当たらなかった。普段はどんな時でも何人かは居るものなんだけどな。
時刻は夕刻に差し掛かろうかというところで、間もなく闇が足を伸ばし始める頃合だ。流石に時間が遅過ぎたか。
しんと静まりかえった修練場はだだっ広い分、有り余った空間に声が反響する。
「まずは普通に構えてみよう」
「分かったっす!」
俺の声に合わせて、クルニがツヴァイヘンダーを構える。
普通の鍛錬なら木剣でやるところだが、彼女がツヴァイヘンダーを持つのは今回が初めてである。なので、最初は真剣でその感覚を掴んでもらいたい。
別に打ち合うわけじゃないからね。俺は木剣だし。
「基本の扱いは今まで使っていたショートソードとそう変わらない。けれど、大きく運用が異なる点が二つある」
「ふむふむ」
両手剣という大得物ではあるものの、分類で言えば同じ剣である。基本の扱いにそう大きな違いはない。
ないが、気を付けねばならない点は幾つかある。
「まず一つ。いわゆる袈裟切り……振りかぶって下に振り下ろす動きは、ほとんどしません」
「えっそうなんすか」
クルニからは意外そうな声。
うんうん分かるよ。大きな剣を振りかぶって振り下ろす。そこにはロマンがある。格好いいもんな。
ところがどっこい、現実でそんなことをする馬鹿はほとんどいないのである。
「理由は幾つかあるけど、まず消費する体力に対して得られる成果が少ない。試しに振り上げて下ろす、を何回かやってみるといい」
「はいっす! ……ほっ! やっ!」
俺の言葉に従って素振りを繰り返すクルニ。
やはり素直さというのは一つの武器だな。疑問を持つのはいいが、その疑問を持つ前にまず実践するというのは非常に大切である。
「……意外としんどいっすね」
「そう。武器のサイズが違えば、それに必要な体力も違ってくる。がむしゃらに振り回すとすぐに疲弊するからね」
振り上げて下ろす動作というのは、腕力を主に使う。他の筋肉で代用が利きづらいから、どうしても疲労が先に来る。
重力を味方に付け、かつ背筋や腰の可動域を存分に使った振り下ろしは確かに強烈だ。威力だけで言えば多分、一番大きい動きになるだろう。
ただし、それは当てることが出来ればの話。
そして、相手が単体であることが前提の話だ。
「勿論、振り下ろしは一番破壊力が大きい。だけど当然ながら隙も大きいし、当てるのも難しい」
「うー、そういうもんっすか」
「そういうものだよ」
相手が動かなければ当たる。しかし当たり前だが人間にしろモンスターにしろ、騎士団が想定する敵は動くのである。
これが鉱石を掘る炭鉱夫なら問題はない。鉱山は動かないからな。
つるはしを振り上げて下ろす。そして砕く。理に適った動きだ。だが、戦闘をベースに考えるとそれは必ずしも正解とは言えない。
「大剣での振り下ろしは、相手が単独で、かつ確実に当てられる状態でやるべきだね。だから、基本の動きは一言で言っちゃうと振り回しになる」
「振り回し……っすか」
薙ぎ払いとも言う。つまり横に斬る動きである。
「ショートソードと違ってリーチも重さもあるから、遠心力を上手いこと使うんだ。振り回されるんじゃなくてね。こんな感じ」
「……なるほどーっす!」
試しに俺の木剣を両手剣に見立てて振ってみる。
腕で振るのではなく、腰で斬る。無論腕も動くが、腕力で御すという考えを捨てねばならない。腕の力一つで登れるほど、剣の道は単純ではないのだ。
「当たり前だけど、縦に振るより横に振った方が標的には当たりやすい。それに、持ち上げるより体力の消耗は少なくて済む」
「ふむふむ……」
俺の講釈を耳に入れながら素振りを繰り返すクルニ。
うん、いい感じじゃなかろうか。元々剣術については明るい子だから、違いさえ先に教え込んでおけば後は楽ちんな気がしてきたぞ。
「で、ちょっと回転力を上げたいとか、あるいは突きだね。そういう動きを取る時にリカッソを使うといい。これが二つ目の違いだ」
支点から遠ければ遠いほど、遠心力は強く働く。
しかしその分、制御する側にも力が必要だ。一回振り回して終わり、ならいいが、実戦ではそうはいかないだろうからね。
その時に便利なのがツヴァイヘンダーにあるリカッソである。こいつは柄よりも重心が真ん中寄りだから、振り回されることも少ない。突きを行う時にもブレを最小限に抑えることが可能だ。
「おー……おぉ……? あー、なるほどっすね」
グリップを持ったまま何回か振り回し、今度はリカッソに片手を添えて振り回したり突きをしてみたり。クルニなりに感触を掴もうとしているようだ。
そして何度か試行錯誤を行う中で、自分の中でしっくりくる持ち方が生まれたらしい。
「注意点は最初にも言ったけど、腕力で振ろうとしないこと。剣は腰で斬るものだからね」
「腰で斬る! 懐かしい言葉っす!」
どうやらクルニも覚えてくれていたようだ。ありがたいことである。
腰で斬る。
俺が道場でよく教えていた言葉の一つだ。
剣に馴染みのない者は、腕力だけで振りがちだ。それでも筋力がしっかり付いていれば、ある程度は出来てしまうので矯正が難しい。
だから俺は道場の門を叩いた者には、この理屈を最初に教えている。
ロングソードやショートソードで行う袈裟切りも同じだ。振り上げた時に左右どちらかで溜めを作り、振り下ろしと同時に逆方向へ腰を切る。
この動きや理屈を最初から身体に覚え込ませておかないと、ほぼ上達しない。剣に限らず、武器というものは全身を使って使用するべきものだからだ。
無論例外はあるし、広い世の中には型破りな剣客も居るかもしれない。だが、それはあくまで基本を押さえた者にのみ許される例外であって、そうでない我流はただの形無しだ。
俺は、俺の弟子たちに形無しにはなってほしくない。なので、こうやって基本の動きを重点的に教えている。
そこから先、歩んだ剣の道の先で、新たな可能性を切り開く分には俺は何も言わない。むしろ歓迎したいくらいだ。それはその個人が到達した型破りの可能性だから。
しかし、残念ながらというか何というか。
クルニはまだその領域には達していない。若いし、これからの伸びしろも十分にあるだろうから、順当に鍛えて行けばいい線は行くと思う。
既に道場の師匠と弟子ではなくなってしまったが、そのいい線にクルニを乗せられるかどうかは、今度は特別指南役としての俺の仕事だ。
「ほら、また腕で振ってる。もっと腰と足を意識して」
「はいっす!」
「腕と身体は連結した同じパーツだと考えるんだ。腕だけ独立して動かそうとするからそうなる」
「む、難しいっす……!」
「意識の問題だよ。気にしないと絶対に無理だから、常に気を配って剣を振るんだ」
「は、はいっすー!」
「そうそう、いい感じ。はいあと十本いってみよう。いーち、にーい」
「はっ! ほっ! やっ!」
男女で二人っきりの空間、しかし甘い空気など漂うはずもなく。
ただ只管に訓練を繰り返す俺とクルニ。
それは灼熱の根源が西の地平に姿を隠し、足元に伸びる影が闇全体に飲まれるまで続いた。
39話目にして、おっさんの指導風景をようやく少し出せました。
果たしてクルニの大躍進はありえるのか? どうなんでしょうね……。
また、書籍化続報に関して、活動報告を上げております。
宜しければそちらも覗いてやってください。