第3話 片田舎のおっさん、任命される
「ちょ……っと待ってくれ。もう一度、聞いてもいいかい」
「はい。先生を騎士団付きの特別指南役に推薦し、その承認が下りましたのでこうしてお伝えに来ている次第です」
「……うぅん?」
ナンデ? 特別指南役ナンデ?
俺は片田舎の道場で剣を教えているしがない一師範に過ぎないんだぞ。そんな俺が首都バルトレーンに拠点を構える国お抱え騎士団の特別指南役?
あまりにも荷が勝ちすぎている。ナイスジョーク。アリューシアは真面目だと思っていたがこんな高度なギャグセンスを持っているとは驚きだ。
「……えっ本当に?」
「こんなことで嘘を吐いてどうなるというのです」
再度の確認を取れば、アリューシアはその表情と声色を少しだけ拗ねたようなものに変えて、言の葉を返す。
そうは言われても、現実感が無さ過ぎて困るんだよなあ。
「先生程のお力であれば、何も不思議ではないでしょう」
「そうは言うがね。俺の力量なんて高が知れているよ」
「またご謙遜を」
いや謙遜じゃなくて事実なんですが。
俺だって自分が弱いとまでは思っちゃいない。本当に貧弱なら剣術を嗜んでいないし、師範など務まるはずもない。
だが眼前のアリューシアをはじめ、国の精鋭と名高いレベリオ騎士団の連中に俺が剣を教える立場になるなど、何とも場違い感がすごい。
特別指南役というものが具体的にどういう役割を持っているのかは分からないが、額面通りに受け止めるなら剣の指導だと一応見当はつく。
エリート中のエリート真っ只中の騎士たちに剣を教える? 俺が?
ナイスジョーク。性質の悪い冗談にしか聞こえないぞ。
「しかし……よく騎士団が認可したね、そんなこと」
そうだ。
仮にアリューシアが俺を盛大に過大評価しているとしても、彼女一人の推薦だけでそんな重要なポジションがあっさり決まるわけがない。
騎士団に関わる政がどう執り行われているかなどさっぱり分からない。しかし、少なくとも彼女の一存で全て動かせるほど単純な機構でもないはずだ。
無事承認された、と言うことは誰かが、あるいは組織が彼女の推薦を大真面目に検討したということ。今すぐ取り消してもらいたい気持ちでいっぱいだが、俺なんかがそれを通過してしまう辺り、通してしまった大馬鹿者が居るはずである。
流石にその張本人をしばき倒しに行く、というのは非現実的なので、せめてその話が通った経緯は知っておきたい。
「然したる苦労もありませんでしたよ。騎士団には先生の元弟子も多く入団していますので。それに、先生は剣の道では有名です。数多の有名騎士、有名冒険者を輩出した"片田舎の剣聖"として、確固たる評を得ています。私としては片田舎なんて言葉は省きたいのですが……その、ビデン村は、お世辞にも賑わっている土地ではありませんので……」
「ナイスジョーク」
何それ。誰だよ片田舎の剣聖って。
前半は合っているが後半に重大な齟齬が生じている。
何度でも言うが、俺はしがない剣術道場の師範だ。
常人より剣の腕は多少立つとは言えど、俺は生きる伝説でも英雄でもない。片田舎の剣聖ならぬ片田舎のおっさんである。
「ですから、嘘や戯れの類ではないと……」
いかん、アリューシアが本格的に拗ね始めた。
「あ、ああ、ごめん。あまりに現実感がないもんでね……」
彼女のご機嫌取り、というわけではないが、確かに嘘では無さそうだから少なくとも彼女に非はない。いや、俺なんぞを推薦しちゃった大罪があると言えばあるんだけどさあ。
「むむ。先生は会わない間に弱気にでもなりましたか」
「そんなことはない。今も昔もただのしがない男だよ」
随分と買われている様子だが、どうにもむず痒い。
悪い気はしないものの、実力以上の見られ方をしていると思うと気を揉む。
「だが、仮にそれが本当として、この道場はどうなる? 俺は今でも門下生を多く持つ身だ、いきなり引越しは出来ないよ」
もう話が通ってしまったものはそれで仕方がないとして、現実的に考えなければならないことは多い。
言った通り、俺も長年この道場を受け持つ身である。
代々続くこの道場、俺が結婚していないので俺の代で途絶えてしまう可能性もあるのだが、それはそれとして今いきなり手放すってのはちょっと出来ない。それはあまりに無責任だし、おやじ殿ももう剣を振れる歳でもないからな。
「分かっています。故に特別指南役なのです。騎士団に常駐せずとも月に何度かバルトレーンへ足を運んでくれれば大丈夫ですから」
「な、なるほど……?」
そんなんでいいのか、特別指南役。
「それで、今後のスケジュールを調整するために一度バルトレーンにお越し頂きたくてですね。村の表に馬車を用意してあります」
「今から!?」
「今日は確か道場はお休みの日では?」
「あ、いや、確かにそうだが……」
いやそりゃそうだけどさ。
ていうかうちの道場のスケジュールを今でも覚えてるとかちょっと怖い。
ヤバいぞ。なんだかとんでもないトントン拍子で話が進んでいる。
俺は本当にこの仕事をこのまま請けていいのか?
何か見落としはないのか?
アリューシアの言う通り、特別指南役とかいうよく分からないポジションに俺が収まってもいいのか?
というかそもそも騎士団からの認可を断るって出来るのか?
この推薦にはどこまでの強制力がある?
ぐるぐると果てのない思考が脳を支配する。
アリューシアは基本的にいい子だ。それは間違いない。四年という僅かな期間ながら、師弟として過ごした俺が保証してもいい。
だが、ここまで強引な子だったろうか。
確かに門下生の中では俺に懐いていた方だとは思う。聞き分けもよく、吸収も早かった。だからこそ餞別の剣を渡した一人でもあるわけだし。
そこはかとない疑問を抱きながら彼女をじっと見ていると、何かを思いついたのかはたと表情を変え、懐から数枚の書状を取り出した。
「あ、そうでした。こちら、国王御璽印章付きの任命書と雇用の詳細です」
「アッハイ」
王様の玉璽ついてるやつゥー。
これ絶対行かなきゃだめなやつじゃーん!