第18話 片田舎のおっさん、剣を抜く
「時間はあるのじゃろ?」
「いやまあ……なくはないけども」
突如として言い渡されたツラを貸せ宣言。
どうやら俺に拒否権はない模様。この子ちっちゃいくせにやたら尊大かつ強引だな。親御さんは一体どういう教育を施しているのか。
「魔法師団団長直々のご指名じゃ、もっと有難がってもいいのだぞ」
「ははは、じゃあそういうことにしておこうか」
まあいいか。どうせ何か明確な予定があって出てきたわけでもないし。
ルーシーについていきながら首都を観光するのも別に悪手ではない。彼女が俺をどこに連れて行こうとしているのかは分からないけれど。
そんなわけで、四十を過ぎたおっさんと十歳前後であろう少女の二人組が早朝の首都をぶらつくという事態になってしまった。
うーん、勢いに任せて安請け合いしてしまったが、これ傍から見たらかなり怪しいのでは? 憲兵や守備隊に声を掛けられるようなことは出来れば避けたいところだ。
「それと、子ども扱いはやめろ。わしは多分お主より年上じゃぞ」
「は?」
またまた御冗談を。
ルーシーはどっからどう見ても小さい女の子である。
無論、田舎の町娘とは比べ物にならないくらい顔つきは整っているし、このまま成長すればさぞ立派な美人になるだろうってことは分かる。
素材の質は抜群に良い。アリューシアとはまたタイプが違うが、それでも将来婿の相手には困らないだろうなとは感じる。
けどお前、俺より年上って。
俺今年で四十五歳なんですけど?
「お主、信じておらんな? まあそう見えるのなら良しじゃがの」
「いやいや、信じろって言う方が無理でしょ」
煌びやかな金髪を靡かせた少女の表情は、不服というよりは苦笑に近い。
確かによくよく観察してみれば、その振る舞いと醸し出される雰囲気は、若年が出せるそれではないようにも見える。
見た目の印象が強すぎて、言われて初めて意識が向く程度のものだが。
先程の魔法のこともあるし、まあとりあえず只者ではない少女、くらいの認識を持っておくか。俺だって無為に諍いを起こしたいわけではないからな。それはたとえ相手が年端もいかぬ少女であっても同じである。
「まあその話はよい。先程も言うたが、フィスからお主のことを聞いた」
「それは、フィッセルのことであってるのかな」
「そうじゃ」
クルニもだけど、皆フィッセルのことをフィスって呼ぶんだなあ。
俺は基本的にあだ名などで呼ばないから何だか新鮮だ。
フィッセルも大切な弟子のひとりではあるが、逆に師範という立場上、そういうところで弟子との対応に差を出すにはいかなかった。だから皆、名前の通りに呼んでいる。
「フィスは随分と楽しそうであったぞ。恐らく、お主に会ってからな」
「……そうか。そうであれば俺も嬉しいね」
そう呟いたルーシーの横顔は、間違っても少女のそれではなかった。
ことの真偽は置いといて、見た目通りの年齢じゃないってのは少し信ぴょう性が増してきたな。
「聞くにお主、フィスの師匠であったらしいな」
「うん、そうだね。俺は魔法はからっきしだけど」
取り留めのない会話を交わしながら、おっさんと少女が歩を進める。
どこに行くのか目的地を結局聞けていないが、足取りを見る限り、行く場所ははっきりと定まってはいるらしい。
「フィスの剣魔法は優秀でなあ。魔法の才は勿論あるが、剣技も相当なもんじゃ。余程優秀な師なのじゃろうな」
「そんな大層なものじゃないよ。フィッセルの努力の賜物さ」
ルーシーの言葉を、やんわりと否定する。
俺の力添えがゼロだとまでは言わないが、それでも大部分はフィッセル個人の才能と努力によるものだ。俺の力で彼女を育ててやった、などと大それたことを言うつもりはなかった。
「さて、ここら辺でいいじゃろ」
「……? この辺りに何かあるのかい」
どれくらいそうして歩いていただろうか。
辿り着いた先は、首都と言うには些か背の低い建物が散見される、中央区にしては随分と閑散とした場所であった。日も地平から顔を覗かせてから結構な時間が過ぎているが、それでもこの近辺に人の影はとんと見当たらない。
時間帯も相まってか、この一帯はほぼ完全な静寂に包まれている。
首都のど真ん中なのにこんな場所もあるんだなあ。
「……わしは魔法が好きでな。ずっと研鑽と研究の毎日じゃ」
「それは、まあ、分かるよ。俺だって剣を振っている毎日だから」
立ち止まり、こちらに向き直ったルーシーの表情は、何とも言えなかった。
喜んでいるようにも見えるし、苦悶しているようにも見える。見た目通りの歳では決して醸し出せない、妖艶とも言える貌だ。
剣は、我武者羅に振っているだけで上達するものではない。
剣ですらそうなのだ。魔法なんてもっとそうだろう。先達たちの知恵も含め、膨大な量の知識と膨大な数の試行錯誤を経て、今もきっと成長を続けている。
「やはり性なんじゃろうな。成長の実感を得たい、研究の成果を試したい。そんなことばかり考える」
「剣術だってそうさ。上達の実感を得るのは大事だよ」
ぽん、と。
ルーシーが翳した右手に小さな炎が灯った。
出会い頭に見せた豪炎ではない、拳の大きさにも満たないような、小さな炎。
「試してみたいのよ。――強者を相手にの」
微笑んだ少女が、殺気を纏った。
「――ッ!」
剣士としての勘か、それとも人間としての本能か。
咄嗟に飛び退いた俺の足元で、炎が爆ぜる。
「ふむ、流石の反応じゃな。フィスの師なだけはある」
「……冗談じゃなさそうだね……!」
言いながらルーシーが再度右手を翳す。
中空には彼女の手の動きに合わせ、いくつもの炎が生み出されていた。
どうする。
剣を抜くか?
彼女の言葉を額面通りに受け取るのであれば、おそらく腕試しという表現が一番近いと思う。
フィッセルとどういう会話をしたのかは不明であれど、剣魔法の使い手として魔法師団で活躍している魔術師の師となれば、ルーシーの興味を惹くに足るものだったのだろう。
しかし、俺が今持っているのは木刀じゃない。
触れれば斬れる、真剣だ。
殺気を感じた以上、戯れで炎を飛ばしたわけじゃないだろう。
とは言っても彼女がどこまで本気なのか、その度合いを測りかねていた。
「どうした? 遠慮なく来てもらって構わんのだぞ」
「俺はやる気じゃないんだけどね……!」
彼女の様相は、吹っ切れたのか振り切ったのか。
口ぶりこそ冷静に聞こえるが、口角の吊り上がりまでは抑えきれていないと見たね。恍惚とした表情と見た目の幼さとのギャップも相まって、いっそ扇情的にも感じる。
まったく、首都バルトレーンに来てからというもの驚愕の連続だ。
アリューシアといいスレナといい、このルーシーといい。どうして社会的にも成功している強者にこうも絡まれねばならんのか。
「言うほど俺は強くないんだけど……」
「これはまた可笑しなことを言うの」
ごく短い逡巡の後、俺は抜剣を選択。
一応俺が強くないことは伝えてみたものの、これはどうやら聞く耳を持ってくれないパターンだな。なーにが可笑しいことじゃい。何もおかしくないわい。
「では、始めるとするかのう!」
「俺は始めたくないんだけどね!」
ええいままよ!
今打てる限りの愚痴を吐き捨て、俺は地を蹴った。
月間ハイファンタジー6位!
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