第17話 片田舎のおっさん、絡まれる
「……ふあぁ……」
窓から差し込む朝日を受け、俺の脳が覚醒する。
まだ夜が明けて幾分も経っていない頃合だろう。起き上がって窓辺から街下に目をやるも、人の往来はほとんどない。
昔っから俺は早寝早起きなタイプだが、ここ数年はそれに磨きがかかってきた気がするな。これが歳を取るということか。
手早く身支度を整え、二階の宿屋から一階のロビーへ。
以前この宿を安宿とは評しはしたものの、ビデン村など田舎の宿泊施設に比べれば、やっぱりその造りはしっかりしている。
「まあ、比べちゃうのも失礼な話か」
独り言ちながら階段を下りる。
腐っても首都バルトレーン中央区に構える宿なのだ、それなり以上のものでないとやっていけないだろうな。
「ガーデナントさん、おはようございます。いつも早いですね」
「ええ、おはようございます。これが性分ですから」
カウンターに座る宿の主人と挨拶を交わす。
とりあえず簡単な腹ごしらえをしてから、今日は少し早朝の街を散策してみようと考えている。先日クルニやフィッセルと街を巡ってから、もう少しバルトレーン全体を知ってもいいかなと思い至ったからだ。
もしかしたら何か面白いものにまた巡り合えるかもしれないしね。
「それじゃ、いつものでお願いします」
「はい、分かりました」
この宿を拠点に定めてから、まあ短くない時間は経っている。
ここの主人は俺のルーチンもしっかり把握している模様で、このやり取りだけで決められた朝食のメニューが用意されるようになってしまった。
これはこれで悪くない。何かこう、常連さんって感じするじゃん。
いやまあただの宿なんだけどさ。
「――ご馳走様でした」
簡素なメニューに細やかな舌鼓を打ち、朝食を終える。
パンにベーコンエッグ、サラダ、ミルクといったありきたりな朝食だ。それでも流石中央区の宿と言うべきか、食材の質、味ともに十分なものであった。
「さて、行くか」
気合、と呼ぶほどのものでもないが、一息入れて宿を後にする。
一歩踏み出した先は、そこそこの高さを持つ建物が立ち並ぶ。大通りに比べて道幅こそ狭いものの、それでも十分に整備された石畳の街道が、ここは立派な都会であることを知らせてくれた。
どうするかな、適当にぶらぶら街並みを見回ってみるか。
騎士団の鍛錬開始まではまだまだ時間があることだし。
「うーん、今日もいい天気だ。空気がうまい」
少し歩を進めれば、がらんどうとした大通り。
如何に首都バルトレーンのメインストリートと言えど、この時間帯では馬車も走っていないし人の姿も実に疎らである。
「この周辺の街は、結構古くからあったのかな」
今まであまりじっくり見ることはなかったが、どの建物も新築という感じではなく、外壁の様子からそこそこの年月の経過を窺わせる。
中央区と呼ばれるくらいだから、古くからここはレベリス王国の中心だったのだろう。歴史と共に東西南北へそれぞれ領土を増やしていったと考える方が自然だ。
「そこなお主」
別段俺は民俗学者でも歴史学者でもないわけだから、そこら辺の詳しいことは知りっこない。ただまあ、そういう考えに思考の網を伸ばしてみるのも良い息抜きの一つである。
「お主。おい待たぬか」
折角だし、久し振りにレベリス王宮でも見てみようかな。
記憶の中では随分と古ぼけてしまった王宮も、今見てみると何か感慨深いものがあるかもしれない。
「無視するでないわッ!!」
「うわあ!?」
びっくりした。超びっくりした。
さっきから何か声は聞こえるなあと思っていたけど、まさか俺を呼び止めているものだとは露程も思わず。突如としてあげられた大声に慌てて振り返る。
「えーっと……何か用かな? お嬢ちゃん」
果たしてそこに居たのは、大体十歳くらいの女の子であった。
腰程までに伸びた艶やかな金髪は、朝日を一身に受けて煌めいている。
透き通るような肌が眩しい、健康的と呼べる少女だろう。また、太腿や肩を大胆に露出させたその服装は、田舎では決して見ることのない類のものだ。
奇抜さばかりに気を取られがちだが、その服の質は傍目に見てもすぐに分かるほどの高品質。所々にきめ細やかな刺繍の入った、短めの肩出しローブとも言える服装は、見目の可憐さをより一層引き立てている。そんな印象であった。
「誰がお嬢ちゃんか! まったく……。お主、ベリル・ガーデナントじゃな?」
「……そうだけど、どうしたのかな?」
どうにも彼女は年下扱いされることを毛嫌いしているようだが、どう見たって幼い女の子だからな、仕方ない。
それより、こんな年端もいかぬ少女が俺の名を知っていることに驚きだ。
「わしはルーシー・ダイアモンドという。レベリス王国魔法師団の団長をやっておるもんじゃ」
「お嬢ちゃんはルーシーちゃんって言うんだね」
「だから話を聞けい! あとちゃん付けをやめんか!」
この少女が魔法師団の団長さん? ははは、ナイスジョーク。
見た目も華美さこそあるが魔術師と言えないこともないし、きっとそういうのに憧れを持つ年頃なのだろう。俺だって小さい頃は木剣片手に村の友人とチャンバラやってたしな。いやあ、懐かしい思い出だ。
「ええい、埒が明かんな。これでどうじゃ!」
「ん? ……うおわあっ!?」
言うや否や、ルーシーと名乗った少女が片手を振り翳す。
子供の児戯にも思えたが、翳された手からは勢いよく炎が噴き出していた。
突如として現れた豪炎が空気を焦がす。
何かが爆ぜるような、本能的な恐怖を呼び起こす音とともに、周囲一帯が炎に照らされその光度を上げる。
「納得して貰えたかの」
「ええ……? えっ本当に……?」
文字通り灼熱を帯びた彼女の右手が、悠々と俺を指差した。
えっマジで? マジでこの子が魔法師団の団長なの?
魔法師団と言えば、フィッセルも所属している国直属の機関である。
レベリオ騎士団と双璧を成す、レベリス王国が誇る主戦力だ。
「……まあ、只者ではないということは伝わったよ」
「ふん、そうじゃろうそうじゃろう」
話の真偽は確かめようがないとして、とりあえず眼前の少女がただの子供ではないということは分かった。
「でもそれはそれとして、街中でそんなのを出すのは駄目だと思うよ」
「う……むぅ……」
だからと言っていきなり街中で炎ブッパはいかんでしょ。
延焼したらどうするつもりだ。
己の力を認めさせたいという気持ちは分からないでもないが、それでも一般おじさんとしてこんな危険なことは許せないのである。
「それで……あー、ルーシーさん、でいいのかな。何か用事があるのかい」
「おお、そうじゃった」
ちゃん付けはどうやら物凄く嫌がっているようなのでやめておこう。遜るつもりはないけれども、いきなり癇癪を起こして焼かれても困るわけで。
右手に宿った灼熱の根源を収めた後、彼女は本題を思い出したといった様相で、わざわざ俺に声を掛けた用件を伝えた。
「お主のことはフィスから聞いておる。ちょいと面を貸してもらうぞ」
月間ハイファンタジー10位
ありがとうございます。
また、皆様の応援もありまして、この度本作の書籍化が決定致しました。
情報は追ってお知らせ出来ればと思います。
これからも皆様に楽しんで頂ける作品にしていきたいと思いますので、今後とも何卒応援の程宜しくお願い致します。