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愛し 愛され destruction

作者: みかん

「やまないね」

「そうだな」


 僕は読んでいたラノベから目をあげて窓を見る。

 スコールのような激しい雨が窓を叩いていた


 幼なじみの木綿は体育座りでベッドの上でゴロンゴロンしていたが

 ふいに、細い身体をピンとさせて大きく伸びをした。


 それは白い子猫のようにも見えて、愛しくなる。


 もう数年もすれば成人になるとは思えない、まるで小中学生の小さな身体。

 黒目がちな瞳と、顎の辺りで切りそろえられた黒髪。


 

 僕は愛する彼女を目を細めて愛しげに見つめた。







 僕らはとある山小屋にいる。

 人里離れたここは最低限のライフラインすら来ていない。


 電気は自家発電、水は井戸水を汲み上げるしかない

 トイレは山小屋から少し離れた所にあるぼっとんトイレだ。


 僕のひいじいさんの持ち物だったもので、当時は狩猟小屋 兼 炭焼小屋として使われてた。


 今は内部が改装されてちょっとしたアパートの1LDKのようだ。

 相変わらずトイレは屋外にあったが、キッチンもあり、バスルームは無いが電話ボックスくらいの広さのシャワールームもついて汗ぐらいは流せるようになっている。


 母が生きていた小さい頃には家族でここに泊まり、バーベキューや花火を楽しんだ事もあった。

 兄貴に水くみなど全て押し付けられて辟易したのを覚えている




 いつからか、僕は夢想するようになった。


 木綿をここに連れてきて、一生ここから出さない事を。

 二人きりのただれた生活を過ごす日々を。






「雨って言えばさー」

「ん? 」

「シンちゃんが探しに来てくれたことあったよね」


 木綿がクスクス笑う


 そういやあったな。幼稚園の頃、まだ木綿の両親が仲良しだった頃

 公園から公園へ移動中に木綿がはぐれたんだっけ。


 思い出した。


 歳の離れた兄貴が、遊びに行く時は邪魔な僕たちをまこうと頑張って

 僕たちは無理やりついていこうとして、その時に木綿が消えた。


 雨が降って寒くて心細くて。でも探さなきゃで。

 泣きそうになりながら見つけた木綿は、最初の公園の紫陽花の下でジッとうずくまっていた。


 ホッとして手を引いて目的地の公園に着くと、木綿は僕の手を放して真っ直ぐ兄貴の所に走っていって、抱きついてワーワー泣いたっけな……探したの僕なのにと理不尽な気持ちになったのを思い出して胸がもやもやした。


 あの頃すでにこいつにとって僕は眼中に無かったな。苦笑しつつ思い出を反芻する。



 もの思いから帰還して木綿を見るとなんかモジモジしていた。


「どうした? 」


 顔を赤くしてそわそわしているのを見て、更に声をかけるが言わない。


 ……ピンと来た。トイレか!


 外はまだ豪雨が降っている。どうしようか。木綿の顔がどんどん赤みを帯びて上気してる。なんか色っぽくてソソる。目がうるうるしている。



 うむ。こんな時こそ僕の出番だ。口で受け止めよう、さぁカモン!




 殴られた




 馬鹿な事言ってないでと激昂する木綿の表情がフッと緩む



「あっ……あー……」



 苦しい状態を抜け出せてホッとしたのと、やってしまった罪悪感の入り混じった表情を見せる。

 ショートパンツとそこから伸びる細い太ももを伝わって足元の床に小さな水たまりが出来た。


 泣きそうな木綿にシャワーを浴びるように促す。


 シャワーの音を聞きながら、部屋のすみにあった雑巾で片付けをした。

 本当ならばシャワールームまでの廊下も拭きたかったが届かないから無理だな。



 そういえばシャワールームをトイレ代わりにすれば良かったんじゃね?

 今頃になって気が付いたが、口に出すと木綿のライフがゼロになるからやめよう。




 少ししてシャワールームから木綿が出てきた。目尻がほんのり赤い。泣いたのかもしれない。


 着替えを持ってきていなかったから、山小屋にあった僕のTシャツを着て出てきたんだが、神はなんと素晴らしいものをこの世に産み出したんだろうか。


 シャツの裾から伸びる真っ白なおみあし!

 そこから後ろにかけての緩やかな斜面 ……履いていませんね?


「下から覗かないでね? 絶対だよ? 」


 Tシャツの裾を気にして引っ張る度に強調される、胸元の微かな斜面の頂きの出っ張りは



 尊い

 あぁ、尊くて涙が出ます


 神様ありがとう







 夜になった。

 雨足は一向に止む気配を見せず激しさを増していた。遠雷がかすかに耳に届く。


「木綿さま、もそっとそちらに行ってよろしいでしょうか」

「ダメ!絶対」


 僕はいま、居間に置かれたセミダブルサイズのベッドの足元スプリングの上で犬のように丸まっております。


「シンちゃんは信用出来ないからね」

「僕はとってもシンシデスヨー」


 この線から来ちゃダメと言い渡されています。

 床で寝ろと言われないだけマシか




 しばらくして、凄まじい音に目が覚めた。

 掛けていたはずの布団が無い。見ると木綿が布団にくるまってガタガタ震えていた。


「木綿! 」


 反応が無い。


「おい、木綿! 」


 近寄ろうとする。


「シンちゃんはこっちに来ちゃダメ! 」


 窓の外が昼間のように明るくなり、ほとんど時間を置かずにガラガラドーンと地面を響かせる。


「ひっ! 」


 木綿の目が恐慌を来し始めた。了承を得ずに近づく。鎖の音が暗闇にジャラリと響いた。


「いや……やだぁ……」

「大丈夫、大丈夫だから落ち着け」


 布団を無理やり剥いで抱きしめる。僕をひきはなそうと本能的に手で遮るが、雷が鳴る度に硬直した。


「あーあーあー」


 暴れる木綿を全力で抱きしめる。大丈夫、大丈夫と耳もとで囁き続けた。







 外はまだ暗い。



 木綿に布団をかけてやると、ベッドをきしませて床へ降りた

 足の鎖をジャラジャラ引きずりながら窓際へ向かう

 鎖の先はベッドの柵へと繋がっていた


 雨はまだ降っているようだが少し弱まったようだ

 雷も遠くに去っていた


 




 木綿の両親の不仲が酷くなったのはまだ小学生になったばかりの頃だった

 徐々にその矛先は幼い子供へも向かったのだ。


 不衛生で栄養状態も悪い痩せた少女の居場所は家にも学校にも無かった 


 中学生になった時にやっと彼女の両親が離婚し、その母親が家を出た。

 父親は元々めったに家に帰って来なかった。


 独りきりの木綿が心配で何度となく家に呼んで、2人で一緒にご飯を食べていた。




 つい一昨日のこと、木綿に留守番をさせて近くのスーパーへ買い物にでた。

 ほんの30分ぐらいだったと思う。

 いや、レジが混んでいたからもう少し掛かったかもしれない。


 家に戻ると玄関に男ものの靴があった。一人暮らししている兄貴のものだ。


「あれ? 兄貴、帰ってたの? 」


 そう呑気に声をかけながら玄関に鍵をかけると

 台所へと向かいレジ袋から商品を冷蔵庫にしまった。



 静かだった




「あれ? 木綿? 兄貴? 」


 きょろきょろしながら二階へ上がる。

 兄貴の部屋の扉を開けた


 部屋に入るとパンツ一丁で机に腰掛けて、脚を組んでタバコを吸う兄貴と……


 ベッドの上で素っ裸で、糸の切れた人形のように座り込んでる木綿がいた。


 抵抗して暴れたのか、部屋のものは散乱し

 シーツの上には赤い華が散った痕が残されていた。


 ぎぎぎと音がしそうなぐらい動かない首を、無理に兄貴へと回す


 兄貴はちょっとすまなそうな表情を覗かせて言った


「わりー。お前まだ食って無かったんだな」



 怒りで我を忘れた。

 思わず殴りかかる為に大きく腕をひく


 遊び慣れていて喧嘩慣れしてる兄貴は、

 タバコを机の上の灰皿に置くと、やすやすと僕の手首を掴んで言った。


「悪かったって」


 力では叶いそうもない兄貴を振りほどこうとしていると、兄貴が停止した。



 見るといつの間にか全裸の木綿がすぐそばに居て、木綿が兄貴のナイフを持っていて、ナイフの柄が兄貴の6パックに割れた鍛えられた腹のその横っ腹から生えていた。



 我に返って木綿をせかして服を着せようとしたけれど、反応しないのでしかたなく僕が服を着せて、背負ってその辺の財布と山小屋の鍵を掴んで電車に飛び乗った。


 休み休み山小屋に向かう。木綿をベッドに寝かせ、そのまま僕は疲労困憊で気絶するように意識を手放した。





 起きたら足首に鎖のついた枷がつけられていた。

 恐らく、ひいじいさんが動物を捕まえた時に使ってたものだろう




「ん……」


 木綿の声が聞こえた。窓の外を見ると少しずつ空が白みはじめていた。





「おはよう」






 2人だけの朝が再び明けた








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― 新着の感想 ―
[一言] 読んでいてせつなくなる作品でした。 主人公と木綿はお互いがお互いを支え合って、辛うじてこの世界にしがみついているように見えます。 鎖をつけたのは、そしてつけられたのは、果たしてどちらだったの…
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