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傾向と対策

 何度も何度も思い返して、ちゃんと考えてきた。ニグの剣はすべてが大振りで、声と威勢で相手を萎縮させ、強打を受けさせることから始まる。

 単純で荒っぽいけれど、それが驚くほど効果的。怒声を浴びせられれば身体はどうしても固くなり、大振りは当たったときの痛みを予想してしまって恐怖する。そして勢いと力が込められた攻撃を受けてしまうと、その衝撃で体勢が崩れてしまう。

 一度その戦術にはまれば連続で攻めたてられ、体勢を立て直すことも難しい。本当に厄介な戦い方だ。


 対策は立ててきた。僕は、そんなのに付き合わない。


「いくぞガキ! オ―――」


 色黒ギョロ目のニグが威勢を張り、棒を振りかぶる。

 構えもない状態から上段へ。大振りは振りかぶらないといけない。最初の一撃から大振りをしてくるなら、そこはただの隙だ。

 だから、ここ。


 ヒゥ、と息を吐いて踏み込む。


 蹴り足。踏み込み。腰の回転。肩の回転。脇は締め、全ての速度を乗せて腕を伸ばす。

 力はいらない。ただ自分のできる最速、最短で、棒を繰り出す。


 そんな大声になんか、誤魔化されるか。


「―――っ!」


 ニグの目が驚愕に見開かれる。乾いた音が鳴って、僕の腕に手応えが伝わった。


 ……昨日と違う。記憶と違う。

 前回のニグは、もっと思いっきり棒を振りかぶっていた。大上段に。防御なんて考えずに攻撃だけの勢いで。

 けれど今日はただの上段。攻撃的なのはそのままだけど―――


 繰り出した攻撃は、とっさに戻された棒によって受けられていた。……握る手と手の間。剣で言うなら柄の部分。

 本当にギリギリの防御。傍から見ていたら防がれたのは偶然と言ったかもしれないくらい、あとほんの少しで当てることができた。

 勝てた、ハズだった。


 用意した作戦は失敗した。


「―――まだっ!」


 爆発のように叫ぶ。

 攻撃は失敗したけれど、ニグは受けたのだ。攻撃を防いだのはギリギリで、無理やり棒を戻したから反撃に転じられる体勢になっていない。


 棒を横薙ぎに振るう。たたみかける!


「チィ!」


 僕が踏み込む分、ニグが下がる。持ち手の根元でまたギリギリで受けられる。

 かまわない。ニグの棒に滑らせるように自分の棒を引いて、さらに突きを繰り出す。―――腹を狙ったそれは横っ跳びに避けられる。

 もう一撃、なんて言わない。当たるまで何度でも繰り出す。ニグを追ってさらに前へ出て、上段に振り上げる。力いっぱい袈裟懸けに振り下ろ―――


 ダン、という足音を聴いた。ドン、という衝撃があって、ぐるんとなった視界でやけにハッキリと月が映る。

 背中から地面にぶつかって、カハッ、と息を強制的に吐かされて悶絶した。

 なにが起こったのか分からなかった。一瞬で変わった視界と突然の痛みに混乱する。今自分がどういう状態なのかも分からない。

 さっきまで僕は、ニグを追い詰めていたハズなのに。


「一つ一つがぶつ切りだ。連続攻撃になってねぇんだよ」


 声が聞こえた。そちらを見ると、ニグの姿と星空があった。彼は僕を見下ろしていた。

 そうしてやっと、体当たりで吹っ飛ばされたのだと理解した。


 トン、と胸に軽い感触。

 倒れた僕の胸にニグの棒が当てられて、クソ、と僕は夜空へ吐き捨てる。

 やっぱり……やっぱり、まともにやっても僕より強いじゃないか。


「勝負あり」


 ウェインの判定が響き渡った。






「次。ヒルティース」

「はい」


 ウェインが名前を呼ぶと、長髪を後ろで結んだヒルティースが前に出る。……どうやら休めないらしい。体当たりで背中から地面に倒されたんだけど。普通に痛いんだけど。


「よろしくお願いします」

「……よろしくお願いします」


 笑顔で挨拶されて、僕は起き上がって挨拶を返す。ヒルティースはもう半身で構えてて、身体の後ろに左手を隠していた。

 嫌すぎる。この人は本当に性格が悪い。


「それじゃあ、試合始め」


 ウェインの合図で、僕は棒をかまえる。……ちょっとだけ背中が痛んだけれど、ちゃんと動けるのは分かった。怪我はしていないようだ。

 試合に問題はない。

 ニグに負けたのは悔しいけれど、連続攻撃というのはどうすればできるのか考えてしまうけれど、気持ちは切り替えないといけない。


 ヒルティースは昨日と同じく右手で棒を構え、左手は身体の後ろに隠している。重心はやはり、向こうから攻撃してくる気が感じられないくらい後方。


 やりにくい、と感じる。

 あの左手にはまた砂が握られているのだろうか。それなら、もう何かがあるってバレてるのに隠すのはなぜだろうか。もしかしたら左手に注意を引かせて、僕の気を逸らしたいとかもあるかもしれない。なら、もうすでに僕は術中にはまっている。

 とはいえ警戒しないわけにもいかない。また砂をかけられて目潰しされるのは嫌だし、もっと嫌な想像だってできるのだ。


 一緒に訓練を受けることになったのだ。また練習試合をすることくらい予想つくだろう。だったら……今日のヒルティースは、左手用の武器を用意してきている可能性がある。

 もし短い棒かなにかを隠し持っていたら、それで僕の攻撃を防いで右の棒で攻撃してくる、なんてこともあり得るのだ。

 警戒はしないといけない。


 だから。


「ふっ!」


 僕から攻撃を繰り出す。遠間から相手の右手を狙い、二撃。一つは避けられて、一つは受けられて防がれる。―――そんな当然のやりとりを行って、僕は大きく跳んで離れた。

 昨日とまったく同じ立ち上がり。やっぱりヒルティースは追ってこなくて、僕らはまた向かい合う。


 やっぱり、向こうからは攻撃してこない。距離を詰めても来ない。そういう人なのだろう。

 きっと、攻撃してくるのは仕留める時だけなのだ。罠に掛かった獲物にトドメをさす狩人のように。


「ヒルティース」


 試しに声をかけてみる。


「なんだい?」


 返事がきたということは、会話もしてくれるようだ。心理戦も彼の得意分野だから、彼にとっては願ったり叶ったりだろう。

 よく分かった。相手は受けの姿勢を崩さず、会話で揺さぶりをかけようともしてくる。つまり、まだあちらから攻撃はしてこない。


 僕は構えを解いて、棒から右手を離す。そしてしゃがんで、足元の石を拾った。―――戦闘態勢を維持するヒルティースの、目の前で。

 少しの間、彼はなにが起こったのか理解できなかったようだ。やがて、隙だらけの仕草を見せつけられたことに気づいて、その目に険が宿る。


「……お前」

「卑怯とは言わないでしょ? まさか」


 石を思いっきり投げる。顔に向けて。その顔を見るだけで湧き上がってくるイラッとした気分を込めて。

 大きめの石だ。当たったら怪我ぐらいはする。そういう石を選んだ。


「クッ」


 ヒルティースが頭を振って避ける。僕は踏み込んで棒を振るう。とっさに反応したヒルティースがなんとか防ぐ。

 追撃はしなかった。したかったけれど、しなかった。大きく後方に跳んで距離をとる。

 きっとたたみかけてくると思っていたのだろう。その僕の動きがさらに意外だったのか、身構えた彼はそのままの姿勢で少し固まっていた。


「……驚いたよ、ずいぶんふざけたマネをするね」

「そう?」


 ヒルティースの表情が怒りに歪んでいた。でもこれで怒るのは筋違いだから、僕は気にしない。そっちが先にやってきたことなのだ、とすまし面までした。

 そして。


 僕はまた構えを解いた。右手を棒から離し、足元の石を拾う。

 顔を上げると、ヒルティースの表情は怒りから驚きに変わっていた。


「どうしたの? ふざけてるって言うなら、止めればいいのに」


 本心から言ってやって、また石を投げつける。同時、その石の軌道を追いかけるように駆けた。

 言葉で心を削り、投擲で隙をつくる。

 卑怯とは言わせない。


「セヤァッ!」

「くそっ」


 石を避け、棒を防ぐヒルティース。僕はさっきとまったく同じように、大きく跳んで下がる。

 苦々しい顔をしながらも彼は、守備の型を崩さなかった。


 ふん、とそれを観察する。

 ニグは一目で分かる単純な戦い方だったけれど、ヒルティースは罠を張り巡らすような戦い方だ。

 やりにくいけれど……よく見せてくれる。


 ここまでくれば僕にだって、ヒルティースが防御を得意としてることくらい分かる。きっとあまい攻撃をしたらたちまち、さっきのニグ戦みたいにやられるだろう。

 そしてまだ僕は、あの隠された左手になにがあるのか確認していない。

 警戒すべきだ。好機を待つべきだ。あの左手が握っているモノをあばくべきだ。


 スゥ、と息を吸う。夜の冷えた空気を胸に呼び込む。その冷気で心を凍てつかせていく。

 僕はまた石を拾った。奥歯の軋みが聞こえるほど、ヒルティースの表情が歪むのが分かった。

 彼の怒りが限界を迎えるまで、そしてあの左手を使うまで、何度でも何度でも何度でも繰り返すのが、僕が用意した作戦。


 心を削り潰してやる。


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