町の成長期
ガヤガヤとざわめく冒険者の店で、他の人たちに混ざって壁の依頼書を片っ端から読んでいく。一つ一つの内容を吟味して、どんなものがあるのか把握していく。
これだけ依頼書を読むのは初日以来だ。毎日読んではいたけれど、いつもムジナ爺さんに教えられた討伐見出しと地名を確認するだけだった。
仕事を探す目的で依頼書を眺めるという―――冒険者として一番基本的なことを、僕は一番最初しかしていなかったのだ。
以前の僕には、薬草採取の依頼しかできるものがなかった。……では、今の僕にはどうか。
武器と鎧があって、ちょっとだけど訓練もつけてもらっているから、まだマシになっているはずだと思う。けれど、だからってできる依頼が増えているかといえば、全然だった。討伐の文字が躍る依頼書に書かれた魔物はどれもおっかなそうで、とてもじゃないけれど請ける気にはなれない。
できそうなのは、前にウェインがやっていた下水道の大ネズミ退治くらいだろうか。リルエッタとユーネは絶対に嫌がりそうだけれど。
でも探しているのはそういう依頼じゃない。
一つ、また一つ、依頼書を読んでいく。
魔物の討伐。街道の護衛。畑や塩田の見張り。他の町や村への届け物や買い付け。材料の採取調達。異変の調査。単純な力仕事や実験の手伝いとかまで。
中には羊の毛刈りなんてのもあって、そういえばたしかにそんな時期だと季節を感じてしまったり。やったことないからこれも請けられないけれど。
依頼内容は本当に幅広くって、これを見るだけでも、この町にはいろいろな人がいるのだなぁと感心してしまう。
「見つけた、キリ!」
怒った女の子の声がして、振り向くと怒ったチェリーレッドの髪の女の子が人を掻き分けるように走って来るところだった。その後ろには困り顔で周囲の人に謝りながら歩いて来る、フワフワな栗色の髪の少女もいた。
「おはようリルエッタ。ユーネ。テテニーさんに紹介してもらった宿はどうだった?」
「おはようキリ。宿は悪くはなかったわ。それより話があるの」
「うん、僕も話があるんだ」
怒ってはいるけれど、挨拶をすると挨拶が返ってくる。だから実は彼女は、そこまで怒っていない。それどころかむしろ、どこか必死で焦っているような感じがした。たぶんだけれど僕の現状を知って、なんとかしたいと思ってくれてるんだろう。―――それくらいは僕にだって分かる。
リルエッタは怒りっぽいけれど、けっして悪い子じゃない。
「よく考えたら二人がいれば、薬草採取以外の仕事ができるんじゃないかと思って。今、いい依頼がないか探してたんだけど」
「そ……―――そう、それよ! その話がしたかったの! 薬草採取で稼げないなら、もっといい仕事があるはずだわ。それを探そうって……」
「うん、これなんかどうかなって。リルエッタにがんばってもらうことになると思うけれど」
僕は壁に貼られた依頼書の内、一枚を指さす。
その依頼の見出しは調査。そしてそのすぐ下に、要魔術士、と書かれていた。
魔術士や治癒術士は貴重だ。冒険者の店にも少ないし、一般の町民で使える者なんてほぼいないだろう。
貴重な技に価値があるのは当然である。だからもし術士にしかできないことであれば、術さえ使えるならば難易度が低いことであろうとも、依頼者は依頼を出さざるをえない。
つまり術士がパーティにいれば、できる仕事の幅がぐっと広がるのだ―――と。そんなことにやっと気づいたのである。
「おお! 君たちがあの調査依頼を請けてくれたのか?」
応対してくれたのはもみあげまで繋がった立派なお髭の、体格の良い男性だった。髪も髭も黒っぽいからちょっと熊っぽくて、大きな身体と大きな声のおじさんだ。作業用の丈夫な服の袖から出た腕は冒険者の店の戦士たちより太くって、僕なんかよりよっぽど強そう。
依頼書に書いてあった場所は広いお店だった。僕には想像もしたこともないような品揃えで、見つけたときはこんなお店もあるのかと驚いてしまった。
売っているのは、レンガ。なんとレンガだけなのだ。
いろんな色や形のレンガが積まれてて、外には日干しで乾かしている最中のものが並べてあって、奥ではでっかい窯がゴウゴウと燃えていた。
建材……それもレンガ専門のお店。それでやっていけるなんて、町ってすごい。僕がいた村では絶対に考えられない。
「はい、依頼を請けさせていただいた魔術士のリルエッタです。こちらの二人はパーティの仲間でユーネとキリ。このたびは粘土の採掘場所の調査とのご依頼でしたね。良質の粘土が採れる場所を探したいとか。お話を詳しくお聞かせいただいてよろしいですか?」
そしてお店の専門性より驚いたのが、交渉を買って出てくれたリルエッタだ。
今まで見たことのないニコニコの笑顔で、普段より声が高くて丁寧かつ流暢。そして物腰まで柔らかくって、まるで別人かと思った。
「あ、あれはよそ行き用の顔ですから大丈夫ですよー。お嬢様はマグナーンとして商人の教育を受けてますからー」
そうユーネがこっそり教えてくれなければ、変な病気になったのかと勘違いするところだったほどだ。
良かったあれはよそ行き顔なんだ。たしかに僕じゃああはできない。貴方は田舎者なんだから依頼人との交渉中は黙ってるように、とか言われてちょっと酷いと思ったけれど、ああいうことができるなら交渉事はリルエッタに任せた方がいいのかもしれない。
商人って怖いな……。
「おう、しっかりした嬢ちゃんだな。実は最近になって急にレンガの大量発注がいくつもあってよ、このままだと材料の粘土が全然足りないって状況になっちまったんだ。―――というのもこの間、下水道で新区画が見つかっただろ? それのせいであっちこっちで一気に建築が始まったもんだから、職人たちは軒並み大忙しなのさ」
「ああ! その話でしたら少しだけ噂を聞いています。商家の方々が早速新しいお店を建て始めているとか。僻地にあった薬師ギルドも移転を決定したそうですね」
「お、詳しいな。そうなんだよ、下水が通るってだけでただの空き地が一晩で一等地さ。おかげで景気がいいったら」
「実は下水道の新区画、わたしたちがお世話になっている先輩たちの発見でして。町が活気づくお役に立てているのであれば、後輩のわたしまで誇らしいです」
「そうかそうか。そりゃあいい先輩を持ったなガハハ!」
商人って怖いな!
少しだけ噂を知ってるとか、お世話になってる先輩の手柄が嬉しいとか、絶対嘘。
リルエッタはマグナーンだから町の変化について詳しく知ってるだろうし、先輩冒険者の三人については全然敬ってない。
「まあ仕事があって忙しいのは嬉しいんだが、材料がないとどうしようもないわけだ。で、人を雇って粘土をもっと掘ろうってなった。ただこのヒリエンカの町は遺跡の上にあるだろ? そのせいか町中だとそもそも粘土があまり採れなくてな。いつも採掘している場所も町の外なんだが、そこも大人数で作業できる場所じゃない」
おじさんは頬髭を撫でながら、困った顔をする。
店の中を見回すと、たしかにレンガは積まれているんだけれど、広さからすると量が寂しい気がした。床にはまだまだ品を並べられる空きがあるし、積まれたレンガの山も全然高くない。
どうやら材料不足による品薄は切実な問題らしい。
「そういうことで、ならこれを機にと新しい採掘場所を探すことにしたんだよ」
「それで魔術士の―――探査の魔術の出番というわけですね」
「ああ。ちなみに条件だが、第一に粘土の質が良いこと。焼成したときに色合いが悪かったり、簡単に崩れるようなモノは使えないからな。それとなるべく町の近くで、採掘作業と運搬がしやすくて、安全を確保しやすい場所がいい」
条件を聞けばなるほどと思う。どれも依頼人からすれば当然のことだけれど、その全てを満たす場所はすぐに見つからないのではないか。
そして、だからこそ冒険者。だからこそ要魔術士なのだ。いい粘土が採掘できそうな場所のアタリがつくのなら、あとは後半の条件だけ揃えればいい。
リルエッタはニコリと微笑む。とても魅力的に、僕が見たこともないような表情で。
いい顔するなぁ、とは思ったけれど、やっぱり怖いなあの顔。
なんなら、怒ってる彼女の方が安心するかもしれない。
「お任せください。今使っている粘土を見本として少しいただければ、採掘できる場所はすぐに分かります。きっと期待に添える場所を見繕えますわ」
「おおありがたい、やってくれるか。待っていてくれ、オレもすぐに準備してくる」
「えっ?」
おじさんの言葉に驚いてしまって、思わず変な声が出てしまった。交渉中は黙っているように言われていたのに。
けれどリルエッタとユーネも同じように驚いたようで、一旦奥に引っ込もうとしたおじさんを呼び止める。
「ええっと、今回の依頼は調査……ですよね? 貴方も一緒に行くのですか?」
「ん? そりゃあオレも直に現地と粘土を見ておきたいしな。……あ、そうかそうか。オレがついていくと護衛料が発生するんだな。そりゃ依頼するときに伝えなかったオレのミスだ。じゃあ、途中で冒険者の店に寄って追加料金を払おう。それでいいか?」
「て……手続き上はそれで問題ないと思いますが……」
「なら決まりだな。なぁに、今は景気が良いんだ。それくらいケチったりしないよ」
熊みたいなおじさんがガハハって笑って、リルエッタが少し引きつった笑みで返す。
ちらりと横目でユーネを見ると、彼女も僕を見ていた。……たぶん、僕たちは同じような表情をしているのだろう。
僕たちは今日、初めて依頼人と会って仕事を請けた―――ただし、バルクがちゃんと依頼内容を確認しなかったせいで、出だしから仕事の難易度が上がったのである。
「フフン、今日はとても良い天気だね! 空はどこまでも蒼く、風は気持ちよく、暖かな日差しが包み込んでくれるようじゃないか。うんうん、絶好のピクニック日和と言えると思わないかい?」
ドワーフの木こりが見晴らしを良くした、ベッジの森の入り口付近。
海猫の旋風団リーダーであるペリドットは今日のメンバーの顔を一人一人確かめるように見渡し、大仰に頷いてから元気に声を張った。
「というわけで諸君、今日はみんなで薬草探索に行こう!」
ペリドットは右拳を空高く上げ、芦毛の馬が嬉しそうにヒヒンといななき、白耳の兎獣人が馬に隠れながらワーイと両手を挙げる。
そっかー、今日はピクニックだったか。仕事だって聞いて来たんだけどなー。
「このメンツで?」
シェイアとチッカに両隣から視線で圧をかけられたオレは、とりあえずツッコミを入れたのだった。