店の主と美しき奇人
冒険者の店が閉まる時間は短い。
一般の人々と違い、仕事内容の定まらない冒険者は決まった時間に行動するわけではない。朝に出て夜に戻ってくるヤツらもいれば、夜に出て朝に戻ってくるヤツらもいる。
依頼は様々で、それを請ける冒険者はバラバラで、冒険者の店はそれを纏めて対応しなければならない。
だから深夜に店を閉めて、夜明け前に店を開けるのが常だった。
閉店時間だってのにいつまでも居座って飲んでいるヤツもいるが、そういうのはもう追い出すか店内に閉じ込めてしまうことにしている。常識の無いバカどもにギャアギャア言われようが知ったことではないし、もし店に悪さでもしようものなら暇な腕利きに地の果てまで追わせて袋叩きにさせればいい。
短い閉店時間と、昼の時間に雇っている従業員に受付を交代してもらっている間が、暴れケルピーの尾びれ亭店主の休憩時間。―――とは言っても、昼にゆっくり休めることはあまりないのだが。
「いいかげん、人手不足をなんとかするべきだな……」
まだ暗い時分に店の扉の鍵を開け、受付にどっかと座って大きく息を吐く。この時間はさすがに人はいないが、町をぐるりと囲む壁の門が開くのと同時に出発したいヤツらなんかは、そう時間を経ることなくやってくるだろう。
以前のこの店は、無理なく交代制で回っていた。仕事量的にそろそろ受付カウンターの数を増やそうかと考えていたタイミングで、長年勤めていた従業員が一気に二人も辞めてしまったのが悪かった。
残った者で穴埋めをやっているが、このまま長い期間をこの人数でやるのはさすがに難しい。
十年と少し前に今の領主になってから、この港町は少しずつ大きくなっている。町に人が増えれば冒険者の数は増え、そして店に寄せられる依頼は増えた。当然、この店の仕事量も増加している。
しかも下水道の新区画が見つかったことで、この町はこれからさらに発展する可能性が高いという。
そろそろ本当に人を増やさないとマズいのだろう。……とはいえ、冒険者というならず者まがいの連中を相手にしなければならない場所である。まっとうに従業員募集しても、まっとうなヤツはまず来ない。
「いっそ奴隷でも買うかね……」
手っ取り早く人員を補充するならそれが一番早い。……ただ奴隷となると、一度買ったらその先ずっと面倒を見ることになる。選択肢としてありはするが、買うのは犬猫ではないのだ。検討の段階でもう腰が引けてしまう。
……しかし、だ。店主である自分がずっと店番をやっているわけにもいかない。店の仕事の他に、ギルド員としての仕事もあるのだ。
「……ふん」
受付のカウンター下にある引き出しを開け、手のひらに収まる大きさの薄い金属板を取り出す。表面に彫られているのは冒険者ギルドの印と、暴れケルピーの尾びれ亭の印―――つまりこの店の印。
これの管理も自分の仕事。
「フフン、読み書きや計算ができる奴隷はお高いものだよ、マスター・バルク」
男性のものにしては高くてよく通る、舞台役者のような美声が響く。
「アア、モチロンそれだけじゃあ足りないよね。ここの受付にするなら一般人に対応するための品性と、荒くれたちを相手にする度胸が備わっている者でなければ。そして依頼内容を理解する知力と、守秘義務を重んじる責任感の強さかな? いやぁ、なかなか値が張る買い物になりそうだね」
もう聞き慣れたキザったらしい口調にゲンナリしたが、もっともな指摘には舌打ちする。
普通、奴隷なんて下働きをさせるものだ。冒険者の店の受付を任せられるような人材が奴隷落ちすることなんてまずないし、いたとしてもかなりの額になるだろう。
「マスター・バルク。これはご忠告ですが、目先の浅慮で適当に安い者を買って評判を下げたりしないように。ここは一応、ぼくの―――太陽の輝き宿すペリドットが出入りする店なのだから」
フフン、と鼻で笑って、顔が映るほど磨き上げられた板金鎧を身につけた青年が明るい緑の長髪をかき上げる。……その誰も呼ばない二つ名やめろ恥ずかしい。あと鬱陶しいから切れその髪。
「久しぶりだなペリドット、仕事は終わったのか?」
「当然サァ。なかなかやりがいのある仕事だったけれど、いつも通り完璧にね。ぼくの新たな武勇伝を聞くかい? 美しい珊瑚に囲まれた隠れ小島に棲むマーメイドと叶わぬ恋をし、涙の加護を得て海中から夜闇の隙間を漂う船賭場に潜入任務を成功させ、麗しき我らがヒリエンカの町を侵そうとする巨悪を見事討ち果たしたこのぼくの活躍を!」
「報告で話を盛るな。船賭場の入り方ならムジナ爺さんに聞いてただろお前」
「民衆は心躍る物語を所望するものだよ、マスター・バルク」
これ見よがしにため息を吐いてやってから、額を押さえる。
コイツと話すと頭痛がするが、だからと言ってあまり無碍な扱いをするわけにもいかない。
「フフン、マスター・バルクだってぼくの活躍が広まった方が店の宣伝になっていいだろう? いらぬ心配しなくとも、ぼくは度量の大きい男であるつもりサァ。アア―――民衆の味方、ヒリエンカの太陽、美しき白馬を駆る美しき最強の槍使い。暴れケルピーの尾びれ亭にて最高ランクパーティ海猫の旋風団リーダー、太陽の輝き宿すペリドット! ぼくの名、この店のために好きなだけ使ってくれて構わないよ!」
「お前の目立ちたがりに付き合う気はないんだよ……」
顔の前で腕をクロスさせ、ビシッと妙なポーズをキメるペリドット。
冒険者になるのは一癖も二癖もあるヤツらばかりだが……こういう奇人変人の類がうっかり成り上がってしまうこともある。それが良いことなのか悪い事なのかは分からないが、とりあえず自分の心労が増すことは間違いない。
「パーティの他のヤツらはどうした?」
「さすがに疲れていたようだからね、先に帰らせたよ。報告なんてリーダーがいれば十分だろう?」
「お前じゃなければな」
この様子で誰か死んでいるとは思わなかったが、これも一応冒険者を管理する店の業務だ。
「報酬は領主に確認してからだ。行っていいぞ」
「フフン、つれないねえ。まあいいサ」
役者ぶった仕草で手を広げ、大げさに肩をすくめる美形の戦士。ひたすら変人ではあるが、顔がいいだけにこういうポーズが半端に似合うから始末に悪い。
こちらがさっさと行けと願っているのを知ってか知らずか、ペリドットは用が終わったにもかかわらずすぐに出て行こうとしなかった。まだ人気のない店内を見回して、今度は格好つけのない素の顔をこちらへ向ける。
「ところで、ムジナ翁はそろそろ来るころかな? ぜひとも船賭場攻略のお礼をしたいのだけれど」