自由
「パーティは……互いにできないことを埋め合うために組むものでしょう」
声が喉につっかえる。頭がこんがらがって、なにに対して反論しているのかも分からなくなってくる。
魔術師がいて治癒術士がいるのなら、戦士がほしいところだ。斥候もいるとなおいい。前衛ができる人はできれば複数人がいい。……パーティはそうやって組むものだろう。
危機を切り抜けるために仲間と組むというのは、違う。違わないといけない。その論理が通るのであれば、彼は―――わたしは。
「そう」
美貌の魔術士があっさり頷く。
わたしの言葉は当然のように受け止められ、お酒といっしょに飲み下される。
「欠点を埋め合い、危機的状況に陥らないパーティを組み、つつがなく冒険を成功させる。それは一つの理想。けれど難しい」
当たり前のことを、当たり前のようにその女性は語る。
「冒険者パーティの人数は多くて六人ほど」
―――それは、そうだ。
聞いたことがある。冒険者は大人数で動くことを良しとしない。騎士団や傭兵団とは違い、少人数による身軽さが冒険者の強みなのだ、と。
しかしその強みは、弱点だ。あまりにもあからさまな弱みに通じている。
「それより増えると纏めるの面倒だからな。報酬の分配だけで毎回揉めるだろ」
「ええー……単に管理能力がないだけなんですかぁー?」
戦士の男のあんまりな言葉に、ユーネが眉を下げて残念そうな声を出す。……頭が痛くなったが、それもあり得そうな話かもしれないと思ってしまった。
だって少なくとも、目の前の男は集団行動に向いているように見えない。女性の方もだ。もちろん個人差はあるだろうが、そういう者が冒険者の店に集う傾向があるのであれば、大きな組織を構成するのは難しいだろう。
「多いと重荷。自由が削がれる」
そのシェイアの言葉は、冒険者の本質に聞こえた。
自由。……それがなくて、どうして冒険者と言えるのだろうか。わざわざ重荷を背負うのであれば、それはもう冒険者ではなくてもいいのではないか。
「急な依頼への対応、移動時の速度、狭い場所での動きやすさ。少人数の利点は多く、なにより気楽。―――けれど」
「……それは、ギリギリの人数しかいないということ」
続きの言葉はあまりにも明白で、気づけば続きの言葉を受け継いでいた。
騎士団や傭兵団がなぜ人数を揃えるのか。答えは簡単で、数が力であるからだ。多くの状況に万全に対応し、確実に任務を遂行するためには人員を増やし戦力を固めるべきだからだ。……組織が大きくなればなるほど、動きは鈍重に、しがらみは複雑に、規律に縛られ、食い扶持は際限なく増えるけれども。
冒険者は少人数で動くがゆえに身軽で単純だ。けれどその分、危機的状況に陥りやすい。
それはもう、冒険者として活動する限り、どうしようもないことなのだ。
「仲間は慎重に選ぶべき」
そう言ってシェイアはコップを傾ける。―――あの、チッカというハーフリングの斥候と同じ忠告。けれど改めて聞いたそれは、まったく別の意味として胸に響く。
むやみに危険を呼び込むようなことはしないと信じられる相手を選べ。
もし危機に陥ったとき、信頼して共に切り抜けられる相手を選べ。
そして―――……一緒に死ぬことになったとき、後悔しない相手を選べ。
「わたしは……どうしたらいいの」
漏れ出た声はか細く、自分のものだと思えない。
なにも分かっていなかった。わざわざ忠告までされたのに、上辺のまま受け取って深く考えようともしなかった。あれは忠告であり警告だったのだ。
わたしは、選ばれる仲間の条件を何一つ満たしていなかった。
頭はグチャグチャで、漂ってくるお酒の臭いが不快で、けれど縋るのはそこしかなくて。
誰でもいいから、教えてほしくて。
「笑い話にすればいいんじゃね?」
「大したことではない」
その言葉に、テーブルを思いっきり叩いていた。
声が出なかった。握った手がジンジンと痛みを訴えていた。頭の中がグチャグチャだった。
「お……お嬢様……」
ユーネの声が聞こえる。制止しようとしている。無視した。
「貴方たちは……」
やっと声が出たのは、数呼吸をおいてから。
「そうやって、人を笑いものにして、お酒を飲んでればいいんでしょうけれどね……」
大きな声は出せなかった。そんな気にはなれなかった。わたしには大仰にわめき散らす資格などなかった。それでも声は震えていた。
俯いていたからテーブルの木目しか睨めなくて、顔は上げられなくて、けれど目の前の二人に文句の一つくらい言いたくてしかたなかった。
「相談に……乗るって言ってきたのは貴方たちの方よ。なら、こちらが聞いたことくらいもっと真剣に答えなさい」
「いやマジメだが?」
本当に魔力弾を撃ってやろうか。今ならあのバカ面に風穴を空ける威力が出せる気がする。
「真面目に答えていると言うのならまずはお酒を置くべきよ。こちらが新人だからって、あまりにも失礼だわ」
「お、調子戻って来たじゃん。けど悪いな。お前らの失敗談、俺には笑い話にしか聞こえねぇんだわ。だったら酒の肴にして笑い飛ばしてやるのが冒険者の流儀だろ」
「ふざけ―――!」
もう我慢ならなくて短杖を取り出そうと手を腰に伸ばす。……けれど、その動きは止まった。
言葉で、止められた。
「だってお前ら、全員無事に帰って来たじゃねぇか」
ゾッとした。一気に血の気が引いた。ここはそういう場所なのだと心臓で理解した。
「誰も死なず、四肢が欠けるような大けがもせず、めでたく全員無事に戻って来たんだ。俺らだったら、いろいろあって大変だったけど喜ばしいな! って宴会するトコだ。ああいや、この報酬じゃちっといい料理頼む程度だが」
「反省は大切。後悔はいらない」
テーブルの端に置かれたままのお金に目をやって頬を掻く戦士の男。すました顔でお酒を飲む魔術士の女。
冒険とは、危険を冒すこと。時には死ぬことだってある。
この二人は当たり前のようにそれを受け入れている。……わたしは今日死にかけたというのに、まだそれを理解しきっていなかった。
ここは冒険者の店なのだ。
「ぶっちゃけ、そんなんでしんみりしてるの見せられてもウゼぇんだよな。生きてるならだいたい取り返しはつくもんだろ? なにが悪かったか反省したら、とっとと次なにやるべきか自分で考えろよ」
冒険者の男はベラベラと語る。マトモな人間では持ち得ない精神で、なのに酷く合理的なことを。
「落ち込むのは取り返しがつかないことになった時だけでいいんだよ。冒険者やってりゃ、どうしてもやりきれない、しんどい思いだってそのうちするだろうさ―――そんときは潰れるまで酒飲んで寝ちまえ。そんなヤツ、ここにはいくらでもいる」
―――以前、キリが冒険者はみんなダメ人間だと言っていた。
冒険者になった者が……冒険者を続けた者がみな、この精神性を獲得するのであれば、それは常人とは明らかに一線を画している。端から見れば、酷く不誠実にすら映りかねないほどに。
「そう。たとえば、想い人だった仲間が他の仲間と結婚引退して一人寂しく取り残された人とか」
ゴンッ、と戦士の男がテーブルに頭を打ち付けた。すごく大きな音がした。さっきわたしがテーブルを殴ったときよりも響いたかも。
ギギギと油の切れた扉のような動きで顔を上げ、男は泣きそうな顔で隣の女性を睨む。
「……テメェ、人がせっかく忘れかけてたコトを」
「ウェインに冒険で仲間を死なせた経験はない。偉そう」
「テメェだってねぇだろうがぐうたらソロ女!」
「お酒は美味しく飲むもの」
野犬のように騒がしく吠える男と、それを意に介さずお酒を美味しそうに飲む女。
その二人の姿はなんというか、こう、ものすごく残念な気分にはなるのだけれど……ただのダメ人間に見えた。
ストン、と。いつのまにか浮かせていた腰を落とす。いっそ呆然とした心地で目の前の冒険者たちを眺める。視界の端に彼が置いていった貨幣が映って、少し首を巡らすと店内の様子が目に入ってくる。
……こんなに騒がしくしているのに、誰もこちらに視線を向けていない。もっと騒がしいテーブルがあって、なにやら話し込んでいる席があって、壁際には依頼書を読んでいる者たちがいて―――この店の日常の光景がそこにあって、わたしたちもその中の一つで。
ああ、そうか、と。
自由とは、こういうことなのか、と。
はぁ、と息を吐く。スゥ、と息を吸って、もう一度深く息を吐いた。胸の内にあるモヤモヤを晴らすように。
そうして、わたしはとりあえずの決意を口にする。
「わたし、貴方たちのような大人にはならないわ」
「そうしろ」「そうしなさい」
二人揃っての返答には、苦笑するしかなかった。