二杯目と四杯目
「べつに、女の子のピンチに駆けつけて秘められた能力が覚醒したー、だとか、そんなお芝居みたいにうさんくさい話じゃねぇ」
ガヤガヤと騒がしい冒険者の店で、その男はうさんくさいお芝居のように両手を広げて見せた。
「最初に倒した一匹は、魔術士の嬢ちゃんを狙ってたヤツを後ろから刺したんだろ? 二匹目は神官の嬢ちゃんが相手してたヤツが振り向いたところを、槍で殴り飛ばしてしばらく気絶させた。三匹目は槍を折っちまったがなんとか倒して、最後に起き上がって魔術士の嬢ちゃんを狙った二匹目を折れた槍で刺し殺した」
さっきわたしが話した、事の顛末。
無骨な指を折って数えながらおさらいした男は、その手でトントンと自分のこめかみを叩いて、ニッと笑う
「―――頭使ってよくよく考えてみろ。ガキんちょがまともに戦ったのは一匹だけだ」
頭が悪そうな顔だった。
バカみたいな笑顔だった。
けれどたしかに、それは真実だった。
「その戦闘であなたたちが担ったのは、前衛役。敵の注意を引き付け、仲間を守る盾。タンクと呼ばれる戦闘の要」
クピリとお酒を一口飲んで、シェイアが至極真面目な口調でそう言う。……そして。
「言い過ぎた。囮」
わざわざ訂正しなくてもいい。
「やっぱり撒き餌」
どんどん価値が下がっていく……。撒き餌はもう倒されることが前提の役なのではないか。
「ガキんちょは弱いが、あれで頭はいいからな。テメェの弱さをようく知ってやがる。……一度に三匹相手したらすぐ潰されることぐらい、調子に乗るんじゃねーぞって俺が指導してやるまでもなく分かってるだろーよ。つーか話聞いてみて分かったが、クソ生意気なことになんで勝てたかまできっちり理解してるくせぇ。―――今回なんとか勝てたのは、お前らがゴブリンを分散させて気を引いていたからだってな」
昨日は会話についてくることもできなかったのに、戦闘のことだけは妙に饒舌に、戦士の男が解説する。……きっと場数の差だろう。彼はこれで、おそらくかなりの経験を積んだ冒険者なのだ。
そんな熟練の戦士が、わたしとユーネを見ておかしそうに笑う。バカにした調子ではなく、面白そうに……そして、なぜだか少し嬉しそうに。
「つまりそのゴブリン戦、お前らは一方的に助けられたように思ってるかもしれねぇが―――実際は、パーティでの戦闘だったってことだ」
「そんな―――そんなの……納得いかない」
そう、声を絞り出した。
「ゆー、ユーネも、それは認められないですー」
幼馴染みも同意見のようで、形のいい唇を歪めている。
そうだ。当然だ。そんなの詭弁でしかない。
あれがパーティ戦闘? 油断して奇襲されて、一度も魔術を使うことができずに、助けに入ってくれた彼の動きを見ていただけの自分が、役に立っていた?
「納得いかねぇのは当たり前だ。これでちゃんと仕事しましたーなんつったらダメすぎる」
からかうようにカラカラ笑って、上機嫌でお酒をあおる戦士の男。それで飲み干したのか、彼は手を上げて大きな声でおかわりを注文する。まだ一杯目だけれどシェイアほどお酒に強くないのか、少し顔が赤くなっていた。
こちらをからかって楽しんでいるのではないか、と思ってしまう。この二人が適当なことを言わない保証などないのだ。
「戦闘には様々な状況がある」
戦士の男をコップでつついて、ついででもう一杯頼むよう視線で指示したシェイアが、こちらに向かって人差し指を立てる。
「その中でも、本来は後衛である魔術士や治癒術士が敵と肉薄する状況は、最悪」
……ユーネは一応、薄いけれど鎧を着けているし、ほんの少しだけれど教会の方でポールメイスの扱いを訓練している。
とはいえ、それを訂正しても意味はない。あの状況はたしかに最悪だったのだから。
「けれど危機的な状況下は、よくあること。そんなもの、冒険を続けるなら何度でも切り抜けていくことになる」
クピリ、と彼女はお酒を飲んで、コン、と乾いた音を響かせて空になったコップを置いた。
細く白い手を占い師のように持ち上げ、ツイ、と指で飲み口の縁をなぞる。
「なぜ彼は、一番最初に大声を上げなかった?」
……意味を理解するのに、数秒かかった。意味を理解して、呼吸が止まった。
「声を上げればゴブリンの注意をひくことができる。そうすれば、あなたたちへの攻撃が緩む可能性があった。少なくともゴブリンの一匹は彼を相手するため動かなければならなかったし、そうすればあなたたちは体勢を立て直せたかもしれない」
普段より饒舌に、美貌の魔術士はもしもの場合の状況を説明する。
それはつまり、ここが話の肝であるということ。……あるいは、お酒で口が軽くなっているだけかもしれないが。
「けれど彼はその選択をとらなかった。あなたたちが襲われている状況を利用して、まず一匹を倒すことを優先した。―――襲われていたあなたたちは、彼の作戦に組み込まれた」
……あの時わたしが彼に気づいたのは、ゴブリンの喉から槍の穂先が生えた後だ。
シェイアの言うとおり、彼は声を上げていない。背後から槍で刺されるその瞬間まで、ゴブリンはわたしを標的にしていた。
「そうしなければゴブリン三匹を倒せないと、彼は判断した。つまり彼は、一人では勝てなかったことを誰よりも理解している。……そこに置かれたお金は、そういうこと」
わたしはテーブルの端に置かれたお金へ視線を向ける。
ほとんどが銅貨のそれは、あれだけの危険を冒したにしてはあまりにも安く、けれどたしかにそこにあった。
「その金はお前らがいなかったら入らなかった金だ。だからお前らにも分けるべき、ってガキんちょがそう思ったから、わざわざ置いてったんだろ」
その口調は言外に、わたしたちがどう思おうが関係ないのだと言っていた。
「三人いれば敵の戦力は分散するからな。お前ら、いるだけで戦力だったってよ」
「特殊なケース。報酬の分配は当事者が決めるべき。彼が置いていったのなら、もらっておけばいい」
ギ、と奥歯が擦れる。悔しさで目が潤んでくる。
納得できなかった。できるはずがなかった。
「わたしは……判断を間違えた。勝手に行動して、勝手に危機に陥って、助けられた……」
「判断ミスなんざするもんだ」
「危機は陥るもの」
わたしの言葉はバッサリと斬られて、理不尽の向こうに捨てられてしまった。
「冒険はすんなり行くことばかりじゃねぇ。つーか、そうだったら冒険じゃねぇ」
冒険とは、危険を冒すこと。そしてその先へ向かうこと。
厨房の女性がお酒のおかわりを持ってきて、テーブルに置いた。二人はすぐに手を伸ばす。
戦士の男はお酒を飲んで、くぅー、と美味しそうに鳴いた後、こちらへと視線を戻す。
「だからこそ、それを切り抜けられる仲間と組むんだろうが」