違和感
「パーティに誘われたのよ」
事情を聞いたユーネに、リルエッタはそう説明した。彼女は不機嫌だった顔をさらにご機嫌斜めにして、腕を組んで頬を膨らませている。―――こんな時でも背筋はまっすぐで、椅子に座る姿勢が美しい。育ちがいいってこういうことなんだなってちょっと尊敬してしまう。
店の入り口でリルエッタの怒声が聞こえたとき、またウェインかな? と思った。けれど視線を巡らせると、怒鳴られていたのは二人組だった。
話したことはない。でも見たことはある男の人たち。僕よりは先輩なはずだけれど、若いしたぶん新人さんで、装備は二人とも剣と鎧と盾。
驚いた顔をした彼らは何か言おうとして、リルエッタの本気で怒った顔に怯んだのか、周りからヤジが飛んできたからか、バツが悪そうに去って行ってしまった。
普通に毎日見る人たちなんだけれど、これから会うの気まずいなぁ……。
「あの人たちにですかー? でも、それは光栄なことではないのです?」
僕の隣に腰掛けたユーネが首を傾げる。いつもはリルエッタの隣に座る彼女だけれど、今は怒りの圧力に負けてこちら側に来ていた。
たしかにパーティに誘われるということは、その能力を欲しいと言われたってこと。受ける受けないはべつとして、それ自体はとてもいいことのはずだ。少なくとも怒鳴るようなことではない。
「マグナーン目当てよ」
声が恐い。
「わたしたちをパーティに誘いたいってしつこく言うから話を聞いていたけれど、少し怪しかったからカマをかけてみたの。そしたらマグナーンのお金やコネクションで、いい装備や依頼を回してくれるんじゃないか、って期待してるのが丸分かりの反応だったわ。もう、頭にくるったら」
「あぅ、なるほどー」
「昨日の会話を聞かれてたみたいね。あの斥候の忠告、聞いておいて良かったわよ」
なんだか分かりたくない話だけれど、チッカの助言が役立ったのは良かったね。
いまだ怒りが収まらないリルエッタと困り顔のユーネを見比べて、僕はため息を吐く。お金持ちの家って大変なんだな。
「二人とも戦士さんだと思うし、魔法を使える人が欲しいのは本当だと思うけれど」
僕がそう言うと、ジロリと睨まれる。
「なに? だからここを抜けてあっちのパーティに行けってこと?」
「そんなこと言ってないよ」
僕は額に手を置いて目元を隠し、リルエッタの視線から逃れる。困った。これじゃうかつに喋れない。
「……まあいいわ。貴方に当たるのは筋違いだもの」
筋違い。
そっぽを向いてそう口にした彼女は不満げで、どこか拗ねているようにも見えた。
「それより用は済んだの? なら出発するわよ。グズグズしているとまた帰りが遅くなるわ」
苛つきながらも立ち上がり、僕たちの返答を聞くこともなく背を向け、外へ向かうリルエッタ。
それを見た僕はユーネと視線を交わして、首を横に振った。
今は無理、と。
町並みを歩いて、壁の門をくぐり町の外へ出て、街道を外れてシルズン丘……シルズン山の麓に辿り着くまでの間、会話らしい会話はなかった。ここまでは特に隊列も気にしないので、三人で並んで歩いていたにもかかわらず、だ。
正直、気まずい。リルエッタはイライラしているし、ユーネはビクビクしているし、やりにくいったらない。
ただ……この無言の時間のおかげで少し、疑問ができた。
「ここから隊列で進もう。昨日と同じく、僕が前でリルエッタが真ん中、ユーネが後ろね」
「分かったわ」
「はいー」
山に入れば道は細くなる。僕がそう指示を出すと、二人は短く返事をして従ってくれた。……こんなやりとりならできるのだけれど。
横に並んで歩けないので、さらに会話はなくなってしまう。それがやっぱり、なんだか嫌だった。
「リルエッタはさ、マグナーンの家のためだけに冒険者になったの?」
だから、浮かんだ疑問をぶつけてみようと思った。
歩きながら考えたのだけれど、お金持ちの家の子であるリルエッタは生活に困っていないのだから、毎日冒険に行く必要ってないのではないか。それこそ気分の乗らない日には、お休みしても大丈夫なはずだ。
それでも今日、あれだけ怒っていて、さらに嫌なこともあって、気分なんてガタガタだっただろうに、彼女は自分から立ち上がって出発したのだ。昨日ですら連日の山登りは厳しいって言っていたのに。
「……どうして?」
「真面目だから」
覚えた違和感を短く言い表すなら、これになる。
薬草について予習してきたり、人の助言をちゃんと聞いたり、怒っていても冒険に出発したり、さっきだって指示にはちゃんと返事して従ってくれて。
彼女はとても真面目な子だ。
だからこそ彼女がなぜ冒険者になったのか、すごく不思議に思ったのだ。
「なによそれ。説明になってないわ」
「う……ごめん」
「それに、わたしに他の理由があっても貴方には関係ないことよ」
にべもなく話題を切られてしまう。彼女はやっぱり不機嫌のようだ。
絶えず周囲に気を配りながら、道悪の坂道を進む。薬草はマナ溜まりで採取するつもりだから道中で探す必要はないけれど、それでもまだムジナ爺さんほど警戒に慣れていないから、それをしながら会話するのは難しい。どうしても話と話の間に空白ができてしまう。
「冒険者ってさ、みんなダメ人間なんだって」
ヒヒヒ! という笑い声が聞こえた気がした。先頭を歩きながら、一つ一つ指折りながら、記憶に残っている言葉を思い出す。
「えーっと、成り上がりを夢見るバカ。毎日コツコツ働くのが嫌なバカ。マトモな場所じゃ絶対受け入れられないバカ。一攫千金頼りのトレジャーハンターバカ。なにも考えてないバカ……だったかな?」
「バカばっかりじゃない?」
多分違うけれど、まあこんな感じだったはず。
「冒険者になる人は、だいたいそんな人たち。だって普通の人は恐い魔物の相手なんかしたくないから、普通の職について安全に生きることを選ぶ」
僕も一度だけゴブリンと戦った。
錆びた剣を振り下ろされて、鎧の肩当てに当たったから酷い怪我はしなかったけれど、すごく痛かったし恐かった。
数日たってもう完全に回復した今でも鮮明に思い出せる、あの時の肩の痛み。
「……普通の人が冒険者に依頼するってことはね、自分の代わりに危険な目に遭ってくれってことなんだよ」
まああの時は、ギルドクエストだったんだけれど。
けれどムジナ爺さんに教えられたとおりに毎日確認している壁の依頼書の中には、背筋と心が凍るようなものが多くある。
「達成できたらお金をやる。けれどべつに、おまえが死んでもかまわない。依頼するってそういうことで、依頼を請けるってことはそれを受け入れること」
……なんだろう。こんな話をするつもりじゃなかった。リルエッタに対する違和感の話だったはずなのだけど。
「生きるためにお金を稼ごうとして、命を賭ける。明日のパンのために、今日死ぬかもしれない危険を冒す。そのおかしさに気づかないふりをしていられるのが―――気づいたうえで、そうやって生きることをわざわざ選んでるダメ人間が、冒険者」
細い木の幹を掴んで、自分の身体を持ち上げるように段差を登る。地面に槍を置いて振り返り、僕は後続の二人を引き上げるために手を伸ばす。
「マグナーンの家がお金持ちで、マトモな感覚を持ってるのなら……リルエッタが冒険者になるの、反対されたんじゃない?」