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探査の魔術

「分かるのはここまで。ここで、僕たちは引き返したんだ」


 頂上近くまで来て、僕は見覚えのある地面を確かめる。さすがに足跡は残っていないが、たしかにここだった、

 この場所を覚えている。すごく恐かった記憶がある。

 しゃがめ、と言われてすぐに反応できなかった。残されたゴブリンの足跡を見つけて震えた。ムジナ爺さんの言葉で怒って、戦士さんが剣の柄に手をかけてどうなるかと思った。


 今でも、まざまざと思い出せる。


「そ……そう。ここまで、来て、引き返すなんて……とても……慎重な、リーダーだったのね……」


 リルエッタが地面にへたり込んで荒い息を吐く。なんだかムジナ爺さんを褒められたようで嬉しいな。


「本当にこの辺りで、いい薬草が採れる場所があるんですかぁ……?」


 膝に手を突きながらユーネはそう疑う。それは僕も知りたいんだ。


 ふぅ、と息を吐いて、袖で汗を拭う。僕もここまで来るとくたびれる。山登りは大変だ。ここは丘じゃない。

 けれど前来た時よりは楽だった。前回は僕がムジナ爺さんたちについて行っていたけれど、今日は僕がリルエッタとユーネに合わせていたからだろうか。休憩を多くしてだいぶん遅いペースで進んできたから、まだ体力は残っている。


「どうする? 少し休む?」

「いいえ……すぐ始めるわ」


 見るからに疲れているリルエッタだったけれど、彼女はすぐに取りかかった。

 適当に長めの木の棒を拾って、両手を広げたリルエッタがすっぽり入ってしまうくらいの円をかなり正確に描く。その内にさらに円を描いて、東西南北の方向になにかの紋様を描いた。


「……それ、魔法陣?」

「魔術陣よ」


 訂正された。何が違うのか分からなかったけれど、大切なことなのだろうか。あまりに真剣な顔だったので、それ以上は聞けなかった。


 全て描き終わったのか、リルエッタが一旦魔術陣の外に出る。手を伸ばしてさっきの棒を二重円の中心に立てた。

 少女が目を閉じる。ゆっくりと深呼吸して集中する。小さな口が、よく聞き取れない、知らない言葉を唱える。―――呪文。

 細くて小さくて白い手が、棒から離れる。


 パタン、と棒が倒れた。


「あっちね」


 棒が倒れた方を指さして、リルエッタがそう言う。

 ………………えーっと。なにか光ったりとか、音がしたりとか、よく分からないことが起こったりとかしないのだろうか。

 今のって棒を倒しただけじゃないの?


「……なによその顔」

「なにも言ってないけど」

「目が言ってるのよ!」


 僕の目、器用だなぁ……。


「もう、見てなさい」


 頬を膨らませたリルエッタが棒を拾い、もう一度同じように二重円の中心に棒を立てて、呪文を唱える。……言葉がさっきとちょっと違っている気がした。

 棒から手が離される。


「え……?」


 思わず声が出た。支えを失ったはずの棒が、倒れもせずにその場で直立していたからだ。

 地面に刺さっているわけではない。バランスがよさそうなわけでもない。その様子はあまりにも不自然だ。


「探す場所をここに設定したの。今、棒は指し示すことができずに留まっているわ」


 説明される。けれどその内容が頭に入ってこない。目の前で起こっている不思議をマジマジ見てしまう。

 魔法を見たのはこれが初めてじゃないけれど、こんなにじっくり見る機会はなかった。


「探査対象変更。キリはどこ?」


 リルエッタがそう言うと、棒が倒れた。パタンと地面に落ちて、先端を僕の方に向ける。

 今、僕が探されたのだ。どうなっているのかまったくわからないけれど、不思議としか言えないけれど、これは探し物を見つけることができる。


「これが探査の魔術。方角しか分からない一番簡易的なものだけれど、近くにあるなら十分でしょう?」


 魔術。

 槍の穂先に炎が宿ったり、靴擦れを直したりしたところは見たけれど、物を探すこともできるのか。


「さっき探したのは、魔力の濃い場所。マナ溜まりって局地的に魔力の濃度が高い場所のことでしょう?」

「そう……だと思う」


 詳しく知っているわけじゃないけれど、マナ溜まりって言うのだからそうなのだろう。


「……魔法ってすごいんだね」

「魔術よ」


 また訂正された。細かい。

 なにが違うのかは分からなかったけれど、たぶん重要なことなのだろう。今度からはちゃんと魔術って言おう。


「魔術なら、マナ溜まりを探せる……」



 ―――それより坊主。地図のお勉強だ。ちょうどいいから薬草が採れるマナ溜まりの大まかな場所、一個ずつ教えてやるよ。



 あの雨の日に教えてもらった場所のことは、全部覚えている。

 けれど、あの古くておおざっぱな地図でこの辺りだと言われただけで、実際に行ったことはなかった。


「なにしてるの? 行くわよ」

「大丈夫ですかー? キリ君も疲れちゃいました?」


 二人に顔を覗き込まれ、我に返る。顔があまりに近くって驚いて、ちょっと後退った。リルエッタとユーネが珍妙なものでも見るような目をする。

 考え事をしていてぼうっとしていた。……だめだ。今は冒険中だ。後のことは後で考えればいい。


「ご……ごめん、なんでもないよ。行こう」


 僕は考えを振り払うように、先導して歩きだす。

 ―――魔術。よく分からないけれど、僕もがんばれば使えるようになれないだろうか。






 結局、僕にできることなんてそうはない。知識も、技術も、経験も、年齢すら足りていない。

 だから、まずは辿ろうと思った。

 僕の冒険者の先生―――ムジナ爺さんに教えてもらったことをちゃんとできるようになって、教えてもらった場所を全部回ろう。


 それがなによりも、ムジナ爺さんへの追悼になるような気がしたのだ。






 最初に杖を倒した場所から結構歩いて、もう一度探査の魔術を使い、さらに歩いてもう一度探査の魔術を使った。

 妙に鬱蒼とした藪や枝葉を分け入って進む。僕はククリ刀もナタも持っていないので、手で小枝を折るくらいの隙間を選んで通る。ヒラヒラしたリルエッタのスカートが引っかかるたびに泣きそうな顔になったけれど、ユーネと一緒に励ましてなんとか連れて行く。


 肌で感じていた。暖かくて心地よいような、じわりとちょっとだけ活力が出るような、そんな感覚。

 そして、鼻をくすぐる覚えのある香り。



「わあ」



 その場所を見つけて、チェリーレッドの髪の女の子は感嘆の声をあげた。



「きれい……」



 ふわふわ栗色髪の少女も、それ以外の言葉を失った。


 一面の紫の花。

 そこだけ木々が生えていない、なのに誰にも踏み荒らされた跡のない、まるで周りの地形に護られるようにして存在するその空間は、ムジナ爺さんに連れて行ってもらったもう一つの方と同じ、とてもきれいな光景で迎えてくれた。

 この世の物とは思えない美しさだとすら感じる。きっと本当にこの世の物ではないのだろう。もしかしたらマナ溜まりという普通の場所ではないところだけに許される、どこか別の世界の飛び地なのではないか―――そんなことすら考えてしまう場所だ。


「よかった。まだ採れそうだ」


 僕は地面に膝をついて状態を確認し、ほっと胸をなで下ろす。……そしたら、自然と感謝の言葉が口から滑り出た。


「ありがとうリルエッタ。きみの魔術のおかげでここに辿り着けたよ」

「え―――」


 驚いた彼女の顔がおかしくって、笑ってしまった。

 一人で探していたとして、僕だとしらみつぶしに探すしかなかっただろう。朝に町を出発して山頂まで登って、夜になる前に町へ戻れるよう下山する間の時間で、この分かりにくい地形を探り当てなければならなかった。

 いつかは辿り着けただろう。けれど時期が間に合ったかどうかは分からない。


 こんなに早くここに来られたのは、リルエッタがいてくれたからだ。


「た……辿り着くのは当たり前でしょう。魔術は万能なのよ」


 その魔術を使ってくれた彼女にお礼を言っているのだけれど。

 なんだか照れているみたいで、それがかわいくって、僕はまた笑ってしまった。そしたらリルエッタが腰に手を当ててふくれっ面になってしまって、これはまずいと慌てた。


「あ、あの。キリ君、この薬草はどうやって採取するんですかー?」

「そうだ。早く採らないと日が暮れちゃうね。この花は花弁を使うから……」


 横で見ていたユーネが割り込んできてくれて、僕は仕事に逃げる。実際、もうここにいられる時間はそんなにない。日没の時刻を考えれば、ゆっくりはしていられない。

 腰に手を当てて何か言おうとしていたリルエッタは、むぅ、と小さく呻って、そしてはぁと息を吐いた。どうやらやりすごせたらしくて、ホッとする。


「採取の方法は簡単で、ナイフで茎のところを切って採るだけ。ただ来年の種のために、半分の半分くらいは残しておかないといけないから取り過ぎに注意すること。あと花はきれいなまま冒険者の店に持っていった方がいいから、欲張ってカゴに詰め込んじゃダメ」

「なるほどなるほどー」


 魔術士で薬草について僕より知識のある彼女は、僕がしゃがんでユーネに採取の方法を教えている間も立ったまま、紫の花の光景を眺めていた。

 やわらかな風が吹いてチェリーレッドの髪が揺れ、それを左手で押さえた彼女が、小さく呟く。



「これが……冒険なのね」



 その言葉はなんだか、やけに耳に残った。


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