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ムジナ爺

「まぁた肉ばっか喰ってるのかお前はよぅ。野菜もちゃんと食え。でないとオレっちみてぇに長生きできねぇぜ」


 ひどく小柄だが、ドワーフやハーフリングみたいに背が低い種族というわけではない。耳の形や骨格などを見ていけば種族が人間であることがわかる、つぎはぎだらけで斑模様になってしまった貫頭衣を纏ったその爺さんは、人を食ったような笑みを浮かべてテーブルに頬杖をついた。


「別に好きでこんな肉の塊喰ってるわけじゃねぇよ」


 俺はため息交じりに、爺さんの説教に応じる。俺だって普段は付け合わせの煮野菜とか喰う。


 知った仲だ。毎日会う顔であり、この店に登録した当初から知ってる男。頭頂以外の残った髪はすっかり白く、もう長いこと切っていないのか背中まで伸びているのに、髭はきちんと剃っているのかまったくないのがいつも気になる。ボロボロの格好をしているくせに身だしなみに気を遣っているのかいないのか。髭だけはこだわりなのだろうか。

 もうかなりの歳のはずだが腰は真っ直ぐで、日焼けした肌はいまだ現役の証拠。ギョロッとした濃い茶色の目は若さすら感じさせる光を宿しているのが印象的だった。


「おい、なんだよ爺さん。いきなり割って入って来て、誰だあんた」


 憤った若いのが声を荒げた。まあそうだろう。失礼な物言いで会話の邪魔されればそうなる。


「あ? オレっちか? オレっちはムジナってんだ。ヨロシクな若えの」

「ムジナ……? って穴熊じゃないか。そんな名前あるかよ」

「ヒヒヒ! そりゃ本名じゃねぇかんなぁ。冒険者名、ってやつだ。さっきウェインから聞いたろ? バカみたいな偽名だって通るのが冒険者ってやつだ。ま、ひよっこの坊やには分からなくても仕方ないけどよぅ」


 小馬鹿にするように笑うムジナ爺さんに、若い冒険者は顔を真っ赤にして怒気を露わにする。

 新人をからかって遊ぶのが好きな悪癖、昔っから変わってないな……。ヤメロよ他人を玩具にするの。

 せめて俺がいないとこでやってくれ。


「あー……紹介するぜ。ムジナ爺さんは何十年も前から冒険者やってる、この店のヌシみたいな妖怪爺さんだ」


 見かねて口を挟む。もしここで乱闘騒ぎにでもなったら、バルクのやつにドヤされるのは俺だ。ここにいるだけで貧乏くじ確定である。


「はん、古株だからってなんだっていうんだ。ロートルも甚だしい。昔は凄かったかもしれないが、今はただの爺さんだろ」

「ヒヒヒヒヒ! たしかにその通り、オレっちはただの爺さぁ。敬う必要はねぇ。ただ一個間違ってるぜ若えの。オレっちはずっとFランクだからな、凄かった時期なんざねぇよ」

「Fラン……?」


 反発精神旺盛だった若いのが、思わず絶句する。まあ気持ちは分からなくもない。

 Fは最低ランクだ。さっきまでここにいたガキんちょと同じ、証無しということ。つまりこの爺さんは冒険者登録してから数十年、一度も昇格していないのである。


 そりゃ絶句もするだろう。偉そうな爺さんに対して反抗しようと思ったら、全然凄い相手じゃなかったんだから。


「……まあ、ゴブリン並の怪物討伐をしないとEには上がれないからな。ムジナ爺さんはそういうのじゃないのさ」

「そういうこった。なにも剣を振り回すだけが冒険者の仕事じゃねぇ。オレっちみたいな弱っちいビビりにだって、できる依頼はあるってなぁ」


 思わず目元を手で覆ってしまう。……俺にとっては耳に痛い話だ。そして、昔は理解できなかった話でもある。

 だからこの若いのにも理解できないだろう。今は。


「はぁ……そうかい。まあそういう仕事はあんたに任せるよ」


 気力が抜けてしまった様子で、若いのは視線を逸らして後頭部を掻く。厄介なのに絡まれたなとか思っているんだろう。やっと気づいたか。


「おう任せとけ。……それはそうと、ウェインを誘うのはやめときな。誰も得しねぇ」

「……なんでだよ」

「実力が違いすぎる」

「…………なんだと!」


 ハッキリ言うな……。とはいえ、まあ事実だろう。

 また不快そうな表情を見せる若いのに、ムジナ爺はさらに続ける。


「ご立派だが体格に合ってない大きさの剣を吊ってるせいで、身体の重心が傾いてる。柄の布帯の巻き方もなってねぇ。革鎧は汚れてるが傷一つなくて、まだろくな敵とはやり合ってないのが丸分かり。立ち姿で素人晒してるのに、なんだもなにもないよなぁ?」


 戦闘の心得もないくせに、相変わらず目ざとい爺さんだ。何十年もここにいれば、見るだけで実力くらい分かるようになるんだろうか。

 実際に図星なのだろう。若いのはグゥの音をあげて言葉を詰まらせる。……その隙を、このよく喋る爺さんが見逃すはずがない。



「なあ若えの。ウェインを誘って背伸びした依頼こなして、報酬はどうすんだ?」



 ―――クリティカルな題目だ。本当、この爺さんは古株なだけあって肝を抑えている。

 ムジナ爺がパーティとか組んでるの見たことないけど。


「報酬……? まあ……そりゃ、働きに応じて……」

「ヒヒヒ! 出来高か、それが一番ダメだ!」


 遠慮無く馬鹿にした笑いを響かせるムジナ爺さん。今気づいたが、どうやらこのテーブルは他の客たちから注目されているようだ。……というか、ガキんちょがいた頃から引き続き注目を集めているのかもしれない。

 なんて日だ。俺は燻製肉の塊を食べてるだけなのに、同席のせいで他のヤツらの酒の肴にされているのだ。


「いいかよく聞け。例えば、冒険で戦闘があったとする。そのときは楽勝で、誰も怪我せず勝利した。スゲぇいいことだろ?」

「……まあな」

「で、前衛の戦士はこう言うのか? 今回は怪我しなかったから、癒やし手の神官は働いてないな。報酬は少なくていいだろう、ってよぉ。ヒヒヒ!」

「う、うちには神官はいない!」


 あくまで例え話だ。いるかどうかは関係ない。

 この例だといずれ神官は仲間の怪我を望むようになるし、それで実力より上の依頼を請ければ酷い目に遭うだろう。

 それは他のメンバーも同じで、各人が自分の得意を活かせそうな依頼をやりたいと思うようになり、あまり活躍の場がなさそうな依頼であればやる気が下がるなんてこともあり得る。なんなら、分け前を増やすためにわざと危険を呼び込むような行動をする者だって出てくるかもしれない。


 結果、喧嘩別れならマシな方だ。上手くいくことはまず無いだろう。


「報酬はパーティの不和の原因になりやすいからな。できるだけ実力の近い者同士で組んで、山分けが一番いい」


 俺がそう言ってやると、若いのは怒ったような情けないような顔をしてこちらを見る。


「そ、そりゃたしかにランクはあんたより低いけどさ。そうだ、あんただけ分け前を二倍なら……」

「同じことだろ。それとも、お前らは俺の半分しか働く気がないのか?」


 もう面倒になってきて、突き放すような言い方になってしまった。とはいえ間違ったことは言っていない。

 一人だけ報酬が高いと、その一人に頼るようになってしまう。……まあ、それで上手く回るくらい俺が働き者ならいいが、あいにく剣を振るしか能が無いからな。

 なんにしろ歪なパーティになるだろう。結果は見えている。


「ヒヒヒ! ま、無理せず身の丈に合った依頼をこなして経験を積むこったな。なぁに、若いんだ。真面目にコツコツやってりゃ、そのうち実力もついてくる」


 ムジナ爺のいつもの特徴的な笑い方に、俺はため息を吐く。

 真面目にコツコツ。冒険者の大半は、それが嫌でこんなところにいるのだろうに。






「たぁく、ウェイン坊はお優しいこったな。あんなお誘い、普通なら鼻で笑って小馬鹿にするもんだろうが。お人好しの事なかれ主義か? そんなだからミグルにラナを取られんだぞ」


 若いのが仲間の二人と共に店を出ていってから、ムジナ爺さんは呆れ声で俺にダメ出しする。おいやめろ、あの二人は関係ないだろ。


「別に、受ける気はなかったよ……。あいつらまだFランクだろ。臨時で一回二回ついてってEに上げてやって、そんで抜けた直後に全滅とか寝覚めが悪すぎる」

「だろうな。ま、明日ウェイン坊がついていかなかったせいで全滅するかもしれねぇがよ」

「それこそ知ったことじゃない話だ。冒険者は自己……責任。できる依頼を選ぶのも実力のうちだろ」

「……へぇ、言うようになったじゃねぇか」


 俺もそれなりに経験は積んだからな。それくらいは言うさ。


「ヒヒヒ、さすがにガキは卒業かねぇ。じゃあ、そんなウェイン坊やにいいことを教えてやるよ」

「ん? なんだ?」

「下水道のネズミ退治、常設から外れてんぜ」


 ムジナ爺さんが壁を指さす。……そちらに視線を向けると、遠目だがたしかにネズミの絵が描かれた依頼書が見当たらない。困る。


「ケイブアリゲーターだったか? あんなでかいのが出る場所に、新人を向かわせるワケにはいかねぇだろぉ? だから、バルクのヤツが出かける前に剥がしていったのさ」

「……そういうことか。クソ、明日からどうすりゃいいんだよ」


 納得の理由に頭を抱えてしまう。あのワニの頭を持って来たのは俺なので納得するしかない。たしかにネズミ狩りで精一杯の初心者があんなのと出くわしたら死ぬだろう。

 どうしよう。またあのガキんちょに依頼書を読ませようか。なんだかイマイチ懐いてくれてないが、こっそり小遣い渡せば文字読みくらいやってくれないかな。


「ま、オレっちの読みじゃあ、お前は困らねぇよ」


 爺さんはそう言ってヒヒヒと笑い、そして右手を手のひらを上にして差し出してくる。……その視線の先には、だいぶ小さくなった燻製肉の塊があった。

 さすがに食い飽きてきたし、顎も痛くなってきたし、腹もまあそこそこ満たされた頃合いだ。俺はヤレヤレと息を吐いて、残りの燻製肉をそのまま手にのっけてやる。


「ありがとよ。ヒヒヒ! 野菜もいいが、たまには肉も食わなきゃな」


 ナイフで削ったりもせずそのまま齧りついて、うめぇと笑うムジナ爺さん。どうやら歯もまだ丈夫そうだ。あと十年は元気なんだろうなこの困った古株。


「バルクのヤツは今、領主のとこに行ってるのさ」

「領主のところに?」

「一時的に依頼を差し止めるにしても、下水のネズミ狩りは早めに再開しなきゃならん。大ネズミが増えて街中に溢れるようになったら、馬鹿みてぇな大惨事になるからよぉ」


 まあ、たまに冒険者が餌になることもあるからな。一般人、特に子供なんかには危ないだろう。それにでかいネズミだから、何でも喰う。食い物売ってる露天とか襲われるんじゃないかな。


「だから、領主に相談……というか報告して、依頼を出させてるのさ」

「依頼を出させる?」

「そう。つまり……―――」


 ニィ、と爺さんの口の端がつり上がる。


「ギルドクエストさ」


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